ちょっ、ブタくんに転生とか   作:留年生

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 微妙だけど、原作(?)入りです。


#13.空上船×ノ×志望者

 

 突然だが、ミルキが転生したこの世界で“船乗り”と呼ばれる人種は2つに大別される。

 

「んぎゃあああああ!!」

 

 それが、大海を渡る海船乗りと大空を翔る空船乗り。どちらも偉大なる蒼に夢と希望と恋を求め馳せる者達なのだ!

 

 ――らしい。

 

「おがぁぢゃぁぁぁぁん!!」

 

 分厚い水のベールに覆われた大海原を、男達は「女房」と豪語する。

 太陽に照らされ輝く海は、まさに潤う滑らかな美肌。

 決して本心を晒さず、男達を翻弄する妖艶な様に、男達は身も心も籠絡されてしまうそうだ。

 しかし、ならば逆に魅せて見たくなるのも雄の本懐。

 ベールの下には何があるのか……どこまで行っても剥がし終えない大海(ベール)の果てを求め、男達は今日も海を征く。

 

「じ、死゛ぬ゛ぅぅぅぅぅ!!」

 

 どこまでも終わらない澄み渡る蒼穹を、男達は「女神」と仰ぐ。

 足届かぬ蒼穹を求め、男達は高く高く舞い上がる……が、決してその蒼に触れること敵わず……後に残るのは、ただただ空虚。

 そして、美しい女は本当に気まぐれで惨酷なもの。

 穏やかに語り合ったのも束の間。何故か直ぐに怒り、喚き、泣き出すのだ。

 すると我等矮小な男達は為す術無く、送り返される。最悪、永久に獄中へ繋がれることもしばしば。

 

「だじゅげでぇぇぇぇ!!」

 

 成程たしかにあの蒼穹に比べれば、我等男達の何と小さきことか。

 人が神に恋い焦がれようなど身の程を知れ……ということなのだ。

 しかし……それでも男達は諦めない。

 女神の心が曇り、荒れるならば、全力で吹き飛ばすまで耐えるのだ。

 それが男達に残された最善。度胸を見せる絶好機。

 そして……耐えに耐えた男達を出迎える、女神の惚れ惚れするような赤焼けの頬を見た時には――――。

 

「つまり、だ! この大嵐の先に見せてくれる貌こそ最高の御褒美! それがロマンってやつなんだよ! 判るかボウズぅぅ!?」

 

「あ、ああ。……何となく、だけど」

 

 ででぇーん!!……と、擬音語が見える程のどアップで迫られたミルキは、これを苦笑しながらなんとか返す。

 

「そーか分かるかァ! ガッハッハッ!」

 

「は、はは……ハァ(……とりあえず応えたけど、判るとは一言も言ってないぞ~……?)」

 

 背中をバシバシ叩かれながら曖昧な笑みを返すミルキは、ここまで「どれだけ“空の”船乗りが偉大か」を題名に延々と船長に語り続けられていたりする。

 しかも、現在大荒れの雲の中を逝きながら……だ。

 

「降りるぅぅぅ! もうボク、おうち帰るぅぅぅ!!」

 

「びぇぇぇぇん!!」

 

 おかげでずっと後ろの方から悲鳴が鳴り止まない。

 悲鳴の中には精神退行している者も居るらしい事を教えてくれるが、おそらく平均して三十路な乗船客ばかりということがシュールに思えてしかたない。

 

 だがミルキも気持ちは判る。

 くどいがミルキは現在、飛行船の中に居る。もちろん他のハンター試験志望者も一緒。

 

 問題は、現在飛行船の現在地にあった。

 

 結論から言えば、現在ミルキ達は嵐の中を航行中である。

 ただし、サイクロンやハリケーンの中では無い。

 そんな中を飛行船が通ろうなんて思ったが最後。ミキサーの中にトマトを入れればどうなるかなど言わずもがな。

 容易に空中分解してしまうだろう。

 

 ミルキ達が直面している嵐……それは、積乱雲の腹の中なのだ。

 

