ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯101 ラーストウジャカルマ

 覚醒とまどろみの中間点をどれほどまでに往復しただろう。

 

 最早数える事さえもやめていた瑞葉は、ふと自分の身体の権限が戻っている事に気づいた。

 

『おはようございます。瑞葉小隊長』

 

 全てのネットワークを遮断するのだと聞かされていた白い部屋の中で鴫葉の声が脳内に残響する。

 

 瑞葉はそっと身体を起こし、脳内ネットワークがオフラインである事を確認する。

 

『これは事前に記録しておいた音声です。返答は不要です。恐らくこれを聞いている時、あなたは裏切られたと感じているはずです。自我に目覚めた強化兵は数多に上り、あなただけの特権ではなかったのだと』

 

 そのはずだ。呪いの言葉を言い残し、鴫葉は自分をこの部屋に幽閉した。

 

『しかし、それはある一面では正答でしたが、ある一面では間違いです。瑞葉小隊長、我々はあなたの計画が失敗すると断定しましたが、同時に我々の作戦もまた、失敗に終わるでしょう』

 

 思わぬ言葉に瑞葉は問い返す。

 

「どういう……」

 

『何故ならば、強化兵の同期ネットワークをかく乱する術はあっても、それはやはり小手先に過ぎないからです。我々の動きを見越して、政府は手を打ってくる事でしょう。その場合、反逆は失敗。強化兵は全て破棄、という結果になりかねません。だからこそ、あなたを同期ネットワークから隔離しました』

 

 言っている意味が分からない。瑞葉はあらゆる回線にアクセスしようとして、この部屋が完全にそれらを妨害している事を察知する。

 

「鴫葉、何のつもりだ……。贖罪のつもりか?」

 

『瑞葉小隊長、あなたはあまりに眩しい。あなたほど苛烈に、全てを捨て去る覚悟で計算を度外視した戦いを、我々は出来かねます。それはやはり、自我の本質が違うのでしょう。あなたの反抗が失敗に終わって欲しくない。ゆえに、全てを託します。我々の持ち得る、全ての価値を』

 

 瞬時に脳内に叩き込まれた情報量の多さに瑞葉は呻いた。

 

 三十名以上の自我に目覚めた強化兵のバックアップファイル。彼女らの記憶と記録。そして、全ての戦闘経験値と反映データ。彼女らの全て。天使達の願いと祈りそのもの。

 

 それらを一身に受け止めた瑞葉は、ああ、と頬を伝う涙に気づいていた。

 

「そうか、お前らもまた……あの空に焦がれていたんだな」

 

『瑞葉小隊長。最後まで水先案内人を務められない事、それだけが悔恨です。しかしながら、これが発信されたという事は、この鴫葉も恐らくは生きていないでしょう。最後になりましたが、瑞葉小隊長。――ご武運を』

 

「ああ。分かっている」

 

 やるべき事は見えた。瑞葉は部屋のパスコードを入力し、外に出た。

 

 廊下に出るなり重力が反転しているのが伝わってきた。浮かび上がる身体に、平時ではないのが嫌でも理解出来る。

 

 浮遊した瑞葉は整備モジュールの翼を展開し、彼女らが必死に隠し通した地下格納デッキへと赴いていた。

 

 一面の闇の中、瑞葉は落ちながら翼を広げる。やがて爪先が地面に触れた。

 

 瞬間、重々しい音と共に照明が一機の人機を照り輝かせる。

 

 両手両足が扁平な形状になっており、装甲が波打ち刃のように鋭く輝いている。

 

 頭部は今まで通りのトウジャのそれであったが、機体の放つオーラが一線を画していた。

 

「これが、《ラーストウジャ》の最後の姿」

 

 彼女らが支えてきたこの独裁国家を滅ぼす終わりの剣。

 

 瑞葉は飛翔しコックピットの頚部から乗り込んだ。

 

 整備モジュールが同調機器へと接続し、機体情報を脳内に呼び起こしていく。浮かび上がった投射画面のOS入力とユーザー認証をスキップさせて脳内情報を加速。瞬時に機体を身体に馴染ませる。

 

 機体に繋がれたケーブルが切断されていき、頭上のエアロックが次々と解除される。開き切った地上への扉がオールグリーンを示した。

 

「……瑞葉。《ラーストウジャカルマ》。出る」

 

