ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

13 / 413
♯13 初陣

 濃紺に蝕まれた丘の上で、一人の男が今日、首を吊った。

 

 そんな事が笑い話になるくらい、この戦場は荒んでいる。ポーカー勝負に出ている兵士達は、本国から送られてくる物資を待ち望み、今日も警戒任務に当るのであろう。

 

 欠伸を噛み殺した兵士が紺碧の大気に息を吐くと、凍えたように白く輝く。

 

 温度自体はむしろ亜熱帯に近いのに、こういう矛盾した現象を巻き起こすのがブルブラッド大気の特徴であった。

 

 一つに、レーザーなどの探知網は霧が濃ければ濃いほど作用しない。

 

 ブルブラッド大気七十パーセント以下の場所でしか、レーザーが正しく動作する事はない。この戦地は八十二パーセント。レーザー関知はほとんど五分五分の賭けと言っても差し支えないだろう。

 

 丘で死んだ仲間に関して一人の兵士が口走った。

 

「ブルブラッドに呑まれたのさ。あいつ、古代人機にやけに怯えていたからなぁ」

 

「古代人機なんてこっちの兵力で簡単にのせるだろ。そんなのにビビッてたら背中から刺されるぜ。ほれ、ロイヤルストレートフラッシュ」

 

 流されたカードに舌打ちと胡乱な空気が漂う。

 

「イカサマしてんじゃねぇだろうな?」

 

「するわけないだろ。したってここで金稼いで本国で女でも買うか? そんなのする前にうちの貯金額は跳ね上がる一方だ」

 

 C連合兵士は定額の貯金制度に入っており、ある一定階級に至るまでそれが継続して続く。彼らの場合、まだ伍長が関の山。入隊して二年、三年経てばいいほうである。若者達の相貌はしかし、暗く翳っていた。

 

「戦場ってのは、何をしても自由な場所だって俺は聞いてきた」

 

 バーボンを開けた兵士が眠たげな眼差しでグラスを振る。

 

「ところがどうだい。この青に彩られた大地では女どころか、生き物一匹いやしねぇ。百五十年前? 二百年前だったかはそうじゃなかったんだろ?」

 

「二百年前くらいに人機をたくさん造り過ぎて星が荒れちまったんだとよ」

 

 カードを切る兵士がその恰幅のいい身体を揺らした。

 

「馬鹿だねぇ、人機なんて造らずに、女を増やせばよかったのに。そうすりゃ、パラダイスだ」

 

「俺は魚ってのを見たいな。ブルブラッドの大気汚染で真っ先に駄目になったのは漁業だって聞く。上層部の連中は食ってんだろ? サシミ、ってのを」

 

 伝聞でしか聞いた事のないせいか、彼の言葉はどこか浮いている。

 

「らしいな。魚の肉なのか、何なのかは分からないが」

 

「サシミいいなぁ、食いたいよなぁ……」

 

「いつか食えるだろ」

 

「お偉いさんにならなきゃいけない。そんなのになる前にイカレちまうほうが早そうだ」

 

 首根っこを掻っ切る真似をした兵士に、カードを切り終えた兵士が笑いかける。

 

「丘で首を吊るか、ナイフで心臓でも刺し貫くか? てめぇの精神が駄目になっちまうより、俺はムスコが駄目になっちまわないか不安だね」

 

 ぷっと笑いが巻き起こった。戦場での笑い話は一種の清涼剤だ。

 

「そりゃ、違いねぇ! それが駄目になったらもう本国帰っても豪遊出来めぇよ!」

 

「女も抱けなくなったらマジに人生終わりだな。金だけあってもどうするよ? 俺、まだ風俗三回くらいしか行った事ないんだけれどよ。やっぱり男はあっちの大きさで決まるのか?」

 

「あっちの大きさと長さと時間だとよ、俺の経験上。どんだけイケメンで金持ちでもそこがないと幻滅されるってのは覚えとけ」

 

「へいへい、肝に銘じるとしますか」

 

 次のゲームが始まりかけて、欠伸を噛み殺していた兵士が濃霧の中に何かを発見した。

 

 電子双眼鏡で凝視すると、それは熱源であるらしい。

 

「おい、敵の増援部隊かもしれん。警戒に当っとけ」

 

「冗談じゃねぇぜ! 毎日よくやるよ。連中のコミューンのド頭に爆撃食らわすのが早いんじゃないのか?」

 

「コミューンを直接襲うのは条約違反だろ」

 

「分かってるって。蒸し返すなよ」

 

 冗談交じりにテントから出た三名を待ち構えていたのは、濃霧の中、こちらに真っ直ぐ接近してくる敵影であった。

 

