ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯117 クロスフィールド

 Rソードが何度目か打ち合う。

 

 敵の人機は予測出来ない機動性で《シルヴァリンク》を翻弄し続けている。空間戦闘用ではないはずなのに、Rクナイによる全包囲攻撃も通用せず、クナイガンの弾丸は今もまた、何もない空を穿った。

 

『そらよ!』

 

《バーゴイルシザー》の閃かせた刃がRクナイを叩き切る。残り二基、と鉄菜はこちらに巻き戻っていくRクナイを眺める。

 

『どうした、どうしたァ! そんなんじゃオレは墜とせないぜ? モリビトさんよォ! それとも何か? もう芸は出し尽くしたか?』

 

「……黙っていろ!」

 

 突き上げたRソードの切っ先が《バーゴイルシザー》の装甲を叩きのめそうとするが、敵人機はその軌道さえも読んで《シルヴァリンク》の懐へと潜り込む。

 

『もらった! 一死、だ!』

 

 内側から刈り上げようとした一閃を回避したのは習い性の神経か。《シルヴァリンク》の前面に二基のRクナイを展開させ盾のように駆動させる。

 

 ギリギリで受け止められた形となった《バーゴイルシザー》へと切り返すほどの余裕は残っていない。

 

 先ほどから息が上がりっ放しだ。《バーゴイルシザー》の動きについていけていない。それ以上に、《シルヴァリンク》を空間戦闘では思ったように動かせていなかった。

 

 鉄菜は操縦桿を固く握り締めて敵を睨む。濃紺の機体はまるで理解出来ないとでも言うように肩を竦めてみせた。

 

『おいおい、張り合いがねぇな。さっきから受けるばっかしで、斬り込んでも来れないのか? それとも、モリビトってのはいつからそんなに臆病になったんだ?』

 

「黙っていろ……、大勢を殺した人でなしが」

 

『そりゃ、どっちの言い草だろうな? 世界から見りゃ、てめぇらも相当な大罪人だ。大勢殺したって言ったが、あのテロはオレがやったって根拠はなし。比して、てめぇらは言い訳も出来ねぇほど、大勢殺して回ったじゃねぇか。今さら被害者ヅラァ、してんじゃねぇぞ!』

 

 踏み込んできた《バーゴイルシザー》に《シルヴァリンク》がRソードを翳す。出力では勝っているはずなのに、どうしてだか気圧されているのを感じていた。

 

『理由、知りたくねぇか? モリビト』

 

「……何だと?」

 

『オレが殺して回る、理由だよ。教えてやる。オレはなぁ、殺しが好きで好きで堪らねぇ! 生まれながらに持っているサガってヤツさ! 人間、誰もが罪人とはよく言ったもんだが、誰だって血に塗れて生まれてくる。オレはその血ってヤツにどうにも魅入られたらしい。戦場で見る血が好きだ。女を犯した時に見る血も大好きだ! 敵兵のドたまぶち抜いた時なんて恍惚とするぜ。散々イキっていた敵の将軍が目の前で命乞いする様なんてどうにも筆舌に尽くしがたい快感だ。殺しが好きだ、銃撃戦も、雷撃戦も、強襲も迎撃も、消耗戦も、撤退戦も、敗北戦も――全部だ! 全部がオレの血になって疼く! オレはこの世に生まれて心底、神様ってヤツに感謝してるぜ。キスしてやってもいいくらいにな!』

 

 鉄菜はその哄笑を聞きながら判定する。この人間は駄目だ。この人間だけは駄目だ。

 

 ――生かしておけない。

 

 面を上げた鉄菜は《バーゴイルシザー》を睨み据え、言い放つ。

 

「……対象人機と操主を脅威抹殺判定、Sクラスに認定。《モリビトシルヴァリンク》、鉄菜・ノヴァリス。目標を撃滅する!」

 

 Rソードが《バーゴイルシザー》を切り裂かんと迫る。気迫が伝わったのか、敵が興奮したように吼える。

 

『そうでなくっちゃあ、な! てめぇらはそうなんだよ!』

 

「うるさいぞ……! お前だけは、生かしてはおけない。人間の抱える罪の権化だ!」

 

『嬉しいねぇ。オレみたいな木っ端戦争屋が、人類の罪を代表出来てよォ!』

 

 鎌がRソードと打ち合う。その干渉波が飛び散る前に、《シルヴァリンク》が銀翼を拡張した。

 

 分散するはずのエネルギーが偏向し、一箇所へと寄り集まっていく。鎌とぶつかり合った一部に、《シルヴァリンク》の黄昏色のエネルギー波が流転した。

 

 敵がその異変に気づく前に、鉄菜は切り払う。

 

「アンシーリー、コートっ!」

 

『斬撃の攻撃力を、一極集中しやがったのか!』

 

 咆哮が常闇を引き裂き、薙ぎ払った刃が鎌を打ち砕く。闇の凝ったような刃が砕けると共に、《バーゴイルシザー》の胴体へと鋭い剣筋が見舞われた。

 

 ――取った。

 

