太陽のような君へ   作:こやひで

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遠くない未来

「駒井」

「はい」

 

 教壇の前に行き、先生から紙を受け取る。

 

「もう少し頑張れよ」

「……分かりました」

「次、白瀬」

 

 呼ばれた維織とすれ違い自分の席に着く。

 そして、今もらった模試の結果を見てため息をついた。

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「参ったな……」

 

 維織の部屋で寝転びながらさっき返してもらった模試の結果を眺める。

 

「結果、良くなかったの?」

「まあ、良くはなかったな」

 

 覗き込んでくる胡桃に紙を渡す。

 すると、飲み物を取りに行ってくれていた維織が戻ってくる。

 

「床に寝転ばないでちゃんと座りなさい。行儀悪いわ。あと汚れるわよ」

 

 お盆をを机の上に置きながら言う。

 

「俺の部屋よりましだと思うけどな」

 

 そう言って勢いよく起き上がる。

 

「部屋はきちんと掃除しなさいよ。また行きましょうか?」

「大丈夫、大丈夫」

 

 時々維織が家に来て掃除をしてくれる時がある。

 「別に大丈夫だぞ」と言っているのに「掃除は好きだから」と世話を焼いてくれるのだ。

 

「全然いい点数だと思うけどなあ」

 

 胡桃が俺に紙を返しながら言う。

 

「何の話?」

「模試の点数が悪かったって言ってるけど、凄くいい点数だから」

 

 維織もチラリと見る。

 

「まあそうね。別に悪い点数ではないと思う……あら?第一志望の大学って私と同じ」

「えっ?そうなの?」

 

 「ばれちゃったな」と頭を掻く。

 別に隠していたつもりは無いが、普段進路の話なんてしないし、同じと言うのは少し気恥しくて言っていなかった。

 維織のは前から知っていたのだが。

 

「ここって難しいの?」

「そうね。まあ一応国立の難しい大学よ」

「とは言っても維織なら余裕だろ?」

「余裕と言うわけではないけど。でもどうしてここなの?」

「高校だって奨学金貰って行ってるわけだし、元々私立は無理だから。国立にするならやっぱり維織と同じ大学が良いかなって。まあ身の程知らずなのは分かってるけどな」

 

 頬を掻く。

 維織の驚いたような顔を見ると更に恥ずかしくなってくる。

 

「そ、そんなに驚くか?」

「あなたがそんなこと言うなんて……少し意外だわ」

「そうか?やっぱり小、中、高と普段もずっと一緒じゃないか。だからやっぱり一緒の方が落ち着くかなって」

「そ、そう……。まあ、私もその方が嬉しいけれど」

 

 変な空気が流れる。

 

『……この空気になると絶対に胡桃がむくれるからなあ』

 

 そう思いチラッと見ると、胡桃は微笑ましそうに笑っている。

 その反応が意外でまじまじと見つめてしまう。

 

「ど、どうしたの?何かついてる?」

「い、いや、なんでもない。……なんかいつもと違うな」

「そう?やっぱりひーくんといーちゃんは仲良しだなって思って」

 

 胡桃は笑う。

 

「どこの学部なの?」

「俺は文学部。特にやりたいこともないし、この大学では一番偏差値が低いから。それでも五分五分なんだけどな」

「ひーくんってまだ将来の夢とか決めてないの?」

「えっ?」

「だって昔言ってたじゃん。まだ将来の夢決まってないって」

「い、言ってたっけ?」

 

 全然覚えていない。

 本当にそんなこと言ったか?

 

「言ってたよ。小学校の修学旅行のバスの中で」

「そんな前のことよく覚えてるな……」

「よく分からないけど昔のことは凄く覚えてるんだよね。多分、ひーくんといーちゃんより二年分記憶が少ないからかな」

「単純に胡桃の覚えが良いだけよ」

「そうだな。まあ、俺の夢はまだ決まってないよ。だから大学で頑張って探すさ」

 

 話を変える。

 

「ところで維織はどこの学部なんだ?」

「私は……医学部よ」

「医学部?」

 

 意外だ。

 てっきり維織も俺と同じような学部に進むと思っていた。

 確かにあの大学は医学部で有名な所だが。

 

「そんな話は初めて聞いたな」

「言ってないもの」

「……どうして?」

「私は医学部に入って、将来は医療系の仕事に就くわ。そして胡桃の病気を治す。これが私の目標よ」

「いーちゃん……」

「治らない病気なんてきっとないわ。治し方が分からないなら見つけるまでよ」

「すごいな。維織ならきっとなれるよ」

「当たり前よ。私だもの」

 

 そう得意気に言う。

 しかし胡桃は急に大きな声を出す。

 前の病室と同じだ。

 

「どうして!?前に言ったよね。私のことじゃなくてもっと自分のことを考えてって!!」

 

 はあはあと肩が上下する。

 胡桃の剣幕に俺は圧倒され言葉が出ない。

 しかし、維織はの頭を優しくなでる。

 

「無理よ。私はこういう性格だから。自分のことなんてどうでもいいんだもの」

 

 維織はやっぱり維織だ。

 自分のためじゃなく誰かのために動く。

 いや、誰かじゃなくて俺と胡桃を中心として行動を考える。

 たとえそれが膨大な時間を費やすことだと分かっていても、それを無駄だとは思わない。

 俺も同じだと祐子さんや先生に言われるが、維織に比べて俺には勇気も実力もない。

 本当にすごいと思う。

 

「私は胡桃と博人とずっと一緒に居たいから。その為だったらなんでもするわ。きっとあなたのことを救ってみせる」

 

 優しく微笑みかける。

 

「そんな……駄目だよ。大切ないーちゃんの時間を私のためなんかに使うなんて。……無駄になっちゃうよ」

 

 前にも言っていた、無駄になるという言葉。

 胡桃はどうしてそんなことを言うんだろう。

 すると胡桃は少し苦しそうに胸を押える。

 

「大丈夫か!?維織、救急車を――」

「大丈夫だよ。時々あることだから。薬飲んだらましになるから」

 

 そう言って鞄に入れていた沢山の錠剤を取り出し、飲む。

 

「ごめんね。私少し横になってくる」

「だ、大丈夫?」

「うん、平気だから。二人で話してて」

 

 そう言って胡桃は部屋を出ていく。

 見送るながらふと気づく。

 

「胡桃、少しやつれたんじゃないか?」

「そうね。前に倒れて以来少しずつだけど」

「そうか……」

 

 ずっと胡桃を蝕み続けているもの。

 それはいつの日か胡桃の命までも喰い尽くしてしまうのだろう。

 いつその日が来るのかは分からない。

 でも、もしかしたらそんな遠い未来ではなくなっているんじゃないか。

 そんなことを思ってしまった。


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