砂塵逆巻く森の一角を駆け回っていたミルキは、ふと……雑念とは理解しながらも命題に思考を投じる。
――人生に満足している者は、いったい世の中にどれだけ居るのだろう?
まず自分は……とミルキは考えるまでもなく結論を出す。
間違いなく前世は不満の方が優っていたと断言できるからだ。
退屈な人生だった。全否定するつもりはないが、根暗な前世の自分の人生だ。そう評価するしかない。
無論、ミルキ=ゾルディックに転生してから、そんな退屈な人生がどれだけ多くの人達の努力の上になっているのか、自分の境遇がどれだけ幸福に恵まれていたかを実感したわけだが、後の祭りを想っても虚しくなるだけだと以後は考えないようにしている。
人は日々僅かな喜びや幸せを感じるだけでも十分人生を満足できるらしい。だが前世のどうしようもなくダメな引き籠り精神のサラリーマンだった彼は、それでいて貪欲だった。
とてもじゃないが小さな幸せ程度で満足する人生など送れるハズもなかった。
――でも。
「ふん、ぬがぁぁぁぁぁッ!!!」
大岩を持ち上げたミルキは仕方ないと思いつつ雑念の継続を許容する。
なぜなら、それでも尚、ミルキにあるのは一心に眼前のことだけなのだから。
――今の世は、怖いぐらいに幸福だ。
小さな幸せにも個々人の尺度と好みがある。
ミルキにとって、前世そのものが好みに合わなかった。だから何をしても幸せになることはできなかったに違いない。
「でりゃぁぁぁぁぁぁッッ!!!」
迫り来る男に向かって大岩を投げつけながらそんな無駄思考を終えたミルキが小さく笑みをこぼした。
「フン、笑止!」
相対する男は眼前に迫り来る大岩を一笑に付すと、一瞬腰を落とし、独特なモーションを繰り返し行い始めた。
「酔舞! 再現江湖!」
プリショットルーティーン……という言葉がある。
ゴルフの用語で、ショットに入る前に同じ動作を繰り返えし行うことで動作確認や精神調整をすることだが、男――シュウジ・クロス――が行っているモーションもまさにそれ。
シュウジの場合は瞬間的に高密度の内氣を練り上げるために行うが、しかしリスクも大きい。
「デッドリーウェイブ!!」
瞬時に高密度の内氣を練り上げたシュウジが、大岩に向かって突撃した。
直進するシュウジは膨大な内氣を纏いながら高速で駆けているため、波動が断続的に残像を落としている。
「でぇぇぇいっ!!」
その威力、大岩に突貫したシュウジがたった一撃で抵抗無く突き抜けた事からも察する事ができるだろう。
また、直後……、
「爆発ッ!」
残心を取るシュウジが発する掛け声に触発されたように大岩が弾け飛ぶ。
シュウジが大岩を突貫した際、大岩に残存した膨大な内氣が逃げ場を失い、膨張……そして爆発に繋がったのだ。
「ここだぁぁぁッ!!!」
そしてその爆発の瞬間こそ、ミルキの狙っていた最後の好機だった。
瞬間的に攻撃力の急激な増進を可能とする流派東方不敗が奥義の一『酔舞・再現江湖デッドリーウェイブ』には一つ、致命的な短所がある。
内氣を練り上げる際、通常の場合なら脳が己の器を計算した分量を精製する。
念能力で言えば【練】も、この限界を越えない程度を脳が計算して精製される。
また計算分は内氣を体外に発散する事も判断材料となる。
内氣の発散は当然精孔を通さねばならないが、一度に発散できる量には限界があるからだ。
通常ならば、意識しなくとも脳が内氣を発散してくれるが、『酔舞・再現江湖デッドリーウェイブ』を行う際は自身の規定量を無視した膨大な内氣を練り上げる。
そのため内氣を完全に発散させるには精孔を通常よりも大きく開ける必要があり、一度意識を己の内に向けなければならない。
シュウジ程の使い手ならばそれも一瞬で行える。だが、それでも戦闘中に敵から意識を逸らすなど自殺行為もいいところ。
一流の武人でも見逃す程の本当に小さな隙でしかないが、始めから狙っていたミルキは予想通りに事が運んでいる事を知る前、既に両の手足にオーラを集中させ、突撃していた。
「劔覇千王気炎弾!!」
流派東方不敗『劔覇千王気炎弾』は炎弾を連射するが如く放たれるオーラを纏った突きの連撃。
残心中、僅かばかり初動が遅れたシュウジなら、せめて一撃は当てることができるとミルキは信じ、オーラを振り絞ってブツかって行く。
……が、しかし。
「甘いわァ!!」
「っ! しまっ―――!!」
それもミルキはシュウジの掌の上で踊っていただけのようだ。
ミルキは、大岩を前にしたシュウジが取る攻撃は3つだと思っていた。
一つは『酔舞・再現江湖デッドリーウェイブ』で予想通りだったが、もう一つは普通に躱すか、ミルキに押し戻すか。
そして……。
「ま、マスタークぅろおおぉぉぉ!?」
伸縮自在の腰布を用いたシュウジの特技、マスタークロス。
内氣を【周】と同様に腰布に通すことで布本来が持つ伸縮性と強度を更に向上させることで、最長で元の長さの10倍も伸ばすことができる布が……ミルキの脚に巻きついていた。
「でぇぇいっ!!」
「ぬぁぁぁぁ!?」
残心を取ったところが攻め時とは、武闘家なら誰しもが思いつく。己の技の短所を補う術はもちろんあるだろうと、ミルキも重々承知の賭けだった。
(負けてたまるかァッ!!)
