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翌日、朝起きるといつの間にかセシリーはいなくなっていた。
大方、教会の人間にバレて摘み出されたか、俺に見つかると怒られると思い退散したかのどちらかだろう。
今度アクシズ教会のドアに
『もう怒ってないから帰ってきなさい。夕飯はハンバーグですよ』
って張り紙でも貼っておくか。……お母さんかよ俺は。
怪我の方は完治しているので、責任者のプリーストさんに礼を言ってエリス教会を後にする。
本音としてはまだまだ入院生活をだらだらと満喫していたかったのだが、アクシズ教徒がエリス教会にいつまでも居座ってると、周囲からの視線で逆に胃に穴が空いちゃいそうだったので、早々に退散することにした。
ひとまずそのまま家に向かう。
さすがに悪魔討伐の時のままの身なりだし、戻って色々身支度を整えたい。
それに数日留守にしてるから、色々教会の仕事も貯まってるだろうし。
うわ、めっちゃ帰りたくなくなってきたんだけど……。
日本に居た頃は毎日発生していた帰宅イベントに心踊らされてたっていうのに、この世界に来てまさか嫌なイベントになってしまうとは……。
しかし、立ちはだかった仕事というのは決して逃げることの出来ないモンスターのようなものなわけで、倒さない限りは付き纏ってくる。
しかもまわり込まれる度に厄介になっていくのだから、もはや人生の敵とも言える相手だ。
仕事の事を考えてどんどん気が重くなりつつある中、頭の片隅でセシリーがもしかしたら帰ってきてるかも。と現実逃避しつつ、俺は寝泊まりしてるアクシズ教会へ足を進めた。
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「……ま、さすがにいないか」
久しぶりの我が家は、まともに人が出入りしていた形跡はなく閑散としていた。
この様子を見ると、俺の留守中に戻っていたということもないだろう。
とりあえず掃除から始めるとするか。
掃除を終え教会のポストを覗くと、大量の手紙が中に入っていた。
まぁ大方、苦情の手紙だろうけど。
開ける前から嫌になりつつも一通ずつ手紙を整理していく。
手紙の整理を一通り終わらせて、ぐーっと体を伸ばす。
案の定、手紙のほとんどはアクシズ教徒への苦情を記した物だった。
『酒場でアクシズ教徒が客に悪絡みして困っている』
『バイトで雇ったアクシズ教徒の女が手品で商品を消滅させた。弁償しろ』
『道でアクシズ教徒にぶつかって一万エリスを支払わされた』
そういった読んでいてげんなりするような手紙にお詫びの返事を書いたり、教会の予算から補償を出したりしていくうちに、気づけば時刻は昼頃になっていた。
もうキリがいいし、整理終わらせてから飯にするか。なんて思いつつ最後の手紙を開く。
するとそこには見慣れた文字で……。
『ハチマン君!突然だけど私旅に出ることにしたわ!この騒ぎで私ももっと成長しなきゃって思ったの!
それに優秀なプリーストになれば教会支部の責任者って事で在中できるから、帰ってくるの楽しみに待っててね!―――あなたのセシリーより。』
と書いてあった。
……なんだそりゃ。アイツ散々迷惑かけてどこまで自由なんだよ……。
いや、そういえばセシリーはアクセルの町には調査の為に一時的に来てるって言っていたしな。
もしかすると滞在期間も残り僅かになっていたのかもしれない。
アイツの事だ。帰りづらいしいい機会だと思ったのだろう。
……子どもかアイツは。
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「あれ?ハチマンさん?」
あれからなんとなく家にいる気分にもなれなかったので、上位悪魔討伐の報酬でも出てないかとギルドに向かう道中、商店街を歩いてると聞き覚えのある声に名前を呼ばれた。
振り返ると、ゆんゆんが結構な荷物を抱えて立っている。
「えっと、もう退院できたんですか?」
「ん?あぁ回復魔法を使ってだな。強引に治したんだよ」
まぁ正しくはセシリーがだけど。
なんにせよ往来で立ち話するのもなんなので、近くの広場のベンチに移動して腰かける。
「それじゃもう体はなんともないんですか?」
「……おかげさまでな。もう普通にやってけるぞ」
主にカエル狩りとかめっちゃやれる気がする。
俺見とくだけでいいし。
「そ、それなら良かったです」
少し顔を曇らせてゆんゆんが言う。
あれ?なんかマズいこと言ってしまったか俺?
「……えっと、もしかして俺なんかマズいことしたか?」
「へ?い、いやそんなことないんです!ただこれからハチマンさんのお見舞いに行くつもりで、お見舞いの品とか買っちゃったから……」
え、マジで?
言いづらそうに言うゆんゆんの気持ちもわかる。
俺としても既に退院しちゃってるし、無駄金使わせたようでなんか申し訳ない。
「悪い。いくらだった?わざわざ買わせちゃったんだし金払うわ」
「いえいえそんな!そうだ!お見舞いの品は退院祝いって事にしたらいいですし!それじゃどうぞ退院祝いです!」
あたふたとしながら、腕に下げられたかごをそのまま押し付けられるように渡される。
「……まぁそういう事なら。その、ありがとな」
「い、いえ大したものじゃないんですけど……」
少し気恥ずかしくなりながら礼を言った瞬間、一筋の風が横から吹いてくる。
その風にあおられ、籠に被せてあった布がそのまま飛んでいき、中から昨日散々恥ずかしい思いをさせられたあいつが顔を出した。
「……リンゴなんだな」
「は、はいっ。ちょっと迷ったんですけど、まだ腕治ってないかなと思って、食べさせやすいしいいかなって……あっ」
「…………」
「…………」
墓穴を掘ったことに気づいたのか、ゆんゆんが顔を赤らめて目を逸らす。
やめて!気になっちゃうから!
