ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯112 殺し合いの哲学

 

 軌道エレベーターなど乗るのは初めてだ、という人間は少なくはない。リバウンドフィールドの虹の皮膜を貫通する性能を持つ軌道エレベーターは赤く塗装されている。

 

 スカーレット装甲と同じものが使用されているらしい。そう伝え聞いたガエルはゾル国兵士達のどこか沈んだような眼差しを捉えていた。

 

 指揮は低い。それもそのはず。確定情報にはほど遠いブルブラッドキャリアの本丸への攻撃作戦。一つ間違えればミイラ取りがミイラになりかねない作戦に、立案者への不平不満が募るのは当たり前の帰結であった。

 

 リバウンドフィールドを貫通する際、大きくエレベーターが振動する、というアナウンスを聞きながら、ガエルは嘆息をついていた。

 

 ゾル国の一部、エース階級に近い者達でもさすがにブルブラッドキャリアの前線に立つのは死にに行くようなもの、という認識が濃い。

 

 機体編成は《バーゴイル》がほとんどだ、という話を水無瀬から予め聞き及んでいた。

 

 その中で、カイルの機体が突破口になる、という作戦らしい。どうにも胡乱だな、とガエルは判定する。

 

 トウジャタイプ、それも急ごしらえの一機でブルブラッドキャリアの資源衛星に仕掛けるというのは無謀に近い。ひそひそと交わされる会話にはやはりと言うべきか、伏せられている情報への噂話が目立った。

 

「特務大尉の機体が、今回の重要機だって聞いたけれど、あれ、そんなに強いのか? だってあんな重量級の機体、使えないだろ」

 

「宇宙だからこそ、使える機体だって聞いたぜ。地上じゃ役に立たないから宇宙で試すんだと」

 

「それって島流しなんじゃないのか? だってブルブラッドキャリアの本丸が分かったのだって、どこの情報なんだか……。俺達、踊らされてないよな?」

 

 エース級操主達は前回のモリビトが占拠した基地の奪還任務についていた者も多い。ゆえにモリビトが出てくればどれほど脅威なのか身に沁みて分かっているはずなのだ。

 

 だというのに、上はトウジャを無理やり試そうとしている。これでは自分達は何のために戦っているのかも不明だろう。

 

 かといって士気を上げるような事を無闇に言ったところで仕方あるまい。彼らには彼らの役割がある。

 

 自分がレギオンからカイルを任されいるように、彼らには国防と言う名の虚栄の中で戦ってもらうしかない。

 

 大きな縦揺れの振動がエレベーターを激震した。リバウンドフィールドを無理やり抜けたのだろう。

 

 あとは、無重力が支配する空間だ。ベルトを外してもいい旨のアナウンスが流れ、兵士達は各々、接続された宇宙港へと雪崩れていった。

 

 ガエルも先遣隊の位置する港に辿り着く。

 

 まさか惑星の裏側で戦争に明け暮れていた頃には宇宙に行くはめになるなど全く考えていなかった。

 

 整備デッキに並び立つのはどれも最新鋭の装備を施された《バーゴイル》である。宇宙の専門部隊であるスカーレット隊が存在しないのだけが違和感であったが、先のモリビトとの戦闘で全滅した話と照らし合わせれば、一機も現存していないのは想像に難くない。

 

 黒いカラス達の中で一機だけ白の機体色を持っているのは、異常発達した両腕を持つ過積載の機体である。

 

《グラトニートウジャ》はギリギリまで整備を受けていた。その眼前で佇むのはカイルである。

 

 彼はこちらを発見し、柔らかく微笑んだ。

 

「《グラトニートウジャ》の整備状況は?」

 

「八割と言ったところらしいです。でも、実際に星の海に出さないと、結論は分からないみたいで」

 

「空間戦闘をメインに置いた機体だ。推進剤のガスだけは切らさないようにしなくてはな」

 

「その辺は整備班がしっかりと面倒を看てくれるみたいです」

 

 カイルの微笑みに堅苦しいものが浮かぶ。その懸念を読み取ってぽつりとこぼした。

 

「ハイアルファーなる謎の機構が存在すると聞いた」

 

「……叔父さんは僕の考えている事、何でも分かるんですね」

 

 分かりやすいだけだ、と言い返しかけてガエルは含蓄を滲ませた笑みを返す。

 

「不安なのか?」

 

