ミルキが決闘を初めて経験したのは、天空闘技場。まだ年齢が一桁の頃だ。
苦労した。体格も然ることながら、速度、体力、膂力と全てに劣っていたミルキが技巧系スタイルを主軸にしようとしたキッカケだ。
だが、それは規制と審判という安全があった。
激痛や負傷はあっても、生死を賭す危険性は低い。
無論、誰もが負けに来るわけではないが、死に直面した時に誰もが見せる恐怖と焦燥はまず見る事はない。
ミルキは暗殺者という家系上、そういう顔とは幾度か対面したことがある。
シルバとゼノ、時々イルミの暗殺職に強制随行された時だ。
暗殺業も弱肉強食の色が濃いこの世界では立派な(?)職種。ならば郷に入っては郷に従えと、ミルキもシルバが目の前で無抵抗な人間の心臓を抉り取った様を見ても、その行動を否定することは無かった。自分はどんなDV受けようが断固拒否したが。
そしてミルキがシュウジと旅をする合間、今度は規制も審判も無い決闘をすることが幾度かあった。
武道場の門を2~3度叩き壊したことはイイ思い出。
念能力者とも何度か戦ったことはイイ経験となった。
ミルキが一番印象に残っている念能力者は、水上戦を経験した時だ。
文字通り、何もない見渡す限り“水”の湖上での戦闘。
相手は具現化系能力者。具現化した物は“靴”。対象の重量に関係無く、水分に対する浮力(反発力)を発生させるというものだ。
つまり、湖上に落ちる事は無く、場合によっては大気中の水分をも足場とでき、更には雲にすら乗る事が可能……という念能力だった。
もちろんミルキは、そんなことしなくとも水の上に浮いて相手を一撃で打倒した。
水分の反発力なら、ミルキが殴り付けた攻撃も大気中の水分を部分的に反発させることで押し返されるかも?……と思ったが、どうやら認識できなければ意味が無いらしく、ミルキの攻撃があまりに早いため、かなり呆気ない勝利だった。
そんな数々の決闘が「赤子の手を捻るような下らない遊戯だった」と断言できると、今……ミルキは改めて実感している。
「……」
ごくり……と喉を鳴らし、ミルキはゆっくりと、シュウジに指定された修行区に向かって歩いていた。
……だが、一歩、また一歩と近づくにつれて、ミルキの体は汗腺が壊れたように汗が噴き出して已まない。
「ぅく、っ……なんて闘氣だ……」
シュウジが指定した修行区は、20kmは歩く場所にあった天然のリング。
ミルキやシュウジが走れば15分足らずで行けるが、本来徒歩なら4時間半かかる距離だ。
だが20km先からでもハッキリと肌で感じる凄まじい闘氣は、高熱の刃に肌を切り叩かれる感覚に似ている。
ゾルディック家での折檻で受けた傷痕は今でこそ無いが、しかしあの頃の自分で耐えられたものと比べ物にならない。
ミルキは熱気となって襲い来る闘気にぶわっと汗が吹き止まず、一歩進むごとに体力をガリガリと削られるようだと眉間に深く皺を寄せる。
「ハァハァ……おいおい、もう夕暮れ……って」
修行区のリングが見えた時、地平線に太陽のお腹がくっ付いて見えた。
ミルキが出立したのは早朝。例え一歩をゆっくりと踏み出そうと正午には間違いなく到着するように来たはずが、どうやら予想以上に精神的に気圧されていたらしく既に夕暮れになっていたのだとミルキはようやく理解した。
「……来たか」
リングの中央、背を向け座禅をするシュウジ・クロスの姿があった。
立ち上がり振り返ったその姿に、ミルキは知らず知らず喉を鳴らす。
「師匠……」
シュウジ・クロス、決死の姿が其処にあった。
残り滓? とんでもない。まるで天地開闢の瞬間を目の当たりにしているような圧倒的威圧感を出す漢を誰が残り滓などと嘲る事ができようか。
(いや、分かっていた! 分かっていた事だろ、俺ッ!)
無論、侮るなどミルキは微塵も考えていなかった。
自分は最近まで、シュウジに一打も当てられなかった。それが何よりの証拠。慢心など初めから無い。
それに……と。ミルキは震える体を停められずにいた。
怖気づいた……も、ある。だがそれ以上に、歓喜としての武者震いであった。
(俺は……俺はこんなにも、この人に信頼されているのか……!)
