「うぉ、マジかよ」
気怠い体をゆっくり起こす。障子の隙間から漏れる夕方と夜の間の暗いオレンジ色が部屋に差し込んでいた。もう夕方か、そんなに寝ていたのか。
あの後女性、いや八雲紫はこの部屋を自由に使ってもらって構わないと言って部屋を出た。部屋に残された俺は先ほどのデュエルの疲れからか眠気が襲ってきた。少し横になって体を休めるか、色々あって疲れたから仕方ない。寝転がって天井を見つめる。心なしか天井が近い、基準が俺の家じゃぁそんなものか。パパどうしてるだろうか?
そんなことを考えつつも段々と重くなってくる瞼に耐え切れず目を閉じた、そしてゆっくりと寝息が部屋唯一の音となった。
「少し休めるだけだったんだが、そんなに疲れてたのか」
思えばあの激戦、負けたとはいえ俺の中でもかなりよくできたデュエル内容だ。慣れない土地であの激闘を演じられるとは、流石俺、沢渡シンゴだ。
「沢渡、起きているかしら?」
障子から声が聞こえた、振り向くと八雲紫が隙間から覗いていた。
「ん?起きてるけど」
「そう、じゃあご飯だからいらっしゃい」
ご飯か、そこまで出してもらえるのか。正直ここまで提供してもらえることが裏がありそうで怖いが、空腹はそんな疑いを捻じ曲げた。そうだな、今は空腹に従うか。
「そうか、すぐ行く」
立ち上がり障子を開ける、既に歩き始めている八雲紫の背中を追いかけていく。
「2人とも、連れてきたわよ」
縁側を歩いて少し、行き当たりの部屋の障子を開けて八雲紫は部屋の中に呼びかけた。そこには丸い卓を囲んで尻尾を生やした狐みたいな女性と猫耳をつけた女の子がいた。狐みたいな女性は俺を目を細めて不審者を見るように警戒心を前面に出していた。対する猫耳をつけた女の子は興味津々でやや身を乗り出して俺を見ていた。
「この人が沢渡シンゴよ、当分うちで暮らすことになるから」
「えっと、誰?」
八雲紫と同じ屋根の下で暮らしていた人達だろうか?家族にしても年がバラバラ過ぎるし父親も見えない。
「私の家族、狐の方が八雲藍、私の式神。猫の方が橙よ、藍の式神」
八雲藍と呼ばれる方は軽く頭を下げた、橙と呼ばれる方は行儀よく背筋を伸ばした後ゆっくり頭を下げた。狐に猫、まずそこから指摘するべきなんだろうが、謎の適応力かはわからないがなんとなく目の前の現実をすんなり受け入れられている自分がいる。式神なんてなんだ、よくわからない、ましてや式神の式神なんて理解し辛い。でも兎に角目の前の2人はこれからお世話になるかもしれないんだ。
「あー、沢渡シンゴだ。よろしく頼む」
「じゃあ冷めないうちに食べましょう」
八雲紫に促され机の前に座る。机には至って普通の和食、ご飯味噌汁鮭野菜を和えた料理。普通に美味しそうだ。
「じゃあいただきます」
俺もならっていただきますと呟いて箸で料理をつまんで行く。しばらく黙々と食べていたが橙が
「沢渡さんの今日のデュエルみました!すごかったです」
キラキラした期待の眼差しとともに質問してきた。当然だ、俺のエンタメデュエルの為せる技だ。
「そう、あれが俺のエンタメデュエルだ。劇団員ともに魅せるのが俺のデュエルスタイル!」
「私、ペンデュラム召喚を初めて見ました!」
「ふ、幸運だな。初めてのペンデュラムが俺の魔界劇団で。あの時の衝撃は2度と忘れることは出来なくなったぜ。」
「なぁ」
俺と橙が会話をしている最中、八雲藍が横から口を出してきた。やっと打ち解けたと思ったのに、こっちは近寄りがたいんだよな。ずっと見てくるから飯を食べ辛いし、気になる。目を向けると視線を外されて何事もないように箸を動かす。いきなり知らない奴と晩飯一緒にするのは警戒するのは当然だともいえるが俺そんなに疑わしいか?普通のエンタメデュエリストだぞ。
