ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯128 死を司るモリビト

 欠伸をかみ殺したゾル国の兵士は、青く染まった前線基地の警護に飛び回る《バーゴイル》を視野に入れていた。

 

 朝焼けの中、眩い光が差す空を行き交う《バーゴイル》にはこの景色がどのように見えているのだろう。基地内部では前回の空間戦闘における《バーゴイル》の戦果をフィードバックするために整備班が格納庫に並んだ《バーゴイル》を見て回っている。

 

 欠伸が出ても仕方がないほどの平常の風景だ。これほどに穏やかな朝も何度繰り返した事か分からない。ゾル国前線基地とは言っても実際に敵が攻めてくる事など今までなく、持て余した兵士達はポーカー勝負に出ているところであった。

 

 観測班に当たっていた兵士は塔から見渡せる範囲に今日も古代人機は存在しない事を確認し、流れ仕事の中、再認識だけを行って去ろうとした、その時であった。

 

 観測塔が熱源を関知する。どうせ古代人機か、飛び回っている《バーゴイル》の誤認であろう、と思いつつも兵士は情報を集積させた。

 

 南方から高密度の血塊炉反応が見られる。古代人機の群れか、とその段になっても敵の可能性は視野に入れていなかった。参照データが初めてナナツーを示してから、兵士は警報を鳴らそうとした。

 

 その時には直進したプレッシャーライフルの一打が基地の観測塔へと突き刺さった。最初の警報は敵の接近によるものではなく、火災によるものであった。

 

 寝ぼけまなこを擦って兵士達が飛び起きる。何が起こったのか、誰も知る由もなかった。

 

「敵襲だ! 総員、警戒に入れ!」

 

 敵襲と言われても全員の脳裏にあったのは辛うじてモリビトの存在であった。だが、その敵の内情を《バーゴイル》のコックピットで知らされた兵士達はナナツーという情報に目を瞠る。

 

「ナナツーだと? どうしてそんな機体が……」

 

 激震が揺さぶり、衝撃波に否が応でも出撃を促した。スクランブルがかけられ、《バーゴイル》部隊がカタパルトから射出される。おっとり刀で出撃した《バーゴイル》の隊長機がその視界の中に確認したのは、地を覆いつくさんばかりのナナツーの密集陣形である。

 

《ナナツー参式》と《ナナツー弐式》が隊列を成してこちらへと砲撃を見舞っているのだ。どうしてナナツーが? と疑問符を浮かべた《バーゴイル》の隊長機へと突き刺さったのはプレッシャーライフルの一条の光線であった。

 

 爆風が煤けた青い大気を吹き飛ばし、ようやく前線基地は敵の正体がブルブラッドキャリアではなく、C連合である事を認識した。しかし何故? このタイミングでC連合が? と誰もが寝ぼけた頭を持て余す中、ベージュの機体色に彩られた謎の人機が《バーゴイル》へと肉迫し、プレッシャーソードが胴体を生き別れにした。

 

 他の《バーゴイル》が機体参照データにアクセスしようとしても、その時には翻った謎の人機が《バーゴイル》の背筋を叩きのめす。

 

 震えるコックピットの中、操主は参照データに瞠目した。

 

「トウジャ……だと?」

 

 それを確認する前にコックピットが断ち割られ、炎の中に《バーゴイル》が撃墜されていく。

 

 ようやく対応策を練ろうと《バーゴイル》が隊列を成し、プレスガンによる銃撃が敵性人機を叩き落そうとするが、地上のナナツーによる迎撃とトウジャタイプの機動速度に《バーゴイル》ではまるでついてこられない。

 

 翻弄された《バーゴイル》が一機、また一機と落とされていくのにようやく危機感を持ったのか、命令の声が飛んだ。

 

『固まるな! 散れ、散れーっ! 敵はR兵装を装備! ナナツーは目視出来るだけでも十機前後。それに五機の謎の人機が戦線を切り拓いている。総数十五機の……C連合の機体だ』

 

 忌々しげに放った声音にトウジャタイプが《バーゴイル》へと肉迫し、青いプレッシャーソードの斬撃を見舞う。《バーゴイル》が応戦の火線を咲かせるも、それらの銃撃網を抜け切った相手の人機は蹴りだけで《バーゴイル》を地上へと叩き落した。

 

 背筋を打ちつけた《バーゴイル》へと接近した敵人機がプレッシャーライフルを速射する。

 

