ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯113 抗いの刃

 汚染領域の爆心地から救助された、というだけでも一大事なのに、トウジャタイプから運び出されたのは背中に整備モジュールを持つ少女であった。

 

 C連合の軍部スタッフが総出で少女の心肺蘇生措置に当たっている。ブルーガーデンの軍部の心得がある人間は皆が呼び出されていた。

 

 慌しい軍部の廊下を抜けて、リックベイは道場に至る。道場では桐哉が素振りを行っていた。

 

 一日に千回以上の素振りを要求したが、彼はそれを実行している。今のところ破っていないのを見るに、やはり相当な精神力の持ち主だ。

 

《プライドトウジャ》単騎で戦場を生き抜いたその胆力は伊達ではないのだろう。

 

「聞きました。ブルーガーデンから、救助した、少女がいると」

 

 タカフミだな、とリックベイは感じながら胴着に袖を通す。

 

「それがどうかしたか? 今の君には関係のない事だ」

 

「その機体が、トウジャタイプであった事も。……恐らく、俺は一度、その機体と会っています」

 

 素振りを止め、桐哉が振り返った。汗が顎から滴り落ちる。

 

「だから何だ?」

 

「面会を。もし、その少女が生き残ればの話ですが」

 

 リックベイは彼の双眸を真っ直ぐに見返し、その覚悟を問い質してから言葉を紡いだ。

 

「……会わせられないな」

 

「何故です」

 

「今の君は戦士ではないからだ」

 

 その帰結に桐哉は言葉を詰まらせた。

 

「《プライドトウジャ》さえ修復すればいつでも……」

 

「そのような問題ではない。今、行っているのは修練。その修練を怠れば、戦士としての格は著しく落ちる。我慢の時というものを心得ろ。桐哉・クサカベ」

 

「我慢、ですか。俺はでも、ここまで我慢してきた」

 

「まだ零式の一部さえも継承していない。これでは鍛錬など夢のまた夢だ」

 

 リックベイは竹刀を手にする。構えたリックベイに桐哉が姿勢を沈めた。ここ数日で随分と様になったものだ。

 

 零式の本懐は相手の構えに呼応する事から始まる。その一端を掴んでいるのは窺えたが、今はまだ褒め称えるべき場所ではない。

 

「行くぞ。我が零式、受け止め切れるか、桐哉・クサカベ」

 

「本気で来てください。俺も、すぐに戦場に戻らなければならない」

 

「勘違いをしているようだから言っておこう。戦士でないものに、戻れる戦地など存在しない!」

 

 踏み込んだリックベイの太刀筋に桐哉が下段から竹刀を突き上げる。刃同士がもつれ合い、激しい剣戟の音が道場に木霊する。

 

 一撃目で構えを崩さなくなったのは成長だが、この程度で零式抜刀術を継いだ気になられては困る。

 

 返す刀の一打が桐哉の肩口を狙い澄ました。摺り足で後退し、桐哉は刃を受け切る。その足取りに乱れはない。

 

 だが呼吸に僅かな間隔の異常を感じ取った。素振りだけではないのだろう。心労か、あるいは逸る気持ちの表れか、呼吸数が随分と早い。

 

 この呼気では次の一撃を受け止めるのは叶わないだろう。胴を割るように薙ぎ払った一閃を桐哉は感覚のみで受け止めようとするが、そこで無理が生じた。

 

 姿勢が崩れ、磐石であった足並みが乱れる。応、と発した咆哮で桐哉の構えを打ち崩し、リックベイは倒れた桐哉の喉元に切っ先を突きつけた。

 

「ここまでだ。焦っても何もいい事がないのは学んだか?」

 

 見透かされている事に桐哉は息を呑んだ様子である。

 

「……じゃあどうしろって言うんです。モリビトを早く、倒さなくっちゃいけないのに」

 

「今のまま出ても格好の的だ。零式をすぐに習得出来ると思うな。入り口に立っているに過ぎない」

 

 リックベイは身を翻し竹刀を壁に立てかけた。今の一戦だけでも汗が滲むようになった、というのは単純に桐哉が強くなったからか。あるいは自分の中にも迷いがあるからか。

 

 ブルーガーデンの少女。人造天使と呼ばれている彼女が生存しているかどうか、気にならないと言えば嘘になる。今までブルーガーデン兵士の話を聞く事などまずなかったからだ。貴重な話が聞けるかもしれない、と僅かにこの一戦とは別の場所で考えていた。

 

 いずれにせよ、滅びた国の話をしてその国家の兵士が正気でいられるかどうかではあるが。

 

 あのトウジャタイプは汚染の中心域にいた。つまり、蝿型人機との戦闘を行った末に、ブルブラッドの噴火が発生した事になる。その前後に何が起こったのかを詳らかにしなければ、自分達はまたしても間違えるであろう。