 言わずもがな積乱雲は、垂直に高く盛り上がった空に浮かぶ雲の山。

 多くの場合地上付近と上空の温度差がもたらす大気の不安定によって生じる上昇気流によって発生する雲の怪物。

 地上に落雷や豪雨を齎し、上空には強い乱気流を伴う空の立入禁止区域。

 

 ……に、今ミルキ達は居た。

 

 もちろんハリケーンやサイクロンと比べても五十歩百歩の乱流内。

 盛大に揺れるわ光るわ轟くわ……いずれ地獄への案内賃の担保にと、死神の鎌で首の薄皮を斬り取られている感覚とは乗客満場一致の見解に違いない。

 

 だがミルキの見た限り、空船乗りは誰一人として全く臆した様子を見せていない。

 

「この程度でビビってちゃぁ女神に呆れられちまうぜ! つーか、女房の方が倍こえぇって……」

 

 ……とのこと。

 答えながら突如ガクブルし出した船長はいったい何を思い出しているのか?

 ミルキを哀しい心地に追い遣る雰囲気を出している。

 

 しかし、避雷針も着いていない飛行船で雷光奔る積乱雲を征くなど狂気の沙汰でしかない。

 しかも航行は完全に風任せ。

 風に揉まれる……と言っても決して微風などではない。

 狭い個室で扇風機を最強にして風船にぶつければ、風船がどんな不規則で激しい動作をするか。

 それを飛行船で再現したなら、天井と足場が逆転するような事態など『当たり前だろ?』の一言で片づけられるのがこの世界観なのだ。

 

 それでもミルキは船長の言う通り脅える事は無いと、実に見事な自然体と平常心で船員達と交流中だ。

 その理由は……2つ。

 一つは言わずもがな、船長達も死ぬつもりは無いという態度が判明していること。

 船員に不安や恐怖が無いとは思えない……しかし、だ。この積乱雲を乗り越えられる確証が無ければ誰か一人でも目に見えてチアノーゼが現れていても不思議じゃない……が、それが無い。

 

 そして、ミルキが「絶対に問題無い」と信用するもう一つの理由が、船長や船員達の船乗りとしての力量を確認したからだ。

 まるで念能力者じゃないかと思えるほど見事なまでに暴風渦巻く積乱雲の中で安全な航路を何かに導かれるように船員達は見出している。

 

 航路を見出す“だけ”ならミルキにも可能だ。

 外氣を知覚するという特異な方法で……ではあるが、しかしそれだけだ。

 船乗り達の魅せる操舵技術は、ミルキも現状でとても真似できるものではない。

 

 飛行船をまるで船を手足のように扱うことが、どれだけ難しいか。

 それこそ……愛の為せる業……とでも言い例えられねば、ここまでの技術昇華は不可能だろう。

 一途な想いがどれだけの成長を齎してくれるかを身を以て知っているからこそ、この船長と共に闘う船員達に敬意を表するミルキである。

 

(けど……そろそろ終わってくれないかな? かな?)

 

 しかし、どうにも弁論が長丁場過ぎて困る。

 海であれ空であれ、恋する女を求める男達はいずれもドMに違いないとミルキは偏見を心に留める事を決めた。

 

 そして船長のテンションもいよいよMAXになったのか、マシンガントークが一層の勢いが一気に増す。

 

「つまりだボウズ! 既に物にしたオンナに、いったい何ジェニー分の価値があるってんだ!? 燃えるような恋! 離れて判る愛しき想い! 初々しいイベントの数々は手に入ってからじゃぁぜってーに味わえねぇんだ! 手が触れただけでドキドキする昂揚感? ハッ! 嗤わせやがる! 女房のシワ枯れた手を見たら時間の流れの如何に惨酷なことかってのを心底思い知らされるだけだっつーのッ! そりゃ、確かに手に入ってから見える貌もあるだろうよ? ときめく心まで抹消されるなんてこたぁ言わねぇよ? けどよ! ちげェーんだよ! そーじゃねぇだろうよ! レヴェル……そう! レヴェルの問題じゃねぇか! 女房になったらそれこそ清濁合わせ呑み込まにゃならんだろ!? 海、しょっぺーだろ!? アレがバケの皮剥いだメスの本性なんだよ! 昔みたいにプレゼントで花束渡しても、眉間に皺寄せて『こんな無駄遣いして!』って怒鳴られるんだぜ!? その点、オレ達の女神は最後に必ず微笑んでくれるんだ! やっぱり空! 大空こそ我等が女神だ! そうだろテメェらァ!!」