 四肢がもがれ、全身から青い血潮を発して《バーゴイル》が沈黙した。

 

『総員、遠距離砲撃に切り替えろ! このままではジリ貧だ!』

 

 近距離における旨みがないと判断したのだけはまだ賢明であっただろう。問題なのは、《バーゴイル》程度では止められないと判じた人間があまりにも少なかった事だ。

 

 砲撃装備の《バーゴイル》がミサイルポッドを担ぎ上げ、謎の人機に向けて攻撃を浴びせかける。

 

 敵の人機はさらなる高機動に身をやつし、ミサイルの誘導をなんと地力で解いてみせた。そのあまりの出力に誰もが開いた口が塞がらない様子だ。

 

『嘘だろ……こちらの誘導装置から逃れるなんて……』

 

 人機の誘導装置は世界規模で同じ規格が使われている。《バーゴイル》に有効であるという事は他の機体も同様という事のはずなのに、ベージュの敵人機はミサイルの誘導からフレアも、ECMも使用せず逃れる。それは出力、推力の違いを如実に表していた。

 

『《バーゴイル》でも、追いつけないんじゃ……』

 

 浮かんだ弱気に付け込むようにナナツーの銃撃が《バーゴイル》部隊へとさらなる混乱を叩き込む。散開しようとしてもナナツーの銃弾や砲撃がそれを許さない。次第に密集陣形になっていく《バーゴイル》へとプレッシャーライフルの光条が一射された。

 

《バーゴイル》二機が肩口を潰されて落下していく。撃墜を免れようと噴射剤を焚いて姿勢を制御しようとするのを、肉迫したトウジャタイプが突進で突き飛ばした。

 

《バーゴイル》が無様に転がり、コックピットが激震する。操主は上へ下へと視線が流れる中、割れたコックピットの中から空を仰いだ。

 

 青いプレッシャーソードの輝きが降り注ぎ《バーゴイル》のコックピットを潰してく。

 

『砲撃部隊は謎の人機を抑えろ!』

 

『でも、ナナツーが!』

 

 トウジャを抑えればナナツーの砲撃に備える術はない。ゾル国の前線基地は完全なる混乱へと陥れられていた。

 

《ナナツー参式》が基地へと焼夷弾を見舞う。地獄の火炎に覆われる基地で、《バーゴイル》がナナツーへと反撃しようとして、その背筋をトウジャに割られる。

 

 青い血潮を撒き散らしながら倒れていく《バーゴイル》に、基地の者達は皆一様に死を予見した。

 

 このまま全滅するのが運命なのかと。

 

 その時、地下格納庫からのアクセスが《バーゴイル》部隊のコックピットに響き渡る。

 

『地下から? スクランブル発進って……』

 

 隔壁が開き、直後に立ち現れたのは地下から発進を受けた謎の人機であった。

 

 頭部が扁平で三つのアイサイトを有している。加えて、その濃紺と灰色の機体色と、佇まいからある人機を想起するのは難しくなかった。

 

『……あれは、モリビト?』

 

 見間違えようもなく、モリビトタイプである機体がどうしてだか、ゾル国前線基地の地下から出撃する。

 

 冗談のような現象に誰もが呆気に取られる中、両肩口から羽根のような武装を展開したモリビトタイプは《バーゴイル》部隊全体へと通信を開かせる。

 

『こちらはガエル・シーザー特務少尉である。我が方の新型人機、《モリビトタナトス》による反撃を開始する』

 

《モリビトタナトス》という寝耳に水の名前に全員が驚愕を浮かべる中、《モリビトタナトス》は両肩に備わった羽根をなんと次の瞬間、射出した。

 

 羽根はそのまま槍の形状となって中空を引き裂いていく。それそのものに推進剤がついており、リバウンドの効力を得ているのか全体が反重力の白色を帯びている。

 

『行けよ! リバウンドブリューナク!』

 

 リバウンドブリューナクと名付けられた機動兵器が空間を引き裂いてナナツーへと突き刺さった。

 

 前衛のナナツーのキャノピー型のコックピットを穿ち、直後には反転して別のナナツーへと槍の穂先からリバウンドの光弾を見舞った。

 

 ナナツー部隊がつんのめり、慌てて制動をかけようとするのを、一対の槍が逃さない。

 

 高出力のR兵装がナナツー部隊の足を削いだ。その時には《モリビトタナトス》は既にトウジャタイプとの戦闘に入っている。

 

