ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯125 ただ当たり前を……

「半壊した一号機の修復には最低でも一週間はかかるわ。何か釈明は? 彩芽」

 

 卓上に肘をついたニナイの問いかけに彩芽は結果論を説く。

 

「でも、勝てたわ」

 

 その抗弁などまるで意味がないかのようにニナイは白衣を翻し、三次元図を卓上へと呼び出した。記録されたのは《インペルベイン》と交戦するトウジャタイプの映像である。寸胴で巨躯。堅牢な鎧を持つトウジャ――《グラトニートウジャ》にはほとんどダメージはない。こちらの兵器がまるで通用しない相手にニナイは嘆息をつく。

 

「まさか、奥の手の一つであるRトリガーフィールドを無効化、さらに言えば反射してくるなんてね。予定外の事は起こるものだけれど、これに関しては上も随分と焦っているみたいよ。モリビトでも勝てないのか、って」

 

 彩芽は高出力のR兵装を発射する《グラトニートウジャ》を見据え、言い返していた。

 

「今回は防衛戦だった。攻めに打って出れば違う」

 

「そう明確に違うとは言い切れる? 一号機は中破、二号機は操主が昏倒、三号機は使うなと言われていた能力で応戦。……酷いものね。これがモリビトの執行者三人のやり方だって言うの?」

 

 わざと挑発めいた物言いを使っているのだ。彩芽は感情的になるのも馬鹿馬鹿しいと己に言い聞かせる。

 

「……トウジャタイプの有するハイアルファーには未知の部分が多い。でも、一度出て来れば対策は練られる」

 

「この《グラトニートウジャ》の性能面でのデメリットに関するレポート、読ませてもらったわ。でもね、彩芽。これじゃ、どちらも消耗戦を続けるだけよ。勝ちの要因にはならない」

 

 ニナイは纏めた種類を卓上に叩きつける。三次元図がぶれた。

 

「不満があるって言うの」

 

「上はカンカンよ? トウジャが出てきただけでも面倒だって言うのに、執行者三人のメンテナンスもろくに出来ないのかって怒りが飛んできたわ。これにはこう返したけれど。人間を最良にメンテナンスするのと人機を最良にメンテナンスするのとは違う、って」

 

 ニナイらしい口振りだ。だがそれでも納得が来なかったから、今こうして向き合っているのだろう。

 

「《シルヴァリンク》と《ノエルカルテット》には別任務を振るわ。彩芽、あなたはお留守番、っていうわけ」

 

「別任務……? 地上に降ろすって言うの?」

 

「それ以外にないでしょう。地上ではC連合が血塊炉の産出国を支配している可能性がある。兵力が整う前に前線を潰す」

 

 ブルーガーデン滅亡は思いのほか影響が強いようだ。何よりも血塊炉産出国を押さえたほうが勝利する地上の盤面。それを静観するのはブルブラッドキャリアの在り方としては間違っている。

 

「でも、鉄菜と桃を二人だけで行かせるなんて……」

 

「上の命令よ、従いなさい」

 

 そう言われてしまえばこちらがどれだけ吼えても同じであった。トウジャ相手に痛み分けした彩芽は一度放置するべきだと判断されたのだろう。

 

「……でも地上にもトウジャはいる」

 

「《シルヴァリンク》をフルスペックモードで介入させる。それに地上のトウジャとは言っても、あの漆黒のトウジャと二号機のデータベースにあったブルーガーデンのトウジャでしょう? この二機がそう容易く出てくるとも思えない。後者に関しては既に破壊された可能性も高い。ブルブラッドキャリア上層部はモリビトが撤退戦や消耗戦に出る事のほうが問題だとしている」

 

「……わたくし達は使い捨ての駒じゃないのよ」

 

「そうよ、駒じゃない。だからこそ、温存しておくのは惜しいのよ。ここで出し惜しみをして、地上をトウジャタイプの楽園にしてしまえばそれこそ本末転倒。何のための報復作戦なんだか。地上がこれ以上発展する前に叩く。彩芽、理解は出来るはずよね?」

 

 客観的な理解は可能だ。判断も間違っていない。現状よりもC連合、ゾル国共に国力を増強されれば厄介。何よりも血塊炉の争奪戦になれば地上は荒れ果てる。新たなる戦争の火種は早いうちに潰しておかねばならない。

 

「鉄菜と桃は、了承したの?」

 

「担当官から二人の返事は得ている。彩芽、あなたの返事が最後だけれど?」

 

 二人が納得しているのならば自分が口を差し挟む余地はないだろう。

 

「……分かった。でも一度だけでいい。二人に会わせて。こんな状態で別れたくない」

 

「案外、湿っぽくなったわね、彩芽。いいわ。面会を許可しましょう。三時間後に設定しておく」

 

 ニナイに言葉の表層だけの謝辞を述べ、彩芽はラボを出て行こうとする。

 

「一応、警告しておくけれど、引き止めないでよ。二人は執行者なんだから。あなた個人の思想で雁字搦めにするのであれば、ブルブラッドキャリアは相応しい判断を下す」

 

 一号機から降ろす、か。あるいはもう用済みだと一線から退かせるか。いずれにせよ、組織が自分達を軽視しているのはよく分かった。

 

「分かっているわよ。それくらいは、ね」

 

 扉を潜り、彩芽は居住区へと下っていく。人気のない居住区画は夜の時間帯だ。子供も、大人の影も見受けられない。

 

 だからなのか、人工的な照明に照らし出されて呆けている鉄菜の存在に気づけた。

 

