ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯114 因果の糸

「よく帰ってきたね」

 

 招かれたラボには薄緑色の光が漂っており、水槽を遊泳するのは見た事もない生物であった。

 

「深海魚の一種でね。地上ではとうに滅びた原生生物の一つだ」

 

 深海魚というらしい生物は浮き出た瞳を鉄菜へと向けていた。

 

 椅子に腰かけた担当官――リードマンは静かに口火を切った。

 

「地上はどうだった?」

 

「……酷い有様だ。どこへ行っても戦争、紛争。コミューンという場所の暮らしも楽ではない。浄化装置に頼り切った人間達。それに、一歩とて外に出られない汚染された大気」

 

「それでも、君は外に出られただろう?」

 

 問い返されて鉄菜は頷く。

 

「そのように設計されたからだ」

 

「そう、その通り。君は特別だ。三人の操主の中でも、特にね。その身体に見合わない人工的に強化された筋力と、血続としての能力。汚染大気に全く左右されない強靭な肉体。我々が生み出した中でも傑作と言ってもいいほどの出来だった」

 

「用向きは何だ? 私を、二号機から降ろしたいのか」

 

「そう感じているのか? 二号機操主には相応しくない、と」

 

 尋ね返された言葉に鉄菜は拳をぎゅっと握り締める。

 

「……客観的事象が私を二号機の操主として継続させるのに適任ではないと示している」

 

「客観的な事などどうでもいい、とは言えない辺り、まだ自我の発生が今一つだな。無理もないか。鉄菜・ノヴァリス。いや、我々の擁する血続計画の産物は、まだ三年程度しか生きていないのだからね」

 

「教えろ。私は何なんだ? 時折脳裏を掠めるイメージがある。私は、誰なんだ?」

 

「現状の権限では、混乱させるだけだ。鉄菜・ノヴァリス。二号機から降ろし、完全にその身柄を引き取るのならば別だが、まだその時ではない」

 

「私をまだ《シルヴァリンク》の操主として認めている、という意味か」

 

「好意的に取るのならばそうだね。だが、別の側面もある。モリビトを操るのに、他の人間では不都合なんだ。せっかく、あらゆる犠牲の上に成り立たせた操主候補。それを廃してまた一から選定し直すのは骨が折れる」

 

 鉄菜は記憶の奥底にある自分の似姿との戦闘を思い返す。何度も何度も戦い、殺してきた感触がある。

 

「……私は誰だ?」

 

「鉄菜・ノヴァリスだろう。それは変わらない」

 

「違う。本当の私は誰なんだ。二号機操主としてでも、お前らの造り上げた血続としてでもない。私の、本当の部分の私は誰なんだ」

 

「難しい事を言う。本当の自分なんて誰も分かっちゃいない」

 

 口元を綻ばせたリードマンに鉄菜は歩み寄っていた。その襟首を掴み上げ、睨み据える。

 

「私は誰だ? 何のために、モリビトに乗っている?」

 

「世界を変えるためだ。惑星への報復作戦のために選定された、操主だよ」

 

「違う! 形骸上の役職じゃない! 私は何のために、ここにいる?」

 

「……驚いたな。感情は常にフラットにするように設計されているはずなのに、声を荒らげるなんて。あの二人との日々が君を少しばかり変えたかな? あるいは、君を教育した、彼女の記憶が戻りつつあるのか」

 

「彼女? 誰だ、そいつは」

 

「まだ記憶の奥底に眠っているはずだ。前任者、人造血続の設計に深く関わったブルブラッドキャリアの研究者。――そして、君の遺伝子サンプルの提供者でもある。百体を超える人造血続の基になった人間。最初の血続。その名前は――」

 

 その言葉が紡がれる前に警告が響き渡った。赤色光に染まったラボに鉄菜は警戒を走らせる。

 

「何が……」

 

「どうやら長話は出来ないらしい。鉄菜・ノヴァリス。二号機に戻りたまえ。仕事だ」

 

「まさか、ゾル国が」

 

「攻めてきたのだろう。さぁ、《シルヴァリンク》で蹴散らして来い」

 

「……言われるまでもない。私は、《モリビトシルヴァリンク》の操主だ」

 

 身を翻して駆け出したが、鉄菜の胸の中に深く沈殿する何かがあった。

 

