◆◇◆
【side:モモンガ】
俺は今、ファルトラの上空を≪
「……素晴らしい」
思わず言葉を口にする。生まれて初めて見る景色だったのだ。自然を愛したギルメンの一人の気持ちが分かった気がする。いてもたってもいられずに、俺は≪飛行≫を使ってこの雄大な星空へ向かって飛翔したのだった
夢中になって、掴めるはずのない星々に向かって手を伸ばしてしまう
「……ブルー・プラネットさんがこれを見たら、なんて言っただろうな」
この場にいない仲間の姿が再び浮かんで、寂しさがこみあげてくる。だが、それと同時にこの世界の事をもっと知りたいと思った。この夜空の他にも美しい景色があるのではないのかと、ディアヴロさんも知らない神秘が眠り続けているのではないのかと。≪ユグドラシル≫にはなかった”未知”に、期待で胸が膨らむ。
「(シェラさんの提案を受けてもいいかもな)」
そんな事を思う中、再びあの感覚が来る。今までの興奮がスゥーっと消え失せてしまった
……さっきから精神を抑圧するようなこの感覚は一体何なんだ。アンデットとしての特性・・・・・・いや、スキルが原因なのか?
しかし、俺が所持しているスキルにそんな効果は・・・・・・ここである一つの予測が生まれた
≪ユグドラシル≫のアンデット種が持つ基本的な特殊能力の一つに、≪精神作用無効≫というものがある。これは、混乱や恐怖などの精神系のステータス異常を無効化する
まいったな・・・・・・食事や睡眠はまだいい方なのかもしれない。しかし、この感情の抑制によって、今後見つかるであろう”未知”に対する興奮や感動が消されてしまうと思うと、我慢ならなかった
やるせない気持ちを抱えながら、ふと街を見下ろすとディアヴロさんの姿が見えた。アンデットの特性の一つ、≪
「ディアヴロさん、貴方も夜の散歩ですか?」
「む、モモンガか。空からということは飛翔系の魔術を試していたのか?」
ちなみに、リムルさんの≪思念伝達≫についてだがあれは彼の方から俺達に繋いでくれないと会話できないというデメリットがある。この場に彼がいないため、わざわざ俺の方から近づかなければならなかった
≪
便利なようでこういう時に不便な能力だよなぁ
「ええ。それもあったですが、俺のいた日本では環境汚染で空が汚れていて、星の浮かんだ夜空を見るなんて初めてなんですよ。それで思わず見とれて・・・・・・って、そういえばレムさんに何してたんですか、一体。声が酒場まで聞こえてましたよ」
「ぬ、ぬう。そこまで響いていたのか・・・・・・」
合流したので、この際お互いに知り得た情報を交換した。話を聞いてみると、どうやらレムさんのあの嬌声は豹耳を執拗にくすぐられて出た声だったようだ。それ、思いっきりセクハラです
しかし、レムさんの中に魔王の魂が封印されている、か・・・・・・確かに、それならば力を誇示し続けなければならないのも理解できる。ずっと誰にも言えず、独りぼっちだったんだろうな
「ふむ・・・・・・シェラの事情も理解した。しかし、兄妹で子を作るとはな・・・・・・」
「ええ、流石にその話を聞いた時は驚きましたよ。それで、ディアヴロさんは今後どうするんですか?」
「うむ、レムにクレブスクルムを粉砕すると約束したのでな。明日、冒険者ギルドに登録しようかと思っている。二人の首輪の件もあることだしな」
ディアヴロさんはクレブスクルムを倒す事にしたのか。魔王らしく振舞っている彼らしいと言えば、らしい選択とも取れるが単純に放っておけなかったのだろう。相手の事を気に掛けるくらいには優しいプレイヤーだというのは俺でもわかる
「モモンガの方はどうするのだ?」
「それなんですが、シェラさんに一緒に冒険しようと誘われまして」
「ふ、あいつらしいな。恐らく強引に迫られたとか、そんなところか?」
「ええ、なかなかとんちのきいた提案をしてきまして・・・・・・ですが、その提案に乗るのも悪くないと思ってるんですよ。≪ユグドラシル≫の売りの一つであった”未知の探求”、それをこの世界でもやってみようかと」
