ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯123 タナトスの聲

 不意に風向きが変わった事に、狭苦しいコックピットの中で感じ取る。

 

《ダグラーガ》の眼光が大移動を始めた古代人機の群れを辿っていたが、追い風の先を自然と追っていた。サンゾウはその風の向こうにある国家の行く末を見やる。

 

「……ヒトの封じた原罪。それを使う事さえも厭わないか。どれほど罪に塗れた道であっても、思い直す事だけが人間に備わった唯一の機能だと言うのに。人間は、やはり繰り返す。それが繰り返してはいけないものだと分かっていても」

 

 古代人機が甲高い鳴き声を上げる。大地に朗々と響く声に《ダグラーガ》が錫杖を振り上げた。

 

 何機かの古代人機が呼応したように砲撃を中空に発射する。喜びの砲弾だ。彼らは人類のもたらした新たな生存区域へと一斉に移動していた。

 

 ブルーガーデンと言う名の独裁国家が滅びたのは何も惑星からしてみれば功罪ばかりではない。古代人機は汚染区域を苗床にして新たな棲み処を得る事になる。人類は自らの足で滅びへと踏み出した事になるだけだ。

 

 遠く、風向きの中に新たな血塊炉の鼓動を感じ取る。遥か昔に忘れていた惑星の震撼。争いへと進む煤けた風が吹き抜ける。

 

「古代人機は、ただただ生きていたいだけなのに。それも理解出来ないか」

 

《ダグラーガ》の策敵センサーが捉えたのは五機編成の機体であった。X字の眼窩を持つ人機が中空を舞い、古代人機の密集地へと飛翔する。

 

「愚か者は、どこまで行っても同じか。その存在を許容されていないとしても。……トウジャ」

 

 ベージュ色のトウジャタイプ五機編成は手にしたプレッシャーライフルを一射する。

 

 古代人機の移動に穴が開き、三々五々に散った古代人機をトウジャタイプが刈り取ろうとした。

 

 その機体が腰に備えたプレッシャーソードを発振させ、近距離から古代人機の砲門を引き裂いていく。

 

 青い血潮が舞う中、トウジャタイプが古代人機達を圧倒していく。

 

「憐れ。ヒトは自らの業に支配され、自然の摂理さえも理解せぬまま自滅の道を選ぶ」

 

《ダグラーガ》が静かに飛翔し、古代人機へと接近した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 初陣に古代人機の密集地を選んだのは最適と言える。

 

 テスト飛行に出たリックベイは《スロウストウジャ》のもたらすその恩恵に絶句していた。

 

 手にしたプレッシャーライフルは一撃だけでも充分に巨大な古代人機を絶命せしめる。それに加えて近接兵装のプレッシャーソードが遠近両面における無敵さを約束していた。

 

「これが、《スロウストウジャ》の力か……」

 

 呟いたのはあまりに過ぎたる力だという自覚があったからだ。ナナツーの比ではない。それどころか、あらゆる人機を凌駕する性能が秘められているだろう。五機編成にしたのは、何もテストの機密性を高めるためだけではなく、単純に先行量産型が五機しか建造出来なかったからだ。

 

 それが結果的には本国のナナツー乗りの中でも指折りのエース達に与えられたのは皮肉としか言いようのない。

 

 ナナツーに慣れた神経では少しばかり逸ってしまうほどの性能を誇る《スロウストウジャ》に、三人のエース達は翻弄されているようであった。

 

 プレッシャーライフル一射の突破力に言葉をなくしているのが伝わる。

 

「機体、止まっているぞ。ナナツーと違うとは言っても人機戦の基本は同じだ。止まっていれば体のいい的になる」

 

『す、すいません! 少佐! しかし、あまりにも……』

 

 言わんとしている事は分かる。あまりにも強い人機を与えられて神経が昂っているのだろう。

 

 古代人機などナナツーに乗っている時には出来れば逃げに徹するように、と通告されている相手だ。ゾル国のように徹底抗戦に打って出る事がエースの証ではない。

 

 だが、古代人機ならば他国との緊張状態を保持したまま、トウジャの性能のみを純粋に見る事が出来る。上の判断は何も間違っていない。ただ、一機の例外を除いては。

 

 プレッシャーソードを発振させ、古代人機を次々と切りさばいていく《スロウストウジャ》一機はあまりにも苛烈に攻めていた。青い返り血を全身に浴びて、機体が跳ね上がる。

 

 通信網を震わせたのはハイになった雄叫びである。

 