シュウジはミルキと戦うために全身全霊を以て相対している。
放たれるオーラには、何の疑念も感じない。それはミルキを1人の武闘家として認めてくれている何よりの証だ。
「……ミルキ。まず、己の“喰命鉱の枷”を外さんか」
「え? あ……!」
呆れたようなシュウジの声に一瞬ミルキは何を言われているのか気付けなかったが、ようやく思い至ったようだ。
ミルキはこの地に留まって修行するようになってから、常に“枷”を頭部含んだ全身隈無く着込んでいる。
現在ミルキとシュウジが修行の地としている“島”の一区画で見つけた『喰命鉱』と名付けた特殊鉱石。
だから遅かったのか! と、恥ずかしくなって顔が真っ赤になるのを止められないミルキは嫌な汗も一緒に掻きながら、いそいそと“枷”となっている服や靴を脱ぎ、ヘアバンドを外す。
「フフフ……」
そんなミルキを、シュウジは微笑ましく見守る。きっと、一心に自分との闘いを思って来たに違いない……と。
確かにミルキは武闘家として未完成。……だがそれが果たしてイコール「未熟」であると言えるだろうか?
何より、この世界でミルキ以上にこの場に相応しい相手が居るだろうか? 否、居ない。居るハズがない。音に聞こえた現在最強の武人ですら、この場の空気には不釣り合い。同じ山から湧き出でる水同士こそ、違和感なく喉を通る事を許されるように、この場には流派東方不敗2代目の弟子であるミルキこそが相応しい。
その相手の用意が、どうやら終わったらしい。
「……さて、ミルキよ。……覚悟は、よいか?」
「っ! はい! 師匠!!」
負けられない! 勝つのだ!
ミルキは“枷”で抑えつけられていた全てを解放する。
それが東方不敗マスターアジアに対して、自分が出来る精一杯の恩返しなのだと信じてミルキは……構える!
「俺は……俺は、勝つ!! 絶対に勝つぞっ、東方不敗マスターアジアッ!!」
ミルキの闘志が起爆剤となってオーラに注がれる。
膨れ上がるオーラは、決してシュウジに見劣る物では無い。
「ふっ、ふはは……ふはははははっ! 良くぞ吼えたな、バカ弟子がァッ!!」
シュウジも、ミルキに同調するように更に氣を溢れさせる。
「行きます! 師匠ォッ!」
「おおっ!」
シュウジとミルキ。互いに互いの“氣”が触れ合う境界線で火花が散る。
「ハァァァ……流派ァッ!」
「東方不敗がァァ……!」
「最終ぅぅ……!」
「奥義ぃぃ……ッ!!」
氣を体内で練り上げる。極限まで溜め、練り上げた“氣”が……弾けた。
「石ッ!」
「破ァッ!」
「「天驚ォォォけぇぇぇぇぇんっっ!!!!」」
両者から撃ち出された拳から、対内で練成した“氣”が打ち放たれる。
究極に圧縮され、巨大な拳となって放たれた濃密な“氣”は大地を抉るように直進し、ぶつかった。
「ぅぐ……っ!!!」
拮抗した2つの最終奥義、石破天驚拳。
だが、ミルキは拮抗したところで全身の汗がドッと噴き出した。
「ぐ、あ、ああっ!!?? あああああっ!!!!」
維持力もそうだが、拮抗するの相手との力比べ。
パワーやタフネス共にミルキが優っている。だが、技量ではシュウジに大きく劣ってしまう。
そんなシュウジの石破天驚拳は、ミルキにとってまさに山を持ち上げるに等しい重量を全身にぶつけられるようなものだ。
外氣を扱うには極度の集中力が必要。だが、そんな状態では集中力が持続できるはずがない。
「どうしたミルキ! お前の力はその程度かっ!」
対するシュウジ、東方不敗マスターアジアは明らかに余裕と見える表情を取る。
声を発する程の余裕。それは精神的なプレッシャーとなってミルキを二重に襲う。
「ぐっ! だあぁアアアアアアアッ!!!」
それでもミルキは必死に“氣”を放つ。
魂を削り減らしてでも勝ちたいと、必死に拮抗を耐えていた。……だが。
「ぐ、ぐうぅああああああっ!!」
全身は悲鳴を上げ、体が力に押し負け始めている。
「どうしたミルキッ! なんだそのへっぴり腰はっ!」
シュウジの叱咤が飛ぶ。それは間違いなく、ミルキを思い遣る師匠の愛。
だが、今のミルキには……その声も届く事はない。
「足を踏ん張り、腰を入れんかっ! その程度では、残り滓のワシ一人倒せんぞ! このバカ弟子がぁぁっ!!」
それでも、頑張れ、負けるなと、シュウジは声を張り上げる。
「ああああああァァァァッ!!!!」
耐える。耐える。耐える。
まるで頭が燃え尽きてしまうような熱に包まれ、焼かれる。
嗅覚、味覚、聴覚は既に感じず、視覚と触覚に全神経を注ぐ。
それでも視界は翳み、真面に視認することも出来ない。
「どうしたミルキ!! お前はそれでも、ワシの弟子かァァァ!!」
「っ!!!(師匠、ッ……師匠ォォォォッッッ!!!)」
だが……その声は、ハッキリとミルキの“魂”に届いた。
するとどうだ。
(……っ? な、なんだ……?)