「あのだな、その、ペンデュラムカードを見せてくれないか?」
ボソボソと少々俯きながら話す。少し怖いがそれくらいなら構わないか。デッキケースから一枚カードを抜き出す。ワイルドホープ、これでいいか。それを右にいる八雲藍に突き出した。すると両手で慎重に受け取った後ジロジロ見る。
「これが、ペンデュラムか」
「そうだよ、うちの期待の新人。」
「ペンデュラムって破壊されても墓地に行かずエクストラデッキに表側で置かれてペンデュラムゾーンにセッティングする時は魔法扱いでペンデュラム効果も魔法扱い!そしてシンクロやアドバンス召喚の素材になってもエクストラデッキに表側で置かれてスケール内に収まっていたら何度でも特殊召喚できるんだよな!あと...」
「藍、落ち着きなさい。食事中よ」
いきなり舌が回って驚いた。急にエンジンがかかったみたいだ。横からの一声にすいませんと小さく礼をして俺にカードを返してきた。それを受け取ると八雲藍は箸を動かし始めた。なんだ、悪く思われてるわけではなさそうだな。
「後でもう一度じっくり見せてくれ」
右から小声で聞こえた。構わないぜと返すと瞬間笑った気がした。会った時からずっとむっつりしていたのでとても可愛くみえた。
そこからまた橙が巫女とのデュエルの事を聞いてきたので返していくと、自然とご飯はなくなっていた。
ふぅ〜、食った。床にまた寝転がる。畳の上でゴロゴロするのは気持ちいいものだ。飯を食い終わって部屋に戻ってきた。片付けの最中八雲藍が部屋に行くと言っていたのでここで待つ。なんだかんだ2人とは喧嘩せずにはすみそうだ。
「失礼するぞ」
障子は開かれて現れたのは八雲藍。体を起こして机にデッキケースを置く。
「おう」
八雲藍もまた俺の向かい側に座った。
「沢渡...」
「沢渡でいいよ」
もう諦めた。俺は沢渡と呼ばれるのが性なのだ。
「そうか、なら私のことも藍で良い。...ところでだ」
「わかってるよ、ほらこれが俺の劇団員だ」
机に広げたのは俺の魔界劇団。
「こんなに種類があるのか」
机の魔界劇団に見いっている。少し良い気分だ、初めてペンデュラムを見たあの時の俺のように、って俺のようにしたらカードを奪われちまうじゃないか。
「まぁ俺の魔界劇団は全モンスターがペンデュラムモンスターだからな。」
「博麗の巫女はペンデュラムと普通の効果モンスターを使っていたがこちらはペンデュラムだけなのか」
「そうゆうデッキもあるぞ、EMとか妖仙獣とか超重武者とか」
割と思いつくだけで出てくるものだな。思えば権現坂やランサーズのみんなは元気にしてるだろうか?今頃俺が成長しているなんて知っているのだろうか?当然だ、俺があの街からいなくなったなんてすぐに知れ渡るさ。
「そんなにペンデュラムテーマが存在するのか」
そうか、権現坂や遊矢のことを知らないのに挙げてもわからないか、ってなによりここにはまだペンデュラムがないんだった。
「もっといるぞ。DDDに魔術師、Emに月光、そして忍者にCCC、あとブンボーグなんてのも見たな」
「すごいな、それほどとは」
けど、俺はクリフォートなんてペンデュラムテーマを今日初めて知った。もしかしたらここにはまだ俺の知らないペンデュラムテーマ使いがひっそりと存在するのかもしれない。
「なぁ、頼みがある」
「なんだ?」
するとデッキを取り出して机の上に置いた。...大方予想はつく。
「今ここでデュエルしてくれないか?」
「構わないぜ、親睦会と行こうか」
デュエルディスクを付けずにやるのは久しぶりだ。アクションデュエルもない。だけどいつも通りエンタメデュエルを魅せてやる。
「「デュエル!!」」