「……アイザワ少尉。古代人機とは言え、相手も強敵だ。迂闊に近づけば踏み潰されるぞ」

 

 リックベイの警句にタカフミは古代人機の砲撃の網を抜けて、幾何学の軌道を描きつつその懐へと飛び込ませる。

 

 プレッシャーソードの切っ先が古代人機の腹腔を貫き、そのまま装甲を両断させた。

 

『えっ? 何ですって? 少佐』

 

 聞こえていないのか。リックベイは嘆息をついて、タカフミへと再三の注意を振る。

 

「《スロウストウジャ》がどれほど強いとは言っても、古代人機だって馬鹿ではない。囲まれれば一網打尽にされるのはこちらのほうだ」

 

『大丈夫っすよ! おれ、この機体には自信があります! すげぇよ、トウジャ! おれを夢中にさせろ!』

 

 小型の古代人機を踏みしだき、タカフミの《スロウストウジャ》がプレッシャーソードを薙ぎ払う。大型の古代人機が背後から迫っていたが、その腕から逃れ、軽業師めいた挙動で背後を取った。

 

 プレッシャーライフルを速射モードに設定し、大型古代人機を幾条もの弾丸が貫いていく。

 

 倒れ伏す古代人機へとタカフミは圧倒の証のように佇んでみせた。

 

『これが、トウジャの力!』

 

『少佐……アイザワ少尉の身勝手、許していいのですか?』

 

 他の操主のうろたえ振りにリックベイは頭を振る。

 

「……羽目を外し過ぎない程度に性能を試すといい。あれほど力に酔いしれる必要はないが、この機体には慣れておけ。実質的な次世代機だ」

 

《スロウストウジャ》を駆るエース達が古代人機の上空を飛翔し、プレッシャーライフルを掃射する。

 

 今まで遭遇すればまず逃げる事を考えろと言われていた古代人機相手に、新たなる武装はこちらの圧倒的な優位を与えた。プレッシャーライフルを前にして古代人機がバタバタと倒れていく様は壮観ですらある。

 

 リックベイは全員のデータを取りつつ、《スロウストウジャ》の性能をレポートするべく高空で指揮していた。

 

 自分は戦局には割って入るつもりはない。だがエース機である《スロウストウジャ》がどれほどやれるのかは吟味しておく必要がある。なにせ、この次は恐らく近代人機との戦闘が待っているからだ。

 

《バーゴイル》との実戦を加味した場合、ほとんど動く的に等しい古代人機とはわけが違う。今のうちに《スロウストウジャ》の能力には酔っておいたほうがいい。実際の戦場ではそう上手い事、敵は墜ちてくれないはずだ。

 

 その時、リックベイは関知網の中に一機の識別不能人機のマーカーを発見した。全天候周モニターの一角を拡大させると、その機体はこちらをじっと見据えているようである。

 

 どこの人機なのかまるで不明であったが、毛髪のように絡まったケーブルと錫杖を手にしたその立ち振る舞いからただの人機ではないのは明白である。

 

 仕掛けるべきか、と逡巡したリックベイの思考を読み取ったように、その人機は静かに立ち去っていった。

 

 何だったのか、と確認する前にタカフミの《スロウストウジャ》が古代人機を薙ぎ倒していく。敵の射線をギリギリで潜り抜けて刃を見舞う様は傍目にもヒヤヒヤする戦い方だ。

 

「アイザワ少尉。《スロウストウジャ》が五機しかいないんだ。荒っぽい使い方をするなよ」

 

『でも、少佐! こいつ、まるでおれの思った通りに動く! こんなの、気持ちよくってクセになりそうですよ!』

 

 トウジャの機体追従性能は自分が試験を踏んだ段階で明らかになっていたが、まさかこれほどまでに操主間の実力差を埋めていくとは思いもしない。

 

 タカフミの機体が古代人機へと刃を振るい上げる。古代人機の砲弾が迫ると、彼の機体はまるで弾かれたようにそれを回避し、振り返り様のプレッシャーライフルの一撃で古代人機を射抜いてしまう。

 

 まさに水を得た魚のように、《スロウストウジャ》という世紀の人機を得たエース達は次々と古代人機を行動不能に追い込んでいく。

 

 その圧倒的な戦力に恐怖さえ覚えるほどだ。ナナツー戦力十機分を補えるとシステムデータの試算にはあったが、それは所詮シミュレートに過ぎないと一蹴していた自分に、リックベイは嘗め過ぎだという判断を下す他ない。

 