 

「「「そうだァァァっ!」」」

 

「そう思うだろボウズぅぅ!?」

 

「そ、そうだー?」

 

 船員一同のハイテンションに合わせたつもりだったが、どうやら頭と体の伝達機能が旨く働いていないようだ。

 それでも結婚は地獄を体現しているようにさめざめと泣く船長に、ただただ合掌を捧げようとミルキの体は自然と動いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ようやく積乱雲を抜けた飛行船。

 日もとっぷりと落ちた夜空には星が所狭しと鏤められ、飛行船のプロペラ音が静かに唸りを上げながらゆっくりと雲海を往く。

 

 そしてミルキも、ようやく船員一同のハイテンション空間から抜け出すことができた。

 どうやら先程までの船員のテンションは、恐怖をエネルギーに変えるための暗示も兼ねていたらしく、船長にも「悪かったな!」と声高々に謝られた……と思うよ?

 

 船長の声質には全く謝意が籠められていなかったと思うミルキだが、嫌な気分にはならなかったのだ。

 船長の人柄の為せる業なのだろうと納得し、現在ミルキは船長の後に続いて船内を歩いている。

 

 ミルキとしてはゆっくりと船旅を満喫したいと思っていたが、どうやらハンター試験に関係する事らしいので、仕方なく随行。

 そして船長に連れられ着いた場所は、他のハンター志望者の居た広いホール型の船室だった。

 

「ハッ! なさけねーなァ、オイ! 大の大人が全滅とか! テメェらキンタマついてんのかァ~?」

 

 室内に入った船長の嘲弄が飛ぶが、そこに居る誰一人として声を返って来たとミルキの聴覚は捉えていない。

 確認のためにも船長に続いて室内に入ったミルキが見た場景は……何とも言葉にし難い悲惨な現状で惻然としてしまう。

 揉みくちゃにされ、抗う事も出来なかったのだろう。

 ほぼ全員が体中から出せる液体を出し切って気絶しているようだった。

 

 ……しかし。

 

「失礼ね。アタシにはついてないわよ。そんな汚らわしいもの」

 

 船長の罵倒に反応する者も複数居た。

 

 一人は年の頃は少なくとも18を数えたと見える女。

 黒髪のツインテールに特徴的な銀色の円板ピアス、服装は革の胸当て腰当てと気合いの入り様が窺い知れる。

 

「……」

 

 もう1人は、角刈りの男。

 着の身着の儘で荷物は無いらしくプロテクターらしきものは着けていないらしい。

 口をへの字にして、精神集中でも行っているのか男の周囲だけが厳かな空気に変質している。

 そしてミルキは、この男は自分と同類ではないかと見ていた。

 

「へへ、ちげーねぇ!……んで、結局残ったのは姉ちゃんおっちゃんと、ボウズの3人か」

 

「……おっさんにおっさん呼ばわりはされたくないものだ」

 

 船長が3人の男女に視線を奔らせる。

 ボソッと角刈りの男が何かを言ったらしいが、船長は全く気にせず角刈りに重ねるように台詞を口にする。

 

「テメーら、名を言え。一応、覚えといてやる」

 

 なぜ名を聞くのか……と、3人は考える。

 客の名を一々覚える趣味でもあるのか……と思ったがこの船はハンター協会指定の受験生の運搬船。

 ならば、素直に答えることが無難と考えるのが普通だろう。

 

「……チェリーだ」

 

「アタシはアニタ」

 

「クロスだ」

 

 1人だけ姓ではあるが、どうやら船長はそれを構わず再び3人に問い質す。

 

「そうか。よろしくな。じゃあ次に、テメーらが何でハンターになりてーのか言ってみな」

 

