ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯12 狩人の領域

 深く眠ると悪夢を見る。

 

 そのため、作戦開始までは起きていようと務めていたのだが、やはり惑星降下から張り詰めっ放しの神経を一度休ませるべく、鉄菜は睡眠導入剤で夢も見ない眠りについていた。

 

 その寝顔を見守るのは彼女のサポートを務めるAI――ジロウだけ。眠りこけている鉄菜はまだ少女の容貌を漂わせたまま、戦士とはほど遠い。ジロウは《シルヴァリンク》の各所システム整備を行いつつ、《インペルベイン》への警戒を怠らなかった。

 

 鉄菜が眠っている間くらいは自分が守り通さなければ。張り詰めたジロウは《インペルベイン》から昇降エレベーターで降りてきた彩芽に気づいた。

 

『何のつもりマジ……?』

 

 観察を注いでいると、《インペルベイン》の火器管制システムを掌握しているAIが通信チャンネルを開いて呼びかけてきた。

 

『こちら《インペルベイン》搭載のAIサポーターである。コードはルイ』

 

 少女の声音だ。

 

 ルイと名乗ったAIに対して、ジロウは合成音声を用い、鉄菜が起きている風を装った。

 

『わざわざAIで呼びかけてくるのは何故?』

 

『こちらは常時、稼動状態なのだという事を伝えたい。それと、今次作戦の進行に関しての最終打ち合わせを行う』

 

 これは自分だけでは判断出来ないな、とジロウは感じた。鉄菜のRスーツにアクセスし、眠りを自然な形で起こす。

 

 瞼を上げた鉄菜はルイの呼びかけにハッとした。

 

『達す。こちら《インペルベイン》搭載のAI、ルイ。作戦遂行の是非に関しての打ち合わせを行いたい』

 

 ジロウと目線を合わせた鉄菜の判断は起きがけとは思えないほど正確であった。

 

「了解。……ところでそちらの操主は何故、《インペルベイン》から降りている?」

 

『さっきからマジ。何でだか分からないマジよ』

 

『《インペルベイン》を一度、目標地点まで飛翔させるに当たってブルブラッド大気の汚染濃度を確かめている。場合によっては血塊炉に目詰まりを起こす場合もあるため、操主は遠隔操縦を行い、今、調べているところ』

 

 ようはこの青い花園に来たせいで《インペルベイン》に不調があっては困る、という言い草であった。鉄菜はしかし、毅然として応じる。

 

「そちらが勝手に来た。呼んだ覚えはない」

 

『……マスターの言う通り、勝手ね』

 

 ここに来て初めて、ルイが感情らしいものを持ち出した。鉄菜への嫌悪に彼女は冷静に対処していた。

 

「AIもよく似るのだな。操主と話し方がそっくりだ」

 

『皮肉をどうも。でも、こちらがモニターしている限り、《シルヴァリンク》の操主のほうが勝手に映る』

 

「私は地力でここに来たまでだ。誰に咎められるわけでもない」

 

『計画の遅延に繋がる事は、ブルブラッドキャリア全体の指揮に関わる事。一機でもその例外ではないでしょう?』

 

「では三号機の操主はどうなんだ? あれはまったく掴ませないと聞いた」

 

『その話題を出されれば困るといえばそうなのだけれど、三号機はこの二機とは例外的な命令系統を持っていると推測される。だから対応は後でいい』

 

 問題なのは、今、対面している自分達だ、とAIルイは結ぶ。

 

「私は何も問題を起こしてはいない。そちらの操主のほうが随分と身勝手だ」

 

『……マスターを悪く言うの?』

 

 ここで諍いを起こしても何の得にもならない。ジロウが固唾を呑んで見守る中、降りていた彩芽が口を差し挟んだ。

 

「なーに、喧嘩してるの! 筒抜けなんだからね」

 

 AIルイが惑ったように声にする。

 

『でも、マスターを馬鹿にして』

 

「わたくしの事はいいのよ! あんたは《インペルベイン》のシステム関係をきっちり仕切ってなさい! ルイ!」

 

『……了解』

 

 渋々と言った様子でルイは《インペルベイン》のシステム管理に戻る。ジロウがホッと息をつくと彩芽が通信回線に割り込んだ。

 

『ゴメンね。うちの子は主思いだから、ああいう風にケンカ腰になっちゃって』

 

「いい。私は何とも思っていない」

 

 しかしジロウが間に入らなければAIルイに《シルヴァリンク》を覗き見されたかもしれないのだ。危うい綱渡りである。

 

『一応、鉄菜の合成音声を使って対応したマジ。こちらにもAIサポーターがある事はばれていないはずマジよ』

 

「気遣いありがとう。よく眠れた」

 

 そのようなはずがない。鉄菜が睡眠に入ってからまだ二時間と経っていないのだ。

 

『もっと眠っていればいいマジよ。これから戦闘に入るマジ』

 

 休んでいる暇はない、と言外に付け加えたが、鉄菜は淡々と応じる。

 

「いい。戦っているほうが性に合っている。眠ったり休んだりするといつも……悪夢を見るから」

 

