送迎は簡素で、整備スタッフ数名と担当官のみであった。桃の担当官は見当たらず、鉄菜は首を巡らせたが、当の桃は頭を振った。
「あの人は、来ないから」
どのような確執があるのかは分からない。しかし三人ともがまともではないのはもう分かりきっている事であった。
《ノエルカルテット》がフルスペックモード用と大気圏離脱用のコンテナを担ぎ、《シルヴァリンク》はバード形態のまま、惑星へと再び降り立つ手はずである。
奇妙な因果だと感じたのは、前回は誰の目もなく降りなければならなかったのが、今回は桃と二人で、という点であった。しかも反目し合った相手と共同戦線を張るのは鉄菜の胸中に不可思議な感情を作った。
「桃・リップバーン。地上降下に当たって不安点はあるか?」
どうしてそのような事を尋ねたのか分からない。ともすれば、己の不安を誰かに言い当てて欲しかっただけなのかもしれない。
『どうして? クロ、何かあったの?』
目ざとい、というわけでもないか。普段無口な自分から話題を投げれば自然と何かあったのだと勘繰るだろう。
「いや、特に何も……」
はぐらかしたのもどうしてだか分からなかった。別段、気恥ずかしいわけでもない。しかし、彩芽との約束は二人のものだ、と鉄菜は感じていた。二人の約束に、わざわざ水を差す事はあるまい。
『なーんか、隠している感じだけれど、別にいいわ。モモも、隠し事くらいはあるからね』
追及してこないのはどこか彼女らしくなかったが、これからまた地上での戦いの連鎖だと思うと、自然と身が強張っているのかもしれない。
鉄菜は操縦桿を握り締め、一呼吸ついた。降下タイミングは敵に気取らせないためにわざと《シルヴァリンク》のほうが先になっている。
離れていく整備士達に続いて、誘導灯が照り輝きカタパルトに接続した《シルヴァリンク》に出撃を促した。
『全権を二号機に委譲します。出撃、どうぞ』
鉄菜は息を積め、操縦桿を握り締めた。
「《モリビトシルヴァリンク》、鉄菜・ノヴァリス。出る!」
胃の腑へと圧し掛かる重圧を感じつつ、バード形態の《シルヴァリンク》が宇宙の常闇を引き裂き、銀翼を拡張させる。
次第に遠ざかっていくブルブラッドキャリア本隊に、鉄菜は聞きたかった事、聞くべきであった事を回顧していた。
自分の基になった人間の事。時折脳裏を掠めるイメージに関して、結局、決定的な事は聞けず仕舞いだった。だが、それでいいのだろうと鉄菜は感じていた。
聞けば、決断に迷いが生じていたかもしれない。
地上に降下し、ブルブラッドキャリアの執行者として戦うのに、荷物は邪魔なだけであった。それがたとえ必要なものであっても、自分達は切り捨てて生きていくしかないのだ。モリビトという機動兵器を操るがゆえに、心まで鋼鉄に固めなければ戦い抜く事は出来ないだろう。
《バーゴイル》部隊の妨害に遭う可能性もあったが、鉄菜の降下予測コースには敵影は確認出来ない。最初に降りた時には、三機の《バーゴイル》がいたな、と今さらに思い返す。
迂闊な行動と謗られても仕方がないほどに雑であったと、今の自分ならば感じられた。
《シルヴァリンク》が降下軌道に入り、赤い熱と虹の皮膜が機体を覆いつくしていく。鉄菜はアンシーリーコートを部分解放させながら降下予測地点を割り出した。どうやら前回と同じく、敵の密集域ではない海岸線に降り立てるようだ。
リバウンドフィールドの皮膜を突き破り、青い大気に抱かれた機体が軋みを上げる。《キリビトプロト》を破壊した際、惑星の大気汚染は深刻化したと聞いたが、体感的にはそれほどの濃度ではないように思われた。
鉄菜は全天候周モニターの一角を突き、コンソールをせり出させる。浮かび上がったポップアップ型のディスプレイには現時点での惑星の情勢が様々に映し出されていた。その中の一つにジロウが目を留める。
『鉄菜……これは、妙なニュースマジよ』