「待て。なぜアンタにそんなことを言わねばならない」

 

 チェリーの問いは、アニタと名乗る女も同意だったらしい。

 名を教えるのは受験生である証明として名乗るが、志望理由まで言う道理は無いと反発する。

 

「なぜ? んな問いするたァ底が知れるぜェ、チェリーよォ? アニタ。おめーもだ」

 

「……何だと」

 

「何だとぉ~……じゃねぇよ、タァコ! おめぇの態度、どうやら常連らしいな? それでいて既にハンター試験が始まってる事にも気付けねぇたぁ呆れたもんだ! まさか審査員を知らねェたァ言わせねぇぜ?」

 

「っ……」

 

「どういうこと?」

 

 しまったと息を呑むチェリーに、既に試験が始まってる事を察しきれていないアニタが問い掛ける。

 

「ハンター試験を受けたいって奴は毎年星の数集まるが、毎年そんな大勢を捌けるような余裕は審査側にはねェーんだ。そこで、俺達みてーな雇われの身がハンター志望者を篩にかけるのさ。もっとも、反感を買うかもしれねぇ仕事だから、素通しするような軟弱な審査員も居やがるから……」

 

 船長は、チラッとチェリーに視線を向ける。

 その目は、まるで「そういう審査員に素通ししてもらったのだろう」と言っているようだ……と3人ともが思ったようだ。

 チェリーは一番苦い顔をしている。

 

「因みに、後ろでゲロってる奴等は脱落者として審査委員会に報告する。もし別ルートから試験会場に到達できたとしても、門前払いって寸法よ。分かったかい、嬢ちゃん?」

 

「「……」」

 

 つまり良し悪しを決めるのも船長の匙加減に委ねられているということ。

 態度や言動が少しでも拙ければ……という判定を下されかねないと、アニタもチェリーも押し黙った。

 

「ま、安心しな。俺は空の男。気分次第って判断理由の海の阿呆共と、軟弱な陸の莫迦共とはワケがちげぇぜ? 理不尽な不合格なんざー言わねぇ。あくまで客観的に試験を受けるに値するかを見てやる。……けど、そのためにもテメーらの情報ってのを訊かんと話しにならねぇからよ」

 

 それでも考えた通り、態度や言動、人格も判断基準に入っていることはチェリーもアニタも確認を得たようだ。

 今更ではあるが態度を改め、素直に答える。

 

「……アタシは、殺された父さんの仇を討つ。……そのために、ブラックリストハンターになりたい」

 

 どうやらアニタはミルキと進路希望は同じらしい。ただ理由は異なるようだが……。

 

「復讐か。ま、あまり珍しくもねぇが……審査と関係なしに聞きてぇが、どこのどいつだ? 賞金首になるくらいなら、有名なんだろ?」

 

 態々答える必要も無いと船長の前置きに対し、アニタは少し瞼を下ろし……僅かに殺気立つ。

 怨敵の事を考えているとは言うに及ばず。……必然的に、怨嗟の声がアニタの喉を競り上がる。

 

「……そうね、かなり有名。……なにせ、伝説の殺し屋一家……って呼ばれてるくらいだし。当然、誰もが一度は聞いたことがあるんじゃないかしら?」

 

(……む? それって……)

 

「……ゾルディック、か。さすがのオレでも、その名を考えるだけで胆を冷やすぜ」

 

 船長がおどけて言った台詞をアニタは否定しなかった。

 しかしゾルディックと聞いてミルキは黙っていられない。

 アニタの言う「父さん」が誰なのか?……と、ミルキはアニタを今一度観察して――、

 

「……ん?(あれは……まさか?)」

 

 ミルキはアニタという女を見て、その身に着ける物から「暗殺された父さん」の正体を知った。

 それはアニタが足のケースに入れたナイフの柄。ミルキは見覚えがあった。

 

 当然だ。なぜなら、ミルキも「父さん」が殺された現場に居合わせた一人なのだから。

 

(アル・バラード……随分と懐かしい因縁だ。……娘が居たのか)

 