「フッ、外見に似合わずロマンチストではないか。確かに、現実となったこの世界では俺でも知りえない事が多くありそうだ。リムルも誘えばついてくるのではないか?」
確かに、あの人の目的の一つが”冒険”だったから案外ついてきそうだな。こちらから誘うのも悪くないだろう
「それもありですね・・・・・・どうせならディアヴロさんも一緒にどうですか?」
「なんだと?」
「無論、クレブスクルムの件が終わってからでもいいのですが、もしもの時は私も頼ってくれて大丈夫ですよ」
「む、むう・・・・・・今まで一人で行動してきたからな・・・・・・パーティを組むなど初めてなのだが、よいのか?」
あー、いわゆるボッチプレイか。この人・・・・・・俺も≪ユグドラシル≫を始めた頃は一人だったもんな。スケルトン・メイジから始めて、途中で人間種のプレイヤー達に襲われて、その時助けてくれたのがたっち・みーさんだった。それをきっかけに、≪アインズ・ウール・ゴウン≫の前身たる≪ナインズ・オウン・ゴール≫が結成されて・・・・・・
そんな昔の出来事に思いはせていると、ディアヴロさんから声がかかった
「モモンガよ、向こうから団体が来ている。数は14・・・いや15人か」
ディアヴロさんの視線にそって、俺もそちらを向く。確かに15人ほどの、黒いローブをまとった集団が見えた。あのローブには見覚えがある。魔術師協会のものだ。見回りにしては人数が多い気がする。それになんかふらついてる奴も何人かいるな
「酒盛りでもしてたんでしょうか?足元がおぼつかない人がいるようですし」
「フン。絡まれても面倒だ。このまま顔を合わせず通り過ぎるのがよかろう」
ディアヴロさんの言う通りだな。酒場の件もあるし、いちゃもんつけられる前にさっさと通り過ぎよう
俺達は集団に視線を合わせないよう、なおかつ落ち着いた足取りで通り過ぎようとした
「おい、そこの
残念、絡まれてしまった。しかし、ディアヴロさんは面倒だと思ったのかそのまま通り過ぎようとしてたので、俺もそれについていく
「おい!?混魔族ごときが、この僕を無視する気か!そこの仮面もだ!貴様らなんぞ、我らとセレス様の温情で生かされてるだけの寄生虫のくせに!」
寄生虫呼ばわりとはひどいな・・・・・・ていうかさり気にまた俺も含まれてるし。流石のディアヴロさんも無視できなかったようで、声を荒げている奴の方を向いた。そこにはセレスティーヌさんの護衛についていたガラクが、顔を赤くしながらこちらを睨みつけている。予想通り酔っぱらっており、見る限り相当飲んでいるのがわかる
「なんだ、小物?」
「ぐっ!?貴様は、本当に無礼な奴だな!僕の名はガラクだ!たかが混魔族の分際で、魔術師協会の長の護衛を務めているこの僕を”小物”呼ばわりとは、無礼だろう!なあ、みんな!?」
そうだ!そうだ!と、ガラクの後ろにいた連中が野次の声を飛ばす。この反応を見るに、混魔族は差別の対象になっているんだろうな。そこに酒の勢いが乗っているからなお質が悪い
その姿が不意に、≪ユグドラシル≫でいつも見ていた、異形種狩りを行っていたプレイヤー達の姿と重なった
「何用だ?俺は小物に呼び止められる覚えはない」
「ふ、ふん!そんなこと言ってられるのも今のうちだ。そう、貴様は一目見た時から気に入らなかったのだ!セレス様に対する態度も!レム様に対する態度も!何もかもが無礼だ!」
ひどい言いがかりだな。まあ、ディアヴロさんのあの態度が傲慢だったのは確かだが、どうもそれだけではないように思える。レムさんは確かに優秀な召喚士なのだろう。だが、それでも何か特別な地位にいるわけでもない一介の召喚士のはずだ。それに少々細かいが、あの時はセレスティーヌさんの事を『ボードレール卿』、レムさんの事を『レム・ガレウ様』と呼んでいたはず。腹の中が真っ黒そうだな、こいつ
「そして仮面の貴様もだ!魔術師協会に所属してもいない、はぐれごときがこの僕に意見しやがって!三下の癖に生意気なんだよ!」