 ――自分の基になった存在。そして、自分はまだ三年しか生きていない人造人間であった。

 

 ある程度予感していたものの、鉄菜はざわめく己の胸中を持て余す。

 

「……落ち着け。私はまだ、戦う事を止められてはいない」

 

 そう、自分は戦う事しか出来ない破壊者。ならば、モリビトに乗り込み、敵を葬るのみだ。

 

 整備デッキには既に二人が揃っていた。桃と彩芽がそれぞれのモリビトへと乗り込む。

 

 モリビトに取りついていた整備士達が声を振り向けた。

 

「アンシーリーコートの酷使によるダメージは出来るだけ修復しておいた。空間戦闘における概算値をシミュレートし、適性値へと振っておいたから調整は必要ない」

 

「感謝する」

 

 言葉の上だけの賛辞を置いて、鉄菜はコックピットブロックへと入った。

 

 ジロウがすぐさま起動し、全天候周モニターに《シルヴァリンク》のステータスが呼び起こされる。

 

『鉄菜、敵は第一次防衛線に入ったばかりマジ。まだこの資源衛星を特定したわけじゃないマジが、ここからモリビトが出れば、教えるようなものマジ』

 

「どうすればいい?」

 

『ルートを指示するわ。モリビトの操主各員は指定されたルートからモリビトを発進させて』

 

 ニナイの声が響き渡り、モリビト三機はそれぞれ、別の昇降用隔壁から出撃体勢に入った。

 

《シルヴァリンク》はフルスペックモードが施されている。《インペルベイン》も同様だ。

 

 三階層ほど降りた場所から別の資源衛星へと辿る道標が示され、《シルヴァリンク》が移送されていく。

 

 第一次防衛線の映像が投射され、銃座が《バーゴイル》部隊を狙い澄ましているのが窺えた。どれも無人の防衛機構だろう。

 

《バーゴイル》の試作型プレスガンが常闇を引き裂き、防衛線の銃座を撃ち抜いていく。

 

「数は? 何機出ている?」

 

『詳しくは分からないマジが、十機編成に近いマジ。ただ、それにしては妙なのが、別働隊の存在マジねぇ』

 

「別働隊? 十機とプラス何機だ?」

 

『防衛線にかかっていない機体は不明マジ。遠回りしてでもこの資源衛星を狙うつもりかもしれないマジよ』

 

『聞こえる? 《インペルベイン》は第一次防衛線の網にかかった《バーゴイル》を一掃する。二号機は別働隊を視野に入れて行動。三号機は』

 

『分かってるって。モモは資源衛星の守りに入る。第二次防衛線で拠点防衛任務につく』

 

 どうやら三機それぞれが別の役割を割り振られるらしい。鉄菜は《シルヴァリンク》のコックピット内部をなぞった。

 

「……もう乗れないかもしれないと思っていた」

 

 一時的ではあっても、《シルヴァリンク》に再び乗れる事に安堵している自分がいる。操縦桿を握り締め、カタパルトへと接地した《シルヴァリンク》へと誘導灯が照り輝く。

 

 システムがオールグリーンを示し、発進準備が整った。

 

「《モリビトシルヴァリンク》、鉄菜・ノヴァリス。出る」

 

 カタパルトから火花を散らしつつ出撃した《シルヴァリンク》が宇宙の常闇に銀翼を広げた。

 

 フルスペックモードではあるが、光学迷彩の外套はまだ調整中らしく、Rクナイ四基のみの装備であった。

 

 腹部に装着したRクナイの重量を感じつつ、鉄菜は策敵に務める。

 

「別働隊とはいえ、このデブリの中だ。簡単にこちらを見つけられるとは思えない」

 

『それには同意マジが……ゾル国には空間戦闘のノウハウがあるマジ。いくら惑星外延軌道に絞っているからとは言っても油断出来ないマジよ』

 

「いずれにせよ、叩き潰すのみだ」

 

 その時、不意にレーザー網にかかった敵陣営を見つける。こちらの策敵用のデブリが発見したのだろう。

 

 鉄菜は敵陣営に仕掛けるべく、推進剤を最小限に留め、デブリの陰に隠れた。

 