 今から7年前にゾルディックに依頼があり、暗殺した貿易商人アル・バラード。

 暗殺対象の大まかな個人情報までしかミルキは知らず、まさか娘が居て、今こうして遭遇しようなどとは思わなかった。

 

「さて……?」

 

 それはさて置き次はチェリーに視線を向ける船長。その意を察したのか、チェリーが堂々と答える。

 

「オレはハンターになるつもりはない。ただ資格が必要なのだ」

 

「ふーん、何でだ?」

 

 資格のみ欲する志望者も居て当然。プロハンターの資格証を売るだけでも何億と一生遊んで暮らせるだけの金が手に入るのは一般常識である。

 だが……どうやらこの男は、ハンターライセンスを足掛かりにもっと別の何かを求めるつもりのようだ。

 

「何で、か。……見ての通り、オレは武闘家。目標は無論、世界最強。その頂点を目指すために、オレはとある立入禁止区域にあるという伝説の巻物を手に入れる。そのために一番手っ取り早い手段がハンターライセンスを取得することなのだ」

 

 ハンターライセンスには、それだけで各大陸の立入禁止区域のほぼ全てに入ることができると言われている。

 チェリーの目的は、どうやらそれらしい。

 

「その巻物には、過去存在した最強武闘技術が全て記されている。おまけに読むだけでその技術全てが身につくそうだ! 武闘家なら誰もが手に入れようと思うだろう?」

 

「……ほぉ、そうかい。(バカかコイツ……)」

 

(……アホくさ)

 

 高らかに言って見せるチェリーはかなりの大馬鹿者のようだ……とミルキだけでなく船長も呆れたように返す。

 武闘家と聞いて、のちに一手願おうとしたミルキもこれには萎えてしまい、嘲笑おうと思ったが呆れて物も言えない気分にまで一気に落ちたようだ。

 

(いい歳こいたおっさんが、まさかそんなん求めようなんてな……)

 

 最強の武闘技術。確かにミルキも、その技術を追い求める武闘家の気持ちは判る。ミルキも……否、格闘技を極めんとする者ならば誰しもが請い求めることだろう。

 誰よりも何よりも強く在りたいと願うのは、生存本能を滾らせる人間の本懐。

 

 しかし……?

 

「くだらないわね」

 

「ん?」

 

「……何だと」

 

 チェリーの言葉に反応したのは、呆れ小馬鹿にしたように呟くアニタだった。

 無論、チェリーも何が「くだらない」と言われたのか分からぬほど阿呆ではない。アニタを睨み付けながら、殺気を飛ばす。

 

「小娘、今何と言った?」

 

「……はぁ? こんなに近くで言ってあげたのに聞こえなかったわけ? く・だ・ら・な・い、って言ったのよ」

 

 それでもアニタはチェリーの殺気に全く臆した様子を見せない。事実、歯牙にも掛けていない事は淡々と告がれた台詞からも汲み取れる。

 

「武闘家だか何だか知らないけど、読んだら強くなれるなんて馬鹿馬鹿しいにも程があるわ。そんなメルヘンチック脳はママのお腹の中に置いてくるべきだったんじゃない? いい歳こいたオッサンがそんなこと言うなんて、キモいだけよ」

 

「っ! 貴様ァ!!」

 

 ブォン……!

 チェリーの上腕がアニタに向かって飛ぶ。振るわれたのは怒りで硬く握った拳。

 一撃で瓦数十枚程度なら打ち砕けそうな威力を彷彿とさせる……が。

 

「フッ!」

 

「っが……は、ぉ!?」

 

 あまりに大振り。アニタはチェリーの懐に潜り込むと、鳩尾に肘を突き立てた。

 

「確かに、強い。それは認めるけど……そんなんで最強になろうなんて、やっぱりキモいだけね」

 

 アニタは自身の脇を滑るように崩れ落ちたチェリーを見下ろし、捨て台詞を口にする。

 チェリーの実力はアニタ以上だろう。だが頭に血が昇ったまま拳を振るうなど、ミルキに言わせれば素人にもできる拙攻。

 そんなチェリーが常連だと言うのだから……と、ミルキは少し期待していたハンター試験に落胆を隠せないようだ。

 