 

「リックベイ・サカグチ少佐……俺はどうすればあなたに近くなれる」

 

 呻くように発せられた桐哉の声にリックベイは軍服を着込んで返す。

 

「修練のみだ。ただ、それのみを考えろ。零式抜刀術は、ただの戦闘術に非ず」

 

 そう言い置いてリックベイは道場を後にした。廊下で待ち構えていたタカフミに、声を低くする。

 

「……桐哉に余計な事を吹き込むな」

 

「バレましたか……。でも、あいつも知る必要はあると思うんですよ。今、世界で何が起こっているのか」

 

「まさかゾル国の事も言ってはいまいな?」

 

「おれだって言っていい事と悪い事の判別はつきます。ただ、トウジャに関しては遭遇してる可能性も高いと思って言ったまでですよ」

 

 回収したトウジャのデータベースにはまだアクセスしていないが、あれがブルーガーデンの主力機であった場合、モリビトとの戦闘データでさえも引き出せる可能性がある。

 

「もし、あれがモリビトとの実戦でさえも踏んでいるのだとすれば、我々にとって大きな躍進となる」

 

「《スロウストウジャ》の戦闘経験値として埋め込める、って事ですよね。そうなれば《スロウストウジャ》はほとんど無敵だ」

 

《プライドトウジャ》とブルーガーデンのトウジャタイプ。この二つのトウジャから成る《スロウストウジャ》は量産機とは思えない能力に達するであろう。

 

 問題なのは、それほどまでに強力となってしまった人機を誰が御するのかだ。

 

「カウンターモリビト部隊の編成案、通っているのだろうな」

 

「上からの反応は悪くはないですよ。それにトウジャ回収時についてきたナナツー部隊のエース達はちょうどいい人数編成です。彼らに《スロウストウジャ》を預けるのも一つの考えでしょうね」

 

 案外、容易にカウンターモリビト部隊の要望は通りそうである。今のままではまずいのは、桐哉に関してだろう。

 

 それを見透かしたのか、タカフミが後頭部を掻く。

 

「あいつ……今のままじゃ戦えないんでしょう?」

 

「零式を一度学ぶと決めたのならば、中途半端に出すわけにはいかない。前回はあの基地を守る、という名目があったからこそ出したのだが、今回、彼は居場所をなくし、さらに復讐の矛先でさえも危うい状態だ」

 

「祖国に牙を剥く、って話ですか」

 

 彼の言葉通りならば守るべきものを壊したのはゾル国の《バーゴイル》部隊。本国に裏切られ、何もかもを奪われた男の行き着く先はどのような地獄なのだろうか。

 

 その地獄の荒野をたった独りで歩むその志は。

 

「それにしたところで、あいつに余計な事は吹き込むな。鍛錬の邪魔になる」

 

「知りたがっていたんですよ。教えないのも酷でしょう?」

 

「世界の事を知ったところで奴はどうしようもあるまい。死ねぬ身体に、出せぬ機体。このままでは何も成せないまま状況だけが転がっていくのに苦々しい思いを噛み締めているのは当然だろう」

 

「モリビトを倒す云々より前に、戦争が起きてしまえばどうしようもないですからねぇ」

 

 リックベイは歩みを止め、タカフミへと視線を振り向ける。

 

「ゾル国の動きは? どうなっている?」

 

「宇宙に出たって事以外は、何も。手薄な今がチャンス、ってわけでもないんでしょう?」

 

「攻めても、し損じるのならば意味がないという事だ。一気呵成に畳み掛けるほどの余裕がなければ厳しいだろう」

 

「C連合だって疲弊しているわけですからねぇ。《ナナツー参式》部隊だけじゃ難しいっすか」

 

「今はブルーガーデンの爆心地における調査と、彼女へと事情を聞く事だ」

 

「その事なんですが、目が醒めたようですよ。ブルーガーデンの尖兵」

 

 タカフミの言葉にリックベイは目を見開く。

 

「随分と早いな。……強化兵という噂は嘘ではなかったか」

 

「あの背中の羽根を見れば、噂は本当だったって思うしかないですよね。……整備モジュールのついた人造人間」

 

 タカフミもどこかヒトの所業にしてはおぞましいと感じている様子であった。ブルーガーデンは一体いつから、あのような禁忌に手を染めていたのだろう。あるいは最初からか。国家の根底が禁断と悪辣に塗れていたのだとすれば、最早滅びたのも已むなしと考える他ない。

 

「面会をしたい。出来るか?」

 

「そう仰ると思って、今、医務室に連絡を行っている途中ですよ。端末をどうぞ」

 

 タカフミがコールする端末を片手にリックベイは声を吹き込む。

 

「わたしだが、捕虜は……」

 

 


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