ジロウが寄越したニュースサイトへとアクセスし、鉄菜は飛び込んできたニュースの文字に目を見開いた。
「モリビトが……ゾル国の戦力だと?」
信じ難い文字の羅列に鉄菜は映像へと繋がせる。ゾル国の国会議事堂で羽根を広げた奇異な形状のモリビトタイプが佇んでいた。それを後姿にゾル国代表が宣誓する。
『モリビトは我が国に下った! これがどのような意味を持つのか、他国、ひいては反政府組織からしてみれば明白であろう。世界の情勢が塗り変わろうとしている。その瞬間があるとすれば、それは今だ!』
高らかに拳を掲げる政治家に、各国メディアがこぞって報道していた。
「ブルブラッドキャリアの事実上の降伏宣言」、「一国の独裁が成り立とうとしている」、「ブルーガーデン国家への牽制か」などなど……。
だがどれを取ってしてみても言えるのは、全く身に覚えのない事であった。
「ジロウ……間違いないとは思うが、ブルブラッドキャリアがゾル国へと協定を結んだ可能性は……」
『あり得ないマジよ、それは! だってさっき送り出したところマジ! そんな場所に鉄菜と他のモリビトを分かっていて送り込んだのだとすればそれは……』
濁した先を鉄菜は理解する。
送り込んだのだとすれば、死地へと招かれた事になる。鉄菜は改めて地上の情勢を見守らなければならない事を確認したが、それには《シルヴァリンク》一機では不可能だ。
バベルを搭載している《ノエルカルテット》との合流。それが急務であった。
皮肉だな、と鉄菜は歯噛みする。
「まさか、降りてすぐに、また桃・リップバーンの世話にならないといけないとは」
それに眼前で展開されている現実にも立ち向かわなければならない。相手が何であれ、これはブルブラッドキャリアへの挑戦に他ならないからだ。
モリビトを騙るなど、最もあってはならぬ行為。鉄菜は映し出されているモリビトタイプへと敵を見る眼を据えた。
「現状、全てがうまくいっていると言ってもいいだろうな」
上官はゾル国の宣言を確認し、こちらへと目線を振り向ける。リックベイはやはりというべきか、判断を迫られていた。
「どう思う? 少佐」
「情報操作にしてはリスクが高過ぎます。かといって、ブルブラッドキャリアが寝返ったと判断するのは早計かと」
「このような時でも冷静だな。さすがは《スロウストウジャ》を駆って前線に出ているだけはある」
上官は微笑んだ後、数々の諜報機関が積み上げてきた資料の紙束を卓上に上げた。
「ここまで調べは尽くしているのに、未だに正体の見えぬブルブラッドキャリアという組織が一国に寝返るなど、あってはならない、いや、あり得て欲しくはないがね。モリビトという求心力は絶対だ。あれはこの星の人々に恐怖と共に信仰を打ち立てた。どうして、信仰心は神だけでは成り立たないのだと思う?」
唐突な質問にもリックベイは即座に応じてみせる。
「恐怖、というものがどのような人種、どのような境遇の人間であれ共通のものだからでしょう。神を信じるかどうかは千差万別ですが、悪魔を信じるかどうかで言えば随分と絞れる。悪魔は誰の心にも存在するのです」
その返答に満足いったのか、上官は首肯して言葉を継ぐ。
「悪魔の存在を証明するのは簡単だ。例えばそれは高高度爆撃機でもいいし、重量子ミサイルでもいい。あるは新型の、モリビトという姿を取った人機でも、だ」
感想を求められている。リックベイは《モリビトタナトス》と名乗ったあの機体との戦闘を反芻する。どうにも今までのモリビトタイプとは違う戦闘の感触であったが、あれがモリビトであるのは疑いようのない事実であろう。
モリビトのガワだけ模しただけの機体ではない。あれは内部骨格から、その設計思想に至るまで生粋のモリビトタイプであった。
「偽物の可能性は棄却してもいいかと」