しかし、賭けには負けたミルキも、ただぶん回されたまま終わるわけにもいかないと底力を振り絞り、自分の腰布を掴むと勢いよくシュウジに向かって放つ。
「! なんと……!」
まさかの反撃にシュウジの虚を衝くことができたらしい。
ミルキの腰布はシュウジの腰に巻かれる。
「小癪な真似をっ! ふはぁっ!」
「のぁうっ!?」
だがミルキの底力もそこで尽き、遠心力そのままにシュウジに引き寄せられ、
「百裂脚!!」
「っぐはぁっ!!」
一瞬で百の蹴りを全身に叩き込まれたミルキは地面に直撃。決着となった。
「う、ぐ……っ」
土煙を立ち昇らせた地面にめり込んだミルキだったが、どうやら意識はあるようだ。呻く程には気力も残っているらしい。
というのもミルキは咄嗟に【堅】を前面にのみ展開し、急所だけは保護。更にオーラを背後に回して地面に直撃した折のクッションにすることで衝撃を抑えたのだ。
だがそれでも、ダメージは相当なものだが。
「ミルキよ。今日の修行はここまでとする」
「い、いえ……もう一本、お願い……します、っ!」
死期を垣間見るような……しかし幸福な修行(じかん)が終わってしまう。
ミルキはシュウジに一撃も当てられない現状に忸怩たる思いで起き上ろうとするが……。
「ミルキよ。己を知らぬ無知ほど、度し難いものはないぞ」
「っ……」
半身を起こし、尚も勇むミルキの瞳には炎が揺らめいている。
しかし肉体は限界。何とか応えようとしているが、これ以上の戦闘は無理と誰の目から見ても明らかだった。
「お前の根性には感服するが、今日は此処までだ。……見ろ、空も赤焼けはじめている」
午前中は行旅の時間。3度の食事時間を除き、夕食まで午後をフルに使った修行時間は凡そ6~7時間。ミルキは僅かばかりの休憩も取らず、いつも達磨の如く起き上って時間も忘れて続行するのだ。
「水を飲め。そして体の声を聴くのだ」
「…………はい」
残念を隠しきれないミルキだが、ふっ……と全身から力を抜くと精神の炎も鎮火する。
途端に全身が石に押し潰されたような疲労感が押し寄せ、喉も枯渇して呼吸どころではなくなった。
「ほれ見たことか」
シュウジに仰向けにされ、水で口を濡らしたミルキは直ぐに喉を潤し、全身に満たしていく。
この時、疲労回復に効果があるという己の精孔を閉じた状態(絶)にすることも忘れない。
「ハァ、ハァ……ずみまぜん、師匠……(あーくそっ! また、届かなかった……!)」
シュウジに謝罪して、ミルキは直ぐに反省を始めると、表情を悔恨に歪める。
己を知らぬままでは、シュウジが使った奥義『酔舞・再現江湖デッドリーウェイブ』を習得する事も夢のまた夢という事実も合わせ、弱い自分をどうにも許せそうにない。
だが、日々シュウジが課す修行がどれだけ厳しく激しいものなのか……息も絶え絶えのミルキの現状や今し方の攻防も然ることながら、シュウジとミルキの半径数十メートル圏の場景も如実に教えてくれる。
まるで爆心地……そこだけ局地的な流星群でも降ったのかと唖然としてしまうような現状は、おそらくビフォーアフターで見れば頭の中が真っ白になるだろう酷さ、惨さである。
いや天然自然を父母とする精神を持ち、自然破壊を嫌悪するシュウジが、まさか木々をへし折り、山を砕き、川の流れを変える大穴を穿ち……なんて醜態を晒すことをするはずがない。
そこは森が口を開けているように、ぽっかりと空いた何もない場所だ。ただ地面が“ちょっと”えぐれてしまっただけのこと。
それでも、地面が爆ぜ、幾つもの大穴を穿つ場景を老人と少年が為してしまったというのだから……前世に比べ考えられない所に居るのだと、ミルキは改めて実感する。
「はぁ~……(勝てない……というか、一撃も与えられない俺って……)」
仕方ない……とは思わない。例え相手が本物の東方不敗マスターアジアであろうが無かろうが、ミルキにも意地があるから。
しかし実力差、ミルキとシュウジの居る場所はあまりに遠いことは認めざるを得ない。
