ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯116 異能の少女

 

 ピンク色のR兵装の光軸が《バーゴイル》二機を飲み込んだ。

 

 不意打ち気味にデブリから出現した《ノエルカルテット》に《バーゴイル》部隊が慌てて制動をかける。

 

『退け! あの人機は!』

 

「遅い! 《ノエルカルテット》!」

 

 一射させたR兵装の砲身に本隊に向かっていた敵が塵芥と化す。しかし、まだ敵の半数も割けていない。《バーゴイル》部隊は鉄菜と彩芽に向かった機体以外、ほとんど正確に本丸に進みつつある。

 

 ここが本隊だと報せる事さえも下策。桃は出来るだけ《バーゴイル》を削る役目を買って出ていた。

 

 空間戦闘では分離攻撃は不利になる。脚部ミサイルポッドが開き、掃射した爆撃弾頭が《バーゴイル》の出端を挫いた。

 

『こいつ……! あまりにこの火力では……』

 

「近付けないでしょ? モモの自慢の《ノエルカルテット》だもん。近づかせないっての! あんた達に!」

 

 袖口のガトリング砲が火を噴き《バーゴイル》へと牽制が放たれる。接近さえも予期させてはならない。

 

《ノエルカルテット》は鉄菜と彩芽が主力部隊を引きつけている間の時間稼ぎであった。

 

 ロプロスの翼が格納され、突き出た砲塔が再び《バーゴイル》を狙い澄ます。

 

『桃……気にしているのかい。担当官の事』

 

 不意に話しかけてきたグランマに桃は振り向きもせずに言い返す。

 

「何が!」

 

『……あの人と仲良く出来ないのは仕方ないのかもしれないけれどねぇ。忘れちゃいけないよ。あの人と同じ存在なのが、この……』

 

「余計な事言わないで、グランマ! 気が削がれる! ……それに、考えた事もないよ。グランマとあの人の人格が、同じだなんて」

 

 AIサポーターグランマの人格データはゼロから作られたわけではない。その基になった人間が存在するのだ。グランマはバベルの制御系を任されているため、複数の人間の人格データをコピーされているのであったが、そのうち一人が自分の担当官だと言う話であった。

 

 だが、そのような事など瑣末。自分にとってはどうでもいい。この戦いこそが全て。目の前の敵を葬る事で自分の有用性が保たれるのならば、それでいい。何も考えずに引き金を絞り続ければ。

 

『桃……』

 

 途端、接近警告がコックピットの中を劈く。デブリに隠れて接近していた《バーゴイル》一機がプラズマソードを振り翳して攻撃を浴びせかけようとする。

 

 その軌道を読んだのはグランマであった。咄嗟に《ノエルカルテット》の腕を挙動させ、プラズマソードを受け止めさせる。

 

 干渉波のスパークが眩く輝く中、桃は咆哮した。

 

 R兵装を発射したばかりの砲身で《バーゴイル》を殴りつける。極度に熱せられた砲塔はほとんど武器と同義であった。

 

 その脆い装甲を熱が融かしていく。死にたくない、だとかいう操主の喚きが耳朶を打った。

 

「死にたくない? じゃあ何で、戦闘に出てくるって言うの! あんた達は!」

 

 ゼロ距離で照準されたR兵装の砲塔が《バーゴイル》の胴体を突き上げる。四肢が衝撃でもがれ、発射された光線がその機体を射抜く。

 

 遠巻きに見つめていた《バーゴイル》部隊がにわかに色めき立ったのが伝わった。

 

 桃は肩で息をしつつ、にわか仕込みの《バーゴイル》を操る兵士達に視線を投じる。

 

「次は、あんた達だ!」

 

 獣のように吼えた桃が《バーゴイル》へと接近する。今まで遠距離ばかりであった相手の猪突に部隊が困惑のるつぼに陥れられる。

 

 ロプロスの翼がすれ違い様の二機を撃墜し、眼前の機体の頭部を引っ掴む。

 

 桃は一度強く目を瞑り、次の瞬間、全身を開くイメージを額に弾けさせた。

 

「――ビート、ブレイク」

 

 赤く染まった瞳が血塊炉に呼応し、《バーゴイル》の内側から血塊炉が引き出されていく。その様は悪魔の所業のように映っただろう。

 

 何もされていないはずなのに人機が内部から破壊されていくなど、敵兵からしてみれば完全に悪夢でしかない。

 

 血塊炉が裏返り、青い血潮が宇宙空間に漂う。

 

《バーゴイル》部隊は戦意を喪失していた。全身に迸った血糊を浴びた《ノエルカルテット》が周囲の機体を睨む。

 

 一機、また一機と撤退していく。

 

 この戦いには勝った。だが、またしても自分は間違えた。一時の感情に身を任せて。

 

 後悔の念が押し寄せてくる中、桃は操縦桿を握ったまま嗚咽した。

 

『桃……よくやったと――』

 

「よくやってなんていないわ! モモはだって……、化け物じゃない、これじゃあ」

 

 グランマの声を遮って桃は耳を塞ぐ。誰の声も聞きたくはなかった。

 

 慰めの言葉など余計に。今はただ、一人で泣かせて欲しかった。

 

『桃、でもブルブラッドキャリアのみんなの、命は救ったんだよ』

 

 確かにその通りだ。多くを救うための犠牲だろう。

 

 ――だが、そのためだけに流される血が自分達なのだ。ブルブラッドキャリアという組織を生かすためのただの駒に過ぎない。

 

 あの担当官もきっと、そう思っているに違いなかった。

 

「……モモはただ、フツーに生きたいだけなのに……!」

 

 噛み締めた思いに、《ノエルカルテット》は宇宙空間を漂った。

 

 


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