ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯129 英雄と道化

《モリビトタナトス》の性能面における能力は敵の新型人機を退けるのに充分であった。ガエルは新たな機構を完全に物にするまでは時間がかかるな、と感じつつ操縦桿を引く。

 

 敵人機を照準し、ある程度の自律稼動を約束する新型兵装「Rブリューナク」。平時は羽根のように拡張し、機体バランスを整える役割を果たすこの武装は、射出し、物理攻撃可能な槍として、あるいは射撃武器としても有効だ。

 

 さすがに初めての武器を使うのには神経をすり減らす。相手方のトウジャの引き際が潔かったからいいものの、あちらが少しでも粘っていれば消耗戦になる可能性すらあった。そうならなかったのは相手のリーダー格の判断の優秀さである。

 

「あれが……C連合のカリスマ、リックベイ・サカグチかよ」

 

 R兵装で固めたトウジャの中で唯一、実体剣を使って《モリビトタナトス》を止めてみせた実力、恐れるべきだ、とガエルは判断していた。リックベイの実力は星の裏側まで聞き及んでいる。

 

 型落ちの《ナナツー弐式》で《バーゴイル》大隊を壊滅させただの、飛翔するロンド相手に大立ち回りを決めただのどれも疑わしいと思っていたが、いざ戦場で矛を交えると、どれもあながち嘘ではなかったのかもしれないと感じさせる。

 

 降り立った《モリビトタナトス》は超電磁リバウンド効果の浮力で浮かび上がっていた質量を基地の滑走路へと落とした。質量をリバウンド効果で減らしている事によって高速機動を可能にしている《モリビトタナトス》は接地時にその余剰質量を足元に晒す欠点がある。

 

 対地迎撃には向いていないと前置かれていたが、このような理由からか、とガエルは操縦桿から手を離した。操主服の中は汗ばんでおり、Rブリューナク二基を用いるのがどれほどの技術なのかを痛感する。

 

「ただ、便利ではあるよなぁ、この兵装。一機で三機分、いや、もっと立ち回る事が出来る」

 

 これならばともすれば、モリビト三機が襲ってきてもこちらへと優位に運ぶ事が出来るかもしれない。そう考えていた矢先、不意打ち気味の喝采が響き渡った。

 

 何だ、とガエルが周囲を見渡すと、生き延びた兵士達が出てきてそれぞれ声を上げている。

 

 モリビトが味方になった、という叫びを聞き、ガエルは、ああ、と感じ取った。これがレギオンの言う「正義の味方」への第一段階なのだろう。モリビトタイプがゾル国前線基地から出撃する。この意味を分からないほど相手も無知蒙昧ではあるまい。

 

 ガエルはコックピットから歩み出て拳を掲げた。するとその動作に呼応して百人ほどの人々がうねりを上げる。

 

 単純に恍惚が勝った。人々を扇動している。人々が自分の思い通りになる。カリスマの心地でガエルは喜悦に浸る。

 

 ――なるほどな。これが、勝利の美酒ってわけかい。

 

 独りごちたガエルは英雄の座につくのも悪くはない、と笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『聞いたかよ。地上の戦闘』

 

『ああ、トウジャが持ち込まれたんだって?』

 

『それだけじゃないってよ。聞いて驚くな。ゾル国の格納庫から、モリビトが出撃したって言うんだ』

 

 にわかに沸き立つ外延軌道のステーションでカイルは《グラトニートウジャ》の中にこもっていた。

 

 どうせ、医務室を占拠していても不可思議に思われる。それならば愛機に乗っているほうがまだマシだと判断した彼は夜の時間帯のうちに《グラトニートウジャ》に乗り込み、今も篭城を続けていた。

 

 しかし、操主が乗機にこだわるのは珍しくはない。《グラトニートウジャ》に収まったカイルへと追及はなされなかった。

 

 代わりに彼はあらゆる通信回線に割り込み、人々の声を聞き届ける。

 

『でも、トウジャって、うちの国だけじゃなかったのかよ』

 

《グラトニートウジャ》を仰いだ兵士の目線にカイルは覚えず身を縮こまらせる。今の自分の姿を誰にも見させるわけにはいかなかった。

 

 無論、相手からは見えていない事くらいは理解している。それでも、全天候周モニターが反射する己の姿でさえも忌まわしいのだ。

 

『分からないもんだよな。こっちがコスト切って一機製造している間に、向こうは五機だったみたいだぜ?』

 

『五機も実戦投入? それで? 現地の奴ら、生き残ったのかよ?』

 