 資源衛星の合間を縫うように機動するのは《バーゴイル》部隊である。三機編成で一機は他二機に牽引されるような形を取っていた。

 

 宇宙空間では通信チャンネルをオープンにすれば敵に居場所を晒すようなもの。

 

 ワイヤーで繋がった三機へと鉄菜は攻撃を見舞おうとした、その時である。

 

 牽引されていた殿の一機の機体参照データに目を瞠った。

 

「《バーゴイルシザー》……あの機体は……!」

 

 目視戦闘に移る前に、鉄菜は衛星から飛び出してがら空きの背後へとRクナイによる全包囲攻撃を浴びせかける。

 

 それを察知したかのように二機の牽引から外れた《バーゴイルシザー》が軽やかに回避した。

 

 うろたえ気味の二機がこちらに気づいたのは遥かに遅い。Rクナイに装備されたクナイガンの銃弾が《バーゴイル》の頭部コックピットへと命中していた。

 

 即座に孤立した《バーゴイルシザー》へと《シルヴァリンク》が肉迫する。敵もこちらに気づいたのか、腕を半回転させて鎌の両腕を突き出した。

 

 盾の裏側からRソードを発振させ、そのままの勢いを殺さずに打ち下ろす。

 

 干渉波のスパークが激しく散る中、接触回線に声が響き渡った。

 

『こんなところまでご苦労さんだな! モリビトよォ!』

 

「やはり、お前は……あの時の!」

 

『案外、運命の赤い糸ってのは分からないもんだよなぁ。宇宙でもオレに会いに来たのか? 青いモリビトのガキぃ!』

 

《バーゴイルシザー》が鎌を薙ぎ払う。《シルヴァリンク》のRクナイがその動きを阻害し、別方向から攻め立てた。

 

 しかし、敵にはまるでそれが見えているかのように距離が取られる。

 

 宇宙空間でRクナイの全方位攻撃を回避するなど神業に等しいのに。

 

 歯噛みした鉄菜に男は哄笑を上げた。

 

『いい具合に部隊のうち、二人も殺してくれたじゃねぇの。これで一騎討ちに持ち込んだつもりか?』

 

「……さっきの一撃で殺すつもりだった」

 

『そりゃ、災難だったな! ブルブラッドキャリアのモリビトさんよォ! てめぇらの宙域、掻き乱させてもらうぜ。それに、今回、主役はオレじゃねぇのよ』

 

「ふざけた物言いを……!」

 

 Rソードを振り上げて接近した《シルヴァリンク》に《バーゴイルシザー》が鎌を払って応戦する。

 

『ふざけちゃいねぇぜ? 至極真っ当だ。それとも、てめぇらも知らないのか? トウジャってヤツの強さを』

 

「トウジャ? どうしてゾル国がトウジャを……」

 

 そこまで言ってからしまったと感じる。口を閉じた時にはもう遅い。相手の口車に乗ってしまった。

 

『よぉく、分かったぜ。ブルブラッドキャリアだって万能じゃねぇって事をよ』

 

「……ここでお前を墜とせば、何の問題もあるまい」

 

 Rソードを構え直した《シルヴァリンク》に《バーゴイルシザー》も両腕の鎌を打ち鳴らす。

 

『そいつは傑作だな。墜とせんのか? 青いモリビトのガキがよォ!』

 

 推進剤を棚引かせて《バーゴイルシザー》が《シルヴァリンク》の射線に入る。Rクナイが機動し、四方八方からその機体を分散させようとしたが、敵は鎌を両肩に懸架し直し、防ぎ切った。

 

 空いた両手が《シルヴァリンク》の振るったRソードの腕を抱え込む。

 

 舌打ちを漏らしつつ、リバウンドの盾に出力させ、《バーゴイルシザー》を引き剥がした。

 

 お互いに大きく後退しつつも、鉄菜は荒く息をつく。

 

 一進一退だ。少しでも油断すれば取られる。

 

 鉄菜はRソードの出力を僅かに上げた。ここで禍根は断ち切らなければならない。

 

 敵は鎌を再び両手に装備し、こちらと対峙する。

 

『オレは今回ばかりは引き立て役だ。せいぜいやられねぇようにしな。モリビト!』

 

 鉄菜は咆哮し、《バーゴイルシザー》へとRソードを薙ぎ払った。

 

 


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