ミルキは念の四大行、纏と練の応用防御技【堅】を用いて、シュウジの“ただの拳”をやっと防げる程度なのだ。
幾ら【堅】を使えるミルキでも、真面に受ければ文字通り粉骨砕身していたことは間違いない。何よりミルキの【堅】は不完全なのだ。それも已む無し。
ミルキ自身、よく死ななかったな……と周囲に穿たれた穴を見て顔が引き攣ってしまう。
因みにその拳で地面に直径5m深さ10m弱の大穴を幾つも穿つ威力だ。その反動で、いったい何度、土砂版間欠泉を吹き上げたことか。町村から遠く離れ、誰も居ない場所での修行だが、それでも遠くから見えたのではないかと思えるような異様な光景だっただろう。
ミルキはこの3ヶ月で、まずは基本となる四大行を習得。次に応用技の習得に励むとなった時、何より先にシュウジの攻撃に耐え得らねばならないと防御を優先したため、今は【堅】に一番時間を使っている。
因みに【堅】の持続時間は未だに1時間程度。
過酷な修行をしているにも関わらず、一向に上達しない自分は相も変わらず成長性が乏少であると、つくづく実感させられていることも合わせ意気消沈を隠せない。
だが、ミルキの学習速度は“逸材級”と言える程素晴らしいもの。
念を覚えはじめて5ヶ月で【堅】を1時間も使いこなせている事実が、しっかりと証明している。
またシュウジの指導を受けることで速度は更に向上。実戦さながらの流派東方不敗の稽古で用いる事で、長短を直ぐに理解できるということも大きい。
だが、ミルキはその事実に気づいていない。
修行ちゅうは一生懸命にシュウジに喰らい付くことで頭がいっぱいで、更にはシュウジの戦闘の全てを学習しようと脳裏で修行中の全てを反復して思い出し、耳ではシュウジの言葉を一字一句聞き逃さないよう集中している事が大半の理由。
あとはシュウジの実力があまりに高過ぎて、自分は底辺過ぎるとミルキの感覚が麻痺しているのだ。
「ふむ……修行を始めて、早3ヶ月。その念という妙技、中々恐ろしいものよな」
シュウジが末恐ろしさを覚えるのは直向きなミルキの精神と、念能力の恩恵。
マスターアジアとまで呼ばれたシュウジに一撃当てぬまでも抵抗しうる力を10を数えてもいないミルキに与えている事実に舌を巻くのも当然。
ゆっくりと呼吸を繰り返し、【絶】を用いることで疲労回復を図っていたミルキは上体を起こしてこれに苦笑する。
「フゥ……でなければ死んでますよ。だから死にもの狂いで覚えたんです」
因みに、ミルキには言っていないが、実はシュウジ、かなり本気で戦っている。
それは、早くもミルキの力量を認めているという事であり、シュウジが“己の力量不足を痛感している”という裏返しでもあった。
だから……か。シュウジは腕を組みながら、ミルキに問うていた。
「ミルキよ、1つ訊きたいのだが……ワシも、その念とやらを使えるのだろうか?」
「…………えっ?……ええっ?」
何やら凄い事を言い出したシュウジに、ミルキは血の気が引く。
この師匠は何処に行こうとしているのだろうか、と。
だが、念ならばシュウジは無知。ミルキに一日の長がある。
というより、念を使わずともシュウジには“氣”がある。
シュウジに言わせれば定義と存在が違うらしいが共に生命エネルギーを用いているため、名ばかり違うだけの同じ技だとミルキも最初は考えていた。
だが、その実どうやらかなり違う物だと思うようになっている。
不完全ながら念の練度も徐々に上がりつつある今、ミルキは念に感じる熱とは違った熱をシュウジの氣から明確に感じ取れるようになった。
その一番近しいモノといえば、太陽の熱波。
ああ、そうか……と、ミルキは納得する。流派東方不敗が最終奥義【石破天驚拳】は天然自然の力を体内に借り集めて、一気に撃ち出す技。
シュウジに訊いたところ、流派東方不敗の技は全てが天然自然から力を借り受けるのだと言う。