ミルキは不思議な感覚に襲われる。
フッ……と、まるでシガラミから解き放たれたように、全身が軽くなったのだ。
(なん、なんだ……? なん、だ……ここは……いったい……?)
何も見えない。
(……!)
何も聞こえない。
――……!……!…………!!…………!!――
何も感じない。
(……ッ!……ッ!!)
全くの虚空。全くの無垢。全くの混沌の中で……
(――――……!!!)
…………見える。
(し、しょ……ッ!)
…………聞こえる。
――どうした! ワシを越えて見せぃ! ワシの残念を吹き飛ばせ!! 吹き飛ばしてみせぃ、バカ弟子がァ!!――
…………感じる。
(師、匠ォ……ッ! 師匠ォォォッ!!)
ミルキは…………トんだ。
「だぁああああああああああっ!!!!」
「っ、なにっ!?」
それはシュウジにも予想外の出来事であった。突如拮抗が破られ、一瞬押し負けた。
ミルキは拮抗を維持している状況でシュウジの呼吸を、息を継ぐ一瞬を読んだのだ。
本当に微々たる程度だが、シュウジの石破天驚拳は確かに衰えた。ミルキは、そこを見逃さなかった。
だが、それだけでなはい。
(これは、越えたか!……この力が、この“声”がミルキの……魂ッ!!)
越えたのだ。
小手先の技術だけ至る極地に、ではない。
魂を燃やす、その極限……の更に向こうへと、ミルキはついに越えたのだ!
その一撃はあらゆる余念、邪念を排他した一途な答え。
齢13にして、ミルキは極みを越えた者の景色を、明鏡止水の極地から睥睨する景色を確かに見て聞いて感じていた。
「だぁああああああああああっ!!!!」
そして、答える。
「ミルキィィィィィィッ―――――!!!!」
東方不敗マスターアジアに、全身全霊の感謝を以て。
「しぃぃしょぉおおおおおおおっ―――――!!!!」
決着。シュウジはミルキの石破天驚拳の直撃を受け、吹き飛ばされた。
どちらが勝った……なんて、誰の目にも明らかだった。
「っハァハァハァハァ!!!!」
全力の一撃を吐き出したミルキは、崩れ落ちると同時に呼吸を繰り返して生還を享受し、それ以外を頭から吹き飛ばしてしまいそうになるが、何とか意識は繋ぎ止める。
「っハァハァ……し、師匠……」
脳が酸欠になっているらしく、視界がうまく働いてくれないようだが、何とか見える範囲で、四つん這いのままシュウジの下へと歩み寄るミルキ。
「ぐっ……し、しょ……ししょぉ、っ……!」
だが体力の限界を既に越えたミルキは、何度も前倒しになりながら、とうとう尺取虫のように這いずりながら、シュウジの下へと歩み寄る。
しかしシュウジは、ミルキの石破天驚拳によって、かなり遠くまで吹き飛ばされてしまったらしく、いつまで経っても辿り着けない。
はやく、はやく……そんな焦燥に背中を押されながらミルキは地面を這い、そして。
「あ、あぁ……師匠ぉ……」
ミルキは辿り着いた。
「フ、フフ……何だ、その情けない姿は。それが、ワシに勝った男の姿か、ミルキよ?」
シュウジは無事、五体満足だった。……少なくとも外見は。
だが、五感に頼らずともハッキリと理解してしまうのだ。
「師匠……」
目の前のシュウジ・クロスは、本当に抜殻となりつつあるのだと。
「……見事だったぞ、ミルキ」
シュウジの声は、儚げで……目の前に居るのに、どこか遠くに感じる。
「そして……感謝する。今度は、何の遺恨も無く……一人の武闘家として弟子に送り出してもらえた。負けて悔いなし、ぞ」
「そん、な……! 俺は……俺はまだ、師匠に勝てたとは思っていません! 師匠が本当に万全であれば、俺なんて……」
「ミルキ。武闘家たる者、一時たりとも拳から気を抜くものではない。教えたな?……ワシの拳は、そんな未熟者の拳だったのか?」
「そ、それは……!」
ミルキは、途中“一線”を越えてから、シュウジの拳に籠った確かな想いを感じた。
本物であった。残滓と己を下卑したが、確かに衰えていたが、その拳は間違いなく……。
