ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯131 強欲の罪

『《モリビトタナトス》、あれは上々だな。よくあのような機体を用意したものだ。レギオンも』

 

 水無瀬の通信を聞きつつ、ガエルはコックピットの中でふんぞり返っていた。全て、レギオンのシナリオ通りとは言え、ここまでうまく事が運ぶと逆に己が駒のように思われて気分はよくない。

 

「《モリビトタナトス》が張子の虎扱いだ」

 

『それも仕方のない事だろうな。モリビトの戦力的価値は既にブルブラッドキャリアの三機が証明済み。有り体に言わせれば、《モリビトタナトス》はそこに存在しているだけでいい、マネキンのようなものだ』

 

 ガエルは後頭部を掻き、嘆息をつく。

 

「性に合わねぇな、ったくよぉ。オレはモリビト同士のとんでもねぇ、戦争をやりたくって請け負ったんだ。だって言うのに、実際は戦わなくっていいだ? んなもん、吐いて捨てるような感触だぜ」

 

『しかし、収穫として大きいものもあったのではないのかね。カイル・シーザーの所在』

 

 やはり水無瀬は勘付いていたか。ガエルは舌打ち混じりに言いやる。

 

「……もう使い物にならねぇかもな」

 

『ハイアルファー【バアル・ゼブル】。どのような効力であったのかは知る由もないが、対価があったはずだ。それが今、カイル・シーザーが塞ぎ込んでいる理由かな』

 

「ハイアルファーっての、オレは使わなくって正解だったとマジに思えるぜ。確かにハイリターンだが、ハイリスクにもほどがある。あれでも序の口みたいな対価なんだろ? ぞっとする」

 

『調べた限りでは現存するハイアルファーは【ライフ・エラーズ】と【ベイルハルコン】というものがあるらしい。どちらも搭乗者の精神、あるいは肉体に過度の負荷をかける代物だ』

 

 いつの間に調べを尽くしていたのか、などと聞くのは野暮だ。人間型端末を自称する水無瀬にとっては一度でもアクセスすれば全て見通せるのだろう。

 

「どんだけ操主が強くなったって、人機にそれほどリスクかける意味が分からねぇよな。トウジャの量産型も似たようなもんなのか?」

 

『戦った《スロウストウジャ》か。あれなのだが……不思議な事にハイアルファーは確認出来ていない。つまり、あれは純粋な人機としての性能を突き詰めた機体となる』

 

「ハイアルファーって言う数値化出来ないものに頼るよりかは随分と合理的だな。そんなもんは廃して、ただの人機にしちまえばいいって事かよ」

 

『単純に言えばそうなるな。だが、これにはもっと大きな意味があると考える。ガエル。戦った感触はどうだった? あのトウジャという機体の性能に、恐れるべきものはなかったかな?』

 

 どこまでも見透かしたような事を言う。ガエルは隠し立てするのも面倒だと判断して言い返す。

 

「……ああ。反応速度なんて《バーゴイル》の比じゃねぇ。さらに言えば、装甲はナナツーより堅く、ロンドなんかよりも器用だ。戦った感じはちょうど……モリビトに近いな」

 

 帰結した言葉に水無瀬が通信越しにでも笑みを浮かべたのが伝わった。

 

『やはり、か。封印された人機だ。その三機は似通っている、と思うべきだろう』

 

「モリビト、トウジャ……それにもう一機か。でもよ、モリビト野郎は宇宙で打ち止めだろ? カイルや《バーゴイル》部隊だって馬鹿じゃねぇ。地上に降ろすって言っても三機とも降りてくるわけじゃないはずだ」

 

『今までのブルブラッドキャリアの経験則から言わせてもらえば、一機は地上戦力の分断にかかるはずだ。いずれにせよ、《モリビトタナトス》はどれか一機を相手取る事になる』

 

「どれか一機、か」

 

 自然と青いモリビトの姿が脳裏に浮かんだのは度重なる因縁のせいであろうか。あの機体と打ち合っても負ける気はしないが。

 

『しかし、《モリビトタナトス》のカタログスペックに目を通させてもらっているが、相当な機体だな。如何にして、レギオンはそれを建造したのか、知りたいほどだ』

 