 すると、その一連を見ていた船長が顎を摩りながら、近くに居た船員に声を飛ばす。

 

「おーい、コイツもダメだって書いといてくれー」

 

「ウーッス」

 

 どうやらチェリーはここで落選のようだ。

 常連でも呆気なく資格無しと跳ねられるのがハンター試験。

 確かに、プロハンターは狭き門。ここで潰えるようなら合格など夢物語で終わるがオチと誰もが思う。

 これは、ある意味で船長が手向ける最高の善意なのかもしれない。

 

「さて……予定がちと狂ったが、最後はボウズの志望理由を聞こうか?」

 

 気を取り直して、船長はミルキを見下ろす。

 ミルキは何処まで話すべきかと思いながら言葉を繋ぐ。

 

「……欲しい物がある。そのために、多くの金が必要になった」

 

「だから……ハンターライセンスが欲しい、か?」

 

「然り。……理由が不純かな、船長?」

 

「そうね。不純だわ」

 

 ミルキは船長に尋ねたのだが……なぜか、応じたのはまたしてもアニタだった。

 

「……どこが、と聞いても?」

 

「どこが? お金目的なら、別にハンターじゃないくてもいいじゃない。まずそこが解せないわ」

 

 冷静に返したミルキに目を細めながら、アニタは問い掛ける。

 成程……と言うまでもなく、当然誰もが思い付く不可解。

 別にアニタに応える義理は無いが、どうやら船長も聞きたい雰囲気と悟ったミルキは、用意していた通りに返答する。

 

「欲しいのは金だけじゃない。更に必要なのは、所有権を主張できるだけの絶対的な信用。それが、ハンターでなくばならない理由だ」

 

 そしてミルキは仕返しとばかりにアニタに言う。

 

「しかし……俺の志望理由が不純と言うなら、お前もさして変わらないと思うが」

 

「……どういう意味よ」

 

 問うのはイイが問われるのはイヤなようで、アニタは眉間に皺寄せ怒気を声に乗せてミルキを睥睨する。

 もちろんその程度で慄くミルキではなく、真っ直ぐ見上げながら言い返す。

 

「どーいう? もちろん、言葉通りの意味だ。ゾルディック限定で復讐したいなら、別にハンターにならずとも良いじゃないか」

 

 ゾルディック家の首級を上げようと考える者は後を絶たない。

 ククルーマウンテンがゾルディックの住み家があることも公になっており、ならば是が非でもハンターライセンスを得たいと言う理由には程遠い。

 そんな回り道をしないで直ぐそちらに行くのがセオリーだろう……。

 

「――と、思うがな。もっともお前程度の実力なら、返り討ちが関の山だろうけど」

 

「っ……何ですってぇ?」

 

 本懐を愚弄されれば誰だって沸点が低くなる。ミルキはわざと、アニタの沸点を下げ……切り札を出す。

 

「……アル・バラード」

 

「ッ!」

 

 アニタが目を見開く。どうやらその娘であるということは正解のようだ。

 

「とあるスパイス鉱山から香辛石を採掘……全国に売って大儲けしていた貿易商。……それが、お前の父だな?」

 

「ど、どうして……どうしてそれを……!」

 

「……そのナイフ」

 

 ミルキが指差したアニタの腿の位置に固定されたナイフに、アニタも視線を落とす。

 

「俺が奴を殺した時……持っていた物だから」

 

「っ!?……お前、まさか……!」

 

 アニタの目が更に見開かれる。……その瞳に強い積怨の炎を宿し。

 

「……情報があった。今年のハンター試験に、ゾルディックが参加するって……!……おまえが……!」

 

 ミルキはゾルディックの内情を知ってる情報源というものに興味を引かれたが、今は頭の片隅に追いやっておく。

 急務は目が血走り始めた女の対処。

 実に興味深い情報提供ありがとうございます……との礼の意味も込めて、ミルキも一つアニタに返す。

 

