だから俺は、一色いろはが嫌いだ。   作:ゆうむ

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しかしたまに、褒めてみる。

 俺たちはもう一店だけ寄り、その後帰宅する事となった。

 思いの外時間が経っていたようで、外はもう薄暗くなっている。

 

  

 

「月夜野、今日は楽しかったですか?」

 帰りの電車の中で、ふと一色いろはがそんな事を言う。

 

「あー、タノシカッタヨ」

 外の景色を眺めながら、適当な返事を返す。

 

「そうですかー」

 一色いろはの返事もまた、淡泊なものである。

 

 実際のところ、楽しかったかどうかは自分でもわからない。

 俺は女子と2人で街に遊びに行った事などないし、そもそも相手が一色いろはだと意識する事がないし、楽しいかどうかなどわからないのだ。

 

 電車の窓から、駅のホームで手を繋ぐカップルが見える。

 本当に好きな人とだったら、違うのだろうか。

 何考えてるんだ俺は。

 

 しかし今日は今日で、一色いろはを煽っていると暇はしないので詰まらなくはなかった。

 

「月夜野って私の事嫌いですよね?それなのにどうして私と関わるんですか?」

 

「そういう一色こそ、なんで俺に構うんだ?俺は何も奢らんし一緒にいても徳はないどころか、俺はお前を煽る事しかしないのにな」

 

「ふふーん、なんででしょうねー?」

 一色いろははそう言うと、座る位置を俺にぴったりと近づけてきた。

 

 俺の表情は、見るからに嫌悪感で溢れているはずだが、一色いろはは気にしない。

「もしかしてお前ってマゾなの?そういう趣味なの?」

「なんでですか!?違いますよ!」

 

 端から見ると「なんだあのバカップル」みたいに見られそうだが、電車に乗客が少ない事が幸いだ。

 

「いやーしかし月夜野、今日は結構私の事好きって言ってくれましたよね。というか告白とかしてきましたし」

  

「殆ど皮肉みたいな事ばっかりだったろう」

 今日、俺は嘘でも一色いろはを褒めた事を言っただろうか?貶してばかりで何も言ってないはずだが。

 うん、そうだな。ここであえて褒めてみるのも、逆にからかいがいがあるかもしれない。

 

「なぁ、一色。嘘とか抜きにしてさ、実際のところお前って結構、可愛いよな」

 

 ・・・。これは言ってるこっちが恥ずかしい奴だ。

 こういうのは半端にすると余計恥ずかしいので、もっと冗談を混ぜた方が良い。 

 

「え、いきなり何言ってるんですか、本当に口説いてるんですか?やめてくだ」

 一色いろはのセリフを遮る様に、俺は話を続ける。

 

「一色はふざけているように見えて、実は真面目だし、生徒会の仕事も頑張ってるし」

 なんでや、と心の中で自分にツッコミを入れる。

 

 確かに、一色いろはは頭がゆるそうに見えてそれなりに芯はある奴だ。

 だが、だからと言って皆がそこまで、じっくりと評価してくれる訳じゃない。

 普段から男子に媚び売って周り、都合の良さそうな奴を利用している様なら、他人からの評価が下がり陰口を言われても因果応報だ。

 どうせ生徒会の仕事も誰かに頼らないと出来ないに違いない。

 

 一色いろははぽかんと口を空けて俺の話を聞いていたが、すぐに鼻で笑い飛ばした。

 

「あまり嘘ばっかり言っているから友達出来ないんですよ?」

「お前が言うな」

 というか、俺が一色いろは以外の他人にこんな馬鹿にするような事は言わない。

 つまり、その理論は間違っている。

 

「・・・」

 

 数秒の間、お互いに何も言葉を発さずに沈黙が続く。

 一色いろはは、じっと俺を見ていた。

 そして、一色いろはは、ふぅ、と溜め息を吐く。

「もうすぐ駅に着いちゃいますね」

 

「うん、そうだな」

 妙に距離が近いせいか、一色いろはの高い声で耳がざわつく。

 俺はそれから逃れる様に、一色いろはから少し距離を取る。

 

 しかし、一色いろははまた距離を詰めてくる。

 

「私、エイプリルフールって好きなんですよね。だって」

 それどころか顔を寄せてきて。

 

「月夜野が、私に好きだって言ってくれるから」

 

 俺の耳に、一色いろはの唇が触れるか触れないか、そんな距離だった。  

 一色いろはの甘ったるい声が耳を撫で、ぞくぞくとした感触が身体を伝わる。

 

「ひぃ、うっ!?」

「えー、なんですかその声?もしかして月夜野って耳弱いんですか?」

 寒気がする、しかし気持ち良いともいえる感触に、思わず声が出てしまったらしい。

 くそ、完全に不意打ちだった。

 

 というか、こいつ今、何か変な事を言わなかったか。

 

(月夜野が、私に好きだって言ってくれるから)

 一色いろはのクソあざとい声は、頭にはっきり残っていた。

 

「ちっ、からかう様な事言いやがって」

 これだから一色いろはという奴は、腹が立つ。 

 

「あはは、もしかして本当に好きになっちゃいました?顔真っ赤ですよ?って、痛ひ痛ひ!!やめてくだひゃい!」

 けらけら笑う一色いろはの頬を横に引っ張る。

 

「好きにとかならないから」 

「ちょ、ちょっと!もう駅に着きました!着きましたから!降りられなくなりますー!」

 

 駅に着いたので、一色いろはの頬から手を離すと、一色いろはは頬に手を当てながらぴょんぴょんと跳ねる様にして駅のホームへと降りた。

 

「夜道でストーカーに刺されて死ぬなよ」

 

「月夜野こそ、死なないでくださいよ」

 

「あ、今のはエイプリルフールの嘘な」

 

「え?ちょっとそれどういう」

 一色いろはの声を、電車のドアが遮る。

 

 引っ張られて赤くなった頬を膨らませる一色いろは。

 そんな彼女に手を振ると、一色いろははべーっ、と舌を出して古典的な挑発で返してきた。

 

 ああ、やっぱり。俺は一色いろはの事が嫌いだ。 

  


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