「ならば、己を下卑するでないわ。ミルキ、臆病を悪とは言わんが、卑屈は直せ。お前の悪い癖だ。……お前はその若さで、間違いなくワシを越えたのだ。もっと胸を張れ。ワシの弟子として、流派東方不敗を継ぐ者としてな」
「っ…………はい。師匠」
ミルキは泣いていた。
師との決別が近い。……最後に、1人の武闘家として認められた。
嬉しいのか悲しいのか分からずに、ミルキはただ涙を流す。
「それと、ミルキ……否、約束だったな。お前は今日からワシの名を……シュウジ=クロスを襲名するのだ。気合いを入れよ」
「っ~~~~~……は、はいっ!」
また涙腺が痛いぐらいの熱を持つが、何とか耐えてミルキ……否、シュウジ=クロスは大きく頷く。
「……だが、間違えてはならんぞ。お前は過去を捨てるために、ワシの名を継ぐのではない。過去を捨てることは絶対にできんのだ。……お前は、ミルキであることも……忘れてはならん……判るな?」
「……はい」
過去に……ゾルディックに恐怖、逃亡し、忌避するためだけの襲名と勘違いでは襲名の意味が無い。
過去に再起するための力として、更に上を目指すための糧として、ミルキはシュウジ=クロスを襲名する。
ハッキリとその意を汲み取って名を受け取った事を見取ったシュウジは、今度こそ柔らかく微笑んだ。
「……よろしい。……では、ミルキよ。……お前に、もう一つ……託す物がある」
「え……もう一つ?」
これ以上、何を……? 震える声で問うミルキにシュウジはコクリと頷き返す。
「うむ。……ミルキ。右手を、出してくれ」
プルプル震えながら、老いた手が天へと延びる。
ミルキは、その手をしっかり右手で受け止めた……次の瞬間。
「ゆくぞ? 受け取るがいい……ハァァァァッ!」
「うっ! この光は……!?」
突如、握られた右手が眩いばかりの黄金の輝きを放った。
なんと温かい光なのだろうか。ミルキはその光が徐々に握られた右手に集約していく事で、視界を取り戻す。
「っな……?」
そして己の右手を見て……実際には右手甲を見てミルキは言葉を失った。
「こ、これは……まさか?」
見覚えのあるエンブレムが刻まれていた。
「フフフ……驚いたか?」
ハートマークを背景に、二対の剣が交差し、その交差点にトランプの王の顔、その上に【13】の数字。その下には【King of heart 4711】の文字。
まさにそれは……。
「キング、オブ・ハート……?」
代々継承され、5人からなる最強の武闘集団。シャッフル同盟の称号の1つ【キング・オブ・ハート】の紋章が、刻まれていたのだ。
「し、師匠……これは?」
東方不敗マスターアジアとして活動していた男がキング・オブ・ハートの次代(十三代目)に選んだのはドモン・カッシュだ。
だが、継承しても尚、彼がキング・オブ・ハートを手にしていることを知っている。
ならば継承権はあるのかも……と、思ったミルキだが、しかしその想像を遥かに超えた一言がシュウジより告がれる。
「それは……ワシの、念能力よ」
「え……え、ええっ!? け、けど……師匠の念は……」
「……フフ。この念能力は、つい先刻……考えた」
「せ、先刻……?」
「うむ。名はお前の言う通り、キング・オブ・ハート。大量外氣活用口の役を担い、全系統の念能力を十二分に活用可能とする、まさに全能……移植型、特質系念能力ぞ」
「……」
空いた口が塞がらないミルキに、シュウジは更に続ける。
「定めた制約は、弟子に全力でぶつかり、敗北した時は……己の念と命の全てと共に、受け継がせる……と、いうものだ」
「っ……!?」
ミルキはまた目を大きく見開いた。
シュウジは、はじめからその心算で念能力を造ったと言っているようなものだったのだから。
「で、では、はじめから……」
「うむ。ワシは、そのつもりであった。元々、消え逝く命だったから、な。……だが、お前の実力が僅かでも足りなければ……判るな? お前は、それに選ばれたのだ。決して、勘違いをするな」