「君が偽物ではないと判断するのならば、そうであろうな。《スロウストウジャ》に乗り換えたからと言って腕が鈍ったわけでもあるまい。で、あるとすれば、本物のモリビトがゾル国を守ると言っているという事になる。これは奇妙な符号だ」
「モリビトと言う名を一度は排除すべき敵と断定した国家が、再びモリビトにすがる、ですか」
「どこまでも民意に踊らされる国家だよ。だが、だからこそやりにくい。軍事国家ならば、軍事で攻めればいい。謀が得意ならば、それを上回れば。だが、こうも先手を打たれると我々でもどうしようもない部分は存在する」
「《スロウストウジャ》はいつでも出せます」
「よろしい。ではかねてより計画されていた装備プランを実行せよ」
その言葉に予測出来ていたとは言え、リックベイは一家言あった。
「カウンターモリビト部隊……、確かに編成案には目を通しました。問題も……ないとは思われます」
「含んだような言い草だな。正直に言うといい。無碍にはしない」
「では……。《モリビトタナトス》という一機を破壊するためですか? それとも、現時点で確認されている三機を破壊するためですか?」
この返答如何で話は大きく変わってくる。上官は一度その言葉を受け止めた後、なるほどと頷く。
「君がどこで引っかかっているのかはよく分かった。いいだろう。上の判断を口にしよう。上は現時点での三機を破壊すべきだと考えている」
やはり、というべきか。手の内がある程度割れている三機を破壊するほうがまだ現実的なプランだと思われているのだろう。しかし、上は、と前置きしたのだ。眼前の上官の意見は違うのだろう。
「上は、ですか」
「個人的には、《モリビトタナトス》なる機体も、現時点での三機も、同様に対処すべきだと感じているが、難しいのは《モリビトタナトス》への攻撃はゾル国という国家への攻撃となる、という部分だろうな」
「あのモリビトは国家という笠を着ています。その状態でカウンターモリビト部隊の編成案、それそのものが翻ればゾル国との戦争への引き金になりかねない」
「何も、そちらのモリビトとは言っていない、と抗弁したところで無駄だろう。現状、モリビトを擁するとあの国家が声高に主張したのだ。我が方のモリビトへの牽制はあの国家への挑戦状だと断定されかねない。しかし、こうなってくると問題が発生するのは……」
「ブルブラッドキャリアのモリビトでしょう。彼らがどう動くのかで、ゾル国も対応が変わってくる」
上官は微笑みを浮かべ、書類を叩く。
「これだけ情報を集めたんだ。それが全て水泡に帰す、というのはよろしくない。ブルブラッドキャリアには抵抗してもらわなければ困る」
「ですが、ブルブラッドキャリアのモリビトがゾル国に叛意を翻せば、それはゾル国内部の分裂を生みかねない。国が引き裂けますよ」
「言っている事が無茶苦茶だ、とさすがの民も言い始めるだろうな。《モリビトタナトス》とやらの機体を鹵獲した、と言い訳したところで、それは遠大なる自滅の道に他ならない。ゾル国が真に賢しいのならば、ブルブラッドキャリアの一部層と合意した、とでも言うべきところなのだが、あの国家の意地か、ブルブラッドキャリアに勝ったと、どうしても言いたいらしい」
戦ってもいないのに勝ったとは片腹痛い、とリックベイは感じつつ、先ほどから再生されているゾル国の政治家の宣言を見やる。
「珍しいですね……。シーザー議員のほうですか」
「ああ。息子のほうはよくメディアに出るが、本人のほうは慎重なのか、なかなか顔を出さなかったところでこの発言だ。影のフィクサーとの情報も多々出てくる。ゾル国を現状、牛耳っているとされる一族の、その首長の発言か」
「カイル・シーザーへの民の好感度は高いでしょう。その父親となれば自然と民意が向く」
「息子はモリビトを前線で退治し、父親はその骸を必死に飾り立て、結果作りに躍起か。いや、そこまでの必死さは感じないな。これも打てる手のうちの一つ、とでも言いたげだ」