「少し……いえ、かなりかもしれません。ハイアルファーは記録上、操主の精神を蝕む兵装だと聞きました。僕みたいなのが追従出来るのか、それだけが不安で……」

 

 ハイアルファー人機がどれほどの性能を持っているのかは記録でしか分からない。だが、前回、出現した謎のトウジャタイプはハイアルファー人機である、という見方が大多数であった。

 

 あの漆黒のトウジャと相対したのはカイル自身だ。恐らくその戦闘の感触がまだ残っているに違いなかった。

 

「あのトウジャのようになるのは怖い、か」

 

「見透かされていますね。……僕は《グラトニートウジャ》が怖い」

 

「新型機には付き纏うものだ。誰だって初めての機体は怖い」

 

「でも、その恐怖を払拭するのが、エースの役目でしょう?」

 

 その通りだが、自分の判断基準ではカイルの操主としての能力はエースにほど遠い。未熟な操主にトウジャを任せる意味は、しかし理解出来た。

 

 国家の要、象徴たるカイルがトウジャを駆ってモリビトを駆逐する――お歴々の作り上げたそのシナリオは単純にゾル国の支配を磐石にするだけでない。《グラトニートウジャ》に継ぐトウジャタイプの量産を可能にする。他国を黙らせるのに必要なのは今、結果のみ。

 

 その点、C連合は読めない動きを繰り広げている。

 

 新型機の噂はあるものの、それを実戦投入してこない辺り、慎重さが見え隠れした。ゾル国は焦っているのか、《グラトニートウジャ》を使用するのに躊躇いもないようだ。

 

 滅びたブルーガーデン国土に介入しようにも、国家としての能力如何にかかっている。トウジャタイプを手足のように動かせる操主の一人や二人の人柱は必要不可欠なのだ。

 

 たとえ彼らが失敗し、トウジャとハイアルファーが制御出来ぬ代物であったとしても、それを使ったという証明だけで構わない。

 

 今は一つでも戦歴が欲しいというのが正直なところだろう。

 

「モリビトとの戦闘で、何か及び腰になるような事はあるのか」

 

「少し……灰色のモリビトが使った謎の兵装、まだ解析が出来ていないようで……」

 

 Rフィールドを局地的に発生させる武装の事だろう。自分は水無瀬から三機のモリビトに関する情報を得ていたが、一般兵と諜報部門はまだ知らない事実だ。

 

「そう、か。あれがそれほどまでに脅威か」

 

「ええ、だからでしょうか。《グラトニートウジャ》に乗るのも、僕なんかでいいのかって憚られて……」

 

「人は充てられるべき場所に充てられるもの。それを踏まえれば、お前がこの人機に乗るのは宿命かもしれない」

 

「宿命……」

 

 仰ぎ見たカイルの瞳はまだ死んでいない。否、ここで臆病風に吹かれれば困るのだ。最後の最後まで生き意地が汚くとも、トウジャを乗りこなしてもらわなくては。

 

「作戦開始まで間もない。《バーゴイルシザー》の最終整備点検に戻っても……」

 

「すいません、叔父さん。僕のために、時間を割いてくださって」

 

 ガエルは伏し目がちな彼の頭を撫でてやる。

 

「顔を上げろ、カイル。ゾル国の未来は明るい」

 

 身を翻したガエルは我ながらあまりに浮いた芝居をするものだ、と考えていた。

 

『歯の浮くような台詞を吐くのだな』

 

 耳に埋め込んでいた通信機から水無瀬の声が届く。彼は地上に残されたが、通信手段は確立されている。

 

 地上でも一握りの人間しか使えない衛星通信を彼は人間型端末である己を最大限に利用して自分に繋いでいる。

 

「ブルブラッドキャリアの動きは? モリビト三機は宇宙に上がってきたのかよ」

 

『そのようだ。ここまでは、想定内だろう。だが、捨てられた身であるのでね。これ以上を探ろうとすれば痛くもない横腹を突かれる事になる』

 

「痛くもないは嘘だろ」

 

 言い返すと、水無瀬は言葉の表層で笑った。

 

『ガエル・ローレンツ。レギオンの動きは迅速だ。君への次の対応策を練っている。《グラトニートウジャ》は彼らの回し物だろう』

 

「あのトウジャのハイアルファー、聞いた限りじゃ相当ヤバイって話だな」

 

『ハイアルファーに危険ではない代物などない。あれは搭乗者への負荷を加味した兵器だからね。特にトウジャにスタンダードに組み込まれているのは、あれが容易に量産可能であるからだ。恐らくはナナツーの新型を用意するよりも容易いだろう』