 手にしたのは前時代的な鎌であった。刃の部分が丸まっており、熊手のようにも映る。

 

 鎌を振り翳し、《モリビトタナトス》はトウジャと打ち合った。トウジャのプレッシャーソードとほとんど同じ威力の攻撃が放たれ、遅れを取ったようにトウジャが干渉波のスパークが散る中、鍔迫り合いを繰り広げる。

 

《モリビトタナトス》はもう一方の腕に装備された鉤爪でトウジャの腹腔へと一撃を浴びせた。血塊炉を抉り込むつもりだったのだろう。慌てて離脱したトウジャは辛うじてその一打を食らわずに済んだようである。

 

『何なんだ、あれ……。いつから、ゾル国とブルブラッドキャリアが手を組んで……』

 

 騒然とする《バーゴイル》部隊の通信の中、一人の《バーゴイル》乗りが活路を見出したように叫ぶ。

 

『ナナツーは足を止めた! トウジャとかいうのに攻撃を集中!』

 

 砲撃部隊、前衛部隊共に火線が閃き、トウジャタイプを押し戻そうとする。その戦端に立つのは今まで自分達に煮え湯を飲ませ続けたモリビトタイプだというのは皮肉としか言いようがないが、《モリビトタナトス》はこちらの味方のようであった。

 

 自律兵器の羽根槍が《モリビトタナトス》の肩へと収納されていく。《モリビトタナトス》は再び、トウジャへと鎌による一撃を見舞おうと接近した。

 

 それを阻んだのは一機のトウジャである。接触通信回線が開き、声が弾けた。

 

『これ以上、好きにさせるかよ! モリビト!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 叫んだタカフミの声にリックベイは冷静に事態を俯瞰していた。

 

 突如として現れたモリビトタイプ。それだけでも脅威の対象であるのに、今まで見た事もない武装でナナツーは足を止められた形だ。これでは進軍も儘ならない。ナナツーが勢いを殺されれば、《バーゴイル》は冷静に撤退戦を繰り広げようとしてくるだろう。それくらいの頭はあるはずだ。

 

 今回の作戦の趣旨は、《スロウストウジャ》による相手への圧倒であった。それは充分に成ったと判断するべきか、とリックベイは考えかけて、否と結論付ける。

 

 タカフミがプレッシャーソードで謎のモリビトタイプと鍔迫り合いを繰り返していた。

 

 未確認の人機に果敢に攻める姿勢は素直に賞賛すべきだが、リックベイにはモリビトタイプの有する自律兵器に目を奪われていた。

 

 先ほど、ナナツーの進撃を殺してみせた槍のような全方位兵器。あのような代物、今まで存在すらしていなかった。リックベイは気持ちを落ち着かせようとしたが、タカフミの逸った声音に覚えず、と言った様子で声を差し挟む。

 

『こいつ! 守りも堅い!』

 

「アイザワ少尉。そいつの相手はするな。今は《バーゴイル》と基地の機能を潰すという作戦に尽力しろ」

 

『ですが、少佐! こいつ、モリビトなんですよ!』

 

 その通り。敵はモリビトだ。そうなってしまえば戦うのは必定の流れ。だが、今までのモリビトの戦い方ではない。

 

 ゾル国を味方につけるなどブルブラッドキャリアらしからぬ戦い方だ。

 

 他の《スロウストウジャ》がどう動くべきか戸惑っているようであった。リックベイは即座に命令を飛ばす。

 

「アイザワ機以外は《バーゴイル》を抑えろ。元々の作戦命令を忘れるな。ゾル国基地への強襲作戦はまだ途中である」

 

 了解の復誦が返る中、リックベイは新たなモリビトタイプを観察する。識別信号は依然としてアンノウンのままであったが、見た限りは完全にモリビトのそれである。

 

《スロウストウジャ》部隊が《バーゴイル》を狩り、前線基地へとミサイルの弾頭を叩き込む。ほとんどの敵戦力を奪う事に成功したようなものだ。これで作戦は終了――そう思いかけたリックベイはモリビトタイプがタカフミの機体を引き剥がし、再び羽根槍を射出したのを関知する。

 

「総員! 敵の羽根槍を受けるな! 全力で回避せよ!」

 

 羽根槍が機動し、ナナツーよりも今度は《スロウストウジャ》を狙ってくる。《スロウストウジャ》に乗り込んでいるのは皆、手だれの者達だ。だが、それでも敵の自律兵器に困惑を浮かべざるを得ない様子である。

