◆◇◆
【side:ディアヴロ】
俺たちは街の人たちに注目されながら、宿屋の前にたどり着く。街の西門と広場の中間に位置する石造りの建物で、途中からレムやシェラに案内をしてもらった。ゲームでは街の宿屋なんて一件しかなく、そもそも用途のない建物には入れない仕様だったのが、こうして現実になった事でただの民家にすら入れるのだ。看板も一定の形をしておらず、周りの大半の建物は石造りで三角屋根の二階建て、ドアは木製で統一されており、区別がつかない。これで迷うなというのが無理な話だ
『そういえばここの識字率ってどうなってるんだろうな。図書館でもあれば文字を学んでおきたいところなんだが』
『確かに文字が書けないと不便ですね・・・レムさんかシェラさんに教えてもらう事も考えておいたほうがいいかもしれません』
そういえばひらがな、カタカナなんてこの異世界じゃ当然通じないよな。これは俺もまじめに勉強しないと。文字すらかけない魔王なんてかっこ悪いし
それにしても宿屋を使うなんていつ以来だろうか。マイスペースをカスタマイズしまくってダンジョン化させた拠点から出る事が減ってたからな・・・・・・
懐かしい思いにふけりながら、金属製のドアノブを握って木製のドアを開ける。入るとまず受付があり、そこに黄色いヒョウミミをはやした豹人族の少女がいた。見覚えのあるNPCだったが、ゲームの時のままだろうか
豹人族の少女はにこやかな笑みを浮かべ、肩まである茶色い髪を揺らしながら挨拶をする
「こんにちわっ☆宿屋『安心亭』の
『う、うわぁ・・・・・・』
『こ、これは・・・・・・ギルメンの一人に声優がいて似たような事してましたけど、別の意味で堪えますね・・・・・・』
『うむ、ゲームの時と同じで逆に安心したぞ』
『『えっ』』
うん、二人のその反応は痛いほどわかる。スレでも結構突っ込まれてたし
この世界でも受付の彼女は普段からこんな感じのようで、レムとシェラは気にする事なく話しかける
「……部屋の鍵をくださいますか」
「レムちゃん、おかえり~☆召喚は成功したかな?」
「……召喚は成功しました・・・・・・召喚だけは」
レムは手で首輪を隠し、宿屋の看板娘はそれを不思議そうに見ている。
「どしたの?」
「……それより・・・・・・部屋を一つ、いえ二つ追加して欲しいのです」
俺たちの分、だよな?そういえば、俺の所持金ってどうなってるんだ?まさか無一文・・・・・・?
『そういえば、ここの通貨って金貨は通じるんでしょうか?≪ユグドラシル≫の金貨ならいくらか持ってるんですが』
『≪クロスレヴェリ≫のゲーム内通貨の単位は『フリス』だが、換金となると相場がわからんな・・・・・・』
『一応路銀に宝石の類とか金になりそうな物を持ってきてるから、最悪それを代金の代わりに出すよ』
『『ゴチになります』』
魔王が人におごってもらうのはどうかと思うが、少女にたかるよりかは幾分かマシだ。ここはリムルの好意に甘えるとしよう
そう思ってると、今度はシェラが受付に身を乗り出す勢いで宿屋の看板娘に迫る
「あのッ!」
「わっ!?やっほ~、シェラちゃん☆何か御用かな?鍵ならすぐ出すからね♪」
「あ、あたし・・・・・・その・・・・・・お、同じ部屋に一人・・・ううん、三人泊めたいんだけどいいかな!?」
なん・・・だと・・・!?
「おい貴様・・・・・・まさか、そこの二人はおろか俺まで貴様ごときと同じ部屋で過ごせとは言うまいな?」
正直にいうと女の子と一緒の部屋なんて逆に死んでしまいそうです
『あー、これはあれか。召喚主としての最後の
なるほど、少しでもいいところを見せないとレムに全員持っていかれると思ったのか
シェラが赤面しながら歯噛みする
「だってだって!あたし、二部屋も借りるほどお金持ってないし!でも、レムの用意した部屋に泊められたら、なんかレムが召喚主みたいだし!」
「……三人をこの世界に招いたのはわたしです・・・・・・ですから、召喚主であるわたしが、三人の部屋を用意するのは当然です。わかりますか?あなたは、貧乏なりに、一人で楽しく過ごせばいいのです」
「ちがうもん!あたしが召喚主なの!そんで、召喚士と召喚獣は一緒にいるものなんだよ!」
……また始まった。この二人は譲り合いの精神は持ち合わせていないらしい
もうそろそろヒートアップする頃かと思ったら宿屋の看板娘が手をパンパンとたたく
「は~い。大部屋に五名様、ご案内しちゃうよ~☆」
『『『なん・・・・・・だと・・・・・!?』』』
いやいや、それ狭くないですか看板娘さん!?