 鉄菜の確信を他所に、《バーゴイルシザー》は健在であった。胴体は今にも断ち割れそうなものの血塊炉までは至っていなかったようだ。

 

 一撃で殺すつもりであったのに、その目論見が外れる。

 

『……どうやら今の、渾身の一撃ってヤツだったみたいだな。《バーゴイルシザー》の推力、装甲じゃ持たねぇか。いいぜ、今回の勝ちはてめぇに譲ってやるよ』

 

 頭部が圧力射出され、宇宙空間に漂う。溶断された機体が爆発に包まれる頃には敵操主は完全に逃れていた。

 

《シルヴァリンク》で追おうとするが、全身の駆動系が今の無茶な機動に警告音を響かせる。

 

 注意警戒色に塗られた《シルヴァリンク》では追うのは得策ではない。

 

 爆炎が常闇を照り輝かせる中、オープンチャンネルの声が弾ける。

 

『《バーゴイルシザー》は破棄だ。次で本気を出す』

 

 鉄菜は息を呑む。今の戦いでも本気ではなかったというのか。

 

「待て……、私は……」

 

 追いすがろうとして、全身が虚脱していくのを感じた。あまりに集中力を要する戦闘を続けたせいか、意識が朦朧とする。

 

『鉄菜? どうしたマジ? 鉄菜!』

 

 ジロウの声が意識の表層を滑り落ちていく中、鉄菜は《シルヴァリンク》の中で昏倒した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 合流した《バーゴイル》に回収させたガエルは、銀翼のモリビトが項垂れるのを目にしていた。

 

『今ならやれます』と強気な声が響く中、ガエルは冷静に事の次第を分析する。

 

「いや、やめておいたほうがいい。あれの射程に潜り込んで、生きて帰れる保障はないぞ」

 

 自分とて一瞬でも集中を切れば危うかった。どれほど道化と強者を演じてみたところで、《バーゴイルシザー》では限界が生じていた事だろう。

 

 切り時は潔いほうがいい。女も人機も、乗り換え時が肝心なのだ。

 

『ですが……悔しいですよ。赤と白のモリビトを前に、ほとんどの兵が敗走……。《グラトニートウジャ》を操る特務大尉も、その弱点を突かれて軌道エレベーターの本隊まで後退しました。実質的な敗北ですよ』

 

 仕方あるまい、とガエルは感じていた。自分達が勝てると思って始めた戦で負けを被るなどよくある話だ。別段、戦場では珍しくもない。

 

「今は、残存兵の救助とそのケアを行わなければ。次の戦いに備える必要がある」

 

『ブルブラッドキャリアなら、機会があればいつでも……!』

 

「逸るな。次の敵もブルブラッドキャリアとは限らない」

 

『どういう……』

 

 言葉通りの意味だ。地上に降りればまたしても国家同士のしがらみが待ち構えている。

 

 今は共通の敵を睨む事が出来ているが、ひとたび地上に縫い付けられればまたしても冷戦の始まりだ。

 

 しかも今度は実質戦力を持っている分、性質が悪いものとなるだろう。

 

 予想に難くない未来に、ガエルは嘆息をつく。

 

「どこへ行っても、か」

 

 だが、それでこそ戦争屋の血が疼くというものだ。あの青い人機の操主には自分の全てを打ち明けたに等しい。戦争屋としての卑しい部分も全て。

 

 それを聞き届けた上で「許せない」と判断したのならばまだ真っ当だ。

 

 まだ人間として、相手のほうがマトモな部類だろう。

 

 少なくとも自分のような人間に惑わされるゾル国に比べれば。

 

『そういえば特務大尉は何やら胡乱な空気で帰還されたようですよ。誰にも見られたくない、と言って慌てて医務室に、と報告が来ています』

 

「医務室? 負傷したのか?」

 

『それも皆目……。誰にも診せないんだそうです。鍵をかけてまで、と……』

 

 困惑した様子の操主にガエルは思案を浮かべていた。

 

 ――一度や二度のモリビトとの戦いで恐れを成したか? それほどに弱い精神の持ち主ならばいずれ損耗するだろう。遅いか早いかだけの話だ。

 

「分かった。話を聞くと伝えてくれ。自分ならばカイルの事もよく分かる」

 

 そう告げると《バーゴイル》の操主は安堵したようであった。

 

『よかった……叔父である特務准尉の言葉なら聞いてくれるでしょうね。《グラトニートウジャ》ほどの高性能機を操りながら敗走となれば、あの人も人間ですから、悔しいんでしょう』

 

 悔しい、か。果たしてそのような単純な思想に集約されるものだろうか。

 

 ガエルはブルブラッドキャリアの潜む宙域を眺める。結局、どのデブリが本丸なのかは分からぬままであったが、あの場所に敵の巣窟がある。それが分かっただけでも世界からしてみれば躍進だろう。

 

 ガエルは通信チャンネルをオフにして呟いていた。

 

「次に会う時が、決着かもしれねぇな。ブルブラッドキャリアよぉ」

 

 


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