ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯126 怠惰なる罪

 破損状況に目を見開いたのは何も整備班だけではない。実質的な兵士達も、青い血飛沫を浴びてきた《スロウストウジャ》の威容にたじろいでいるようであった。巡洋艦に背丈の半分ほどしかないナナツー弐式と並べられるのはスケールの冗談を見せられているようで整備士達は引きつった笑みを浮かべつつ搬入作業を進めている。

 

 リックベイは人機格納庫に漂う古代人機の血の生臭さを感じつつも、彼らのように流れ作業ではないだけマシか、と眼下にマスクと浄化装置を常備したメカニックを視野に入れていた。

 

「いやぁ、素晴らしいですよ! このトウジャって代物は!」

 

 興奮した様子で語るのは整備班長であった。彼も例に漏れずマスクと浄化装置で固めており、荒い呼吸のせいでマスク内部が曇っていた。

 

「ナナツーよりペダル五つ分ほど速く感じた。体感的なものだけかと思っていたが」

 

「体感だけじゃないです。少佐のは少し重めに設定してあるのは、紫電の時からなんですが、今回も随分と重くしてあるんですよ、ペダル速度。だって言うのに、この数値! 見てください! 《ナナツー参式》の三倍はある!」

 

 端末を叩いた整備班長にリックベイは覗き込む。現行の最新鋭機と銘打たれている《ナナツー参式》の三倍の推力を誇っていた。それだけではない。反射速度、装備出力、全てにおいてナナツーなど前時代の遺物だとでも言わんばかりに凌駕している。

 

 トウジャとはこれほどまでなのか、とリックベイは言葉を失っていた。封印された禁断の人機。それをハイアルファーという余分を削ぎ落として配備しただけで現行兵器を上回る戦力とは。

 

 リックベイは洗浄装置に入れられていく五機の《スロウストウジャ》へと視線を向ける。

 

「これが……封じられた人機の力か」

 

「百五十年前の大昔の人達が再現したくないわけですよ、これは。こんなものが配備されたらきっと地上の勢力図は十年二十年レベルで変わっていたでしょうね」

 

 その歴史の目撃者となるのが果たして正しいのか、それとも罪悪の道なのか分からなかった。それこそ、後世の人々が決めていくものなのだろう。自分達は時代のうねりの中、力を扱っていく他ない。それがどれほどまでに人間の領分を超えていても。

 

「古代人機三十体前後の撃墜記録なんて目じゃないな。これがもっとしっかりとした武装で配備されれば、それこそ国家間の緊張は高まっていただろう」

 

「そう遠くない未来なんじゃないですか?」

 

 上機嫌で尋ね返す整備班長は《スロウストウジャ》によるゾル国強襲計画が既に作戦として立案されているなど知る由もないのだろう。議会を通過した《スロウストウジャ》の増強案は国民に知らされる事もなく、秘密裏に配備される。そして征服した暁には、国家の旗が変わったなどと遅れた情報を与えられるのだ。

 

 市民はオラクルの一件よりずっと、時代の情勢に流されっ放しである。彼らの民意を汲むような政治も、ましてや軍事も出来ていない。モリビト、ブルブラッドキャリアのためという建前、言い訳がまかり通り、市民の敵意は目下のところ、ブルブラッドキャリアが勝手に買い取ってくれている。

 

 自分達はその隙を掻っ攫う卑しい手段で、この星の支配権を握ろうとしている。果たして、侵略者はどちらか、と問い質さずにはいられなかった。

 

「《スロウストウジャ》の反応速度を試験した四人の操主の実力も恐らくは、実力以上のものを発揮出来た事でしょう。今までR兵装なんて夢のまた夢でしたからね。それを実用化出来ただけでもこの実績は大きいですよ」

 

 R兵装など、これまではまだ夢想の域であった。それが実用化され、瞬く間のうちに戦場を席巻しつつあるのは興奮よりも恐怖を覚えざる得ない。

 

 モリビトと同じ力を実質的に手にした国家はどのように動くのか。それを理解出来ぬはずがないのに、誰もが口を閉ざしているのは奇妙を通り越して不気味ですらある。

 

「《スロウストウジャ》部隊に目立った損傷はない、という事でいいのだな?」

 

「損傷どころか! あの青い血は勲章ですよ。落としたくないくらいの!」

 