「えっ!?いやいや、それ困るんだけど!?三人はともかく、なんでレムまで一緒なの!?」
「……こんなバカエルフと相部屋になるのは不愉快です」
二人は抗議するが、看板娘がスマイルのまま首を傾げた。背景に「ゴゴゴゴゴ・・・」という効果音がつきそうな迫力だ
「も~、受付で揉められると迷惑だよっ☆そんな悪い子達は同じ部屋にしまっちゃおうねっ♪・・・・・・・追い出すよ?」
『『『こわっ!?』』』
あまりの迫力にレムとシェラもガクガクと勢いよくうなずいた。まさか、魔王に匹敵する迫力を醸し出すとは・・・・・・
「あー、ちょっといい?えーと、メイちゃん?」
なんと、この威圧の中をリムルがおずおずと言葉を発した
「おや、何かな~?言っておくけど文句は受け付けないよ~☆」
「いや、そういうことじゃなくてな。流石に大部屋でも5人は狭すぎるから・・・・・・もう一部屋借りたいんだ。これでどうかな?」
リムルが懐から宝石を取り出す。拳より一回り小さく、彩がきれいだ。宝石に詳しくない俺でもリムルが出した宝石は高値が付くだろうと予想できる
「にゃっ!?これは・・・・・・さすがに専門店じゃないと鑑定できない・・・・・・けど、このぼろ宿を立て直すくらいは・・・・・・本当にいいのかにゃ?」
「いいっていいって。迷惑料と思ってくれたら」
「……お兄さんいい人だね☆それじゃあ、大部屋ともう一部屋ご案内~♪夜はなるべく静かにね?宿屋のアイドル、メイちゃんとの約束だぞっ☆」
交渉は終わったらしく、リムルさんがずっしりと重そうな、古い鉄製の鍵を二つ受け取る
『さて・・・・・・なんとか二部屋確保したわけだが問題はここからだ』
『ふむ、二人のあの仲の悪さから彼女達を同じ部屋にするのは愚策。かといって、仮にレムに一人、シェラに二人といったような部屋分けをすると、相部屋になる人数で揉めそうだ』
『となると・・・・・・』
≪思念伝達≫での相談を一旦中断し、俺たち三人は神妙な顔で向かい合う
「ふ・・・・・・リムルが穏便に済ませるためとは言え、まさか俺たちがこうして争いあう事になろうとはな」
「俺としては別に譲ったってかまわないんだが、どうだ?」
「いえいえ、むしろ役得じゃないですか。遠慮せずに」
互いに不適な笑みを浮かべ(モモンガは仮面をかぶっているから表情はわからない)、静寂がこの場を支配する。
レムやシェラ、看板娘すらもこの空気の前に黙り込んでしまっている
「やはり、こういう時は”これ”に限るな」
「どんな結果でも恨みっこなしでお願いしますよ?」
「それじゃあ、行くぞ・・・・・・」
俺たちは利き腕の拳を引き、タイミングを見計らう。拳を引いた事からシェラ達が喧嘩と勘違いして止めようと叫ぶが、安心しろ。これは喧嘩ではなく
「「「じゃん、けん!!!」」」
◇◆◇
【side:モモンガ】
「それじゃあ、ディアヴロくん。そっちは頼んだぞー」
じゃんけんの結果、ディアヴロさんの一人負けで幕を閉じてシェラさんとレムさんと相部屋する事となった
『おのれ・・・・・・次は負けんぞ』
『はいはい、明日からモモンガくん、俺の順番で交代するんだから気を取り直して』
負けたのがそんなに悔しかったのか・・・・・・まあ、あの二人の仲をこれから取り持つと思うと気が滅入るのはわかる。ディアヴロさんにはこれから、二人が俺たちを召喚したより詳しい事情を聴いてもらう事になっている。レムさんの目的であるクレブスクルムもそうだが、王族であるシェラさんが自国ではなく、人族の領地であるこの街に滞在している理由も気になる
三人が大部屋に入るのを見て、俺たちも用意された部屋に入っていく。中にはベッドが二つに荷物を入れる大箱が隅の方に用意されている。清掃は行き届いているようで、ベッドのシーツも真っ白で清潔感が漂う
「さて・・・・・・二人はディアヴロくんに任せた訳だが、どう思う?」
リムルさんがベッドの一つに腰かけ、俺に意見を聞いてくる
「二人が隠している事情について、ですよね?」
ここに来る道中、リムルさんからレムさんが俺たちを召喚した理由を聞いている。そして先ほど判明したシェラさんの出自。そのことについての意見を聞いているのだろう
「ああ。レムの場合、ディアヴロくんの話じゃクレブスクルムの存在は確定しているにも関わらずそのシナリオがないって話だ。当然、この世界でもその所在はまだ判明してないと思っていいだろうな」
「ええ、それは俺も思いました。しかし、魔王討伐という明確な目的を持っているのに、その魔王がどこにいるかもわからないというのは少々おかしな話ではありますね」
そう、いくら最強の魔王を倒すと言っても、所在のわからない状態で俺たちを召喚したというのは無計画すぎる。俺なら、まずはその魔王がどこにいるのか突き止め、入念な準備を進めてからリムルさん達を召喚するだろう
「恐らくだが、レムはクレブスクルムの所在について何かしらの手がかりを持っている。そしてその秘密を持ったがゆえに魔族に狙われ、力を誇示し続けなければならなかった。と、いうのが彼女のいう”個人的な理由”になると思うんだが」