《スロウストウジャ》が古代人機三十体近くの群れを散らすのに、なんと十分もかかっていなかった。

 

 それぞれの《スロウストウジャ》が青い返り血を浴びて戦場を俯瞰する。息を切らしたエース達の中でタカフミが雄叫びを上げた。

 

『これが、トウジャ……! すげぇ、すげぇよ!』

 

 リックベイは人機による戦場が今日、新たなる産声を上げて変革したのを実感せざる得なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 将校に呼びつけられたのは随分と久しぶりに感じる。

 

 それほどまでにカイルの叔父としての職務が板に来たのか。あるいは、ただ単にこちからから催促しなかっただけなのかまでは分からなかった。しかし、将校は久方振りだとも何も前置かず、ただ端的に必要な事を述べた。

 

「《バーゴイルシザー》が大破した、との報告を受けた」

 

 宇宙から降りるなり召喚された理由などそれしかない、とでも言うように将校はこちらの目を見もしない。ガエルからしてみれば、レギオン掌握へのシナリオは着々と浮かびつつあるのに、この将校の余裕でさえも憎々しいほどであった。

 

「新しい機体を寄越すって言うから、オレは報告の任をすり抜けてここに来たんだぜ? 本来なら宇宙でまだあの坊ちゃんの世話をしなきゃいけないはずだ」

 

「それは忙しない事をさせたな、ガエル・シーザー」

 

 皮肉めいた言い草にガエルは眉を跳ねさせる。相手はこちらが水無瀬との協力を得た事など知らずにここまで挑発しているのだろうか。だとすれば間抜けだとしか言いようがない。

 

「……細けぇ事はいい。新型、寄越せよ」

 

 停泊している巡洋艦へと将校が入ると、ほとんど無人の通路で彼は不意にこちらへと一瞥を振り向けた。

 

「随分と、気前がいい、とは思わないのかな?」

 

「もう、んな事気にしねぇよ。何が出来たっておかしくないんだろ? てめぇらは」

 

「分かってきたじゃないか」

 

 カイルの叔父としての身分。それに、《バーゴイルシザー》大破の報告を受けて、すぐに新型を用意する手際のよさ。全て、水無瀬の推測通りであった。やはりレギオンとは、この世界そのもの。

 

 無自覚の悪意をすくい取ったその元凶こそがレギオンを構築するのだ。

 

 彼らは全であり一。一であり全。たとえこの将校を殺したところで解決しないのは目に見えている。今は、出来るだけうまい汁を啜っておく事だ。対処法はそのうち見えてくる、と水無瀬は結んでいた。

 

「此度の新型配置は、少しばかりの反発を食らうかもしれない。だが、それでも疲弊したゾル国はこれを受け入れざる得ないだろう。あるいは、もうその覚悟くらいはあるのかもしれないが」

 

「まどろっこしいな。反発を受ける機体なんざ、《グラトニートウジャ》だけで充分だろ?」

 

「……ある側面ではあのトウジャタイプよりもなお、かもしれないな」

 

 相変わらず人を食ったような物言いの好きな人間だ。ガエルはタラップを上がり、整備デッキへと足を進めた。

 

 一面が暗がりである。

 

 将校が足を止め、パチンと指を鳴らした。

 

 途端、照明が上がり、デッキに格納された機体を照らし出す。その姿に、ガエルは息を呑んでいた。

 

 ある程度の機体は想定していた。それがトウジャかもしれない、とも。しかし眼前の機体はそれら全ての予測を遥かに上回っている。

 

 鋭いデュアルアイセンサーを有し、既存の機体とはまるで異なる設計思想の下、建造された人機。両肩には羽根を思わせるバインダーがあり、どこか《バーゴイルシザー》の鎌を思い起こさせた。

 

「これまでの惑星内における設計思想を一新し、この機体の建造作業に全ての叡智を結集させた。タチバナ博士のシステムデータを得られなかった事だけは心残りだが、なに、タチバナ博士のような一部の天才がいなくとも、千人の凡才がいれば再現は可能であったという事だ」

 

 濃紺と灰色の機体色に、赤い眼窩。この世界を敵に回した機体そのものが、眼前に屹立している。

 

「こいつは……」

 

「機体名称を、《モリビトタナトス》。死神の名を冠する、惑星産のモリビトだ」

 

 紡がれた名前に《モリビトタナトス》の頭部にガエルはうろたえていた。まさか、モリビトタイプを己が手にする時が来るとは思ってもみなかったのである。

 

「モリビトなんざ……ゾル国が配備を許すわけ……」

 