つまりシュウジの“氣”とは、体内で練ることで得る内氣、そして体外から自然エネルギーを取り入れ活用する外氣の2つを差す。
ミルキの用いる念オーラは、内なる氣(内氣)に属するエネルギー。
だが外から集めた氣を、対内で練り込み、凝縮・制御するために用いるのも内氣。
概念は違うが使用方法だけ覚えればイイ現状のシュウジが、念を習得できない道理はない……ハズだ。
「え、えーっと……お、おそらく使えるかと」
だが、その何と恐ろしいことか。
いや嬉しい。シュウジという崇高が、更に高くなるということだから。……だが、ミルキは同時に恐くなる自分を止められない。
それは、シュウジに二度と追いつけない先へと行ってしまう……という事では無い。
否、ある意味その表現も正しいのかもしれないが……。
「……しかし、師匠は外氣を取り込み用いますから、内氣と互いに邪魔し合わないかという疑念も……」
「喝ッ! この東方不敗マスターアジアに不可能はなぁいッ!」
「……だと思いますけどね」
東方不敗の名は伊達ではない。この世界……ミルキは同じ世界に立っているという視点から言わせて貰えば、その名声は東方などと言わず中央含んだ全方位に轟くに違いないと確信している。
何より、こと武術に転化できる技なら、シュウジに出来ない事は無いと自他共に疑う余地などない。
「お前の稽古法から、大よその概要はつかめた。だが【発】の系統とやらに詳しく訊きたい」
「……分かりました」
ならば念能力の新たな可能性をシュウジに見出せるかもしれないと、ミルキは休憩がてら【発】について説明することにした。
「では恐れながら解説を」
仮にも東方不敗マスターアジアに教授するというあまりに恐れ多い現状に、また別な意味で喉が渇くが、生唾を飲み込んで何とか台詞を喉から吐き出す。
「念の四大行の集大成とも言える【発】とは、己の系統を知る手段です。その系統とは、全部で6つに分かれています」
ミルキもまだその修行には至っていない。近々系統が何なのかは確かめようと思っていたが【発】は一生ものだ。
できれば全ての技を己が満足するまで修練してから……と思っていたのだ。
「しかしその前に、念の四大行について「いや、いい。それより【発】を説明せい」いえ、しかし……」
理屈を知らねば道理が通らぬと言おうとしたが、シュウジはクワッと目を見開いて全身から“内氣”を溢れさせる。
「くどい! ワシはまだ、弟子に教わるほど耄碌しておらん! 見よ! ハァァッ!!」
――とか言い出したシュウジが内氣を溢れさせ纏・絶・練まで行ってしまった。
一度もやった事が無いが、ミルキの修行を見て覚えた事を今、初めてやって出来たらしい。しかも何だか念を使うミルキよりも練り込まれたオーラが上質だ。
分かっていたことだが、本当にとんでもない人だとミルキは改めて思う。
「……えー、では【発】の説明をさせていただきます。まず系統、先程も申し上げましたが全部で6種類あります。放出系・強化系・変化系・操作系・具現化系・特質系。個人は、このいずれか1つに必ず当て嵌まります」
と言っても、5系統以外の総称という特質系がある以上、当て嵌まらないと言う事は無いのだが。
「ふむ。それを見分ける方法はあるのか?」
「はい。水見式と呼ばれる手法が。グラスに水を入れ、その上に葉を一枚浮かべます。グラスの脇に両手を翳して練を行い、グラス内の変化によって見分けるのです」
どこのだれが編み出した方法なのかは忘れたが、それで間違いなかっただろうとミルキは告げた。
「成程。では麓の町でグラスを手に入れて来よう」
「分かりました。自分が行ってきます。5分、お待ちください」
体力も程良く回復したミルキは、言うや一握りの硬貨をポケットに突っ込んで、ここに辿り着く前に立ち寄った町に向かって走り出す。
普通に走って絶対往復30分は必至だが、そんな常識は流派東方不敗の前では踏み潰されるのがオチ。