 

「その事だが、C連合はナナツー新型と同時並行に進めてるって噂はどうなった?」

 

『まだ不確定だが、トウジャタイプの姿が見え隠れするな。しかしゾル国ほどではあるまい。この国家は人機開発の第一人者であるタチバナ博士を軟禁に近い状態で保持している』

 

「……おい、そりゃマジなのか?」

 

 タチバナの身柄がゾル国にあるとなれば、それこそC連合との緊張に亀裂が走りかねない。しかし水無瀬は事もないように言う。

 

『嘘を言ってどうする。なに、洗脳だとか、無理やり協力を買おうと言う話でもない。まぁ、軟禁している時点で、祖国であるC連合からしてみれば面白い話でもないだろう。戦争、と来るかどうかは別だがね』

 

「老人一人を巡って戦うとも思えないからな。あるとすりゃ、やっぱり資源を巡っての戦いか」

 

『いや、資源は今ある分だけでも満ち足りているはずだ。問題なのは根底だよ。トウジャ開発を急いでいるのもその辺りに起因していると見ていい。人は、醜く争い、時として不要なものさえも奪い合う。それは世の常だ。最重要なのはやはりブルブラッドキャリアをどの国家が駆逐するか、だろう』

 

 やはりそう来るか。ガエルは愛機の《バーゴイルシザー》を視野に入れたまま無重力を漂う。

 

「どこが早いかっていう競争か。ブルブラッドキャリアの資源衛星を捉えたってのも、随分とまぁ、急な話だと思うぜ? これ、裏で糸引いている連中がいるんだろ?」

 

『わたしと同じ人間型端末のうち、一人が行方不明なのは言ったね?』

 

 一人はタチバナの助手だったか。もう一人が行方をくらませたのは聞いた覚えがある。

 

「それがどうした?」

 

『人間型端末はそれだけで充分に一国の強みとなる。もしもの話だが、白波瀬がどこかの国に味方するとなれば、その国家が群を抜く可能性は否めない』

 

「たった一人の裏切り者で国家のバランスが崩れるってか」

 

 ガエルは《バーゴイルシザー》のコックピットブロックへと入る。ここならば盗聴の心配もない。別の回線が割って入り、ガエルへと命令を下した。

 

『ガエル・シーザー特務准尉。《バーゴイルシザー》による作戦遂行まで残り二時間を切りました。準備を』

 

「了解。《バーゴイルシザー》、出撃準備に入る」

 

 復誦してから、水無瀬の言葉に耳を傾けた。

 

『この情勢ではどこが一抜けてもおかしくはない、というわけだ』

 

「滅びたブルーガーデンでも、か?」

 

 冗談めかした言葉に水無瀬は嘆息をつく。

 

『……正直なところ、滅びた、というのも違うような気がしてならない。汚染はされただろう。だが、あの国家は元々、人間が支配している国ではない』

 

「天使だったか」

 

『それらを統べる上級存在は人間であるはずがないのだ。いや、人間がいないわけではないが、それらは所詮、他国との交渉を円滑にするブラフ。あの国家の真の支配者は古代に枝分かれしたスパコンのはず』

 

「おいおい、コンピュータが支配していたって? いつの時代のSFだよ」

 

『だが事実上、ブルーガーデンはそういう国家のはずであった。だからこそプラント設備を破壊すれば、それなりの打撃が与えられるのだとブルブラッドキャリアは判断したのだ』

 

 実際にはそうではなかった、という事なのだろう。ガエルは作戦開始時刻までのカウントを呼び出した。

 

「小難しい話は宇宙帰りに聞くぜ。少し寝かせろ。働き詰めだ」

 

 ガエルの口調に水無瀬はフッと笑みを浮かべたようだ。

 

『この局面においても眠れるのはある意味、尊敬するよ』

 

「そうか? 睡眠は何よりも大事だぜ? 戦い続けるのに、休息がなくっちゃな。殺し合いも、休眠を含めてのもんだ。それくらい分からないと星の隅っこで何百人も殺す事なんて出来やしねぇ」

 

『なるほど。君の哲学には毎度の事ながら驚かされる』

 

 哲学と来たか。ガエルは失笑する。

 

「殺し合いの経験則だよ。じゃあな。少しばかり切るぜ」

 

『ああ、互いにいい夢が見られるように祈ろうじゃないか』

 

 


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