ごちゃまぜ詰め込み録   作:puc119

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東方酒迷録【後日談】
第閑話~どうしてこうなった~


 

 

 何といいますか、まぁ……大変なことになりました。

 

「黒、私は日本酒で。あっ、冷えたのがいいわ」

「それじゃあ、私はウィスキーをいただこうかしら。氷と炭酸水もお願いね。あと、適当なつまみもあると嬉しいかしら」

 

 自分でいうと悲しくなるけれど、俺の店に客が訪れることは少ない。一日でひとりでも訪れてくれればまだ良い方だ。

 それはこの店の立地条件が悪いってこともある。人里にでも店を開けば良いのだけど、この店は物理的や精神的に迷ってしまった人のためにある店。迷いの里にある、カフェ『迷い人』。そんなお店なんです。

 つまりですね……こうもいきなりお客さんが訪れると俺としてもどうして良いのか分からないし、何より訪れた客がなぁ……

 

 さて。さてさて、いつまでも現実から逃げていたって仕様が無いんだ。そろそろ現実と正面から向き合うべきなんだろう。

 

 今日の天気は確かに晴れ。今日は良い日になりそうだ。なんて思ったことをよく覚えている。

 俺にしては珍しく朝早くに起きることができ、それならと思いいつもよりもずっと早い時間から店を開けた。

 多分、それが失敗だったんだろう。

 

 店を開けて直ぐ、カランコロン――と、来客を知らせる鈴がなり、店の入口にある扉が開いた。

 こんな早い時間からはてさてどんな迷子さんが訪れたのやら、と思いそっちの方を向くと……フラワーマスター、風見幽香がそこに。

 その瞬間から俺の平和な日常は見事なクラウチングスタートを決め、走り去って行った。

 

「お邪魔するわ」

「い、いらっしゃい……ませ」

 

 0円の引きつった笑顔でどうにか言葉を落とす。

 正直にいうと、俺は幽香が苦手だ。別に嫌っているわけじゃないけれど、苦手なんです。だってこの娘、直ぐに物騒なことしだすんだもん。平和を愛する俺にとって幽香は天敵だ。

 とはいえ、訪れてしまったものはもうどう仕様も無い。ここで下手なことを言ったらカメラが止まってボコボコにされる。

 

「焼酎、お米、ロックで」

 

 そして、もうほぼ幽香の特等席となってしまったカウンターの一番奥の椅子へ腰掛けてから、そんな言葉を落とした。

 この迷いの里へと繋がる道は幻想郷の中に日替わりでランダムに現れる。そうだというのに幽香ったら此処のところは本当によく訪れてくれるんだ。大災害である。まぁ、そんなことも言えたものじゃないんだけどさ……それにどっかの巫女や魔法使いと比べ、ちゃんと代金を払ってくれるのだからまだ良いのかもしれない。静かにしていてくれれば、だけど。

 

 そんな幽香に頼まれた焼酎と簡単な漬物。そして焼き魚を出した。

 それから、俺と幽香の間に会話は特になく、幽香はちびちびと焼酎を飲みながら、何処で手に入れたのか知らない本の読書。俺も俺でコーヒーを飲みながら、最近、人里で話題らしい鈴奈庵にて借りてきたミステリー小説を読んでいた。

 店内に響くのはページをめくる音だけ。

 時たま、幽香のグラスからカラン――と音がするくらい。そして、その音が聞こえたときは、焼酎が無くなった合図。新しい、氷と米焼酎を用意してまた元の場所に戻る。

 

 幽香は本当に危ない奴だ。けれども、こうして静かにしていてくれるのなら俺としては何の文句もない。むしろお客として有り難いくらい。

 ああ、今日もこうしてゆっくりゆっくりと静かな時間が流れていくのかな? そう思っていた。

 まぁ、そんな上手くいくはずがないのだけど……

 

「お邪魔するわね」

 

 そんな声と共に、再び開いたこの店の入口。現れたのは、俺がもっとも苦手にしているといっても過言ではない、八意永琳さんだった。

 以前、永琳さんからほぼ脅しのような形でこの店と永遠亭を繋げられている。そんなこともあって永琳さんも最近はこの店によく訪れてくれる。永琳さんのことを嫌っているわけじゃないんだ。けれども……まぁ、色々あったせいでどうにも苦手なんです。

 

 その時点ではまだ、ギリギリ、なんとか、崖っぷちだけどもセーフだった。永琳さんは比較的穏やかな性格だし、爆弾である幽香にいきなり喧嘩を売ったりはしない。

 まぁ、俺の胃の状態はかなり危ないことになっていましたが……

 

 問題なのはその次だった。

 

「ハロー黒。遊びに……あら、今日は珍しく客人が多いのね」

 

 幻想郷の創始者。トップと言って良い存在。八雲紫が登場。

 はい、終わりました。これはもう無理です。平和な未来なんて全く想像できない。

 

 そして、話は冒頭へ。

 