《モリビトタナトス》が実際のところブルブラッドキャリアの機体なのか、そうでないのかは関係がないのだ。現状、一国家に味方するモリビトがいる時点で、この論理は破綻している。ブルブラッドキャリア側が声明を打とうにも、ここまで先手を打たれれば下手な宣言は自滅に値する。
この状況でブルブラッドキャリアが実行するとすれば、それは恐らく一つ――。
「気づいているな? 彼らが今まで通り、世界を試すと言うのならばここでも試さなければならない。今度は世界ではなく、己になるであろうが。ブルブラッドキャリア側の意見を明確にするためには、この《モリビトタナトス》なる機体を完全に破壊し、その上でゾル国との完全なる離別。離反を表すのには、最も相応しい対応策として」
「モリビト対ゾル国という構図ですか。我々C連合としては対岸の火事を決め込めばいい。その間に拡充すべきなのは、《スロウストウジャ》量産計画」
全て心得ていると言うリックベイの声音に上官は満足気であった。
「ゾル国がわざわざ世界を背負って出るというのならばそれに便乗しない手はないよ。あるいは、こう考えるべきか。しなくてもいい喧嘩を買って出ているゾル国に、感謝とでも」
言い方は違えど、結局ゾル国の声明には不明瞭な部分が多く、このままでは現場指揮にも関わるだろう。
兵士達がただの政治家の言葉を鵜呑みにするわけではない。しかし、この宣言はカイル・シーザーの父親が発したもの。それなりの意味があると判断するべき。
「しかし、《モリビトタナトス》がどれほど強力な機体であっても、モリビト三機と打ち合えば……」
「少佐。君の主観でいい。あれはモリビトとブルブラッドキャリアに勝てそうか?」
リックベイは一拍の逡巡を挟んだ後、応じていた。
「五分五分、でしょうか。わたしが経験したのは青いモリビトとの対峙のみです。それと比較すれば、なるほど、操主としての熟練度は《モリビトタナトス》のほうに軍配が上がるでしょう。しかし、モリビト三機が完全な連携を見せたとすれば、その圧勝にも翳りが見える」
「一対一と多数対一は違う、というわけだ。《モリビトタナトス》の操主と話したレコーダーが残っているな。聞かせてもらったが相手は相当な自信家なのか、あるいは馬鹿なのかは推し量るしかないが、《スロウストウジャ》との戦いの最中でも余裕が窺えた。高名な操主を立てたのだろうか、とも考えられるが、《スロウストウジャ》五機でも厳しいかね?」
「トウジャはまだ実験段階の機体です。あまり過度な戦力だとは思わないほうが賢明かと」
「君のそういうところが冷静だと、判断している。己が乗っている機体だからと言って慢心もしない。《スロウストウジャ》の実力を客観視出来ているのは君くらいなものか」
「いえ、うちの部隊にもう一人」
そう切り出すと上官はおいおい、と笑みを浮かべた。
「アイザワ少尉か? あれは確かに戦闘センスの点で言えばずば抜けているが、政に口は出せんタイプの軍人だ。それくらいは見れば分かる。それとも、君は彼に戦闘以外の面で可能性を見ているのかな」
「アイザワ少尉の実戦データは《スロウストウジャ》全体の白兵戦闘のデータに反映されるそうです。トウジャをある意味では使いこなしている」
「天性のものか、あるいは若さか。はかりかねているのはよく分かるよ、少佐。だが、カウンターモリビト部隊を編成するに当たって一つでも勝てる要因は欲しい。彼が特別にせよ、そうでないにせよ、厳重な目で審査するように」
話は以上だ、とでも言うように上官は卓を叩いた。挙手敬礼を返してから、リックベイは部屋を後にする。
《モリビトタナトス》を前面に押し出してブルブラッドキャリアが味方になったと錯覚させて一番に得をするのはどこか。思案を巡らせていると行き会ったスタッフが書類を手渡してきた。自分に? と訝しげに書類に視線を落とすと、そこに書かれていたのはブルーガーデンの捕虜――瑞葉の処遇に関してであった。
