太陽のような君へ   作:こやひで

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誰も悪くない

「いーちゃんはどこにいるの?」

 

『やっぱりそれを聞いてくるよな。まあ当たり前か。昔はいつも三人一緒だったからな。さて……どうしようかな』

 

 まだこの話を胡桃にしたくはなかった。

 起きたばかりでまだ不安定な胡桃に変な心配をかけたくないということもあるが、これを言ったら胡桃がどうするかも大体分かってしまうからだ。

 

「どうしてだ?」

「だって祐子さんもずっとお見舞いに来てくれてたのはひーくんだけだって言ってたし、いーちゃんを見たのは私が事故に遭って直ぐだけでそれからは一回も会ってないって。それにいーちゃんだったら今日絶対にひーくんと一緒に来てくれるもん」

「……」

 

 俺が沈黙するのを見て胡桃の顔が少し青ざめる。

 

「……もしかして……いーちゃんに何かあったの?」

 

『これ以上は誤魔化せないな。というよりも維織のことで胡桃に誤魔化し続けるのは無理だな』

 

 俺は意を決して話し始める。

 

「そういう訳じゃない。維織は普通だよ。高校が違うからあんまり詳しくは知らないけど」

「高校違うの?」

「ああ。でも高校はしょうがないだろ」

「いーちゃんだったら絶対にひーくんと一緒の高校に行ってると思ったから。……やっぱり何かおかしいよ」

 

 胡桃のこういう時の勘の良さには脱帽するしかない。

 

「……はあ、分かったよ。ちゃんと話すよ。でもわかって欲しいのは胡桃は悪くない、維織も悪くない。誰も悪くないってことだ」

「……うん、分かった」

 

 俺はゆっくり語り始める。

 

「正直言って維織が今どうしているのかは分からない。元気なのかそうじゃないのか。でも分かるのは胡桃のことをずっと心配してるってことだ。それだけは確かだよ。……でも維織はここには来ない」

「……どうして?」

「維織は怖がっているんだ。また大切な人が自分の目の前からいなくなるのを。本人は強がってるけど昔の出来事が無意識にトラウマになっているんだよ」

 

 維織の父親は維織が三歳の時に病気で亡くなった。

 その後維織の母親が女手一つで維織のことを育てていたが、維織が十歳の時に「もう自由になりたい」と書いた置手紙を残して会社の同僚の男と駆け落ちしてしまったのだ。

 維織の母親は親の反対を押し切って亡くなった旦那と結婚していたため親から勘当されており、維織は助けてもらうことが出来なかったため、市からの児童扶養手当を受けながら元の家で一人暮らしすることになった。

 俺は家が近所ということもあり物心が付く前から一緒に維織と遊んでいたが、あの日に初めて見た維織の泣きじゃくる顔は未だに忘れることは出来ない。

 

「そのことがあったからまた自分の身近で親しい人がいなくなることを維織は怖がってるんだ」

「……家には行ってみたの?」

「いや、高校の入学と同時に引っ越したみたいでな。どこに行ったのか分からないんだ」

「えっ?そんな……。病院に来たくないだけだったら別にひーくんと離れる必要はなかったんじゃないの?」

「……俺と一緒に居ると三人でいた楽しい頃を思い出すんだってさ。それがつらいんだろ」

「……じゃあやっぱり私が悪いんだ。私が事故に遭ったからいーちゃんが……」

「違う!!」

 

 俺の大きい声に胡桃はビクッと体を震わす。

 

「ご、ごめん、大きい声出して。でも言っただろ、誰も悪くないんだって」

「でも……」

「過去のトラウマのこともあるけど、維織は胡桃が事故に遭ったのは自分のせいだって思ってるんだよ」

「え?」

「あの日は三人で遊ぶ予定だった。でも急きょ胡桃が家族で出かけることになってそのことを維織に電話で伝えただろ?もしあの時胡桃のことを止められてたら事故には遭わなかったって、そのことを維織はずっと言ってたんだ」

「そ、そんな、いーちゃんは何も悪くないよ!!だってそんなの分かんないじゃん!!」

「俺だってそう言ったよ。それはお前のせいじゃないって。でも人間心が弱ってる時は考えること全部がネガティブになっちゃうんだよ。そして維織は俺達から離れて行った。……もし胡桃に何かがあっても耳に届かないようにするために」

「……それからは一回も話してないの?」

「いや、卒業式の後に少しだけ話した」

「どんなことを?」

「進学する高校とか……約束とかな」

「約束?」

 

 胡桃にこのことを言うかどうか迷う。

 言えば胡桃はきっと無茶をしようとする。

 俺の少しの沈黙を感じて胡桃は追及してくる。

 

「どんな約束したの?」

「……約束というか俺が一方的に言ったんだよ。必ず二人で迎えに行くって」

「いーちゃんはなんて?」

「何も言わずに帰ったよ」

 

 そこまで聞いて胡桃は考え始める。

 小さく「そうか」という呟きが聞こえてくる。

 

『はあ、やっぱり言わなきゃ良かったな』

 

 起きたばかりの胡桃は絶対安静だ。

 もちろん外に出るなんてことは言語道断だ。

 でもそんなこと胡桃は考えていない。

 言ってしまったことに後悔を覚えるが後悔は先に立たずだ。

 胡桃は今にも外に飛び出して行きそうな勢いで言う。

 

「そうだよ!!二人でいーちゃんを迎えに行こう!!」


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