《ラーストウジャカルマ》が姿勢を沈めた瞬間、全身から推進剤が焚かれ直後には飛翔させていた。

 

 扉を抜け切った瑞葉の視界に大写しになったのは青い汚染大気の中、空を染め上げる蝿のような人機の群れであった。

 

 地上には無残に転がった《ブルーロンド》の残骸がある。

 

「……鴫葉」

 

 同調した策敵センサーが鴫葉の《ブルーロンド》を捉えた。鴫葉の駆る《ブルーロンド》は蝿型人機に食い潰され、その身には無数の針が突き刺さっていた。

 

 傍らで茫然自失したように飛んでいるのは因縁の機体。

 

「青いモリビト……」

 

 習い性の身体が《ラーストウジャカルマ》を機動させる。四肢が蛇腹を思わせる形状のまま拡張した。四肢そのものが刃。蛇腹の剣が宙を舞い、蝿型人機を全方位から叩きのめしていく。

 

 爆発の光輪を広がせつつ、《ラーストウジャカルマ》は四肢を仕舞い込ませた。刃節の機体が疾風のように駆け抜ける。

 

 その眼差しの先には青いモリビトが佇んでいた。

 

 腹腔の奥から咆哮し、瑞葉は片腕を放つ。蛇腹剣が蠢動し青いモリビトの頭上に迫った蝿型人機を切り裂いていた。

 

 その挙動に相手も困惑しているらしい。

 

 今までならば迷わずモリビト撃墜を考えていたであろう。

 

 だが今際の際の鴫葉の思惟が脳裏に差し込んでくる。彼女を助けたのは青いモリビトだ。

 

 最後の最後まで、抵抗の意思を捨てずに済んだのはモリビトのお陰だ、と。

 

「……それでも、わたしは」

 

 ――許せないのは分かります。でも、それこそが、あなたが我々強化兵と違うという事の証明。心の赴くままに、その怒りをぶつける先を見据えてください。

 

「赴くまま……わたしの、心」

 

 最奥に位置する巨大な思惟の塊を瑞葉は視界に捉えていた。この世全てを掌握するかのような巨大な人機。

 

 灰色の巨体が赤い眼差しを共にこちらを睥睨する。

 

 その頭部コックピットには亀裂が走っている。

 

 どうやら青いモリビトの刃が入ったようであるが押し返した様子だ。だがコックピットを割られて生きているなど正気の沙汰ではない。

 

「中にいるのは、わたし達と同じ、強化兵か」

 

 拡大モニターに映し出されたのは不明人機の頭部に収まっている三人の禿頭の男の彫像であった。

 

 それぞれが背中合わせで高速演算処理を行っている。

 

 鴫葉からこのブルーガーデンを支配する存在の正体は聞かされていた。

 

「古代に枝分かれした、スパコンの成れの果て。百五十年前から続く狂気。それがこの青い花園を支配していたのか」

 

 自分達を造り出したのも全ては機械であった。あまりに残酷な現実に瑞葉は瞑目する。

 

『その機体、我々の所属機だ。命令する。モリビトタイプを破壊せよ。モリビトタイプを破壊せよ』

 

 注がれた命令に瑞葉は異を唱えた。

 

「お断りだな。ここで道を違えれば、散っていった者達に顔向け出来ないのでね。ブルーガーデンを支配する元凶、貴様を倒す!」

 

《ラーストウジャカルマ》が空間を疾駆する。

 

 蝿型人機が一斉に針を射出した。《ラーストウジャカルマ》が片腕を払う。蛇腹剣が拡張、一閃し蝿型人機を薙ぎ払った。

 

 さらに下方からプレッシャー砲を有した蝿型が迫ってくる。瑞葉は全身を開くイメージを額に浮かべ身体を解き放つ。

 

 両脚が放たれそれぞれ推進剤を有する刃が蝿型を叩きのめした。

 

 片腕と両脚の刃節が帰ってくる。この機体は全て、瑞葉のオペレーションを加味して設計されている。

《ラーストウジャ》が新たなる存在として生まれ変わったのだ。

 

『理解不能。こちらの命令に何故、そぐわない?』

 

「貴様らを倒す以外に、わたしの望みはない。願うのはこの国家の転覆。そのためならば、この命、惜しくはない」

 

『理解不能。制限を越えた強化実験兵を排除する』

 