 

 槍の穂先から赤いR兵装粒子が放射され、《スロウストウジャ》を狙い澄ます。一機の《スロウストウジャ》が標的にされ、逃げ切ろうと推進剤を全開にするも、質量とその反転速度の差か、すぐさま追いつかれ、二基の羽根槍が挟み込もうとしてくる。

 

 リックベイはプレッシャーライフルを速射モードに設定し、援護射撃を行った。途中、通信も怠らない。

 

「フレアか強化ECMで照準を解け! 恐らくはある程度照準してからの攻撃であるはずだ!」

 

 おっとり刀で《スロウストウジャ》がフレアを焚いて羽根槍の射線から逃れようとする。羽根槍が牽制のR兵装を放射しつつ、モリビトタイプの肩口へと戻っていく。

 

 本体は、と言えば、先ほどからタカフミと一進一退の攻防を繰り広げていた。R兵装であるはずのプレッシャーソードと互角に打ち合うモリビトタイプにリックベイは舌打ちする。

 

 このままでは作戦そのものは成功でも、あのモリビトタイプの脅威は去らぬまま、C連合によるゾル国併合の目論見は外れるであろう。リックベイは腰にマウントした実体剣の柄に手をやった。

 

「アイザワ少尉! 一旦、離脱しろ!」

 

 その声が響き渡るのと同時に、リックベイは二機の間に割り込んでいた。実体剣が鎌と打ち合い、激しいスパーク光を乱反射させる。

 

『少佐! こいつ、ただのモリビトじゃ――』

 

「承知しているとも。今までの機体じゃないな? それに、どうしてゾル国に味方している?」

 

 モリビトタイプは何も応えない。赤い眼窩が妖しく輝くばかりだ。

 

「答えぬか……。なればその腕、貰い受ける!」

 

 鎌を弾き返し、そのまま切っ先を腹腔へと突き立てようとする。反転したモリビトタイプが見舞ったのは何と蹴りであった。剣を掴む腕を蹴りつけられ、僅かに軌道がぶれる。その隙を逃さず、モリビトタイプは《スロウストウジャ》へと肉迫してきた。

 

 ほとんどゼロ距離まで迫る事によってこちらの剣筋を塞いだのだ。生半可な操主ではないのは見るも明らか。リックベイは《スロウストウジャ》の推進剤を一旦切り、相手の膂力に任せてもつれ込ませた。

 

 モリビトタイプがその速度ゆえに《スロウストウジャ》から抜ける。リックベイは抜けた直後のモリビトタイプの背筋へとプレッシャーライフルを一射した。

 

 確実に背筋を割ったと確信した一撃であったが、モリビトタイプは即座に翻り、幾何学の軌道を描いてこちらの銃撃を回避する。

 

「速いな……。両肩の羽根は随分と重そうだと言うのに。それとも、モリビトの性能が許す技というわけか。圧倒的だな。だがそれも!」

 

 プレッシャーライフルを速射し、モリビトタイプの逃げ場をなくしたとことで、照準警告がモリビトタイプへともたらされたはずだ。

 

 全方位から《スロウストウジャ》が狙い澄ましている。この包囲陣から逃れる事は叶わないはずだ。

 

「数による圧倒というものがある。《スロウストウジャ》が実戦においてモリビトと合間見えるのはもっと先だと想定していたが、案外、事実は小説より奇なり、か。さて、どう出る? モリビトタイプよ。我々の包囲を抜けられると思うな。それに地上にはナナツーがまだ配置されている。砲撃を見舞うのも難しくはない。この状況下で、完全に相手を破壊し尽くすのは困難を窮めると思われるが」

 

 リックベイの提言に通信回線が不意に開いた。音声のみの回線の中、敵操主は静かに嗤っていた。

 

『……やっぱり、使い慣れていないと難しいよなぁ、モリビト。どれだけ優れた機体って言っても、机上の空論。これが関の山か』

 

「モリビトの操主。その機体はやはりモリビトなのか」

 

『分かり切った事だろうが。いちいち聞くなっての。間抜けを絵に描いたみたいだぜ、その質問。……まぁ、しかし、実力は馬鹿に出来ない感じだ。トウジャタイプ、か。煮え湯を飲まされた相手は覚えておくのが筋ってもんだ』

 

「どうしてゾル国に味方する?」

 

『さてね。その辺りは政の範囲だ。オレは知らねぇよ』

 