……本当に、見れば見るほど異形種狩りのプレイヤー達と重なって見える。≪ユグドラシル≫では異形種のプレイヤーを倒す事で解放される職業がいくつか存在する。それを目当てに異形種プレイヤーを狩るものもいれば、ただの憂さ晴らしに狩るものもいる。どちらにせよ、彼らの行動は目に余るものだった。それこそ、今目の前で喚いている彼のように
「・・・・・・護衛につけるほどの地位の割には、言動が三下のそれなのですが、これが貴方のいう魔術師協会の威厳というものなんでしょうか?」
「な、なんだと!?」
「ふん、モモンガの言う通りならば正に小物の集まりではないか。騒ぐなら、俺達のいないところでやれ。小物の戯言に傾ける耳は持っておらぬのだ」
「くっ・・・・・・この・・・・・・この・・・・・・許さんぞ!くふっ」
ガラクが怒りで顔を歪ませたと思ったら、嫌な感じの笑みを浮かべた。さっきから燻っているもやもやした感覚に拍車がかかる
「許さん、だと?」
「ああ、そうだ!僕に・・・・・・いや、僕たちに、そんな口を利いた事を後悔するがいい!」
どうやら、数の利に頼るようだ。改めて周囲を確認するため、相手に悟られないよう小声で魔法を詠唱する
「≪
魔法で調べた結果、建物内にいる人間を除いてこの場にいる魔術師協会の人間は目の前にいる15人だけ。そして敵だと識別された存在もまた、目の前にいる15人のみだ。実力の程はわからないが、もしも全員が100レベル相当だとしたら、この数は絶望的だろう
「ふん、後悔するのは俺ではなく、貴様らの方ではないのか?」
「ふふん、この後貴様は、僕に命乞いするんだ!見るがいい!」
ディアヴロさんの挑発をただのこけおどしと取ったのか、ガラクは懐から野球ボールくらいの大きさのクリスタルを取り出した
「召喚獣か」
「そうだ!魔術師協会で長に近い地位にいる僕は、召喚士としても優れている!貴様らなど一捻りで潰せるほどの召喚獣を、僕は持っているんだ!さあ、痛い目に会いたくなかったら・・・・・・跪け!僕に働いた無礼の数々を謝罪してもらおうか!」
どうやらあのクリスタルに召喚獣が入っているようだ。そして、その召喚獣は俺達を倒せると思われるほどの強さを持っているらしい。周囲の取り巻き立ちが、わあわあと盛り上がっている。ていうかあれで長の地位に近いのか・・・・・・どう見ても三下くさいセリフを吐いているのに
「……無礼の数々と言ってますが、礼儀を欠いていたのはそちらのほうでしょうに」
「黙れ!はぐれの魔術師が!大した地位もない奴が、僕に逆らっていいと思っているのか!?」
確かに、俺達≪アインズ・ウール・ゴウン≫の拠点も、数々の功績も、この世界には何一つ存在しない。≪アインズ・ウール・ゴウン≫を証明するものは実質、この
………そう、誰も”知らない”
「ふん!混魔族ともども、四肢をもいで地面に転がしてやる!そうすれば、レム様も真にお側に侍るべきは誰なのか、本当に役立つのは誰なのか、きっと気付くだろう!」
「俺達の四肢をもぐ、だと?」
「ふはははは!来い、≪サラマンダー≫ッ!!」
ガラクがクリスタルを地面に叩きつける。粉々に砕けたクリスタルの中から現れたのは、ゆらめく炎に包まれたトカゲだった。≪ユグドラシル≫とはまた違った姿だが、あれがこの世界のサラマンダーなのか
≪ユグドラシル≫では初級者が相手をするくらいのレベルの強さだったはずだ。だが、この世界ではどの程度のレベルなのかはわからない。何の情報もなしに突っ込んでいくのは愚策だろう
「街中で、召喚獣とはな」
そう、ゲームであればこういった拠点となる街は戦闘禁止区域に設定されるのが普通だ。しかし、現実となった今そういった誓約はないに等しい。本来ならば警備兵が来るのだろうが、今は深夜だ。夜勤の兵がいても、すぐには来てくれないだろう
「どうだ、レベル30の召喚獣、サラマンダーだぞ!鉄を溶かす吐息!刃を通さない鱗!巨体に秘められた破壊力!鍛え抜かれた戦士はおろか、鎧を着こんだ騎士すら焼き殺す、最強の召喚獣だ!!」
ガラクが自信満々に哄笑する。
………あれ?聞き違いだろうか、今レベル30って言った?