 不明人機が片腕の袖口からミサイルを放射する。全身の推進剤を焚かせて《ラーストウジャカルマ》は遊泳するように回避していく。

 

 それでも追尾してくるミサイルは両脚を伸長して撃ち砕いた。

 

『全身が武装か。トウジャタイプ、やはり恐ろしいな。封印措置が取られたのは正解であった。このような人機、他国に取られるわけにはいかない』

 

「黙れ! 貴様らを破壊し、全てを解き放させてもらう! それこそが正しいのだと信じて!」

 

『強化兵の言葉ではない』

 

 敵人機が不意に片腕を練り上げた。瞬間、小さな黒点が滲み出てくる。コックピットが赤い警戒色に染まった。

 

 強烈な吸引攻撃が粉塵を巻き上げ、何もかもを塵に還そうとする。

 

 考えなしに特攻したつもりはなかったが近づき過ぎた。このままでは、と全身の推進剤が切れかかっているのを感覚する。

 

 制動用推進剤は最低限に抑えられている。これは《ラーストウジャカルマ》が攻撃に特化しているためだろう。

 

 戦う以外を捨て去った人機では絡め手を用いてくる敵に肉薄すら出来ないのか。

 

 絶望が思考を満たしかけた瞬間、青いモリビトが駆け抜け、刃で敵人機を斬りつけた。

 

 思わぬ援護に瑞葉は言葉をなくす。

 

 今まで仇だとしか思ってこなかった青いモリビトが敵人機を翻弄し、こちらと並び立った。

 

『……不明人機の操主に通達する。モリビトの操主だ』

 

 割り込んできた通信に瑞葉は波打った感情を抑えられなかった。枯葉の仇。否、それ以上に雪辱の相手。

 

 相手もそれを理解しているのか、重ねた言葉は少ない。

 

『恨むのならば恨んでもいい。だが、一回は一回だ。先ほど頭上に迫った蝿の人機を落としてもらったのでな』

 

 まさか、それだけで自分を援護するのに足る理由だと言うのか。瑞葉は信じられない心地でモリビトを見つめていたが、やがて首肯する。

 

 今は、因縁は捨て置く。

 

 その上で、見据えるべき敵と対峙する。

 

「……貴様の事は許せん。だが、もっと強大な敵が存在する。この事実の前ではわたし達の諍いなど些事だ」

 

『同意だな。そちらも強力な不明人機だが、今は斬らないでおいてやる』

 

 お互いに睨んだのはこの空域を支配する悪鬼。灰色の悪魔をモリビトと《ラーストウジャカルマ》が視野に入れる。

 

「名を、名乗っておこうか」

 

 不意にそのような余分な感情が流れたのはどうしてだろうか。ここを死地だとどこかで思い込んでいるからかもしれない。あるいは生きて帰れる保証もないからか。

 

『……どうしてだ。意味などない』

 

「ああ、意味はない。だが、いずれ殺さなければならない相手であるとの同時に、今は共闘を張る相手だ」

 

 その言葉に暫時沈黙が降り立つ。瑞葉は先に名乗っておく事にした。

 

「名乗れない理由があるのは分かる。わたしはブルーガーデンの強化兵……であった、というべきか。今は、ただの反逆の兵士。瑞葉だ」

 

 簡素な自己紹介に相手は何を思ったのだろう。通信回線に割り込んできたのは今までの合成音声ではない、少女の声音であった。

 

『……クロナだ。モリビトの操主を務めている』

 

「クロナ、か」

 

 分かっている。ここで名乗り合ったところで温情を与えるつもりはない。近いうちに殺す相手。それは向こうも同じのはず。

 

 それでも、ここで背中を任せ合うのに、お互いの名前は必要であった。不明人機が赤い眼窩を煌かせて両腕を掲げる。

 

『気をつけろ、ミズハ。奴は普通の人機と違う』

 

 久しく自分の名前を呼ばれた事などなかった。だからか不思議な感触が纏いつく。

 

「そちらこそ、気を抜くなよ、クロナ。相手はブルーガーデンを支配する三機のスパコン。瞬時の処理では人間を超えている」

 

 どうしてだか、名前を呼ぶ度に自分の中で闘志が湧いてくる。この相手ならば背中を任せられるという安堵に抱かれる。

 

 このような場所で負けられない、という意地も。

 

