太陽のような君へ   作:こやひで

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一本の電話

「じゃあ行ってくるから。なるべく早く帰ってくるよ」

「うん」

「分かりました」

「ごめんね、維織ちゃん。わざわざ来てくれたのにかまってあげられなくて」

「大丈夫です。私が勝手に来ただけですから」

 

 中学校の入学式も終わり、早いことで一ヶ月が経ったある休日に維織が遊びに来た。

 しかし、タイミング悪く俺達は買い物に行くところだったのだが、維織の相手をするため俺は家に居残ることになったのだ。

 すると階段を上ってくる足音がする。

 

「車出せたよ」

「パパ、ありがとう。じゃあ行ってくるね」

「ごめんね、維織ちゃん。博人をよろしく」

「はい」

 

 そう言って二人は買い物に出かけて行った。

 階段を下りる途中で「維織ちゃんは良い子だな」「あんな子がお嫁さんに来てくれたらいいのにね~」という、明らかに聞こえるように話している声も聞こえてきたが……。

 維織が照れを耐える時間がしばらく続き、ようやく落ち着く。

 

「さてと何をしようか。雨も降ってるし外で遊べないからなあ」

「何言ってるの。外で遊んだことなんてないじゃない」

「確かにな。まあ、いつも通りのんびりとするか」

 

 維織も最初からそのつもりだったらしく持ってきた本を開ける。

 三十分ほど無言で本を読んでいたところで維織が口を開く。

 

「そういえば、久しぶりに悠斗さんを見たわね」

「父さんか?まあ基本平日は仕事だからな」

「胡桃なんて会ったこともなんじゃないかしら」

「あ~、そうかもな。胡桃も誘おうかと思ったけど……」

 

 窓の外を見る。

 どんよりとした灰色の空から大粒の雨が大量に降り注いでいる。

 五月になり梅雨入りしたことで雨は毎日のように降っていたが今日が一番降っているかもしれない。

 

「この雨じゃあな」

「雨の中一人で来るのは危ないものね」

「でもまあ会おうと思えばいつでも会えるから。別に今日じゃなくてもいいだろ」

「確かにそうね」

 

 暫くして本を読むのにも飽きてきたので、維織に教えてもらいながら宿題を進めることにする。

 そして、時間が経つこと二時間……。

 

「……遅いな」

「そうね。雨で道が混んでいるのかもしれないわ」

「かもな。まあ、もうすぐ帰って来るか」

 

 そんなことを話してから更に一時間が経った。

 

「……流石に遅すぎるな」

「何かあったのかしら」

「連絡してみようか」

 

 立ち上がり電話を掛けようとした時、タイミングよく電話が鳴る。

 

「おっ、ちょうど良かった。母さん達からかな?」

 

 電話に出る。

 

《駒井さんのお家ですか?》

「えっ?」

 

 聞こえてきたのは聞いたことのない女の人の声がする。

 

「誰ですか?」

《都病院の者です。実は……》

 

 その女の人の話を聞く。

 すると、自分の顔が固まっていくのを感じる。

 維織も俺の異変に気付いたらしく少し心配するような眼差しを向けてくる。

 

「……分かりました。すぐ行きます」

 

 震える手で電話を切り、玄関に走る。

 

「ひ、博人!?どうしたの!?」

 

 維織も慌てて追いかけてくる。

 

「……母さんと父さんが事故に遭ったらしい。だから病院に来いって」

 

 維織の顔色も変わる。

 

「!! じゃあ、早く行かなくちゃ!!私も付いて行くわ!!」

「悪い。頼む」

 

 雨の中傘もささずに病院まで走る。

 病院に着き、受付の人に聞くと俺だけ付いて欲しいと言われた。

 維織も付いて行きたいと懇願していたが叶わなかったようだ。

 看護婦さんに連れられ、ある部屋の前に辿り着ついた。

 

「ここだよ」

 

 扉が開く。

 扉の上に貼ってあるプレートが眼に入る。

 霊安室。

 

「あっ……。あぁ……」

 

 吸い込まれるように足が動き、部屋に一歩踏み出す。

 中には二人の男女が横になっている。

 

「母さん……?父さん……?」

 

 横になっている両親であろう二人に俺は声をかける。

 しかし、何も答えない。

 ゆっくりと近付きぼーっと腕を見つめる。

 白かった肌には赤い無数の斑点が広がっている。

 

「じょ、冗談だろ?母さん。父さん」

 

 信じたくない。

 しかし、はっきりとした現実が襲い掛かってきた。

 動悸がどんどん速くなる。

 

「うわああああぁぁ!!」

 

 ふっと意識が遠くなる。

 連れ添ってくれていた看護婦さんが慌てて駆け寄ってきてくれるのを感じるが、その後どうなったかは覚えていない。


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