「モリビト討伐のための部隊編成、ですか」
上官に呼びつけられたリックベイ・サカグチは怪訝そうに問い返した。浅黒い肌の上官は手を組んで言いやる。
「モリビトと呼ばれる機動兵器に関して、知識は?」
「メディアの情報以上の事はまったく。なにせ、こちらへの脅威としてもまだ判断の難しいところです」
自分の言葉に上官はフッと口元を綻ばせた。
「……世界が大混乱、だというのに、やはり君は変わらんな。コミューン連合体の白きカリスマは」
自分の真っ白な頭髪を指しての異名だ。人狼、銀の獣神など、様々な異名を取っているが、カリスマの名で呼ばれるのはやはり抵抗感しかない。
「自分は一軍人です。カリスマなどとおだてられる事はないでしょう」
「その冷静さもまた、優秀の証だという事だよ。モリビトに浮き足立つ世界を前にして、ここまで冷静な軍人も珍しい」
褒められているのか貶されているのかも分からない。自分は撃つべき標的を撃つだけの駒だ。それ以上でも以下だとも思った事はない。
「自分は矢です。引き絞られた矢は相手を貫くためにあるもの。矢に、個人思想など必要ありません。それが軍人であるのだと思っています」
「模範解答だ。百点をくれてやりたいところだよ」
上官は立ち上がりメディアの情報網が浮かび上がっているディスプレイに触れた。C連合傘下の被害状況が表示されるも、彼は冷静さを欠く事はない。
「どう見る?」
「モリビトタイプは本気を出していません。これまでの情報だけでは、どう見るも何もないかと」
「正しいな。モリビトに本気を出させるのには、ではどうすればいい?」
「相手の出方を待つか、あるいはこちらから打って出るか」
「しかし、臆病者が多くってね。志願兵を募れない状況なんだよ。こちらとしても無理強いは出来ないんだ。なにせ、今までに経験してこなかった敵だからな。相手の戦力も分からないのに、無闇に兵を突っ込ませるのは下策だよ」
「自分を呼んだのは、対モリビト編隊の件でありますか」
振り返った上官は口元に皮肉めいた笑みを浮かべていた。
「君は聡い。こちらが言うまでもなく、対抗策を練ってくる。読んだよ、二日程度で書き上げたにしては、いい論点だ」
つい三時間ほど前に上げた、対モリビトへの牽制レポートであろう。リックベイはモリビトを目にするなり、机に向かって書き上げていたのだ。
その間、眠ってもいない。休息はしかし、戦士には必要不可欠だ。先ほどまで眠りこけていたのを、上官からの鶴の一声で叩き起こされた。
「恐縮であります」
「しかし、憶測が過ぎる、という弱点もある。モリビトタイプに関しての情報はまだ一般開示レベルではない。当然の事ながら、一般兵が知る由もないのだが、モリビトを、一大国レベルだと判断したのは少しばかり早計かな」
分かっていて、そのレベルに設定したのだ。大国が威信をかけて対抗せねばすぐにモリビトに呑まれてしまう事だろう。
「用心に越した事はありません」
「そうだな。君のやり方は実にスマートだ。対抗策を練り上げ、実戦でそれを遂行する。単純なようでいて、これは実に難しい。人機戦において、百パーセントが存在しないように、君が操縦したからと言って、完全に乗りこなせる機体もまた、存在し得ないだろう」
「……《ナナツー》で充分だと、思っていますが」
C連合の正式採用人機は《ナナツー》タイプだ。バーゴイルタイプはゾル国の専売特許である。《ナナツー》の性能にリックベイは全く疑問を抱いていない。
オーソドックスな人機の性能にむしろ満足しているほどだ。
「お歴々はそういう考えじゃないって事だ。対モリビトにおいて、新型人機の開発も急務に、というオーダーが来ている」
「人機は一朝一夕で製造されるものではありません。新型など、余計に」
「参式は見たかね?」
《ナナツー参式》に関して自分の見解を求められていた。ここで偽っても仕方あるまい。
「いささか、オーバースペックが過ぎるかと。器用貧乏と言い換えてもいい。《ナナツー》タイプの標準装備であるところのアサルトライフルを含め、あらゆる装備への換装を想定した造りであった弐式に比べて参式は先進国の後追いです。自分は弐式のほうが使いやすいと感じています」
「正直でいい事だ。参式は確かにコスト面でも製造は難しくってね。エースに一機程度、であてがうつもりでいる」
ここに来て、上官の下に呼ばれた意味が理解出来た。
「《ナナツー参式》だけの編隊……その編成計画があるのですね」
「あまりに先んじる性格だと他の上官はいい顔をしないぞ。まぁ、わたしと君の仲だ。そこまで先読みしてくれるのは負担が減ってありがたい事ではあるのだが」
参式の編成計画の中に自分を呼び込む、という事は隊長機につけ、という意味なのだろうか。