もちろん流派東方不敗を学び始めて3ヶ月弱のミルキも例外ではない。息を“僅か”に切らせながら、宣言通り5分で行って戻って来た。疲労困憊から僅かに回復した己の状況でも、そんな常人離れした事を遣って退けられるようになったのも、日々修行の成果の現れと言えよう。
「では、ミルキ。先ずはお前がやってみるのだ」
「はい!」
早速、水が張ったグラスの上に落ちた葉を1枚乗せたミルキは両手をグラスの脇に添え、思い切り練を行った。……すると、グラスの上で葉がユラユラと移動し始めたではないか。
「ふむ。顕著に見えるのは葉が揺れ動いているということか。動きの練度は低いと見えるが……」
シュウジの酷評にミルキも同意のようで不満げだ。
因みに、裏ハンター試験で言えば、十分合格を貰えるレベルであることを敢えて言及しておこう。
「ミルキ、これに類する系統は何だ?」
「葉が動くのは操作系の証です」
物体操作、精神操作など、とにかく念オーラを操作することに長けた系統だ。
因みに、六性図として操作系を示した場合、隣接するのは放出系と特質系。故に念オーラを遠隔で操作することも比較的容易となる。
そして一番遠い系統が変化系。故に例えばだが、水や雷に変化させる事は苦手ということになる。
「では、お次は師匠がどうぞ」
「うむ。……はぁあっ!」
一瞬気合いを口にし、膨大な練を行ったシュウジ。
ブワッと風が吹いたかと思うと、水見式を行っていたグラスに不思議な事が起こっていた。
「こ、これは……?」
「葉が成長した、か……」
なんと葉の端から根が生えてグラスの水を埋め尽くし、枝が僅かに生え出していたのだ。
「ミルキ。これは?」
「……断定はできませんが、特質系です。他の系統と違う結果が出れば、総じて特質系なので……」
特質系は、葉が枯れるなど、他の系統と違う結果が出ればそうなるが……ならば間違いは無いと思うミルキ。
「その特質系とは、何ができる?」
「特質系とは、本当にその他多数を意味した希少な才能です。稀に後天的に発現する者も居ますが……例えば他者の念能力を奪う本を作り出す能力、他者に触れて記憶を読み取る能力、他人の正確な未来予知が出来る能力、他の系統の能力を100%引き出せる能力など一貫していません。何ができるかは師匠御自身の求める事に寄りけりです」
確か、特質系はカリスマ性があるとか無いとか……ということを頭の片隅に覚えていたミルキは、この結果に納得する。
「ふむ……成程。ミルキ、他に【発】に関する情報は無いのか?」
「そうですね……強いてお教えするとすれば“制約と誓約”でしょうか」
「2つのセイヤク……詳しく聞かせい」
「はい。念能力には制約と誓約……即ち、ルールを決め遵守すると心に誓うと、念能力が爆発的に増強されると言われているんです。……ですが、これは諸刃の剣。誓いを破った場合、念能力を失い、最悪誓いで『命を懸ける』云々を決めていれば死に至る事もあるとか……」
念能力を失う。それは、シュウジにとっておそらく“存在の死”を意味するとミルキは思っている。だから……できれば念能力を使ってほしくはないのだが……。
「そうか。……ミルキ、一旦区切りとしよう。そろそろ夕食を狩りに行くぞ」
「はい!」
制約と誓約を聞いて少し考え込んだシュウジだったが、日も暮れ初めている。
夜になれば、夜行性の魔獣も動き出すだろう。その対処も修行の1つ。警戒を怠らず休眠する修行は、ミルキも3歳の頃からしていた。苦にはならない。
「ミルキ。明日からは流派東方不敗が“外氣”の技法鍛錬も加える。双方を扱うのは今のワシでも戦闘流用はできないが、今後次第では扱えんわけではないと分かったからな。心せよ」
「は、はいっ!」
ミルキの修行は、休む間もなく行われる。
そして明日からは、また厳しくなるようだ。もっとも、ミルキは望むところ。
本来巡り合えないハズの憧れの師を目の前にしているミルキには、己の限界を超えた高みを目指さんとする確かな心意気を灯していた。