「鉄菜。何やっているの」

 

 歩み寄った彩芽に鉄菜は僅かに硬直した。会うな、とでも命令されていたか。あるいは、これから地上に向かうのに余計な感情は邪魔だと判断されていたか。

 

 構えた鉄菜に彩芽は柔らかく言いやる。

 

「何もしないって。それに……貴女もこんな場所で呆けている身分でもないでしょう?」

 

 鉄菜は彩芽の言葉を受け止めつつ、周囲を見渡した。

 

「……こんな場所があったんだな」

 

 鉄菜には居住区は馴染みがなかったのだろうか。彩芽は冗談交じりに言いやる。

 

「ショッピングとかも、した事なかったりして?」

 

 鉄菜は寂しげに目線を伏せて首を振るだけであった。

 

「……何も知らなかったんだな。私は」

 

 彼女にとって守るべき対象であったブルブラッドキャリアの事でさえも秘匿されていたのはショックだろう。最後の最後に《シルヴァリンク》で降り立ったとは言え、それまで自分や桃のように自由があったかと言えばそうではないのだ。

 

「鉄菜、買い物でもしてみる?」

 

 その申し出に鉄菜は困惑を浮かべていた。

 

「どこも開いていない」

 

「ウィンドウショッピングよ。どうせ、どこも張りぼてだらけなんだから、出来るでしょう?」

 

 鉄菜はその言葉の意味が分からないのか、眉根を寄せて逡巡する。

 

「ウィンドウ、ショッピング? ……よく分からない」

 

「教えてあげるからさ。来てみなさい、鉄菜」

 

 手招くと、鉄菜は案外素直に後ろをついてきた。しかし、並んで歩くのがウィンドウショッピングの醍醐味だ。彩芽は鉄菜の肩を担ぎ、強引に引き寄せる。

 

「ほら、あの服なんていいんじゃない?」

 

 彩芽の指差したのはフリルのついたドレスであった。鉄菜はそれだけは素早く返答する。

 

「あんなものは似合わない」

 

「分からないかもよ? だって鉄菜、制服は意外と似合っていたじゃない」

 

「……忘れてくれ。これ以外の服を着ても仕方がない」

 

 彩芽は腰に手をやって鉄菜のファッションを審査する。毎度の事ながらRスーツばかりで飾り気の欠片もない。

 

「駄目だって! いい? 女の子は着飾る権利を誰だって持っているんだから。こんなのばっかりじゃ飽きるでしょ?」

 

「……別に飽きもしないが」

 

「駄目なの! 貴女がよくってもわたくしが駄目。いい? こっちの服なんてもっと似合いそう!」

 

 手を引いて鉄菜を別のファッションブランドの店頭に飾られている服へと誘導する。飾り気はないが、黒を基調としたドレスであった。

 

「こんなものを着て、何になるんだが……」

 

「黒が似合うのは魅力的なんだから。わたくしは、まぁ、黒はあんまり着ないけれど、貴女ならきっと似合う! そうだ!」

 

 彩芽は無理を承知でドアをノックする。すると、意外な事にスタッフが対応した。

 

「もう閉店なんですが……」

 

「お願いします! ほら、モリビトの執行者の」

 

 女性スタッフは鉄菜の姿を認めるなり、ああ、と顔を明るくさせた。

 

「執行者の。それならば、どうぞ」

 

「やったわね、鉄菜。これで試着出来るかも!」

 

 声を弾ませる彩芽に対して鉄菜はどこか怪訝そうに返す。

 

「まさか……着ろと言うのか?」

 

「他に何があるのよ。ほら!」

 

 強引に店の中へと引っ張り込み、鉄菜へと店頭のドレスを試させる。鉄菜には羞恥の概念がないのか、それとも元からなのか、Rスーツを脱ぐのに試着室にも入ろうとしなかった。

 

「こら! 試着室で着替えなさい!」

 

「……どうせすぐRスーツに着替える。時間の無駄だ」

 

「そういうところが! ああ、もうっ! 試着室で着替えるの。分かった?」 

 

 言い聞かせるとようやく鉄菜は試着室に入った。すると一分と経たずに鉄菜が首を出す。

 

「……着方が分からない」

 

「世話が焼けるわね。ほら、後ろ向いて」

 

 試着室に入り、ドレスの背中部分を着付けさせる。鉄菜は心外だと言わんばかりにぼやいた。

 

「……誰も着たいとは言っていないのに」

 

「いいの! 貴女には一着くらい、こういうのがないと! ほら、くるっと回ってみて」

 

 鉄菜がスカートを翻し、くるりと回る。予想を遥かに上回るのは、鉄菜のすらっとした痩躯のお陰だろうか。それでもドレスに「着られている」感は否めなかったが、鉄菜のこのような姿はこれまで一度として拝めなかったのだ。

 

 彩芽はうんと首肯する。

 

「よく似合ってる」

 

「……下がスースーして変な感じだ」

 

「女装した男の言い分じゃないんだから。鉄菜、貴女は女の子なの。それくらいは分かって」

 

 その言葉に鉄菜は疑問符を浮かべる。

 

「性別上、女であるのは自覚している。それに何の不足が?」

 

 どうやら根本から叩き直さないと駄目そうだ。彩芽はスタッフを呼びつける。

 

「すいませーん! この店にある服、ありったけください!」

 

「ありったけ……? まさかまだ着せ替えをさせられるのか?」

 

 げんなりとした鉄菜に彩芽は鼻息を荒くした。

 

「当然じゃない! 鉄菜、似合う服を見つけるわよ!」

 

 


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