ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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第七章 壊れゆく剣
♯124 拒絶の足音


 実験機としては不安が残る、と無重力下の整備士達が口を揃えて言うのを、桃は不思議な気持ちで眺めていた。

 

 眼前に佇むのは《ノエルカルテット》と同じ彩色の人機である。

 

 原初のモリビト。零号機、《モリビトシン》。その機体の稼動実験に桃は随伴させられていた。タキザワは整備士達の意見を纏めつつ、次のステップへの移行準備を進める。

 

「オーケー、次はタスク三百から二十飛ばして起動実験を再開。《モリビトシン》の内蔵血塊炉の反応を見る」

 

 通信への返答は迅速であり、《モリビトシン》は再び血塊炉活性装置を取り付けられていた。

 

 血塊炉活性装置はまるで尻尾のように取り付けるタイプのものであり、円環を描いた活性装置が擬似的に血塊炉のフル稼働状態を再現し、内部血塊炉へと無理やり火を通すやり方だ。

 

 あまり推奨はされない、とタキザワはこちらへと向き直る。

 

「無理やり叩き起こすようでね。眠り姫には優しくしないと」

 

 その言葉を怪訝そうに桃は返す。

 

「それにしては、随分と荒っぽいみたいですけれど。これまでのやり方は」

 

「バベルで閲覧したのか」

 

 困り者だ、とでも言うようにタキザワは首を引っ込める。

 

「閲覧されてまずいものを造っているんですか」

 

「そのつもりはない。でもまぁ、《モリビトシン》は既に前時代の遺物と考えられているからね。この整備ブロックでさえももしもの時には切り離されるだろう。それくらい、重要度は低いんだ」

 

 ならばその道楽のような整備実験に自分が駆り出される理由は何なのだろう。桃は《インペルベイン》によく似た頭部形状の《モリビトシン》を見据える。赤い三つのアイサイトにはこちらへと問い返してくるような眼差しがあった。

 

「聞いたよ。一号機中破だって?」

 

 タキザワの耳聡い言葉振りに桃は淡白に返す。

 

「敵を撃退しました。一号機操主は充分に務めを果たしたはずです」

 

「どうかな? モリビトの本来のスペックならばあの程度、蹴散らせなければおかしいというのが大筋の見解だ」

 

 桃は横柄な言葉に睨みを寄越す。

 

「……少なくとも執行者は死に物狂いで」

 

「上には伝わらないって事さ。いつの時代でも悲しいね。前線の兵士の苦労は、上では数字として扱われる。被害が出たか出なかったか。どれだけ撃墜したか、だけの数値だ。何事よりも現実的で、なおかつ残酷なのは数字という概念だよ」

 

「でも、数字じゃなきゃ、納得しないんでしょう?」

 

「それもまた、悲しいという話さ」

 

 フッと微笑んでみせたタキザワに桃は切り込んだ。

 

「どうして、《モリビトシン》の存在を組織で大っぴらにしないんですか」

 

「したところで、このモリビトはお荷物扱いだろう。もしかしたらバラして予備パーツに充てようなどと言われかねない。こちらの事情としては、予備にされるのは忍びない。何たって最初のモリビトだ」

 

「百五十年前に設計された、骨董品でしょう?」

 

「手厳しいな。だが、百五十年前では再現不能であった」

 

「今でもそうなんでしょう? このモリビト、見た限り一度も起動していない」

 

 バベルで閲覧した《モリビトシン》のデータベースには幾度となく実行される起動実験の模様が記録されていたが、どれも途中で起動失敗、あるいは――。

 

「おっ、来たかな」

 

 タキザワが期待を込めて《モリビトシン》をモニターする。起動指数に達した血塊炉の数値に整備士達が慌てて離れていった。

 

《モリビトシン》の内蔵血塊炉が照り輝くのが、胸部中央に備え付けられたランプから浮き彫りになる。

 

 起動した、と思った途端、《モリビトシン》が身をよじった。格納庫の中で《モリビトシン》が拘束具を解き放とうとする。「総員退避!」の号令と共に整備士達が別室へと避難していく。

 

 タキザワはギリギリまでモニターするように通達していた。

 

《モリビトシン》の眼窩に輝きが宿り、生命の息吹と共に《モリビトシン》が両腕を駆使してブリッジ部を粉砕した。

 

 その膂力に耐え切れなくなったのか、カタパルトが踏みしだかれていく。《モリビトシン》の実験ブロックが赤色光に塗り固められた。

 

 タキザワは即座に声を吹き込む。

 

「《モリビトシン》の暴走を確認。エラーデータの参照急いでくれ」

 

『53番エラーを確認! 血塊炉が閾値を越えて……内蔵AIが制御出来ません!』

 

《モリビトシン》が全身に青い血潮を滾らせてこちらへと歩み寄ってくる。噴射剤も、推進装置も何もかもを廃している実験機でありながら、その挙動は素早い。

 