「瑞葉君を、どうにかするのにわたしの許可が要るのかね?」
「上官に直訴してもいいのですが、彼女はサカグチ少佐に判断してもらいたい、と……どうします? ブルーガーデンの、強化人間です。どう扱っても文句は出ないと思いますよ」
ここで廃棄を命じても、あるいは存命を巡って言い争ってもほとんど鶴の一声で彼女の処遇が決まるというわけか。
リックベイは書類を突き返し、言いやった。
「ならば彼女に直接聞けばいい」
スタッフが自分を制する前に、リックベイは医務室へと通信を繋げていた。歩きながら、医務室へのアポイントメントを取る。
「勝手過ぎますよ! あんなの、放っておけば」
「だが、わたしのサインがいるのだろう? だから、こんなまどろっこしい真似をしてきた。本音はどうだ? ブルーガーデンの強化兵など、気味が悪くってさっさと処分して欲しい、か?」
目線を伏せたスタッフにリックベイは言葉を投げる。
「わたしが判断する。書類は受け取っておく。別命あるまで待機するといい」
その背中に、「知りませんよ」と抗弁が発せられた。
どうせ、彼女は戻るべき国家も、信じるべきものも見失った。どう扱っても誰も咎めないだろう。捕虜としての扱いに関しても精神点滴や整備モジュールの観点から金がかかる。費用だけかさむ捕虜など殺してしまったほうがマシ、というのが大多数の意見に違いなかった。
リックベイは医務室を訪れる。ノックして入ると、瑞葉は機械の翼を広げて上体を起こしていた。窓から差し込む陽射しを受け、呆けたように外を眺めている。
「何か見えるかね?」
「いや……この星は、もう終わりが近いのだろうな。だから、諦めもつく」
「それは己の境遇も含めて、か?」
どこか察しているのだろう。自嘲気味に瑞葉は口にする。
「わたしをどのように処分するのか、そろそろ議題に上がったところか」
リックベイは素直に書類を手渡す。そこには自分の一存で強化兵、瑞葉を処分出来る事が綴られている。
ショックかと言えばそういうわけでもないようであった。諦観を浮かべた瑞葉は目線を伏せる。
「……やはりか。どこへ行っても、居場所はないのだな」
「ここにわたしがサインするだけで、君は恐らく分析、解体の上で処理されるだろう。廃棄処分という事になっている」
「では、何故そこに署名しない?」
瑞葉の質問にリックベイは書類へと手をかけ、そのまま破り捨てた。バラバラになった紙が舞う中、リックベイは静かに言いやる。
「これで、君を縛るものはなくなった」
「……今さら自由なんて」
「ないのかもしれないな。ブルーガーデンで兵力として扱われ、それ以上のない生活であったと聞いている。だが、わたしはそう思っていない。ブルーガーデンは滅びた。だからと言ってその価値がなくなったなどと」
「どう生きろというんだ。わたしは兵器だ」
「違う」
リックベイはハッキリと言ってのけた。その言葉の響きに瑞葉が瞠目する。
「違う。……簡単に己の事を兵器などと断じるな。まだ歳若い。戦う事しか選べない人生であったなどと全てを後悔と懺悔のうちに身を置くのは、諦めでしかない。わたしは諦めて欲しくはない。ここまで生き抜いた。その生きる力は賞賛されるべきだ」
「生き意地が汚かっただけだ。わたしには何も……」
「何もないはずがない。己の信じるもののためにあの汚染領域で戦った。それだけでも充分に讃えられるべきだ。わたしはそう思っている」
リックベイのてらいのない賞賛に瑞葉は視線を逸らす。
「……殺し、殺されしか知らない身だ」
「一度、よく考えるといい。本当に殺人機械としてしか、自分の価値が集約されないのかどうかを」
医務室を立ち去ろうとして、その背中を呼び止められる。
「リックベイ・サカグチ少佐。あなたは何のために戦っている?」
リックベイは迷わずに答える。
「いつか、我々の軍務など必要のなくなる、未来のためだ」