「あー……そういや上位悪魔の討伐で報酬とか出てんの?」
ひとまず話題を逸らそうと、ギルドに向かう目的だったことを聞いてみる。
コンビを組んでるし、ゆんゆんだったらその辺りどうなったかも知ってるはずだろう。
「えっと出たのは出たんですけど、その……全部借りてたお金返すのに友だ……ライバルが使っちゃって」
「あー……そりゃそうか」
よくよく考えれば一千万エリスも借りてたのか。
そりゃ討伐報酬なんて全部消えるよな……。むしろ返せただけ良かったのかもしれない。
だけど結果的には無報酬と何ら変わりないのはどうかと思う。俺、死にかけたのに……。
「あの、ハチマンさん。ちょっと相談があるんですけどいいですか?」
少しナイーブになっていると、ゆんゆんが真剣な様子で改めて切り出してきた。
「あのっ……旅に出たいんです!」
その言葉を聞いた瞬間、セシリーの手紙が自然と脳裏に浮かんできた。
「今回の件で、やっぱり一日でも早く上位魔法を覚えなきゃいけないって思ったんです。それにこのままだと、ライバルにどんどん差をつけられそうで……あの子に負けないためにも、もっと強いモンスターの居る環境で鍛えたいんです」
ゆんゆんの言っていることは分かる。
もともと、ゆんゆんは上位魔法を使えない事に多少のコンプレックスを抱いてる節が幾つかあった。
それにどんな魔法を使ったかは知らないが、ライバルが上位悪魔を一撃で倒してしまったのを見て、焦りも感じているんだろう。
「あの、やっぱり迷惑ですよね……?」
……いやそんな事はない。
ゆんゆんの言ってることには筋が通ってる。強くなりたいという彼女の想いは決して間違ってるものじゃない。
それに……俺に引き留める権利なんてあるのだろうか?
言ってることが正論な以上、俺が口出しすることじゃない。
それでも引き留める理由を作るとすれば、もはやそれは俺の私情になってしまう。
「……いや、ゆんゆんが決めた事なら俺が口出しするのも違うだろ」
「え?でも……コンビの事ですし」
……それを理由に止めてもいいんだろうか?
……いやダメだろう。コンビに限らず、パーティーとはお互いを支えるために組むものだ。
それを理由に引き留めるのなら、支えるどころか足を引っ張ってしまう。
だからゆんゆんのコンビである俺は尚更、彼女を送り出してやらねばならない。
「俺の事なら気にする必要ないぞ。なんとかやっていくし」
今回の件でアークプリーストの魔法とかは一通り覚えれたから、墓所の除霊とかゾンビ退治くらいならできそうだし、最悪、造花の内職をまた始めればいい。
「ほんとに、ほんっとうに大丈夫なんですか?」
「いやそんな念押ししなくていいから。大丈夫だ。ちゃんと考えて言ってるから」
もしかして引き留めて欲しいのだろうか?
ゆんゆんだったら十分ありえそうだけど、あいにく長年ぼっちをしている俺にそんなスキルは一生かかっても覚えきれないだろう。
「……ありがとうございます。私、ハチマンさんとコンビ組めて良かったです」
いきなりまっすぐな瞳で礼を言われ、思わず目を逸らしてしまう。
そんな事を言われると、どう返したらいいか分からない。
返す言葉を探しているとゆんゆんが再び口を開いた。
「それじゃ今日中にお互い旅の支度を整えて、明日の朝に南の城門に集合でいいですか?」
……え?
お互い??
「いや待ってくれゆんゆん。ちょっと整理させてくれ」
「?はい大丈夫ですけど?」
なんのことですか?とばかりに首をかしげるゆんゆん。
その動作は素直に可愛らしいのだが、今はそんな事を気にしていられない。
「まず最初に、その旅ってのは誰と行くつもりだったんだ?」
「え?ハチマンさん以外にいませんけど」
QED。まず最初にっていうか第一問で答えが出た。
というか俺も参加前提で話してたのかよ。
「マジか。俺はてっきりゆんゆんが一人で旅に出るんだと思ってたぞ」
「ええっ!?あっそういえば来てくださいって言ってなかったような……」
「いや、俺も一人で行くだなんて一言も言ってないのにそう思ってたし」
……なんともぼっち同士らしい勘違いコミュニケーションだった。
ぼっちは少し話しただけで、噛みあっていなくとも会話が成立してると勘違いしてしまう生き物だ。
普通の人との会話でそうなるんだから、ぼっち同士だと尚の事だろう。
なんかちょっと真面目に今後の事とか考えてた俺がばかばかしく思えてくる。
「あの……それじゃ一緒に来てもらえないんですか……?」
恐る恐るといった様子でゆんゆんが尋ねてくる。
その問いに対する答えは悩むまでもなくとうに決まっていた。
「んなわけねえだろ。コンビなんだろ俺達は」
ぱぁっと花が咲いたように嬉しそうな顔になるゆんゆん。
その顔が正式にコンビを組んだあの時と重なった。
それだけで良しとしよう。
納得のいかない理不尽な展開も、常識はずれで人騒がせな同居人の事も些細な問題だ。
ここにいる事をこんなにも喜んでくれるというのなら、たとえ異分子だとしても俺はここに居続けよう。
あぁ―――まったく、この素晴らしい世界は『間違っている』
一章はここまでです。
次から二章になります。
ようやくカズマさんパーティー出せる……
誤字報告等お願いします。