「そいつはオレも気になるところだ。前の、《バーゴイルシザー》ならまだ理解出来た。《バーゴイル》の改造版だってな。だが、こいつだけはどうにもしっくりこねぇ。どこをどう扱っても新型機のそれだ。何か、基になった機体でもあるんじゃねぇのか、とは疑っているが」

 

『……ガエル。その推測はあながち間違っていないかもしれないな。ゾル国へと、開発、譲渡される予定であったトウジャタイプが一機、行方不明になっている。ソース通りならば空輸時に問題が生じ、そこから先の通信が途絶している。これは……ちょうどブルーガーデンが滅んだ時間と一致する』

 

 つまり、ブルーガーデンで噴火が起こった最中、一機のトウジャが行方を眩ませた、という事になる。その命題の帰結する先にガエルはうろたえた。

 

「こいつも、トウジャだってのかよ」

 

『その可能性は高い。ハイアルファーは確認出来ていないが、その機体にハイアルファーは?』

 

「あったら乗るのなんてやめてるっての。この機体、反射速度も、何もかも桁違いだが、ハイアルファーってのは乗っている限りじゃ、感じられねぇぜ?」

 

『と、なるとハイアルファーをオミットしたか。技術的な問題が立ち塞がるが、可能であったのならば、恐らくその機体はトウジャをベースにしている』

 

 ガエルは今、自分の乗っている機体がまさか、ハイリスクだとのたまったトウジャだとは思えず、周囲の機器を探った。

 

「……ハイアルファーなんてものはありそうにもないが」

 

『照合したところ、その機体に該当すると思われるのは一機。グリードトウジャと呼称されている。だが、その機体の最も象徴である武装、確かRブリューナクだったか』

 

「ああ。こいつは強ぇな。まるで無敵だ」

 

『その所在だけが確認出来ない。どこからか拾って来たにせよ、規格外の武装だ。ハイアルファーなしでのシステムを実用化出来ているのだとすれば、それは恐るべき代物だとも』

 

 Rブリューナク周りは確かに今まで経験した事のないシステムである。だが、これがハイアルファーかと問われれば疑問が残る。自分には今のところ、目立った対価はないのだから。

 

「……あのインチキ将校、とんでもねぇもんを掴ませやがったな」

 

『Rブリューナクに関しての試作機ですら挙がって来ないんだ。これは情報の閲覧制限が設けられていると考えるべきか。あるいは、そもそもその武装自体が特別か』

 

「いざという時、切り離せる武器ってのは魅力的だがな」

 

『調べは進めておく。ガエル、君はその機体で何を望む? シーザー議員が言ってのけたように、ブルブラッドキャリアを装って世界を欺くかね?』

 

「欺き、騙され合いのレートにはもう乗ってんよ。問題なのは、カイルの親父が本気でこの機体一機でどうにか出来ると考えているかどうかだ」

 

『その点、青臭いのは息子と同じか……。理想主義と言われかねない部分だな。会ったのか?』

 

「いや、顔合わせはしてねぇな。そもそも、シーザー議員は表舞台には出ないのが今までの傾向だったはずだ。……何が酔狂で、今、矢面に立つってんだ?」

 

『案外、君の正体に勘付いているのかもしれない。息子についた悪い虫だとも』

 

「おいおい! 心外だぜ。悪い虫に仕立て上げたのはどこのどいつだって話だ」

 

 レギオンが自分の身分でさえも偽ってみせたのだ。ガエルはただ従っているに過ぎない。

 

『《モリビトタナトス》、その機体に関しても調査継続と行こうか。何か重大な見落としがあるのかもしれない』

 

「頼むぜ、マジに……。後からやばいハイアルファーを突っ込まれている、ってのは勘弁願いたいからな」

 

 通信を切り、ガエルは《モリビトタナトス》のリニアシート周りを観察する。正式名称グリードトウジャ、という名前に口角を吊り上げた。

 

「……いいじゃねぇか。てめぇの本当の名前は強欲のトウジャかよ。この巡り合わせ、仕組んだヤツはオレの事を分かってる」

 

 


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