太陽のような君へ   作:こやひで

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引っ越し

「これで最後か?」

「ええ。他は全部運び終えたわ」

「てか、これくらいの荷物に手伝いなんているのか?」

 

維織は学校を転校するのと同時に住む場所も昔住んでいたアパートに戻ると言い出した。

 

「悪かったわね。わざわざ手伝ってもらって」

「いや、暇だったから別に良いんだけどさ」

 

そこまで広くない部屋には机、ベッド、その他家電製品など必要最低限のモノしか置いていない。

 

「それよりもお礼は先生と祐子さんに言えよ。せっかくの休みにわざわざレンタカーまで借りてもらってるんだから」

 

荷物が多いわけではないのでわざわざ引っ越し屋さんを呼ぶのはお金がもったいない。

しかし子供の俺達で運べるような量でもない。

そんな時、話を聞いていた祐子さんが車で運べばいいじゃんと言ってレンタカーを借りて手伝ってもらえることになった。

しかし当日になるとなぜか先生まで駆り出されていたのだった。

 

「分かっているわよ。本当に迷惑ばかりかけて申し訳ないわ」

「まあ。大丈夫だとは思うけどな。仕事以外やることもないだろうし」

「ほお。それはいったい誰のことを言っているんだ?」

「いや~、あはは。せ、先生のことではないですよ」

「・・・そうか、ならいいんだが」

 

先生の刺すような視線から逃れるようにさっきまとめた荷物を見る。

 

「こ、これで荷物は最後です」

「分かった。じゃあ車に運んでくれ」

「了解です。よっと」

 

段ボールをかかえ部屋から出る。

振り返ると維織は何もなくなりガランとした部屋を見つめている。

 

「名残惜しいのか?」

「・・・そういう訳ではないわ。それでも一年半ほど過ごした場所だから何とも思わないと言ったら嘘になるわね」

「それなら無理に戻らなくてもいいと俺は思うぞ」

 

今更言っても無駄なことだが一応言ってみる。

維織は俺の言葉に笑って答える。

 

「でもあっちの方には十五年分の思い出があるから。比べ物にならないわよ」

「思いで、ね」

「ええ。良い思い出も悪い思い出もすべて。それは私にとって、なくてはならないものだから。それに、、、」

 

そこで維織は並んでいた先生をちらりと見る。

 

「それに?」

「・・・それに学校にも近いから」

「確かにそうだな」

「さあ話はここまでにしましょう。博人は先生と車に戻っておいてちょうだい。私は大家さんに鍵を返しに行かないといけないから」

「分かった」

 

維織は先に階段を下りていく。

 

「俺達も行きましょうか」

「そうだな。祐子もずっと待たせているし」

 

俺も先生と一緒に一階に戻る。

 

「お待たせしました、祐子さん」

「大丈夫だよ。荷物はまだあるの?」

「いや、これで最後だ。白瀬が鍵を返しに行っているから帰ってきたら出発しよう」

「了解。じゃあ博人君荷物乗せちゃって」

「分かりました」

 

祐子さんの車に荷物を運び入れる。

その間に維織も戻ってきたようだ。

 

「お待たせしました」

「お疲れ様。荷物は全部積み終わってるから出発しようか」

「はい。今日はありがとうございます」

「いいよ、いいよ。ねっ、薫ちゃん」

「ああ。気にするな」

 

俺は先生の車、維織は祐子さんの車に乗って目的地に向かう。

 

「今日はありがとうございました。まさか先生までいるなんて思ってなかったですよ」

「祐子に一台では足りないから手伝って欲しいと言われてな。・・・しかし、この夏はずっと君と会っていた気がするよ」

「色々お世話になってしまってすいませんでした」

「別にいいさ。彼女たちのことは全部私の仕事だからな」

 

そう言うと先生は笑う。

 

「それにしても彼女の行動力には目を見張るものがあるな」

「そうですね。維織は昔からやると決めたことは何でもやるんですよ。簡単なことから難しいことまで全部です。しかもそれをやり切ってしまうからこっちとしても何も言えないんですよね」

「彼女は優秀なんだな」

「それはもう。維織の何が凄いって周りから何と思われようと気にしないところなんですよね。普通何かしようとすると他人の眼を気にしてしまうものですよ。でもそれが維織にはない。何も気にせずやると決めたことを完全にやり切る。頭が上がりません」

「確かにそれは素晴らしいな」

「人間は成長するにつれ他人の眼が気になってしまうようになる。そのせいで昔は平気だったことができなくなったりするんですよ。俺もそうです。昔は無茶なこともできていたんですが今は安全策ばかり選んでしまう」

「それが間違っていることとは思わないがな」

「もちろんそう思っています。でも昔の俺を知っているやつからしたら違和感を覚えるらしくて・・・。胡桃にも一回怒られました」

「あの温厚そうな栗山がね。何と言われたんだ?」

 

二か月前ほどの記憶を呼び起こす。

 

「胡桃が起きてすぐに維織に会いに行くって無茶を言い出して、引き留めたら昔の俺なら一緒に行こうって言ってくれるって。それは俺が何も考えてない子供だったからって言ったら、大人になったんじゃなくて臆病になっただけだって言われました」