「フラッグ機につくのは自分の性に合いません。辞退させていただきます」
「そういう性分も含めて、分かっているつもりだったんだがね。あるいはこう言おうか。モリビトと戦えるぞ、と」
それは魅力的な提案に思えたが、やはり現時点でモリビトとぶつけられても勝算は少ないだろう。
「参式であっても、モリビトタイプを下すのは難しいと判じます」
「素直でいい。では君の愛用する弐式ならば勝てると?」
「五分五分、いえ、それ以下ではありますが、勝算がないわけでは」
上官は首肯して席についた。レポートを読み込み、勝算か、と呟く。
「モリビトタイプ……ゾル国では古代人機を狩るのに優れた狩人に与えられる称号だと聞いている。この偶然の一致、あまりに妙だとは思わないか?」
「モリビトという呼称の一致に関しては、当人は不運でしょうが、我々の関知するものではないでしょう」
事実、モリビトの名前を賜っていた当人が困惑するのは目に見えているが、それがイコール軍隊の士気の低下、とは結びつかない。
リックベイの判断に上官は言葉を継ぐ。
「君は先読みが過ぎる。モリビトの名前を持つエース、桐哉・クサカベと言ったか。ある筋からの情報では彼を一度軍務から外すという措置が取られるそうだ。まったく、不運だよ」
しかしそれは、C連合に関して言えば好機である。ゾル国の守りが手薄になっているという事なのだ。
「モリビトの動乱を受け、世界に変化の兆しがある。その変化の予兆の一つが、モリビトの名前の放逐」
「印象面での話に過ぎないが、ゾル国は判断を急ぎ過ぎている。なにも敵はモリビトだけではない」
依然として、C連合、ブルーガーデン間での緊張状態は張られているのだ。この局面でエースを外す、という判断は焦燥に駆られているとしか思えない。
「ゾル国を攻め落とせばいいのですか」
「簡単に言うなよ」
返しつつも上官の眼にはそれも考えの内にはある、というのが読み取れた。ゾル国はC連合の輸出入とブルブラッド独占に睨みを利かせる目の上のたんこぶだ。それが破綻すれば、ブルブラッド事業は飛躍するであろう。
「エースの不在、とは言っても、ゾル国には《バーゴイル》の新型部隊があります。対地能力を持つ《バーゴイル》は《ナナツー》の天敵の一つ」
「《バーゴイル》は現在、九年前の新型が一般流通している。スカーレットだったか。しかし、ゾル国は余裕を持っていると見ていいだろう。それ以上の機体が出てきても何らおかしくはない」
そのための《ナナツー》新型機の擁立もあったのだろう。その読み合いの最中、現れたモリビトに世界が掻き乱されているのだ。
「相手の出方さえ分かれば、自分はどこへでもはせ参じます」
「まだ相手は一度姿を見せただけ。次の出現機会こそ、モリビトの真の目的を晒す時だと考えていいだろう。なに、二度あることは三度あるとも言う。三度目に逃がさなければいいだけの事」
自分には一応、《ナナツー》部隊の編成計画だけを話しておく。それがこの召集の意味だろう。その頭目に据えられるという話には正直、辟易しかなかったが、モリビトと合見える機会があるというのならそれも加味しておくのも悪くない。
「職務に戻りたまえ。ろくに寝てもいないのだろう。この書き上げ方からして、君の情熱、とてつもなく感じたと言っておこう。対モリビトに関する情報は君を優先して通す」
それは同時に、《ナナツー》部隊に関しての話も通しておく、という暗黙の了解。
しかし口を挟んだところで仕方がない。自分は軍人。与えられた使命を果たすのみ。
挙手敬礼し、リックベイは上官の部屋を去った。仮眠室に戻る途中、曲がり角で部下と顔を合わせる。
「さ、サカグチ少佐……」
鉢合わせるべきではなかったな、と感じたのは彼らがブルブラッドの煙草を吸っていたからだ。喫煙ルーム以外は禁煙なのだが、こうしてストレスの溜まる場所の新兵は容易く手軽な娯楽へと走る。
簡単なところでは酒と煙草と女。違法薬物に手を出していないだけマシだが、ブルブラッドの成分が沁み込まされた煙草は健康被害をもたらすというデータがある。
「ほどほどにしておけよ」
だからと言って諌めるほど自分は野暮ではない。ガラス張りの通路から窺えたのは発展したコミューンの街並みと、その上空を漂う紺碧の大気であった。
今もまだ、この惑星は先人達のツケを払わされ続けている。
古代人機にブルブラッド大気汚染。そこに新たな頭痛の種としてモリビトとブルブラッドキャリアの蜂起が上がっただけだ。
何もかもが今まで生きてきた者達の原罪。これから生きる者達が支払い続ける借金のようなもの。
「せめて、モリビトの借金くらいは、我々の世代で手打ちにしたいものだな」
呟いて、リックベイは歩いていった。