「ところが、このような現実があってね」

 

 将校が手にした端末から映像が再生される。そこに映し出されていたのはベージュ色のトウジャが古代人機を圧倒する様であった。今まで見た事のないほどの大規模戦闘にガエルは絶句する。

 

 古代人機の大群をたった五機のトウジャタイプが殲滅するのに十分もない。将校は振り返り、口角を吊り上げた。

 

「《スロウストウジャ》……C連合は遂に禁忌へと手を出した。量産可能なこのトウジャが次に標的とするのは推し量るまでもなく競合国家であるゾル国だ。その前線基地に、まだ修復中の《グラトニートウジャ》では間に合うまい。かといって地上戦力ではどう足掻いても《スロウストウジャ》の前に無力だろう」

 

「……何が言いたい?」

 

 将校は佇まいを正して言葉にした。

 

「――ようやく、君が大手を振って成れると言っているんだ。正義の味方に」

 

 カイルの叔父としての実績も踏んだ。その上、当のカイルは使い物にならないのは自分が一番身に沁みて分かっている。

 

 現状のゾル国の国防は手薄。今仕掛けられれば確実に手痛い一撃を被る事になるだろう。

 

 それを回避するのに、モリビトの存在は不可欠。だが、これは新たなる火種に発展し得る。

 

「モリビトがゾル国の味方として出てくれば、C連合の疑念はそのまま、ゾル国とブルブラッドキャリアの共謀に向いていく。世界がブルブラッドキャリアとゾル国が手を組んだんだと思い込むぜ」

 

「だが、これによって君は完全に国家の中枢へと潜り込む事に成功する。モリビト……ゾル国の撃墜王のあだ名であり、なおかつその存在がハッキリとゾル国の象徴として成り立てば、最早恐れるべきは、世界の敵としてそれを扱うブルブラッドキャリアのみ」

 

「そう、容易くは行くかよ。ゾル国とモリビト連中が一緒くたになって世界を欺いていたんだと分かれば世論がどう動くか……」

 

「その心配は必要ない。なにせ、C連合とて国民の意見は無視してゾル国に仕掛けるんだ。それが機密作戦であれ、そうでないにせよ、お互いに探られれば辛い一物を抱えた結果になる。その妥協案として、国家同士が共通の敵を見つけるのに、時間はかかるまい」

 

 そうだ。世論はレギオンが完全に根回ししている。今、事実として存在する《スロウストウジャ》の脅威から国家を守れるのは、自分とここにいるモリビトタイプのみ。

 

 それが歴然とした事実であるのが分かるからこそ、国家の裏側に思索を巡らせるよりも、ブルブラッドキャリアという共通の敵を睨むために、国家同士が謀を行ったと見るほうが建設的なのだ。

 

 ――全てはブルブラッドキャリア打倒のために、お互いの生み出した出来レースなのだと。そう結論付ければレギオンが人々を扇動し、ブルブラッドキャリア排斥のためにお歴々が重い腰を上げるのは時間の問題である。

 

 もう賽は投げられた。問いかけるべきはモリビトに乗るか乗らないかではない。

 

 この道から外れるか、外れないかでさえもない。

 

 最早、死ぬか生きるかだ。

 

 カイルの叔父として生かされてきたのはモリビトを操っても不可思議ではないポジションだという説得付けのため。何よりも今までの自分の戦歴がモリビト鹵獲へのシナリオを容易に想像出来るよう仕組まれている。

 

 ガエルは赤い眼差しのモリビトへと視線を投じる。

 

 死への衝動をその名に持つモリビトは静かにガエルを見下ろしていた。

 

 逃げ帰る事も、ましてや何もかも忘れてなかった事にも出来ない。レギオンの用意した筋書き通りに世界は進むしかないのだ。

 

 自分はその上で用意された駒。正義の味方、という役割を演じるための。

 

 ガエルはフッと口元に笑みを刻む。これまで以上の修羅になるしか、生き残る術はないだろう。

 

 何よりももう、退路は断たれた。待っているのは黄金の軌跡か、あるいは絶望の死かの二者択一。

 

 黄金を辿るためならば、自分は――。

 

「いいぜ。《モリビトタナトス》。戦争をおっ始めようじゃねぇか。モリビト同士の! とんでもねぇ戦場ってヤツをよォ!」

 

 哄笑が格納庫に木霊する。将校はその返答にただただ満足したように笑みを浮かべるだけであった。

 

 

 

 

 

 

 

第六章 了

 


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