「あれ?今日は珍しく早いな」
「ええ。学校が早く終わったから」
珍しく病院の前で維織と鉢合わせたので一緒に胡桃の病室まで行く。
「あれ?いない」
「まだあそこなのかしら」
「そうかもな。行ってみるか」
一階に降りてリハビリ室の前まで行くとやはり胡桃は居た。
「栗山さん。ゆっくりでいいからね。今日はいつもより長い時間やってるから」
「はい」
胡桃はリハビリの先生とリハビリ中のようだ。
いつもは俺達が病院に着いた時にはもう病室に戻っているためリハビリの様子を見るのは初めてだ。
少し辛そうな顔をして汗を流しながらリハビリをしている。
それから十分が経ってリハビリが終わったらしい。
「じゃあ今日はここらへんにしておきましょうか。無理してもいけないし」
「はい、ありがとうございました」
その先生がこちらに気付き会釈してくれる。
「お友達来てるよ」
「えっ?あっ、ひーくん、いーちゃん」
「よっ。頑張ってるみたい、、、どうした?」
胡桃が近付いてくる足をピタリと止め、自分のことをチラッと見る。
「どうかしたのか?」
「き、来ちゃ駄目!!」
「・・・えっ?」
「ふ、二人は先に部屋に行ってて」
そう言うと胡桃は女の先生に車椅子を押されてどこかに行く。
それを見ながら俺は呆然と立ち尽くす。
「・・・」
「胡桃もああ言っているし先に戻ってましょうか」
「お、おう」
病室に戻り維織と並んで椅子に座る。
「・・・俺なんかしたかな」
「さっきの胡桃?」
「うん・・・」
「心当たりあるの?」
「・・・いや、何もない」
「なら聞いてみればいいじゃない」
「そ、そんな簡単に。・・・そうだな、聞いてみるか」
しばらくして胡桃が帰ってきた。
シャワーを浴びてきたようで髪が少し湿っている。
「待たせちゃってごめんね」
「気にしなくていいのよ。リハビリ頑張っているのね」
「うん。早く昔みたいに動けるようになりたいから」
会話が始まるとさっきのことを聞きづらくなる。
しばらくタイミングを見計らっていると維織に横腹を小突かれる。
それに促されて口を開く。
「え、えっと胡桃?」
「ん?何?」
「俺なんかしたか?してるんだったら謝るけど」
「えっ?ひーくんは何もしてないよ」
「えっ?だ、だってさっき」
胡桃と話が合わなくて二人共困惑する。
すると維織が助け船を出してくれる。
「さっき胡桃が博人のことを避けるような態度をとったでしょ?その事をずっと気にしているのよ」
胡桃はその言葉で合点がいったようだ。
しかし、胡桃はなおさらはっきりと答えなくなった。
「えっとあれは、、、なんでもない・・・」
「なんでもないことないだろ。言いたいことがあるならはっきり言ってくれよ」
「ほ、本当になんでもないよ。気にしないで」
「そんなこと言われたらもっと気になるんだけど・・・」
「・・・まあいいじゃない。別に胡桃は怒っている訳じゃないんでしょ?」
「うんうん。怒ってなんてないよ」
「・・・それなら良いけど」
モヤモヤした気持ちのまま今日はそのまま解散した。
しかし、次の日・・・
「やっぱりモヤモヤするんだよなあ・・・」
「しょうがないじゃない。言いたくないことを無理矢理聞き出すわけにもいかないのだし」
「まあそうだけどな~。維織は理由分かるか?」
「さあ?でもそんな深刻な話ではないと思うわよ」
「そうだと良いんだけど」
そんなことを話しながら胡桃の病室の前に辿り着いた。
そしてそこで事件が起こる。
昨日のことが頭を占めていたせいでいつもはちゃんとしているノックをうっかり忘れドアを開けてしまったのだ。
ガラガラッ
「!!!」
「あっ!!」
「あら」
そこにはベッドに座り、昨日のリハビリの先生に背中を拭いてもらっている半裸の胡桃がいた。
「キャーーーー!!」
「なっ!!ノックくらいしなさい!!」
「す、すいませ-」
「ひーくん早く出て行って!!!」
「わ、分かった!!」
俺だけ慌てて病室から飛び出す。
維織は病室の中に残ったようだ。
『はあ、ぼおっとしすぎだ。昨日のこともまだちゃんと胡桃から教えてもらってないのにもっと怒らせるようなことしちゃったな』
ガラッ
そんなことを考えていると扉が開きリハビリの先生が出てくる。
「君、気を付けなさい!!栗山さんは女の子なんだから!!」
「本当にすいませんでした・・・」
深く頭を下げる。
リハビリの先生が歩いて行くとまた扉が開き維織が出てくる。
「・・・胡桃怒ってるか?」
「怒っているが四割、照れているが六割といった感じね」
「結構怒ってるな・・・。入っても大丈夫そうか?」
「ええ。胡桃からも話したいことがあるそうよ」
「・・・そう言われると怖いな」
「私はここで待っているから」
「えっ?一緒に来てくれよ」
「いいから」
「・・・分かったよ」
病室の前で深呼吸する。
そして意を決して病室の中に入る。
扉を閉めそうっと胡桃の方を見るとこっちを見て少しむくれていた。
それを見て慌てて謝る。
「胡桃、本当にごめん!!その、、、うっかりしてたというかその-」
「見た?」
「えっ?な、何を-」
「見たの?」
胡桃が真剣な顔で聞いてくる。
「え、えっと、、、み、見た。で、でも背中だけだから!!それ以外は見えてないから!!」
「・・・ほんと?」
「本当だ!!」
「なら、、、いいんだけど・・・」
病室が静かになってしばらくして胡桃が口を開く。