 拳が固められ、三重の強化ガラスのモニタールームへと鉄拳が見舞われた。強化ガラスが粉砕してオレンジ色に染まる。

 

 緊急用隔壁が閉まり、《モリビトシン》の二度目の拳を防いだ。タキザワが指示を送る。

 

「血塊炉抑制剤を噴射! 《モリビトシン》を五十二度目の凍結措置に!」

 

 投射画面が浮かび上がり、《モリビトシン》が拳を打ち込み続ける格納庫内へと赤い濃霧が降り立った。《モリビトシン》の全身の駆動系が軋みを上げて攻撃力を減殺してゆき、遂には《モリビトシン》が内奥から停止した。

 

 停止信号を受け取ったタキザワが《モリビトシン》の実験結果が苦々しいものに終わった事を痛感しているようだ。

 

「……二百三十二回目の起動実験は失敗。《モリビトシン》の原因不明の暴走と判断。血塊炉抑制剤の噴射終了と同時に《モリビトシン》のメンテナンスを再開。次回の起動実験に備える」

 

 了解の復誦が返る中、桃は言いやっていた。

 

「これが、《モリビトシン》を大っぴらに出来ない理由、ですか」

 

「悔しい事に、ね。この血塊炉が馴染まないのか、それともまだ我々の知らない領域があるのか、《モリビトシン》は起動してくれないだけならばまだいいのだが、こうして暴走する事も少なくはない。これで人的被害なんて出してみろ。それこそお取り潰しだ」

 

 偽装AIによる遠隔操作だからこそ、この起動実験は成り立っていると思っていい。そうでなければ、今すぐにでも《モリビトシン》は分解され、現状の戦闘用人機へと還元されるであろう。

 

「人死にが出てないだけマシですか」

 

「三機のモリビトはこれを参考にして建造されたんだ。何か、外的要因が作用しているはず……そう考えなければ百五十年前の叡智を持つ人々の考えそのものの否定だ」

 

 百五十年前、禁断の人機を建造し、星を汚染した人々は追放され、この宇宙の常闇でモリビトを建造する事に決めた。その理由が《モリビトシン》にはあるはずなのだ。だというのに、当の人機には問題点が多数ある。

 

 これでは実験区画自体、意味のない予算の食い潰しだと思われても仕方ない。

 

「やっぱり、モモには関係ないですよね」

 

「関係なくはないだろう。もし、現状のモリビト三機が戦闘不能に陥った場合を備えて造ってあるんだ」

 

「でも、だとすれば二号機操主や一号機操主だって適任のはずですよね。どうしてモモが?」

 

 タキザワは腕を組んで桃へと言葉を投げる。

 

「《ノエルカルテット》の適性がこの人機と合致しているからさ。《モリビトシン》を動かすのに、君が一番に適任だ」

 

「でも動かない人機じゃしょうがないですよね」

 

 手痛い言葉だったのだろう。タキザワは後頭部を掻いて《モリビトシン》のデータを参照する。

 

「それなんだよな……。どうして起動しない? 暴走する理由は何だ?」

 

「失礼します。《ノエルカルテット》の調整があるので」

 

 踵を返しかけた桃へとタキザワは声を投げていた。

 

「また、能力を使ったんだって?」

 

 足を止めた桃は淡々と言い返す。

 

「……でも勝てました」

 

「《バーゴイル》程度では勝率には入らないよ。これから先、一号機が相手したトウジャが導入される可能性が高い。トウジャレベルの機体と渡り合うのに、今の執行者のレベルでは遥かに難しいだろう」

 

「では……ではどうしろと? トウジャなんて、倒せばいいだけじゃないですか」

 

「そう容易く行くかな? 一号機が持ち帰ったデータだけでも驚異的だ。これが何機いるのかも分からない」

 

「勝てばいいだけです。これまでだって、ずっと……!」

 

 拳を強く握り締めた桃に、タキザワは冷淡な言葉を送った。

 

「勝てばいいだけ、か。その通りだが、今の執行者三人は揺らいでいる印象を受けるね。常勝の機体であるはずのモリビトが通用しなくなってきている」

 

「どの口が……!」

 

「研究者としての客観視だよ。《バーゴイル》相手に昏倒する二号機操主に、トウジャに半分持っていかれた一号機、三号機はそのスペックを如何なく発揮出来ずに、不可思議な能力頼み。これでは先行きが危ういと感じる構成員が多くなるのも仕方ない」

 

「……モリビトは勝ちます」

 

「そうこなくては意味がないんだ。勝てなくては、モリビトを擁する我々はこの宇宙の中で、行き場所をなくしてまた彷徨う。楽園を追放された罪人達が、さらに辿り着いた辺ぴな場所からも追われる。これ以上の不幸はあるまい」

 

 桃はエアロックの扉を潜って言葉一つ、言い置いた。

 

「……でも、こんな場所で起動もしない人機で遊んでいる人間にだけは、言われたくありません」

 

 拒絶の現れのように、エアロックは無情に閉まった。

 

 


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