「栗山は結構厳しいことを言うんだな」

「そうですね。あんなこと言われたの初めてだったので結構ぐさりと来ましたよ」

 

あの時の場面を思い出し軽く笑う。

 

「でも俺は大人になるっていうのは臆病になるのと同じ気もしますけどね。すべてのことに勇敢だと自分の身を滅ぼすことになるかもしれませんし」

「へえ。・・・君は自分のことを大人だと思うかね?」

 

信号が赤に変わり車が止まる。

こちらを向いている先生の顔をじっと見返す。

 

「・・・思います。俺は大人でないといけないんですよ」

「・・・どういうことだ?」

 

信号が青になり車がまた動き出す。

しばらく車内には沈黙が降りたが俺は口を開く。

 

「俺は決めたんです。大人にならなくちゃいけないって。大人にならなきゃこれから生きていけないって。両親が死んだ日にそう、、、決めたんです」

「・・・」

 

先生は何も喋らない。

俺は言葉を続ける。

 

「分かってるんです。なると言ってなれるようなものではないことは。でも小さくて馬鹿だった俺にはこんなことしか思い付かなかった。大人にならなきゃこのまま野垂れ死ぬんじゃないかなんて思ってました。今思うと相当精神に来てたんですね」

 

あの頃は本当に絶望だった。

あの二人や祐子さんが支えてくれていなければきっと俺は今ここにはいない。

この世界のどこにも。

 

「・・・今でも君はそう思っているのか?」

「え~と、少しだけですね。でも俺には支えてくれる人達がいるって分かってるので昔ほどではありません。今は目の前にある当たり前の毎日をゆっくり楽しんでます」

「それがいいよ。君の言った通り大人かどうかを判断するのは自身ではなく他人だからな」

「もちろんです」

 

坂に差し掛かる。

ここを上ればアパートはすぐだ。

 

「・・・先生は俺のこと、大人だと思いますか?」

 

気になったことを聞いてみる。

すると先生は少し驚いたような顔をした後、笑いだす。

 

「君はまだまだ子供だよ。大人とは呼ぶには早すぎる」

「まあ、そうでしょうね。そう言われると思ってましたよ」

 

坂を上り切り、元々維織が住んでいたアパートに到着する。

 

「君はまだまだ子供でいることができるんだ」

 

シートベルトを外していた手が止まる。

先生は俺の頭に手を乗せる。

 

「だからこそ子供でいる間に色々なことに興味を持って、色々なことを体験しておくがいいよ。これは子供だからこそやるべきことだ。君達の悪いところはこの世界には君達三人しかいないと思っていることだからな。自ら見える範囲を狭めてしまうのは勿体ないじゃないか。なんたって」

 

後ろから祐子さん達の車も見えてくる。

先生はシートベルトを外し、車のドアを開ける。

車を降りた先生は夏の風に流される髪の毛を押えながらこちらに振り向く。

 

「世界は君達が思っているよりもずっと広いんだからさ」

 

得意げに笑う。

そのまま先生は到着した祐子さんの車の方に歩いて行く。

俺もその後を追うように急いで車から降りる。

到着したアパートは河見荘と言って名前の通り流れる川が見えるアパートだ。

 

「じゃあ大家さんにカギを貰ってくるわ」

 

そう言った維織が戻ってきてから荷物を運び入れる。

途中、先生が俺が昔維織にあげたクマのぬいぐるみについて維織に聞いている時に照れている維織が可愛かったくらいしか特に何もなく変わったこともなく淡々と作業をしていたため、一時間程で荷物の運び入れは終わった。

そして全部が終わったところで先生と祐子さんを見送る為にまた外に出る。

 

「今日は手伝っていただいて本当にありがとうございました」

「役に立てたのなら良かったよ」

「うん。二人もお疲れ様」

 

祐子さんは手を振って車に乗り込み、先生も乗ろうとしたところで声をかける。

 

「先生、さっきはありがとうございました」

 

先生は振り向き、軽く笑う。

 

「なに気にするな。年長者の若者への説教だと思ってくれればいいさ。じゃあまたな」

 

先生も車に乗り込み二台の車は坂を下っていく。

 

「さて、じゃあ俺は帰るから。そう言えば試験の結果っていつ出るんだ?」

「二日後ね。宮本先生が直接結果の紙を持ってきてくださるそうよ」

「二日後ってことは胡桃の退院の日と同じ日か。てかまた先生と会うことになるのか」

 

流石に先生とは会いすぎだと思って苦笑してしまう。

 

「しょうがないでしょ。それよりさっきって?」

 

言おうかどうか迷ったがとりあえず自分の中で正解が見つかるまで秘密にしておくことにする。

 

「特に大したことじゃないよ。それじゃあな」

「ならいいけど。博人も今日は手伝ってくれてありがとう」

 

手を振って維織と別れる。

夏休みもあと一週間。

あと少しで二学期のスタートだ。

 

「世界は広い、、、か」

 

上を見上げると真っ青でどこまでも広がる空が広がっている。

 

「そうなのかもな」

 

そう呟き、俺は家のドアを開けた。


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