確かに≪ユグドラシル≫のサラマンダーよりかはレベルは高い。だが、いうに事欠いて最強って・・・・・・
これならスタッフに込められている≪
最大レベル150の世界だというのに些か低すぎる気がする。外の森でさえ、適正レベル60という話だったのにこれはどういうことなのだろうか
そして、この状況にどこか既視感を覚える
「さあ、謝れよ!今なら、ちょっとした火傷で済ませてやるぞ!」
「いい加減にしておけ、小物よ。俺を怒らせるな」
流石のディアヴロさんも腹立たしかったのか、低い声で威圧している
「くっ・・・・・・貴様!脅しだけだと思ってるんじゃないだろうな!?」
「お、おい、街中で戦闘はまずいんじゃないか?」
威圧に負けじと、激しい剣幕でガラクが声を荒げる。しかし、流石にこれはまずいと思ったのか取り巻き達が忠告し始める
それに対して、ガラクは止まらなかった。ニタァ、と嫌な笑みを浮かべる
「戦闘?何を言ってるんだ。僕たちがするのは、制裁だ!我らがセレス様に無礼を働き、レム様を不当に隷属させている!この卑しい混魔族と仲間達に対する、制裁だ!」
・・・・・・ああ、そうか。この既視感の正体
似ているんだ。かつて異形種狩りに襲われたあの時の俺と。≪アインズ・ウール・ゴウン≫の始まりと
そして、気づいてしまった
この世界の者たちは、≪アインズ・ウール・ゴウン≫を”知らない”
ならば、”知らしめればいい”
この世界に、≪アインズ・ウール・ゴウン≫の栄光は”存在しない”
ならば、”打ち立てればいい”
この世界にギルドの拠点も、かつての仲間達もいないけれど、泡沫の夢で終わらせはしない。
それが、『
俺はこころのままに、一歩を踏み出した
◇◆◇
【side:ガラク】
「戦闘?何を言ってるんだ。僕たちがするのは、制裁だ!我らがセレス様に無礼を働き、レム様を不当に隷属させている!この卑しい混魔族と仲間達に対する、制裁だ!」
俺の意気に、召喚したサラマンダーが雄たけびを上げる
「シャアアアアアアーーーー!!」
蛇のような大音量の雄たけびとともに、無礼な二人組に向かってこいつの必殺技である≪ヒートブレス≫が放たれる。真っ赤な炎が二人を呑みこむ
「ふははははは!どうだ!思い知ったか、混魔族どもめ!燃えろ!燃えてしまえ!」
真正面からまともに受けてただで済むはずがない!仲間達は顔を真っ青にしているが、知った事か!
真っ黒な燃えカスになった奴らの姿が目に浮かぶぞ!!
そして、炎が晴れる
「……その程度か?」
仮面の魔術師が、混魔族の前に、”無傷”で立っていた
その日、そこに居合わせた魔術師は語る
あの日の夜、”死”が目の前に現れた、と
やっと、やっとこの話までかけた・・・いろいろと突っ込みがあるかと思いますが反省はしている。だが後悔はない(キリッ
次回、モモンガ様の蹂躙劇はーじまーるよー(蹴
2017/05/03 追記
転スラの原作や書籍を読み返して、いろいろと考えた結果≪思念伝達≫と≪思考加速≫を別物扱いにする事にしました。読んでくださった方には申し訳ありませんが、ご容赦願います