「それが一番有力そうですね・・・・・・尤も、まだ憶測の域を出ないので解答はディアヴロさん待ちですね。そして、一番に解決しないといけないのが二人の隷従の首輪なんですが・・・・・・解除の方はできそうですか?」
「それなんだが、解除自体はできないとは言わない。だが、予想以上に難解で時間がかかるんだ。あれを一晩でできるものならやってみろと言いたいね」
うーむ、やはり一筋縄ではいかないか・・・・・・首輪の解除に関してはリムルさんしか頼れる人がいないし、解けるようになるまで待つしかないな
「そもそも、王族である彼女がこんなところに一人で来ている理由って何なんでしょうね」
「大方、王室の生活に嫌気がさして家出してきたとかそんなところじゃないか?王位継承権が低いと割とそういう事もありえそうだし」
「うーん、これまでの彼女を見ているとそんな感じがしてきますね・・・・・・だとしても、近衛が一人もいないというのも不用心じゃないですか?奴隷という制度がある以上、人さらいとかいそうですし」
「だよな・・・・・・そのあたりの危機管理がなってないのも王室育ち故か・・・・・・それで、モモンガくんはこれからどうする?」
「どう、とは?」
リムルさんの質問の意図が分からず、思わず聞き返してしまう
「要はこのまま二人についていって彼女たちの目的に付き合うのか、それとも別行動するのかってことさ。はっきり言って、モモンガくんやディアヴロくんは無理やりこの世界に連れてこられた”被害者”だ。隷従もされてないし、彼女たちに付き合うことはない」
……そう、リムルさんの言う通り、俺には彼女たちの目的に付き合う理由がない。そもそも、俺の≪ユグドラシル≫は、その日の深夜0時で終わるはずだったのだ。それが、どういう理屈かアバターの姿でここに召喚され、魔王を一緒に倒してくれと頼まれた。正直いい迷惑である。明日は四時起きで出勤しなきゃならなかったのに、俺の生活をどうしてくれる。
そう思う反面、消えるはずだったこの
「……ちょっと、迷ってます。正直に言うと、こんなところへ勝手に喚び出してふざけるなって思ってる半面、消えるはずだったこのアバターとこのスタッフを失わなくてよかったと思う自分がいるんです」
そう言って、アイテムボックスにしまったスタッフを取り出してその輝きを見つめる
「ギルドの拠点も一緒に来ていたなら、それを守り抜くために奔走していたのでしょうが、それは来てなさそうですしね・・・・・・」
「そうか・・・・・・あまり無責任な事は言えないが、この世界で人生やり直すのも一興だと思うよ。それか、俺の国に来てみるのもいいかもな」
リムルさんがケラケラと笑いながら提案を述べる
「・・・・・・そうですね。それも選択肢の一つなんでしょう。ですが、今はもうちょっと考えさせてもらっていいですか?こればっかりは、後悔しない選択をしたいので」
「ああ、よく考えて、悩んで、選んでくれ」
……ああ、この人もスライムになってからたくさん悩んだのだろう。たくさん後悔したのだろう。おそらく、取返しのつかない事も一つや二つじゃないはずだ。そんな雰囲気が、今のリムルさんから感じ取れる
俺は、何も言わずに強く頷く。この異世界で”後悔”しないように・・・・・彼の厚意を無駄にしないために
その時、この部屋のドアをノックする音が聞こえ、シェラさんがドアを開けて顔を覗かせる
「二人とも!下でセレスティーヌ様がごはん用意してくれてるから早く来てー!」
そう言って顔を引っ込めて、おそらく下へ向かったのだろう。部屋の外から「ごっはんーごっはんーまっともなごっはんー♪」と、なんだか悲しくなってくるような歌を口ずさんで
「……セレスティーヌって誰だよ」
「様付けしてるのを見ると権力のある人のようですが・・・・・・ディアヴロさんなら何か知ってるでしょうし、行きますか」
リムルさんもそれに頷き、部屋を出て一階に向かう。受付の人に聞けば場所は教えてもらえるだろう
◆◇◆
【とある三大魔王の思考会議その4】
『ちなみに、声優のギルメンがいたと言っていたが何の声優なのだ?』
『えっと・・・・・・エロゲのなんですが・・・・・・』
『お、おう。それはまた・・・・・・悪乗りされて男衆共は苦労したんじゃないのか?』
『いえいえ、そんな事ないですよ?ただ・・・・・・その声優さんの弟さんもうちのギルメンでして、購入したエロゲにたまにお姉さんが出演してたりして・・・・・・』
『『う、うわぁ・・・・・・』』
この作品のディアヴロは原作と違い、ぼっちではなく同じ境遇の二人がいることで多少余裕ができているので、多少ノリがいい時があります
皆さんお待ちかねのあの場面まであと少し・・・・・・
2017/05/03 追記
転スラの原作や書籍を読み返して、いろいろと考えた結果≪思念伝達≫と≪思考加速≫を別物扱いにする事にしました。読んでくださった方には申し訳ありませんが、ご容赦願います