ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

119 / 413
♯119 禁忌のエデン

 審問室に佇む者は四方八方から漂う視線に肩を縮こまらせた。

 

 ここに呼ばれただけでもある意味では汚点である。それが分かっているからこそ、囲まれた卓の中心にいる存在は声一つ発しなかった。

 

『審問。貴公の罪は重い』

 

 同期された義体と端末が同じような声を連鎖させる。

 

『汚染国土の拡大は重罪だぞ。――ブルーガーデン元首』

 

 中央のシステムに隔離されたブルーガーデン元首は返答も出来ないようである。

 

『何か釈明はないのか? 汚染原因を用いてまで国家の膿を取ろうとした、その行動を裏づけする何かを』

 

 誰もが分かっていてその固有名詞を避けている。当たり前だ。最も罪深い人機の名前を軽々しく言えるはずもなかった。

 

『モリビトやトウジャよりもなお、色濃い人間の罪悪。それを使った事、理由くらいは申してみよ』

 

 ブルーガーデン元首を構築する三基のコンピュータはメッセージを発する。声紋を使えないために、全員の脳裏へとその釈明の言葉が返された形となった。

 

『致し方なかった、と。あれを使う以外に反逆者を摘み取る方法がなかった、だと?』

 

『異議あり。反逆は予期されていた。同期ネットワーク、強化兵の実験段階のプログラムで』

 

『それを分かっていながら放置したのは怠慢である』

 

 ネットワーク上に返答が書き込まれる。

 

『怠慢ではなく、意図して捨て置いた……。一掃するために、か。だがそのような言い訳が通用する段階を超えている』

 

『左様。強化兵の自我発生の時点で我々に報告すべきであった。太古の昔に切り捨てたられた我らが眷属。生態コンピュータ、名称エデンの構築思想通りならば』

 

 元首――エデンは並び立つ元老院構成メンバーに対して書き込みによる反論を行う。

 

『人間を使う、という事は試算出来ない事実を生み出す、か。だが、知っているぞ。トウジャ……しかもよりによって《ラーストウジャ》か。ハイアルファー【ベイルハルコン】』

 

『過去百年のデータの中で、全ての被験者を廃人まで追い込んだ危険なハイアルファーだ。それを乱用し、あまつさえ支配域を離脱させたとなれば、繰り返すまでもなくその過失は大きい』

 

『【ベイルハルコン】を改修出来たのならばいざ知らず、回収不可能な汚染領域を生み出した。あの場所は五十年は人の立ち入れぬ高濃度汚染に晒されている』

 

『それだけならばまだいい。汚染領域は拡大を見せている。それに関して、何か言いたい事はあるか?』

 

 エデンは元老院へとメッセージを打った。その内容に元老院の全員に緊張が走る。

 

『……何を、貴様、それはどういう意味なのか分かっているのか』

 

『ブルーガーデン国土の再興計画だと? 不可能だ。あの領域は汚染されている』

 

『汚染域を含めての自治権の委譲を求めているだと? 自惚れるのも大概にしろ、エデンよ。自治権など最早、貴様にはないのだ』

 

『ブルーガーデンは今まで放置していた恩を忘れ、この星の死期を早めた。それはブルブラッドキャリアに並ぶ重罪に値する』

 

『よってブルーガーデン管理OS、エデンを永久凍結し、全ての権限を我らが元老院へと委譲。貴公の閲覧権限、並びに擁する全ての機能を封印措置とする』

 

 エデンの光が失せていき、そのシステムを元老院が支配しようとした、その時である。

 

『お待ちください』

 

 繋がった通信回線に元老院の全員が胡乱そうに声を返す。

 

『何のつもりだ。レミィ』

 

 ここにいない、肉体を持った元老院構成メンバーに色めき立った各員へと、レミィは進言する。

 

『そこで殺すのはいささか尚早が過ぎると言うもの。わたしは、このシステム、エデンに今一度チャンスを与えるべきだと考えます』

 

『肉の躯体を持って、自意識に乱れが生じたか? 同期ネットワークを完備していない肉体など所詮は使い物にならぬ』

 

『そうとも限りません。面白いものをご覧に入れましょう。これを』

 