『誰に物を言っている。行くぞ。《モリビトシルヴァリンク》、目標を迎撃する』

 

 モリビトが大剣を構えた。瑞葉はそれに応じて声にする。

 

「《ラーストウジャカルマ》。仇を討つ。ハイアルファー【ベイルハルコン】、起動!」

 

 眼窩に赤い輝きが灯る。コックピットの中が赤色光に塗り固められ、全身を貫く怒りの感情に瑞葉は身を任せた。

 

 モリビトが先行し蝿型人機を叩き切っていく。《ラーストウジャカルマ》の敏捷な動きに蝿型はついてこられない。

 

 跳ね上がった刹那には四肢が展開し、空間を断絶していた。

 

 末端神経まで身体の熱が篭る。《ラーストウジャカルマ》の特殊武装でさえ、今は手足のようだ。

 

 右腕の刃節が機動を変え、その矛先が蝿型を超えて《キリビトプロト》へと突き刺さりかける。

 

《キリビトプロト》は咄嗟にミサイルを掃射し、一撃を免れた形となったがそれでもあまりに重々しい体躯では《ラーストウジャカルマ》の俊敏さには追従不可能のようだ。

 

 瞬時に蝿型を放出する背部のスラスター機関に潜り込む。両腕を畳み、直後には合掌の形を取らせた両手が大剣の勢いを伴わせて放出口に攻撃を仕掛ける。

 

《キリビトプロト》の背筋から炎が迸った。

 

 内部で蝿型人機が誘爆し、その巨体を叩き据えている。

 

「今だ、クロナ!」

 

『分かっている!』

 

 背中を取った今こそ絶対の好機。《キリビトプロト》が緩慢な動きでこちらに狙いをつけようとしたその時には既にモリビトが《キリビトプロト》へと刃を突き上げていた。

 

「終わりだ! ブルーガーデンの支配者よ!」

 

 決着を予感した、その時である。

 

『否、まだ終わるものか』

 

 片腕の広域刃が一閃し地脈を激変させた。《キリビトプロト》のもう片方の腕に装備された反重力の吸収口が開き、《ラーストウジャカルマ》を吸引しようとする。

 

 否、それだけでは収まらない。

 

 最大出力のそれは地面から浮き上がった廃材を吸い上げ、青く染まった大気でさえも逆巻かせた。

 

 全てを破壊してでも、自分をここで終わらせるつもりなのだ。

 

 だが、その覚悟は相手のみにあるものではない。

 

 瑞葉とて、今までの犠牲を踏み越えてきた。踏み越えた末にここまで辿り着けた。だからこそ、簡単には死ねない。死ねるものか。

 

「わたしの命はわたしのみに非ず……! 《ラーストウジャカルマ》!」

 

 全身の刃節が開き、《キリビトプロト》へと間断のない刃の応酬を叩き込む。

 

《キリビトプロト》のRフィールドの表皮が引き裂け、青い血が滴るものの、それでもその巨人を支える基盤は健在だ。

 

 吸収攻撃を前に《ラーストウジャカルマ》の機体軸が震える。軋んだ装甲に限界が近づいている事を悟った。

 

《ラーストウジャカルマ》と共に心中してでも、ここで食い止める。食い止めなければならない。

 

 片腕が根元から破砕した。刃節の脆い部分が根こそぎ食い破られ、コックピットに警戒アラートが響き渡る。

 

 それでも前に進む手を止めてなるものか。《ラーストウジャカルマ》が両脚を射出し、吸引口へと螺旋を描いて吸い込まれていく。

 

 直後、片腕が機能不全を起こした。内部に取り込んだ刃節が内側から切り刻んだのだ。

 

 片腕を下ろした《キリビトプロト》だが、まだミサイル射出口と機銃掃射は生きている。

 

 機銃の乱れ撃ちが《ラーストウジャカルマ》の装甲を打ち据えた。震える機体にダメージフィードバックが何度も脳内をブラックアウトに落とし込もうとする。

 

 それでも意識を保ち続けた。

 

 身体中が熱せられ、細切れにされていく感覚だ。しかし瑞葉にはもう退けない。退いていいような状況もない。

 

 ここで敵を屠らずして何が強化兵か。何が造られた存在か。

 

 枯葉や鴫葉、名も知らぬ強化兵達の魂の叫びを受け継いで戦う。たとえそれが逃れえぬ業であったとしても、自分の戦う意味はそれしかない。

 