 とりあえず、注文通り紫には雪冷えの日本酒と漬物、あと焼き魚を。永琳さんにはウィスキーと氷に炭酸水。それと、咲夜さんから作り方を教わったローストビーフを出した。

 

 ホント、どうしてこうなってしまったのだろう。

 そんな疑問が頭の中をグルグルと回る。別に悪いことをしたわけじゃないと思うんだ。そうだというのに今日に限って訪れるのは俺が苦手としている人ばかり。しかも組み合わせが悪い。主に、紫が原因で。

 

 それから、俺たち4人の間で会話は特になく、静かな……本当に静かな時間が流れた。

 いや、まぁ、静かな日常を求めていたわけだけど、なんか違うよね? 俺が求めていたのはこういう静かさじゃないんだ。

 空気が、重い。ただひたすらに重い。爆発する未来や、それがいつ訪れるのか考えると胃がヤバい。

 

 もういっそのこと、俺は逃げ出してしまおうか。そう思い始めた時だった。

 それはまさに、捨てる神あれば拾う神あり。なんてこと。

 

「やっほー黒。今日もあっそびに……あれー? 今日はたくさんいるんだね」

 

 日本を代表する妖怪である鬼の頂点。伊吹萃香が訪れてくれた。

 これほどまでに萃香に感謝したことはないと思う。この店を建て直してくれた時も感謝したけれど、今はそれ以上に有り難い。

 

「ん~……こんなにいるんなら私は帰ろ「いらっしゃい萃香! まぁ、ゆっくりしていけよ」あっ、そう? じゃあそうしようかな」

 

 このチャンスだけは絶対に逃がさない。お願いだから此処に居てください。

 萃香も萃香でたまに暴走する時があるけれど、それはだいたい俺が萃香で遊ぼうと思った時くらい。基本的には素直で本当に良い子なんです。

 

「んっと、それじゃあ、私にも何かつまみをおくれよ」

 

 あい、かしこまりました。今なら、たくさんの感謝の気持ちだって込めることができる。

 もう大好きだ。いっそ結婚してくれ。

 

「いやぁ、黒は私にとって兄弟みたいなものだから、それはちょっと……」

 

 極々自然に心を読まれた。いつものことだった。

 とはいえ、そうだな。俺にとっても萃香は妹みたいなものだし。まぁ、可愛いくて大切な奴ってことには変わらないけど。

 

 そんな俺と萃香の会話を聞いていたのか、残りの三人の方から安堵のような息使いが聞こえたけれど、きっと気のせいだと思う。気のせいであってほしい。

 永い人生を歩んできたけれど、知ってしまったらダメなことがあるんだ。気づかないでいるのが一番だ。

 

 萃香が俺の店に訪れてくれたこともあり、空気は一変。

 アレだけヤバかった胃もどうにか治ってくれた。これなら医者に見せる必要もなさそうだ。

 

「あら、そんなに心配なら私が診てあげるわよ?」

 

 だから、心の中を読まないでください。それと、永琳さんにだけは診てもらいたくないです。当たり前のように危ないことをしそうで怖いんです。あと、もう十分すぎるくらい仲良しになったと思うから今日は代金を払ってね。

 

 最初はもうダメだろうと思った。でも、この人生どうなるのか分からないものだね。

 幽香は相変わらずひとりで静かに読書をしていたけれど、萃香と仲が良い紫は俺と萃香の会話に加わったし、永琳さんもその会話に楽しそうな顔で参加してくれた。

 ホント、萃香には感謝するばかりだ。

 

 それから、最初に幽香が、次は紫でその後が永琳さんの順に帰っていった。

 

「いや、ホント助かったよ。ありがとな萃香」

「私はどうして感謝されているのか分かんないだけど……」

 

 もう何度目か分からないお礼の言葉を口にすると、呆れたように萃香は笑った。俺だって色々あるのさ。

 これでもし霊夢なんかが訪れていたら……ああ、うん。考えるのはやめておこう。

 

「ん~っと、それじゃあ私もこれで帰ろうかな。またね、黒」

「ああ、またな萃香。いつでも来な、俺は待っているからさ」

 

 そんな言葉を交わしたところで萃香の姿は薄くなり見えなくなった。

 色々なことのあった一日だったけれど、終わってみれば平和で良い日だったのかもしれない。実際、俺も楽しんでいたと思う。

 愉しげな雰囲気と、少しのお酒。そんな日常が俺は好きってことなんだろうね。

 

 さって、それじゃあもうお客さんが訪れることもないだろうし、これで店を閉めるとしましょうか。

 未来がどうなるかなんて誰にも分からない。それでも、その未来が少しでも良いものになるよう、願うことができるのは今日だけだ。

 

 なんてね。

 

 そんなことを思いながら、店の外にある看板を閉店を知らせるソレへ変えようとした時だった。

 

「あっ、どうやら間に合ったみたいですね。お邪魔します」

 

 楽園の最高裁判長。四季映姫の姿が。

 どうやら今日は長い一日になりそうです。

 

 


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