「人機サイズだな。ありゃ」

 

「《ナナツー》だろ?」

 

「いや、《ナナツー》はあんなに速くねぇぞ……」

 

 その段になってようやく兵士達の認識が追いついてきた。バーボンを開けていた兵士へと命令が当てられる。

 

「伝令を鳴らせ! 正体不明の敵影接近!」

 

 すると、酔いが回っていた神経でもそればかりは覚えているのか、すぐさま伝令管に通信を吹き込んだ。

 

「敵影接近! 《ナナツー》三機!」

 

「馬鹿! 一機だ! 一機だけだし、ありゃ《ナナツー》の速度じゃねぇ!」

 

「《バーゴイル》か?」

 

「《バーゴイル》使うのはゾル国だけだろ? それに……《バーゴイル》もあんなに速くはねぇ」

 

 ようやく事の深刻さを窺わせた三名の頭上へと銀翼の使者が降り立った。

 

 青と銀のカラーリングに全員が呆けたように見入っている。

 

「何だ、これ……新型の人機かよ」

 

「でも見た事ない奴だぞ……」

 

 能天気に観察する人々を襲ったのは一筋の烈風であった。

 

 人機が払った剣閃で数人が消し炭になる。生きていた証明も残さず、蒸発した仲間にバーボンを呷っていた伝令役だけが冷静になった。冷や水を浴びせかけられたように酔いが醒め、駆け出そうとしたその時には陸が砕け、地面が粉塵を舞い上がらせて粉砕した。

 

 暴風のような攻撃の最中、兵士は濃霧の中に佇む巨人を幻視する。

 

 緑色の眼をぎらつかせた巨人は猛り狂ったように大地を踏み締め、人々を片手に握り締めた剣で断罪する。

 

「ああ、神様……」

 

 祈った神が何であるのか、自分で認識も出来ぬまま、兵士達の命は奪い去られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 降り立つなりそこいらかしこで点在していた《ナナツー》が一斉に照準を向けた。

 

 今までぬるま湯のような戦場だった場所が急に沸き立つ。

 

『何だ、何だあれ!』

 

 一人の兵士が恐慌に駆られて銃弾を掃射した。《ナナツー弐式》の機銃掃射が《シルヴァリンク》の装甲を叩くもそれは豆鉄砲以下の威力に過ぎない。

 

『まさかあれが……報告にあったモリビト……』

 

 ようやく事の次第を理解し始めた兵士達へと《シルヴァリンク》が片腕の大剣を振るい上げる。

 

「《モリビトシルヴァリンク》、目標を確認。《ナナツー弐式》、目視出来る範囲に数は十機。脅威判定測定」

 

 機銃が猛り狂ったようにモリビトへと降り注ぎ、対地砲撃の火線が咲いた。

 

『撃て! 撃てーっ!』

 

 それしか知らないように人々が叫び、荒れ狂う。これが戦場、これが、この星の、野蛮人達の戦い方。

 

 鉄菜は脳裏に訓練時代を呼び起こし、脅威判定を終了させた。

 

「脅威判定、Dマイナス。《シルヴァリンク》、近接格闘装備にて、《ナナツー》数機を迎撃する」

 

 瞬く間に接近し、振るわれたRソードの勢いで機銃が焼け爛れる。根元から断ち切られた事を相手が認識する前に、その頭部コックピットへと確実な一撃を打ち下ろした。

 

 うろたえた仲間へとさらに追撃の一閃。《ナナツー》の鼻先を掠めた大剣の一撃に相手が怯え切ったのが伝わる。

 

『こ、こんなの、どう戦えば……』

 

 全くの無防備の敵にさらに一撃。今度は刺突。鳩尾を突き刺したRソードがブルブラッドエンジンを貫通し、蒸気の中にぐつぐつと煮えたような音が残響する。血塊炉が完全に燃焼し切ったのだ。

 

 青い血をぶくぶくと噴かせて《ナナツー》が沈黙する。ようやく戦闘の姿勢に入った相手が中距離から機銃を乱射するも、どれも照準がばらけている。

 

 熟練度が低いようだ。

 

「脅威判定を更新。対象をEと認定。このまま押し切る――」

 

 その言葉を遮ったのは超長距離の狙撃であった。砲弾が突き刺さり、ビィンと空気が震える。

 

『やってやったぜ、チクショウめ! これで跡形もねぇだろ!』

 

 どうやら前の連中は分かっていて道化を演じていたらしい。鉄菜はコックピットの中で静かに脅威判定を紡ぎ出す。

 

「……訂正。Dマイナスの値を保持。雑兵にしてはやる」

 