 この浮き足立った整備班長も随分とベテランのはずだ。新型機が配備され、それが誰でも扱える事の危険性は熟知しているのはずなのだが、やはりというべきか、人は革新を目にすると寡黙になる生き物のようである。眼前の血潮それそのものがヒトの業とでも呼ぶべき代物なのに、流されるその青い血が今度は鮮血の赤に染まるのが予見されていても、皆が口を閉ざしている。

 

 自分もまた同じ。《スロウストウジャ》の能力にばかり言葉を傾けているのはそれが悪用される瞬間を見たくないから、というエゴなのだ。このようなもの、一度開発されてしまえば止める術はない。人間は何度でも繰り返す。百五十年前に青い大気でこの星を冒したように、またしても過ちが巻き起ころうとしている。

 

 その現場にいる人間、過ちを過ちとして認められる人間がいながら、何故誰も何も言わないのか、というのは後世の人間達の穿った偏見だ。

 

 そのように出来た人間など、この世界が始まって以来、いたためしなどあるのか。世界を変えられる人間はいつだって凡百で、凡俗で、そして烏合の衆に過ぎない。改めて、一人のカリスマなど存在しない事が、この兵器の存在をもって実感させられる。

 

 モリビトなど、きっかけに過ぎない。きっかけさえあれば、人間は何度でも殺し殺され合いの悲劇を相手に見舞う。過ちだ、忌むべき過去だ、と誰もが再認識出来る機能は備わっているのに、どうしてだかその点に関してだけは鈍感になれるのが人間であった。

 

「この数値を見てくださいよ。特にアイザワ少尉の戦歴は素晴らしいです。彼の実戦データを基にして最適なシステム構築が出来そうですよ」

 

 まさかここでタカフミの名が出るとは思っていなかったので、リックベイは聞き返してしまう。

 

「……アイザワ少尉が?」

 

「ええ、率先して切り込んでいった彼のデータを反映させれば、《スロウストウジャ》はもっと高みへと行けます。今まで人機による実戦に際しての白兵なんてそれこそ少佐の紫電くらいしかなかったんですから!」

 

 そういえばタカフミは自ら古代人機の群れへと突っ込んでいった。あれを昂揚した神経がもたらした一時的な独断だと判じていたが、どうやら自分の目のほうがもうろくしていたらしい。人機による実戦データを取るのに、遠距離と白兵を同時に想定するのは当然の事。タカフミの考えなしに思えた行動がまさか、トウジャタイプという人機開発の明日を切り拓く原材料になるなど、リックベイは思いもしていなかった。

 

「そうか。……今は彼のような若者のほうが先を切り拓く時代か」

 

「せっかくのプレッシャーソードです。彼の白兵戦闘データを他の機体へとフィードバックさせましょう。ゾル国の《バーゴイル》なら白兵も加味しなければいけませんからね」

 

 既にブルーガーデンの脅威が消え去ったのは暗黙の了解らしい。無理もないか、とリックベイは本国で待つ瑞葉を思い返す。既に兵士は彼女一人。滅びた国家に際して恐れるものなど何もないのだろう。

 

 だが、残った《ラーストウジャ》だけは別の議論がなされるであろう。あれをどう巡るのかが上の中でも話が分かれていた。

 

「血塊炉産出国への脅威は過ぎ去り、最早、争うのはゾル国の《バーゴイル》を重視、か。元の木阿弥に戻ったようなものだな。結局、人同士が争うのが常か」

 

「強化兵やモリビトと戦うよりかは現実的でしょう」

 

 そう、現実なのだ。嫌でも向かい合わなければ名ならない現実。《スロウストウジャ》はどれほど理想を掲げても対仮想敵国用の人機である事には変わらないし、モリビトを倒せば次はゾル国だ、という標的の移行も何も間違いではない。

 

 ただ自分達は正義の道を行っているわけではなかったと言う単純な帰結に過ぎないのだ。ゾル国の《バーゴイル》など、《スロウストウジャ》の前では恐らくは児戯。それでも、敵国へと攻めるという意味を理解出来ない頭ではない。

 

 ――戦争が始まる。否、もう始まりつつある。

 

 その事実だけは覆せないだろう。

 

「本国に戻れば、またしてもとんぼ返りのようなものか」

 

「自分としてみれば《スロウストウジャ》の実戦データは一つでも多いほうが助かりますが。なにせ、未知の人機です。これから先の運用も加味して、積極的に行っていきたいところですね」

 

 それがたとえ間断のない争いの只中であっても。自分達は進むしかなかった。

 

 


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