 レミィのもたらした情報に元老院の各々が震撼する。

 

『これは……! トウジャ、なのか? 全く新しい形だ』

 

『機体名を《グラトニートウジャ》。この時代に則したトウジャを設計されたのは他でもない、タチバナ博士です』

 

『コンタクトに成功したと?』

 

『いえ、あのお方は未だに傍観を貫いていらっしゃいますが、その好奇心までは隠せない様子。個人端末にアクセスする術を持った草がいましてね。彼が抜き取ったデータを基に再現した新時代のトウジャです』

 

『戦闘データ……まさか既に実戦を?』

 

『宇宙でのデータは計測済みです。当然、その然るべき能力も』

 

 参照している元老院の全員が感嘆していた。このような驚愕の数値、捨て置ける領域ではない。

 

『R兵装への突破口となるか。これがもし、現段階での問題点を払拭出来れば』

 

『ええ、モリビトを打開出来る。それだけではありません。今回、モリビト一機を中破せしめたその実力、そして操主の力。なかなかに魅力的ではありませんか?』

 

 レミィの提示するデータを閲覧しながら、元老院の義体に指令が下る。

 

『……だがこのハイアルファーは』

 

『他のハイアルファーに比べれば随分と燃費もいい』

 

『……操主の自我が持つか?』

 

『それは彼次第でしょう。今議論すべきは、これほどまでに無毒化に成功したトウジャを、ゾル国が保有する事を決定した、という歴然たる事実』

 

 元老院の支配の根幹を覆しかねない。レミィのもたらした議題の種に、全員が審議を浮かべる。

 

『トウジャの即時封印は最早不可能に近い。ここまで開示されれば人間はその深層まで探るだろう。量産体制に移るのも時間の問題か』

 

『いや、それでもまだ、こちらの優位は保たれている。あの人機だけは野に放ってはいないのだ。こちらが一つ、飛び抜けているとすればその点』

 

『そういえば、C連合がブルーガーデン国土へと調査を始めた様子です。あの人機が発掘されるのは、既に時間の問題でしょう』

 

 こちらを弄ぶかのようなレミィの声音に元老院の面子は再三の審議の末に、エデンへの勧告を保留にした。

 

『エデン、まだその権限、生かしておく。貴公、ブルーガーデン国土の再生を望むのであったな?』

 

 赦されるのか、という旨のメッセージに厳しい声音が飛ぶ。

 

『たわけ。赦すはずもあるまい。しかし、刑の執行は保留とする。禁断の人機……キリビトを回収出来ればの話だが』

 

 キリビトの名前が出た瞬間、全員に緊張が走る。禁断の人機、その最後、最大の汚点。穢れの象徴を口走っただけでも恐れが這い登る。

 

 かつて世界を滅ぼした人機の名称に、元老院は慎重であった。

 

『キリビト回収はその全長、加えて汚染領域は重力反転、血塊炉による作用でまともな人機操縦は出来まい。その中で如何にして回収を行うか』

 

『簡単な事ですよ』

 

 そう言ってのけたレミィに元老院の矢のような叱責が飛ぶ。

 

『軽はずみな発言をするな、肉体を持っているくせに。同期ネットワークから逃れたからといって図に乗ると――』

 

『我々を使えばいいのです』

 

 レミィの発言に全員が呆気に取られる。我々、の意味するところを元老院は尋ね返す。

 

『……それは、元老院に動けというのか』

 

『いえ、正しくは、我々の肉体のスペアに。あの国家は併合されましたが、人の躯体には困りません。この通り、一度損壊された身体でも代わりが見つかります。――我らのオラクルには』

 

 オラクル国家という元老院自体の罪に言及したレミィに、エデンは戸惑いを浮かべる。当然だ。これは一般開示されていない情報である。

 

『レミィ、迂闊な発言は死を招く』

 

『失敬。もう知っているのだとばかり』

 

『ここまで来れば隠し立ても必要あるまい。C連合の小国コミューン、オラクル。あの国土に棲む人間には戸籍が存在しない。彼らは最初から、我々元老院のシステム管理者が一時的に外を見歩くための身体を生成してもらっている』

 