 左腕の盾を翳した《シルヴァリンク》は健在であった。それどころか砲弾は盾の表面で物理的なエネルギーを分散させている。

 

『な、何が起こっているんだ?』

 

 盾の表面で爆ぜる砲弾の意味が分からないのだろう。《シルヴァリンク》は真正面の敵に盾を掲げる。

 

「リバウンド、フォール」

 

 その一声で燻っていた砲弾の軌道が変位し、跳ね返った砲弾が真正面の《ナナツー》の腹腔を貫いた。何が起こったのか理解させるまでに爆発の光が辺り一面に広がる。ブルブラッド大気の霧が一瞬だけ晴れ、《ナナツー》の断末魔を響き渡らせた。

 

『何が……攻撃を、弾いた?』

 

『こんなの、どうやれって……』

 

 絶望的な言葉が通信網を滑っていく中、鉄菜は《シルヴァリンク》に機動させる。舞うように相手の射程に入り込んだ《シルヴァリンク》が大剣を腹腔に押し当てた。そのまま、ほとんど力を加えずに切り裂く。生き別れになった胴体を睨んだまま、《ナナツー》が中空で爆ぜた。爆音さえも彼方に追いやり、《シルヴァリンク》の躯体が滑らかな機動を描いて次の標的を引き裂いた。

 

 銃身が吹き飛び、キャノピータイプのコックピットからモリビトを直視した操主が怯えに叫んだ。

 

 コックピットを切り裂き、その断末魔さえも轟かせない。

 

 その時、砲撃部隊の狙撃が一点に集中されていった。どうやらようやく指揮を取り戻した《ナナツー》の人機部隊が《シルヴァリンク》へと機銃掃射を見舞って動きを止めるように進言したらしい。

 

『弾幕張れ! 押し込め!』

 

『狙撃部隊! 砲撃幕薄いぞ、何やってんだ! このウスノロ!』

 

『黙れ! こっちだって必死に……』

 

 怒号が通信網を響かせる中、鉄菜はいやに冴え渡った《シルヴァリンク》のコックピットの中で呟いた。

 

「……うるさい」

 

 盾で弾き返してやろうかと思ったが、リバウンドフォールの唯一の弱点は展開時、全く行動不能になる事。前方に確認出来るだけで十機近くの《ナナツー》がいる。

 

 この場合、動きを止めて跳ね返すのは得策ではない。

 

 鉄菜は操縦桿を引き、一度離脱機動を取らせようとしたが、やはりというべきか、一度くわえ込んだ獲物を離すほど、相手も平和ボケをしているわけではない。

 

 押し込んだ、と思い込んだのだろう。銃撃網がさらに強まった。

 

『押してるぞ……。いけ! モリビトとは言え、やはり物量には弱い!』

 

『やれている……? これで、やれるのか?』

 

 その言葉に、鉄菜は舌打ちを漏らす。

 

「やれるわけがないだろう」

 

 その時、不意に砲撃部隊を襲ったのは中空からの銃撃の雨であった。ハッと振り仰いだ《ナナツー》達の視線を集めたのは滑空する《インペルベイン》である。

 

『モリビトが……二機……』

 

『ホラ、やっぱり鉄菜、一人だと無理でしょう? 狙撃部隊を排除してあげるわ』

 

「勝手にしろ。私は前方に見える連中を一掃する」

 

《インペルベイン》が狙撃部隊の機銃掃射を舞うようにいなし、グローブ型の両腕を突き出す。

 

『《インペルベイン》、《ナナツー》砲撃部隊を一掃する!』

 

 彩芽の声が響き、《インペルベイン》の放った鉛の雨が即座に装甲を溶解させていった。威力だけならば、モリビトタイプでさえも危ういほどの高火力を生み出す《インペルベイン》は現行の人機では太刀打ちも出来ないだろう。

 

 呆然と突っ立ったままの兵隊へと、《シルヴァリンク》が駆け抜けた。

 

「余所見し過ぎ」

 

 Rソードが発振し、《ナナツー》の胴体を断ち割っていく。《ナナツー》が転げたように泥に塗れ、繋ぎ目からスパークの火花を散らせた。

 

 火線を《シルヴァリンク》は弾道予測で読み切り、相手の鳩尾へとRソードを突き刺す。銃弾の包囲網がこちらを狙い澄ます中、盾を掲げて無力化した《ナナツー》を前進させた。

 

《ナナツー》の機体に銃弾が撃ち込まれ、その機体が悶えたように震える。

 

『この、人でなしが!』

 

「人であろうと思った事はない」

 