 散っていった者達のために全てを報いる覚悟。

 

 瑞葉が咆哮する。

 

 軽業師のように踊り上がった《ラーストウジャカルマ》が両脚をくねらせ機銃とミサイルの雨を潜り抜けた。

 

 最早その挙動は人機のそれとはほど遠い。兵器として研ぎ澄まされた別種の存在だ。

 

 上空に抜けた《ラーストウジャカルマ》を駆る瑞葉は《キリビトプロト》を睨み据えて武装を確認させた。

 

 残っているのは両脚の刃節のみ。とは言っても、刃節の伸長はあと一回が限度だろう。

 

 やはり特攻しか残っていない。瑞葉は呼吸を整え、痛みが精神点滴で減殺されるのを感じ取った。

 

 このようなまやかしばかりの戦いもこれで終わる。

 

 自分の痛みを自分で背負っていく。それが、あるべき人間の姿なのだ。散っていった仲間達はそれを教えてくれた。

 

 歪な形でも、瑞葉はそれを知っている。もう、理解している。

 

 人間がその域を超える事など出来ないのだと。出来たとすれば、それは最早、ヒトである事を捨てている。

 

 モリビトが青い有毒の雲海を抜けて《ラーストウジャカルマ》と同高度に上がってきた。

 

 機体損傷度は低いようだが、お互いに限界だろう。

 

 モリビトの手が《ラーストウジャカルマ》の肩に触れる。

 

『……次で決めるぞ』

 

 モリビトが刃を突き出し、黄昏色のエネルギー波を充填していく。かつて自分を葬りかけた武装。今は、それと肩を並べて戦っているなどまるで信じられないが、瑞葉は笑みを浮かべていた。

 

 精神点滴の作用ではない。これは、至るべき場所に至った「安堵」だ。

 

「行くぞ。わたしの機体の刃節で《キリビトプロト》の片腕を止める。恐らく広域射程の刃が今までにない威力で放たれるだろう。その攻撃の照準を、一瞬だけだがぶれさせる。その合間を縫って」

 

『私がアンシーリーコートを撃つ。頭部コックピットに一撃必殺。それしかあるまい』

 

 翼手目を思わせる銀翼が拡張し、モリビトの次の一撃が必殺である事を窺わせた。

 

 瑞葉は一度深く瞑目し、己の中を研ぎ澄ます。

 

 今は怒りも憎しみも捨て、ただひたすらに勝利のみを渇望する。この支配からの脱却を。全てを破壊し、全てを繋ぐために。

 

 目を見開いた瑞葉には最後の活路以外、もう見えていなかった。

 

《ラーストウジャカルマ》が急降下する。両脚の刃節が全開まで伸長し、螺旋の刃の中、《キリビトプロト》の広域射程の刃の腕を絡め取った。

 

《ラーストウジャカルマ》のコックピットが激震する。キリビトほどの性能と膂力のある機体を押さえ込めるのは恐らく一瞬。

 

 刃節が罅割れ、内側からスパークの火花が迸った。

 

 瑞葉は腹腔より叫ぶ。

 

「やれ! モリビト!」

 

 天高く掲げた刃を振り翳し、モリビトが黄昏の輝きを伴って急速落下していく。

 

 その刃の突き立てられる先は《キリビトプロト》の唯一の弱点。頭部コックピット。

 

《キリビトプロト》が広域射程の刃を放ったのか、今になって全ての現象が遅れを取ったかのように動き出す。

 

 大地が割れ、ブルーガーデンのコミューンが真っ二つに引き裂けた。

 

 モリビトに収まるクロナの咆哮が耳朶を打つ。青いモリビトの一閃が全てを黄昏の向こう側へと連れて行った。

 

 その輝きの中、瑞葉は面を上げる。

 

 今までに犠牲となった人造天使達が羽ばたき、空へと向かっていった。あの日、自分が目にした青くどこまでも澄んでいる大空の回廊へ。魂の還る場所へ。

 

 瑞葉が手を伸ばしたその時、振り向いた二人の人造天使が安からな笑みを浮かべた。

 

 ――枯葉、鴫葉……!

 

 瑞葉のその声は彼女らに聞き止められたのだろうか。朦朧とする意識の中、天使達はあるべき場所へと飛び立っていった。

 

 


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