 意味するところが分からずにエデンが聞き返す。その愚に別の言葉が飛んだ。

 

『誤解しないでもらいたい。生成、と言ったが何も不自然はない。人間は繁殖し、その数を増やしている。ただ一つだけ違うのは、彼らが生まれながらに脳内にチップを埋め込まれている事。そのチップを介して我々の強大なネットワーク回線を一時的に繋ぎ、擬似人格プログラムを形成。人体のスペア構築に一役買ってもらっているだけだ』

 

 その言動にエデンが驚愕する。慎みのない言葉に糾弾が飛んだ。

 

『口を慎め、エデン。人体実験だ、などと、それは己に言っているのか? 強化実験兵を棚に上げて我々を一方的に非難は出来まい』

 

『その通り。これは人間を最大限に活かした行動に過ぎない。小国コミューンに棲む彼らに協力を買って出ているだけの話だ。彼らの人生には何も作用はしない。彼らはただ、人生を進め、生き、その終点に我らの支配があるだけの事』

 

 エデンがうろたえ気味にメッセージを送りつける。

 

『そうだな。オラクル武装蜂起は我らによるもの、だと、ようやく結び付けたか。だがその程度、瑣末な事だ。オラクルという国家には役に立ってもらっているだけ』

 

『この世界をよくするために、彼らは身を持って捧げてくれているだけなのだ』

 

『慈善だよ、エデン。人間の善性が、我々に味方しているのだ』

 

 エデンがこのネットワークから逃れようとする。無論、元老院の堅牢なネットワークがそれを許すはずもない。隔離されたエデンは逃げる事も、ここから立ち去る事も出来ない。

 

 この話を聞かなかった事にも。

 

『貴様には、既に一蓮托生として、我らに協力してもらうぞ。ブルーガーデン国土の再生だったか。くれてやろう。なに、少しばかり緯度と経度が変わるだけだ。この星には未成熟なコミューンが無数にある』

 

『その中のいくつかを、貸してやってもいい。もう一度ブルーガーデンを、貴様の楽園を再生したいのだろう? ならば、我々に協力するのが最も筋が通っている』

 

 迷いを浮かべたエデンにレミィが畳み掛ける。

 

『いずれにせよ、今のままでは汚染を広げただけのただの罪人。だが、これからの身の振り方次第で、その処遇を変えてやってもいいのだと言っている。罪が軽くなるのだ。これほどの譲歩もあるまい』

 

『レミィの言う通り。キリビトを遠隔操作して我らの下に連れて来い。そうでなければ貴様は永久凍結を免れない』

 

『いや、凍結処理で済めば、まだ温情のあるほうだ』

 

 システムの完全破壊さえも視野に入れている事をにおわせる。エデンはそうなってしまえば元老院に逆らう事も出来ないようであった。

 

『分かればいい。キリビトを回収するとして、ゾル国では足がつく。どうするつもりだ、レミィ』

 

『いや、何の心配も要りませんよ。ゾル国は傀儡も同然。別の部署がある。その部署に任せれば隠密に作業も進む』

 

『キリビトを手に入れた先も見えているという事か』

 

 通信越しのレミィが首肯する。ならば、元老院の決定は自ずと導かれた。

 

『なれば、レミィ、キリビトを回収した後、その機体へと我々の全ての叡智を詰め込もう。その時こそ、惑星の完全統治は成る』

 

『エデンに水先案内人は頼みましょう。キリビトへのアクセス権限は生きているな?』

 

 エデンには最早選択肢はない。ここで頷く以外の行動を取ればすぐさま封印措置が成されるであろう。

 

『キリビトを回収。オラクル市民によってその機体を修復し、ブルブラッドキャリア。この惑星へと無謀にも報復しようとするモリビトを殲滅する』

 

『トウジャの開発状況は逐次報告せよ。《グラトニートウジャ》、これは素晴らしいが、この機だからこそ懲罰を免れたようなもの。平時ならばアクセス停止が勧告される』

 

『重々、承知しています』

 

 レミィの言葉を受けながら元老院の議論の行方は一致した。

 

『キリビトを得れば、我らに怖いものなどない。ブルブラッドキャリア殲滅への秒読みは始まった』

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。