《ナナツー》を蹴り上げて相手へと見舞った後、盾で《ナナツー》の懐へと肉迫する。加速と同時に発生したリバウンドフィールドが《ナナツー》の脆い装甲板を叩き砕いていく。

 

 こちらがリバウンドの盾で突っ込むだけで、現状の兵器では敵わないのだ。

 

 悲鳴と怒声が通信を震わせる中、《シルヴァリンク》が飛翔した。

 

 先ほどまでいた空間を引き裂いたのは砲撃の一打である。《インペルベイン》は何を、と視線を注いだ先では、《インペルベイン》が一機の砲撃タイプの《ナナツー》と渡り合っていた。

 

 火力では計算するまでもない戦力差なのに、《インペルベイン》へと勇猛果敢に砲撃を見舞う相手を、モリビトは速度で圧倒する。

 

「遊んでいるのか」

 

『まさか。《ナナツー》の最新型がどれほどやれるのか、実地試験も見ているんでしょう。第二フェイズになるまで交戦は控えられていたからね。経験値を稼いでおかないと』

 

 暗に自分の干渉が雑であったと責められているようであったが、鉄菜は言い返す気もなかった。《シルヴァリンク》が背後に迫った《ナナツー》を蹴り上げ、そのままRソードを打ち下ろす。

 

 両断された《ナナツー》の最期に、他の操主達が震え上がった。

 

『か、勝てるわけないっ! 離脱だ、離脱!』

 

 推進剤を焚いて戦線を離脱しようとする敵まで追う必要はない。《インペルベイン》は砲撃部隊へとほとんど無駄玉を使わずして撤退させていた。

 

 そうか、中距離タイプのモリビトではあまり深追いは出来ないのだ。だからこそ、一機を相手に優位を見せつけ、戦意を喪失させる。

 

 それも立派な戦術であった。

 

 その時、不意に湧いて来たのは今まで戦ってきたコミューンとは違う、対立コミューンの《ナナツー》であった。

 

 黄土色に塗られた《ナナツー》が《シルヴァリンク》の脇を抜けていく。

 

『応戦感謝する! これより、敵の第一隊を攻撃! 一気呵成に攻め立てる!』

 

 通り抜けようとした《ナナツー》の背後に、鉄菜は迷わず刃を突き立てた。困惑した《ナナツー》の操主の声が飛ぶ。

 

『な、何故だ? 相手方を一掃してくれたんじゃ――』

 

「勘違いをするな。私達は、どの勢力の味方でもない」

 

 Rソードが《ナナツー》の血塊炉に突き刺さり、青い血を蒸発させた。

 

《インペルベイン》が中空で機動を変える。

 

『上出来でしょ、鉄菜。ここまでやったんだし、相手も戦意が削がれているはず。どっちに味方したわけでもないし、ね』

 

 双方の人機戦力はほぼ等しく削れ。

 

 それが第二フェイズにおける鉄則である。まだ僅かに片側の人機の数が多い。

 

「私は、まだやる。これじゃ、両成敗にならない」

 

『気にしてるの? よくある事よ、これから先も。相手はこっちを利用したつもりになるもんだし、こっちもこっちで毎回快勝ってわけには行かないでしょう。鉄菜、あんまり深追いすると……』

 

「双方の戦力を五分五分に削り切るだけだ。何も深追いではない」

 

《シルヴァリンク》がもう片側の陣地に突っ込む。その挙動に相手の人機がおっとり刀で対応した。

 

『こ、こっちにも? 逃げろ! 奴は本気で――』

 

 連絡兵の塹壕を突き破り、《シルヴァリンク》が電磁柵で覆われた相手の陣地に潜り込む。

 

 電磁柵を盾で一蹴し、Rソードを片手にしたモリビトがほとんどマネキン同然の人機達の中に分け入る。

 

 しかし、操主が入れば話は別だ。

 

 全方位から照準が向けられた。ロックオンの警報がコックピットの中に残響する。

 

『動くなよ……。動けば撃つ』

 

 じりじりと接近してくる《ナナツー》に鉄菜は一瞥を飛ばした。

 

「動くな、か。馬鹿馬鹿しい」

 

《シルヴァリンク》が姿勢を沈ませる。一斉射された《ナナツー》の銃撃が捉えたのは、お互いのコックピットキャノピーであった。

 

 相討ちになった形の《ナナツー》を他所に《シルヴァリンク》が爆発の光の中で影を作る。

 

「全方位から小銃で狙ったところで、機動性で勝つこっちには無意味なのに」

 

 心底、理解出来ない。戦場では人はこうも無知蒙昧に突き進む事しか出来ないのか。

 