 依然としてプレッシャーライフルの照準は向けられ続けているというのに、モリビトタイプもその操主にも、どこにも焦った様子はない。それどころかこちらの包囲など抜け切れる自信があるかのようだ。

 

『照準に入れている! 迂闊な事をすれば!』

 

『撃つ、ってか? 案外、C連合の皆様方もお優しいもんだ。照準警告なんてしてくれるんだからよ』

 

 何を、と声が響き渡る前に、羽根槍が中空を射抜いた。羽根槍は射出せずとも攻撃が出来る。それを示すかのようにブルブラッド大気を引き裂いた白い稲光に、遠雷が応じているようであった。

 

 ――侮れば待っているのは死だと。

 

 リックベイは自身の《スロウストウジャ》の片手を上げさせる。それはプレッシャーライフルの照準を逸らせ、という意であった。

 

『少佐! でもこいつ、みすみす……』

 

「それをどうこうするかは政の領域、と言ったな、モリビトの操主。なるほど、貴様も生粋の軍人と見える。ここで我々がその機体を射抜き、命をかけて撃墜したとしても、それが栄光になるどうかは別の話、というわけだ」

 

『分かっている人間もいるようで。そうさ。ここでオレのモリビトを破壊するのは簡単だぜ? てめぇらの持っているトウジャならな。だが、その後の事まで考えないほどの無鉄砲ってわけじゃねぇようだ。モリビトの撃墜がどういう意味を持つのか、分からない輩ばかりじゃないらしい』

 

 モリビトタイプの撃墜は誉れだ。それこそ、賞賛されるべき。だが同時に、対外的な事象に首を突っ込んだとして、その軍人は恐らく一生表舞台に立つ事は出来ないだろう。モリビトタイプを国が運用している。その事実が導く先を理解しているというのならば、ここでのモリビトの破壊は急務ではない。

 

「むしろ、冷静になった。モリビトタイプがゾル国に媚を売ったのだと、そう考えて差し支えないのであれば」

 

『どう感じようと自由さ。ただ、軍の狗っていうのに、そこまで選択肢があるとは思えねぇがな』

 

 リックベイは通信回線に吹き込んだ。

 

「全機、撤退準備」

 

 その命令に部下達が色めき立つ。

 

『少佐? 何考えているんです? ここでモリビトを落とせば――』

 

「ここでモリビトを撃墜しても我々側に得られるものは少なく、ともすればマイナスだと判断する。それにナナツー部隊は完全に足が止まっている。彼らを放って我々だけが攻勢に出たとして、では全体としての作戦成功かと言えば疑問が残る」

 

『さすがは、C連合の銀狼だな。その判断力、噂だけじゃねぇてわけだ』

 

 リックベイはナナツー部隊へと通達する。

 

「地上ナナツー部隊へ。全機、撤退に入れ。今次作戦は成功とし、一人でも生きて帰るように」

 

 軍人としては珍しい命令だろう。一人でも生きて帰れなど。無論、敵兵がそこまで許すと言う保証もないのだが、リックベイにはモリビトタイプの操主がそこまで妄執に囚われているわけでもない事を看破していた。

 

 それどころか、敵操主にはナナツーを追い詰めると言う気迫も、《スロウストウジャ》部隊をどうにかしようという野心もない。ここでゾル国が有効なカードとして保持出来るのは「モリビトという存在を確保している」という事実。

 

 その結果として自分達は動くしかない。タカフミが直通回線を開き、こちらへと問いかける。

 

『でも、少佐! トウジャがこれだけ揃っているのに、敵の破片の一つも土産がないなんて』

 

《スロウストウジャ》の事実上の初陣を飾るのにモリビトの部品は決定的だろう。本国でも《スロウストウジャ》の量産体制に力を入れざる得ない。だが、今はこのモリビト相手にうまく立ち回れる自信がなかった。

 

 何よりも両肩に装備された羽根槍の攻撃力と底知れなさ。つぶさに観察しても、完全には理解出来ない代物であるのは明白。

 

 今、ここで追いすがって致命打を受けるのは旨みがないだろう。相手はもしもの時には機体を捨てる程度の覚悟だが、こちらは《スロウストウジャ》を一機でも失いたくはない。

 

「分かれ。アイザワ少尉。我が方が《スロウストウジャ》を一機でも持ち帰れば、その分、次の戦闘では優位に繋がる。一回の戦いのみで勝敗が決すると思うな」

 

