太陽のような君へ   作:こやひで

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彼女たちの涙

 胡桃は不貞腐れたような顔をして何も話さない。

 ため息をつき、祐子さんの方を見る。

 維織はさっきから黙ったままだ。

 

「祐子さん。一体何があったんですか?」

 

 一番事情を知っているであろう祐子さんに話を聞くことにする。

 

「昨日の八時頃にご飯ができたから胡桃ちゃんを呼びに行ったの。そうしたら部屋で倒れていたんだ。病院に運んですぐ意識を取り戻したんだけど、様子を見て一週間程入院することになったんだよ。ちゃんと見てあげられてなくてごめんね」

 

 祐子さんは頭を下げる。

 

「止めてください。祐子さんがいてくれてなくちゃ、どうなっていたか分かりません。ありがとうございます。でもなんで連絡してくれなかったんですか?」

「起きた胡桃ちゃんに言われたんだよ。今はまだ二人には言わないでって」

「何でそんな……」

 

 胡桃の顔を見る。

 

「だって……言ったら二人は心配してくれるでしょ?」

「当たり前だろ!!だから――」

「だからだよ」

 

 下を向いて話していた胡桃がこちらを向く。

 

「言ったらきっと二人はとんでもない無茶をしてでも帰ってこようとする。せっかく沖縄に行ったのに私のことを気にして楽しめなくなるのは嫌だから。……だから言わなかったの」

「……それで朝、あんな嘘の電話までしてきたのか?」

 

 「……そうだよ」と小さい声で呟く。

 

「二人は私のことをずっと守ってくれてる。……花園さんの時から」

 

 花園……。

 今でも思い出すと湧き上がってくる彼女への怒りと自責の念。

 

「でも……二人は私のことを心配しすぎなんだよ」

「……は?」

 

 何を言われたのか一瞬理解できなかった。

 

「二人はもっと自分のことを考えて――」

 

 バシッ!!

 

 乾いた音が病室に響く。

 俺も祐子さんも頬を押える胡桃も驚いた顔で維織のことを見る。

 

「な、何やって――」

「私に言うのは分かるわ。私はあなたを一度裏切ったのだから」

 

 俺の言葉など聞かず、叩いた自分の手を握りながら、震えた声で言う。

 

「でも、それを博人に言うのは止めなさい!!博人がどれだけ胡桃のことを考えて……。あなたのために博人はずっと……」

 

 また維織が胡桃に一歩踏み出すのを見て、流石に制止に入る。

 

「おい!!もう止めろ!!今日はもう帰るぞ。胡桃、また明日来るから」

 

 維織を引っ張り、病室を出る。

 扉が閉まる隙間から胡桃の涙が見えた。

 そして、静寂が支配する廊下で俺は口を開く。

 

「やりすぎだ」

「……胡桃も悪いわ」

 

 下を向いたまま、維織は答える。

 しばらくして扉が開き、祐子さんが出てくる。

 

「胡桃は大丈夫そうですか?」

「まあ、大丈夫とは言えないけど、さっきのは胡桃ちゃんにも非があるからね」

 

 困ったように笑う。

 

「すいません。色々と迷惑を掛けて……。それで」

 

 色々あったせいで聞けなかったことを聞く。

 

「……胡桃が倒れたのは病気のせいですか?」

 

 その問いに祐子さんは真剣な顔になる。

 

「そうだよ。二人も知っている通り、胡桃ちゃんの病気は治ることなく、ずっと胡桃ちゃんの身体を蝕み続けている。いつどうなるかは誰にも分からない」

 

 自分の顔が引きつるのを感じる。

 そんな俺の顔を見て祐子さんはわざと明るく話してくれる。

 

「でも今回は少し様子を見て、何もなければ一週間くらいで退院できると思うから。安心して」

「……分かりました」

 

 「それじゃあまた明日来ます」と祐子さんに伝え、病院から出る。

 二月の冷たい風が吹き、沖縄に居たのが随分と昔のように感じてしまう。

 

「寒いな」

 

 俺の言葉への返答はなく、向くと維織はポロポロと涙を零している。

 

「お、おい維織?大丈夫か?」

「わ、私は……胡桃に酷いことを……」

 

 そう言い泣き続ける維織を優しく抱きしめる。

 

「俺のためにやってくれたんだろ?ありがとな。でも胡桃も倒れて少しパニックみたいになってるだけで、本当に思って言ったわけじゃないよ」

「分かってる。でも……どうしても我慢できなかった。今は安静にしていないといけない時なのに」

 

 胸の中で泣く維織を抱きしめ続ける。

 胡桃がまた倒れ、誰もが動揺しているのだ。

 大切な人を失ったあの時の気持ちが蘇ってくる。

 またこんな気持ちをする時が来るなんて思ってもなかった。

 胡桃がいる病室を見上げる。

 彼女もまだ、あそこで泣いているのだろうか……。


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