《シルヴァリンク》が《ナナツー》部隊の前に降り立つ。前戦がもう少し気張るであろうと予測していた後方部隊はあまりにも脆弱であった。

 

 振り払ったRソードの一閃で二体の《ナナツー》が押し倒されたように横薙ぎになる。

 

 将棋倒しの《ナナツー》の奥で妙に装飾華美な《ナナツー》が立ち竦んでいた。恐らくは、この戦場を預かった大将だろう。

 

《ナナツー》のキャノピーで両手を上げて投降を示す男の両脇には女がいた。半裸の女達は現地の人間だろう。

 

 服を無理やり引き剥がされた女達はモリビトを見るなり、目を見開いていた。

 

 まるで神か何かを目にしたかのよう。

 

「……救ってあげる事は、悪いけれど出来ない」

 

 だから、というわけでもない。女だから同情したわけでもない。

 

 ただ、淡々と、目標を遂行するだけだ。

 

《シルヴァリンク》のRソードの切っ先はそのまま、《ナナツー》のコックピットへと突き刺さった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「情況終了! って感じかな。あっちは鉄菜が頑張ってくれているもの。わたくしだって、後始末くらいはつけるわ」

 

《インペルベイン》の狙い澄ます先には反対陣営の拠点があった。グローブ型の武器腕が照準をつける。

 

 拠点には小さいながらささやかな村があった。人々が《インペルベイン》を目にして指差している。

 

 彼らには恐らく伝わっていないのだろう。世界の動乱も。モリビトの脅威も。

 

 だから彼らが目にしているのは神かもしれないし悪魔かもしれない。

 

 ただ、一息の引き金で終わらせる、という役割で言えば、モリビトは悪魔の役割を買って出ていた。

 

「禍根だとか、そういうのは残さないわよ。だって、わたくし達は、残酷ですからね」

 

《インペルベイン》の銃撃が村を焼き払う。着弾した現地村の家屋が火の手を上げて焼けていった。

 

 彩芽はコックピットの中で今しがた引いた操縦桿の引き金を凝視する。

 

 今の、たった一動作で、人が大勢死んだ。

 

 その感覚に咎を痛感しないほど、この身体は人でなしではない。ただ、いちいち他人の死に涙していれば、この身体が枯渇するのだけは確かであった。

 

「許しなんて乞わないわよ。だってわたくし達は、そういう存在だから」

 

 村の空を駆け抜けていく《インペルベイン》は悪鬼の所業であっただろう。だが、この場所を戦場にし、人々から何もかもを奪っていったコミューンの兵士達とどちらが悪か。それを誰も断罪する事など不可能なのだ。

 

 この世で絶対者だけが持つ糾弾の権利を奪うために、自分達は降りてきたのだから。

 

 絶対者に搾取される人々を少しでもマシな明日に変えるために。世界を一歩でも前に進ませるために。

 

「だから、許しなんて乞わないわ。……でも、きついわね。一人で背負うのは」

 

 だからこそ、最初の任務はツーマンセルなのだろう。《シルヴァリンク》と鉄菜にある意味では甘えているのだ。

 

 自分一人でこの戦場を預かれば、きっと数回もしないうちに磨耗してしまう。組織はそれも加味して、モリビトの操主を三人、選定した。

 

 自分は、まだ救われているほうだ。これから先、血に塗れていくばかりの手を彩芽は凝視する。

 

 いつか、あらゆる人々の災禍と怨嗟の声で身動きが出来なくなるまで。きっとこの身はあるはずだ。その日まで生きているのならば。

 

「わたくしは、罰を受けてでも、今日を生きるわ。それが、ブルブラッドキャリアの役目ならば」

 

《インペルベイン》が飛び去っていく。

 

 拠点制圧完了の信号を《シルヴァリンク》に送ると、相手もほぼ同時に同じ信号を送り返した。お互いに逡巡があったのかもしれない。本来ならばもっと素早く、この程度の戦場、渡り歩けなければおかしい。

 

 しかし、彩芽の胸中にあるのは迷いであった。きっと、鉄菜も同じであろう。鉄菜は感情を表には出さないが、感じる心くらいはあるはずだ。

 

 それさえも枯れ果ててしまえば、自分達はただの殺戮マシーンに成り下がる。モリビトの名前を継ぐ者としてそれはあってはならない。ただの大罪人であるのは、真っ平御免であった。

 

 ――この罪に意味がありますよう。

 

 彩芽は首から提げていたロザリオをそっと握り、この世界を見守っているであろう神に祈っていた。

 

 神を葬る装備を持っていながら。

 

 その身は酷く穢れていた。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。