「よっ、元気か?」
「……うん。来たんだね」
「そりゃな。心配だから」
そう言って椅子に腰かける。
胡桃は苦笑いしている。
「……昨日はごめんね」
「昨日?何か言ってたっけ?」
わざとらしく首をひねる。
「……もう。そうやってすぐ庇おうとするんだから」
「別に庇ってるわけじゃないよ」
花瓶に生けられている花にそっと触れる。
細く今にも折れそうな茎で一生懸命生きている。
……胡桃みたいだな。
ふとそう思う。
「……身体の調子はどうだ?」
「もう大丈夫だよ」
そう言って微笑む。
多分小六で出会ってから何十、何百回このやり取りをしてきたと思う。
ずっとこの言葉を信じてきた。
でも昨日で分かった。
胡桃は俺達を安心させるためなら平気で嘘をつく。
「本当か?」
「うん。祐子さんも言ってたでしょ?一週間くらいで退院できるって」
「何もなければだろ」
「何もないよ」
「大丈夫だから」そう言って胡桃はもう一度微笑む。
「……そうか」
「そういえばいーちゃんは?」
「ああ、ちょっと体調崩してな。今は寝てると思うよ」
「えっ?だ、大丈夫なの?」
「大丈夫だよ。昨日まで久しぶりの泊りがけの遠出だったからな。あんまり得意じゃないからさ」
今日の朝、一緒に病院に行こうと連絡すると「体調を崩してしまったから行けないわ。ごめんなさい」と言われた。
心配なので一応維織の家に行き、色々と看病をしてきた。
「で、今から寝るから博人は胡桃の所に行ってあげてと言われたわけだ」
「ちゃんと付いててあげなくちゃ」
「俺もそうしようと思ったんだけどな。そう言ったら寝ている私に何かするつもりかしら?って言われたんだよ」
やれやれと首を竦める。
「いつものいーちゃんの照れ隠しだ~」
「そんなこと言われちゃな。てことでこうして胡桃のお見舞いに来たってわけだよ」
「そうなんだ。ありがとね」
「別にお礼言われるほどのことでもないよ。前までは毎日ずっと来てたわけだし」
そう話していると昨日の胡桃の言葉を思い出す。
「二人は私のことを心配しすぎなんだよ」
今まで胡桃のことを守ろうとしてきた俺達にとってぐさりと刺さる言葉だった。
「昨日の言葉は胡桃の本心なのか?」
「えっ?」
はっと口を押える。
言うつもりは無かったがずっと考えていたため口に出てしまった。
「い、いや何でもない。気にするな」
慌てて誤魔化したが、胡桃は俺の眼をまっすぐ見つめながら言う。
「うん。私はずっとそう思ってた」
「!! ……そうなのか。なら俺達が胡桃のためにしてきたことは全部無駄だったのか?」
「違う!!それは違うよ。私はひーくんといーちゃんにずっと救われてきた。それは無駄じゃないし凄く感謝してるよ!!」
「じゃあ、昨日の言葉はどういう意味なんだよ」
問い詰めるが胡桃ははっきりと話さない。
「ちゃんとは言えない……。でも、これからひーくんたちが私のためにすること、費やす時間っていうのはきっと……無駄になっちゃうと思うから」
なんでそんなことを言うんだ。
「俺が胡桃のためにしてきたことで無駄なことなんて一つもない。これまでも、これからも」
胡桃は驚いたように眼を見開く。
「……どうしてひーくんはそう思うの?」
「香苗さんと約束したんだ。胡桃のことを守るって」
「ママと?」
「ああ。家では守ってあげられるけど学校とかでは無理だからって」
胡桃の頭を撫でる。
「それに俺達は特に趣味も何もないからな。他に時間を費やすこともない。だから、胡桃のために何かしてあげられているこの時間が俺は大切なんだよ」
「……ありがとう。私もひーくん達と過ごす時間は大切だよ。でも……そういうことじゃないんだ。……ごめん、ちゃんと言えなくて」
「いいさ。別に焦らなくていい。話せるようになった時、話してくれればいい。時間はあるから」
あまり長居しても悪いと思いそれじゃあと部屋をあとにする。
維織にご飯を作ってあげるために何か食材を買いに行こう。
そう思いスーパーに足を進めた。