「っ……はい」
託される物の余りの大きさが、刻まれたキング・オブ・ハートから伝わってくる。
それはシュウジ・クロスという人生……魂そのものの重みなのだと。
まず、この紋章の重みに負けぬ事が最重要課題なのだとミルキは理解した。
(……うむ。……佳き漢の貌ぞ)
ミルキの強かな表情を見て、シュウジは全てを悟ったように小さく笑みを浮かべる。
「……実に、実に満ち足りておる。……これで、もう思い残すことは無い。ミルキ……よ。……お前が、流派東方不敗を如何様に育て、活かすのか……空の上から見守らせてもらうとしよう」
「あ、……師匠……」
シュウジの決別の言葉……ミルキは、もう涙で師の顔をまともに見れなくなっていた。
見なければいけない。これで見納めになる。瞬き一つも惜しまれるというのに、目はそれを許してはくれない。
「っ……」
その時、シュウジとミルキはチカッと目が焼かれるような光を受ける。
見れば地平線の向こうから昇る朝日。
それにより、世界が徐々に色づいてゆく。
「……美しいな。……何度見ても」
「……はい。とても……とても美しゅうございますっ」
ミルキは【キング・オブ・ハート】を継承したことによって、きっとシュウジが見ているのだろう“光”の意味を正しく理解する。
世界は、本当に美しいのだと。
「……どうやら、もう本当に最後らしい」
「っ……な……ならば、師匠ッ!」
これも流派東方不敗、暗黙の了解。幾度となく、繰り返した勇気と感謝の誓詞。
シュウジの手を握りながらミルキは最後の全力を尽くさんと喉に力を籠める。
「うむ……!」
これは門出。
2人のシュウジが、それぞれの新たな出発を飾るのだ。
そんな2人の門出を祝うように上る朝日、暁の空へと2人の声が高らかに木霊する。
「流派、東方不敗は……っ!」
抜殻となっても尚、シュウジの手は大きく、そして温かい。
「王者の、風よっ!」
重ねているだけで、安らぎを覚える。
それは、確かに感じる愛情の証。
「全新……!」
しかし……この温もりが、本当の最後。
「系列ッ!」
本当の、決別。
「「天破侠乱!!」」
ならば、喉を潰してでも、全力で叫び続けよう。
「「見よっ! 東方は、赤く燃えているっ!!」」
数多の後悔は、今は忘れて……ただ感謝し続けたい。
「……さらばだ、―――息子よ」
「っ……! し―――!?」
最後、こぼれ落ちるように消えた言葉に括目したミルキは、慌てて視線を落とす…………だが。
「し……ししょう……?」
まるで、はじめから何も無かったかのように……流派東方不敗開祖シュウジ・クロスは、ミルキの腕の中から……消え去っていた。
「っっ……ししょう、っ……師匠っ!」
だがハッキリと残る温もりと、託された数々の思い出がミルキを現実に繋ぎ止める。
更に途方も無い悲痛がミルキを圧し潰そうとする……が。
「っオオ……ッ、オオオオオオ…………ッ、オオオオオオオオオオッッッッ!!!!!」
ミルキは目元をゴシゴシと擦って真っ直ぐ、空を見上げ……吼えた。
決して涙をこぼさぬように。
今もきっと、天へと昇っているだろう師匠に届くように……。
シュウジは、立ち上がった。
「し、師匠……! お、おれっ……泣きませんから、っ! い……いつまでも、バカ弟子じゃないですから……ねっ……?」
誰も居なくなっても、きっと……天(そこ)に居ると、シュウジは笑顔を絶やさぬよう、ぐしゃぐしゃになった顔で、「届け」と強かに空を見上げ続ける。
「だっだから……、だから見ていてください! 師匠ッ!!」
右拳を高く掲げ、ミルキは……“まだミルキとして”ここに宣誓する。すると、まるでその思いを天へと届けんとするかのように、右手の紋章が輝きを放つ。
まるで、旅立った彼が……微笑んだかのような優しい輝きが、暁にも負けぬ光となって大地を照らし続けていた。
原作前【修行編】の終幕です。
次話から原作へと向かっていきます。