 タカフミは不承ながらに《スロウストウジャ》を下がらせていく。これで大方、撤退準備にかかったかと、リックベイはモリビトタイプを見据える。

 

「一つ、聞く。そのモリビト、名前は?」

 

 今までの三機とはまるで製造における思想が異なるようであった。相手操主は鼻を鳴らす。

 

『聞いてどうするんだ? モリビトの名前なんざ、知ってってしょうがねぇだろ』

 

「ああ、しょうがないとも。だがな、因縁というものがある。こうやって回線を開き、話せているという事は話が分かる相手だという証明だ」

 

 その言葉に敵操主はほくそ笑んだようであった。

 

『……いいぜ。教えてやるよ。こいつの名前は《モリビトタナトス》。死を司るモリビトだ』

 

《モリビトタナトス》という名前を紡がれた敵人機が赤い眼窩を煌かせる。リックベイはしかとその名を胸に刻んだ。

 

「《モリビトタナトス》か……。覚えておこう」

 

 プレッシャーライフルを速射し、牽制を張ってからリックベイは撤退軌道に入る。不思議と敵は追ってこなかった。《バーゴイル》部隊はほとんど満身創痍だ。あの基地における優位性は完全に消え去ったと思っていいだろう。

 

 しかし、煮え切らないな、とリックベイは胸中に結ぶ。

 

 新型のモリビトタイプ。さらにいえば、それと協定を結んでいたゾル国という国家。どこかで見えないパズルのピースが絡まり合い、不可思議な形を構築しているのが窺えた。それがたとえ国家の謀だとしても、自分達軍人には最低限の事しか知らされまい。

 

『少佐ぁ……こんなんじゃ全然っすよ! 《スロウストウジャ》の強さ! 示すんじゃなかったんですか』

 

 タカフミの鬱憤もよく分かるが、あのモリビトを相手にしてでは無傷で生還出来るかといえばそれはノーであろう。

 

「では君だけであの《モリビトタナトス》と戦ってくるかね?」

 

 そう返してやるとタカフミは首を引っ込めた。

 

『冗談! あんなの、一騎打ちなんて無理っすよ』

 

「ではそれ相応の作戦を練らなければ勝てない相手だという事になる。いたずらに兵を失いたくはないからな」

 

『でもですよ、少佐。《スロウストウジャ》なら勝てたかも』

 

「かも、や、では、という仮定の話を持ち込まないのが戦場だ。《スロウストウジャ》は未知数の人機。これから先どれだけでも伸びしろがある。今は、一つでもこいつに戦闘経験値を与えてやるのが我々の仕事だ」

 

 地上で粉塵を巻き上げながらナナツー部隊が撤退していく。半数ほどは残ったが、半数は恐らく機動不能状態に追い込まれた。それほどまでにあの羽根の槍は驚異的であった。

 

 人機そのものから離れた自律兵器など、誰が考えつくだろうか。モリビトであると同時にあの武装への対策も練らなければならないだろう。

 

『でも、あの《モリビトタナトス》っての、無茶苦茶っすね、あの強さ。あれ、本気出してませんよ』

 

 やはりタカフミには分かるか。熟練操主ならば相手が本気で来ているのかどうか位は分かるものだが、《モリビトタナトス》にも、敵操主にも本気はなかった。

 

 むしろ体よくモリビトを試している様子であった。こちらが実験として敵陣に乗り込んだつもりが、いつの間にか試される側に成っていたとは皮肉にもほどがある。

 

「《スロウストウジャ》の戦闘データを今のうちにバックアップしておけ。あの機体は追ってこないかもしれないが、少しの誤差が命取りになる」

 

『ナナツーの足並みに揃えていたら日が暮れちまいますよ』

 

 タカフミが駆る《スロウストウジャ》が天高く飛翔し、その速力を増した。今まで《バーゴイル》くらいでしか昇れなかった高度に一瞬にして昇ってみせる能力にはさすがにリックベイも驚嘆の息をつくしかない。

 

「これが……トウジャの力か」

 

 トウジャタイプたったの五機で敵の前線基地をほとんど壊滅まで追い込んだ。この実績は買われるべきだろう。問題なのは出現した《モリビトタナトス》をどのように利用するか、それに尽きる。

 

 ゾル国のこれからの公式声明次第で世界はまたしても大きく変動するだろう。

 

 その予兆をリックベイは感じ取っていた。

 

 


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