「・・・ひーくん、昨日のことずっと気にしてるの?」
「・・・うん。だって胡桃は何もないのにあんなこと言わないじゃないか」
胡桃が大きく深呼吸する。
「・・・実は私、ひーくんに隠していることがあるの」
「分かってるよ。昨日のことだろ?」
「ううん、昨日のことじゃないんだ。いや、昨日のこともあるんだけど・・・」
「俺は言えるなら言って欲しいよ。何のことだろうってずっと気になっちゃうから」
「言ったら気持ち悪がられるかもしれないから言えなかったの。・・・嫌いにならない?」
「嫌いになるわけないだろ。なんでも言ってくれよ」
「・・・うん。じゃあちょっと後ろ向いててくれる?」
「? 分かった」
言われた通りに後ろを向く。
すると、後ろから衣擦れの音が聞こえてくる。
「く、胡桃?なにして-」
「まだ見ちゃ駄目!!」
「み、見てないよ」
「・・・いいよ」
ゆっくり振り返る。
顔を真っ赤にした胡桃は上のパジャマのボタンの下二~三個を外して胸の下まで捲っている。
「あ、あんまりじろじろ見ないでね。恥ずかしいから」
目に飛び込んできたのは少し白すぎる綺麗な肌とか微妙に見えている胸とかではなく、、、胡桃の左脇腹に縦に刻まれた大きくてまっすぐな傷跡だった。
「・・・それは事故の痕か?」
「・・・うん。やけどの痕とか小さな切り傷は全部消えたんだけど、この傷だけは消えないって・・・」
身体に一生の大きな傷が残るというのは深刻な問題だと思う。
「・・・触ってもいいか?」
「えっ?」
胡桃は少し迷ってから小さく頷く。
「・・・いいよ」
「ありがとう」
胡桃に近づきゆっくり肌に手を触れる。
「んっ・・・」
触れた瞬間胡桃の身体がピクッと震える。
「大丈夫。ちょっとくすぐったかっただけだから」
触った胡桃の肌はスベスベだ。
しかし、傷跡の上だけが分かるくらいに他のところとは明らかに違う感触がする。
「この傷跡を見せたらひーくんが気持ち悪がっちゃうかもしれないって思ってたの。ひーくんはそんなこと思わないって分かってるのに怖かった」
「胡桃・・・」
胡桃は少し困ったように笑いながら俺を見る。
「私はひーくんに嫌われたくないんだあ。だから昨日もあんな態度をとっちゃったの」
「・・・どういうことだ?」
「昨日はいつもより長い時間リハビリしてたからすごく汗かいてたの。だから、、、身体汗臭くないかなって思って」
「そ、そんなこと気にしてたのか?」
理由が思っていたより単純なことと分かって拍子抜けする。
「ひーくんにとってはつまらないことでも私にとっては大切なことなんだよ」
そう言われると俺は何も言い返せない。
胡桃がそう言ってるなら大切なことなんだろう。
ありがとう、と言って手を離す。
「確かに胡桃の気持ちも分かるよ。でも隠し事されるのは嫌かな」
「うん・・・。いーちゃんにも言われた。だから勇気を出して言ったの。・・・隠しててごめんなさい」
「なんでも言ってくれればいいんだよ。絶対に嫌いになんてならないからさ」
「・・・うん。ありがとう」
「こっちこそ教えてくれてありがとう。俺も理由が分かって良かったよ。もう隠してることはないよな」
そう言うと胡桃が少し動揺する。
「・・・あるのかよ。何だ?」
「・・・これは駄目。私だけの話じゃないから」
「どういうことだ?」
「いつか絶対いーちゃんと言うから。それまで待ってて」
「維織と?維織も関係あるのか?」
「あっ!!な、何でもない!!」
「・・・まあ、分かった。約束な」
「うん」
話が終わったことを病室の外に居る維織に伝えに行き、また戻る。
「全部終わったの?」
「うん、ありがとういーちゃん。いーちゃんのお陰でちゃんと言えたよ」
「良いのよ。隠し事なんてしててもお互い良いことなんてないもの。それに言うならちゃんと一対一で言った方がいいから」
「えっ?維織は知ってたのか?」
「ええ。前に教えてもらったの」
「知ってたなら教えてくれよ・・・」
「勝手に言っていいことじゃないでしょ」
「私がひーくんには内緒にしてって言ったの」
「女の子同士でしか話せない悩みよ」
「まあ、、、そうだな」
その後は三人で少し話し病院を出る。
歩いているとふと疑問が湧いてきた。
「・・・俺ってそんなに信用ないのかな?」
「どうしたの?急に」
「胡桃も維織も俺に嫌われたくないって言うけどさ、胡桃は五年、維織なんて生まれた時から一緒なんだぞ?今更嫌いになる訳ないじゃないか」
維織の顔が少し赤くなる。
「そ、それは思い出さなくていいわ。・・・昔からずっと一緒に居る相手だからこそ嫌われて離れ離れになるのが怖いのよ。胡桃も、、、私も」
「へえ、そんなものなのか。まあ、俺が二人のことを嫌いになることなんてないから安心しろよ」
「ええ、信じてるわ」
そのまま歩いているとさっき胡桃が言っていたことを思い出す。
「そういえば二人は俺に隠してることがあるんだろ?」
「隠していること?」
「いやなんか維織といつか一緒に言うからそれまで待っててって言われたんだけど」
何のことかと少し考えていた維織は急に狼狽えだす。
「そ、それは内緒よ」
「それは良いんだけどさ。いつか教えてくれるんだろ?」
「・・・ええ」
「じゃあそれまで楽しみに待ってるよ」
「そうして頂戴」
しかしその話を聞くのが思っていたよりもずっと先になることをこの時の俺が知る由もなかった。