 その悪夢に関してジロウは具体的に聞かされた事はないものの、何度もうなされている鉄菜を見てきた分、どれほどの苦痛なのかは推し量れた。

 

『戦闘に入るとこちらの人格データを封印して、完全に戦術に入るマジ。話す機会も、あまりなくなるかもしれないマジよ』

 

 自分を頼ってくれていいのだ、と言おうとしたが、鉄菜は逃げるのにはあまりに強く、あまりに苛烈であった。

 

「いや、今は第二フェイズへの移行を最優先にしたほうがいい。《シルヴァリンク》も《バーゴイル》を逃がしたせいで燻っている。一つでも白星が欲しい」

 

『訓練では何度も勝ってきたマジ。先の《バーゴイル》戦だって負けたわけじゃないマジよ』

 

「それでも、計画に支障を来たすやり方だと言われれば言い返せない。私は、自分の存在意義を示したい。《シルヴァリンク》と共に」

 

 どこまでも厳しい言い草にジロウは返す言葉も失っていた。AIである自分に補佐出来る範囲はたかが知れている。いざという時の判断は鉄菜自身がしなければならない。

 

 とはいえここまで頼られていないとなると、それはそれで複雑なものがある。

 

『鉄菜。第二フェイズまで十二時間を切ったわ。作戦概要は頭に入っている?』

 

 呼び捨てに鉄菜は頬をむくれさせた。

 

「……分かっている」

 

『なに、呼び捨てしたのが気に入らないの? いいわよ、そっちも呼び捨てすれば』

 

「必要外に通信回線を繋いで相手の名前を呼ぶのは得策ではない。傍受されればブルブラッドキャリアのコードネームが割れる」

 

『カタブツねぇ……』

 

 呆れた様子の彩芽へと鉄菜は言いつける。

 

「コード番号で呼べばいい」

 

『そんなの味も素っ気もないじゃない。せっかく名前を知り合ったんだし、意味のある事をしたいわ』

 

「……では、意味はない」

 

 迷いなく断じた声に彩芽は諌める。

 

『鉄菜……変わり者だとは思っていたけれど、相当ね。じゃあ、貴女はもし、名前を呼ぶ段に駆られたら?』

 

「コード01で通せばいい」

 

 本当にそう呼びそうだ。彩芽は慌てて取ってつけた。

 

『ああ、それは嫌。どうせならお姉様って呼んで欲しかったなぁ。彩芽お姉様って。呼んでみな?』

 

 鉄菜は心底その由来も、理由も分かっていないかのような口調で眉根を寄せる。

 

「そう呼ぶ必要性もなければ理由も分からない。私に記録上、姉妹はいないはずだし、続柄も不明だ。だというのに、お姉様というのは道理に反している。それは尊敬する人間につべるべきだと考えるし、私はお前にそれをつける理由が、ものの一切――」

 

『ああっ! 分かった、分かったから。もう、普通に彩芽、でいいわよ。……本当はお姉様、って呼ばせたいけれど』

 

 残念そうに言ってのける彩芽に鉄菜は小首を傾げていた。

 

「分からない事を言うものだ。彩芽・サギサカ。これでいいのか?」

 

『フルネームねぇ……。まぁ贅沢は言わないでおきましょう。鉄菜。これからC連合の紛争地帯へと赴くわ。覚悟はいい?』

 

「覚悟? おかしな事を聞く。この惑星に降りた時点で、作戦は執行されている。私達は、ブルブラッドキャリアの総意に基づくまで」

 

『よく分からないところで律儀な事で。じゃあ鉄菜、《インペルベイン》が先行するからついて来なさい』

 

「マップを同期した。その必要はない。散開して私が斬り込む。《インペルベイン》は撃ち漏らしを確実に対処して欲しい」

 

『……本当に可愛げのない。分かったわよ。《シルヴァリンク》に初撃は任せた。後は、チームプレイで何とか凌ぎましょう』

 

 そのチームプレイが何なのか、未だに分かっていない鉄菜が曖昧に頷く。

 

「ああ、そうするとしよう」

 

『鉄菜、大丈夫マジか?』

 

 不安に駆られて尋ねたジロウに、鉄菜は眉間に皴を寄せる。

 

「何故、不安がる? お前はAIだろう」

 

『でも、鉄菜のやり方じゃ、この先うまくやれるのか分からないマジ』

 

「私の援護につけばいい。それ以上は求めない」

 

 それは、その通りなのだろう。鉄菜は今までも、これからも恐らく自分に頼ってはくれない。必要に駆られた時のみ呼び出す。AIと操主の正しい関係だ。

 

 ただ、それが「正しい」のであって「最良」だとは限らないのであるが。

 

『……分かったマジ。余計な事は言わないマジよ』

 

「それでいい。《モリビトシルヴァリンク》、出る」

 

 操縦桿を引いた鉄菜に同期して、《シルヴァリンク》の巨躯が身じろぎする。スラスターを焚き、銀と青に彩られた躯体が濃紺の大気を突っ切った。

 

『バード形態で行くマジか?』

 

「いや、このままでいい」

 

 断じた鉄菜の眼差しに、最早、迷いは一分も感じられなかった。戦士が、獲物を求めて狩りに出たのだ。

 

 


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