『そこにモリビトが絡んでくるみたいなんだよな。まだ正式発表はされていないが、ブルブラッドキャリアと本国が組んだって噂も立っている』

 

 その言葉を聞きつけ、カイルは目を見開いた。

 

「……ブルブラッドキャリアと、戦いを生み出す権化と我が国が、手を組んだ……だと」

 

 信じ難い言葉の羅列に戦慄いていると一般兵は手を払った。

 

『まあ、さもありなんだよな。いくらモリビトを打ち倒そうと頑張ったところで、こちとら《バーゴイル》数機とトウジャ一機。この情勢をどうにかしたいって思うんなら、ありえない選択肢じゃないだろ』

 

 何を言っているのだ、とカイルは全天候周モニターに爪を立てる。誇り高いゾル国は、本国はそのような瑣末事で理想を曲げるような国家ではない。そう叫びたかったが、喉から漏れたのは醜悪な獣の声であった。

 

 カイルはリニアシートの上で蹲る。どうして、一回の搭乗でこのような醜い姿に成り果ててしまったのか。皮膚は黒ずみ、整っていた歯茎からは犬歯が発達し、身体の至るところから、強い毛髪が生えていた。

 

 何が起こったのかなど問い質すまでもない。

 

 ハイアルファー【バアル・ゼブル】。その反動なのだと説明されずとも理解出来る。だが理解出来るのと、納得出来るのは別の話であった。

 

 どうして、ハイアルファーを使った程度でこの身が醜く爛れなければならないのか。カイルは全てを呪うしかなかった。この境遇も。この人機も。

 

『にしたって、宇宙から降りるなってのはどういう風の吹き回しだ?』

 

『まだ上はブルブラッドキャリア殲滅を諦めていないって事だろ。いい加減にしてもらいたいもんだぜ。戦力は《バーゴイル》とこのトウジャだけ。どうやって勝つって言うんだ?』

 

『こっちに振るなよ。大方、やんごとなき人々には及びもつかないほどの考えがあるんだろうさ』

 

 これが前線に立つ者達の言葉か、とカイルは怒りにさえ駆られた。ブルブラッドキャリア殲滅の任に充てられながら、その重責を放棄するかのような言い草である。自分ならば一も二もなく承諾するであろう、この重要な作戦に泥を塗っているようなものであった。

 

『しかし、馬鹿だよな。特務大尉も』

 

 自分の階級が紡がれ、カイルはハッとする。

 

『ああ、このデカブツトウジャに乗り込んでさ』

 

 兵士達は潜んだような笑い声を交し合い、《グラトニートウジャ》へと一瞥をくれる。

 

『一機でどうにかなるんだったら今までだってどうにかなるって言うのによ。息せき切って、張り切っちゃって、何頑張ってるの? って感じだよ』

 

 まさか兵士達にそのように思われているなど、カイルは夢にも思っていなかった。嘘だろう、と全天候周モニターに張り付く。

 

 しかし集音器の拾い上げる声音には冷笑が混じっていた。

 

『自分が広告塔に使われているって自覚もないんだろうなぁ。でも前には出てくれるから、大助かりって感じだ』

 

『そりゃ、言えてるな! 前にだけは出てくれるからよ。臆病者には大助かりだ』

 

 カイルは己の信じていたものがガラガラと音を立てて崩れていくのを感じ取っていた。兵士からの信頼も厚いと思い込んでいた。皆が尊敬の眼差しで自分を見てくれているのだと。勇気ある存在だと讃えてくれているのだと思っていたのに、これではまるで道化である。

 

 カイルはモニターに爪を立て、コックピットで咽び泣いた。

 

 ガエルに会いたい。叔父に会えばきっと、あのような兵士の世迷言、一蹴してくれるだろう。叔父だけが自分の世界の全てだ。叔父に褒めてもらえれば、自分はどれほど兵士から見捨てられても戦える。母親は自分を捨てた。父親も当てにはしてない。

 

 この世で一番に自分を見てくれる人間はきっと、ガエル・シーザーだけなのだ。

 

 異常に突き出た喉笛が地獄からの呼び声のような涙声を発する。自分の声だなど思いたくないだみ声。それでも、ガエルならば受け入れてくれるだろう。

 

 まだ自分は穢れていないのだ。《グラトニートウジャ》の呪縛から逃れた場所にいられるとすれば、それはガエルの傍だけである。

 

 カイルは笑おうとして、モニターに反射したその笑みのあまりの醜悪さに爪で引っ掻いた。

 

 


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