「……お前さ。黙って聞いてればゾルディックが悪って言ってるけど……殺し屋を差し向けられる奴は何かしら怨まれる理由があるもんだ。それをただ殺し屋が悪い……何様だよ?」

 

「っ! 許さない!!」

 

 沸点を突破したアニタがナイフを抜き取り、ミルキに向かって突き立てる。

 ミルキは軽い身のこなしでこれを難なく躱し続ける。……それも、足を全く動かさず、上体のみで。

 

「何だ。その程度でゾルディックに刃向かおうってのか? 嗤わせる」

 

「うるさい! うるさい! お前が、お前が父さんを……! 絶対に許さない……!」

 

「……威勢だけは認めてやるけど……それだけじゃぁ、なっ」

 

 実力の差は歴然。

 今ミルキとゾルディック家の実力差がどれほどかは知らないが、少なくともミルキに傷一つ付けられないアニタでは、ハンターになった後にも先にも結果は同じとして落ちてくるだろう。

 

「そら」

 

「が……ッ」

 

 ならば、現実を教えてやるのがミルキの……不殺を誓って尚、暗殺を許容する者の贖罪。

 ミルキの手刀を首に入れられたアニタは、あっさりと倒れ伏す。

 

「……ハァ。……船長、コイツも失格?」

 

 受験生同士の乱闘を止める理由は、審査官にも試験官にも無い。……一般人である審査官など、只々危険なだけだという理由もある。

 しかしながら一連を見ていた船長は、溜息交じりに告がれたミルキの言葉をどう受け止めるか……迷っていた。

 

「あー……どーっすっかなぁ? しょーじきなところ、ボウズと嬢ちゃんの実力差があり過ぎて素人目じゃ何とも言えねーんだよなぁ……」

 

 チェリーとアニタの時は実力が一段違い程度に見えたが、アニタとミルキでは段を数えるのが億劫になるような差……まさに比べようの無い差しか見えなかったのだ。

 

「……ま、保留だな。……で、ボウズにまた一つ……訊きたいことができたぜ」

 

 船長はボリボリと頭を掻きながらミルキに一つ問い掛ける。

 

「さっきの嬢ちゃん同様、これも単純なオレの興味本位。別に答えなくても減点にゃしねーからよ」

 

「……どうぞ」

 

 正直何を聞かれても平気なミルキは、船長に先を促すよう言う。

 

「なら訊くが……ボウズは本当に、その嬢ちゃんの親父を殺したのか?」

 

「……」

 

 予想通り……な質問である。船長の目は、ミルキを只々真っ直ぐに見つめ……その本質を逃さないと言わんばかりの強かさを湛えていた。

 

「オレは船乗りだ。毎年何百万って人間を運ぶ仕事を長い事してるから……判るんだよな。ソイツの人間性つーか、本質つーかがよ」

 

 どうやら年の功は伊達ではないらしい。

 ミルキは観念するように、船長を見上げる。

 

「……船長は口が固いか?」

 

「ん? まぁ……それなりに?」

 

「……そう、か。……場所を移しても構わないか?」

 

「いいぜ。こっちだ」

 

 アニタを気絶させた時、ミルキの胸に去来したのは久しく忘れていた寂寥感。

 武闘家として進む前に過去と向き合わねばならぬ関門が、向こうから現れた。

 原作に近づく云々を抜きにしても、ゾルディックとの繋がりは決して消えない事を改めて思い出させられた。

 これも必然……だったのかもしれない。

 しかし、心の準備が出来ていなかったミルキの拳は……いつもより固く、何かを耐えるよう隙間なく握られ……血が滲み出ていた。

 

 




 アニタはアニメ('99版)のオリジナルで、チェリーは漫画,アニメ共に出るモブ。
 いずれも[試験編]に登場する一発屋です。
 これも……原作ですよね?

 で……個々人の能力値の基準がハンター試験に残れる程度という見方があったので、チェリー<アニタとしました。実際の実力はわかりませんので悪しからず。
 チェリーは実力云々でなくヒソカに殺され途中退場となりましたが……まぁどっこいどっこいじゃないかと。

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