(・∀・)すいか!
第閑話~西瓜~
その季節は茹だるような暑さの続く夏のことだった。
当たり前のことだけど、夏という季節は暑い。何を頑張っているのか知らないけれど、空高い場所で輝く太陽は容赦なく地上を温めてくれる。寒いのも遠慮してもらいたいものだけど、これは流石にやりすぎじゃないかなぁ。
ま、そんなことをいってもこの暑さは何も変わらないんだけどさ。
相変わらず、閑古鳥の大合唱が続く僕の店。たま~に、そんな閑古鳥たちが鳴き止んでくれることがあるものの、訪れるのはひと癖もふた癖もお客さん。誰の影響を受けたのだか知らないけれど、何ともひねくれた人たちばかり。
そして、それを嫌に思っていない自分がいるものだからどう仕様も無いね。
「それにしても……暑い」
店にある窓という窓全てを開けているものの、なかなか涼しい風は吹いてくれずなかなかに辛い状況。ちょっと騒がしいところはあるけれど、これならあの湖にいる氷精を連れてくるのもアリかもしれない。たぶん、冷たいものを食べさせてあげる。とか言えばホイホイついてくることだろうし。
……いや、うん。自分で言っておいてアレだけど、今の発言はかなり危ない気がする。
あんまりにも暑いものだから、こういう時はやっぱり涼しいものが恋しくなるものです。そうなると氷菓子が直ぐに頭に浮かぶ。とはいえ、先日妹紅に出してあげたアイスクリームはもうないし、他に氷菓子なんて作っていない。
じゃあ、もう諦めてひたすらに暑い思いをするしかなくなってしまうところだけど――ようやっと収穫することのできた有り難い野菜を僕は持っていた。
それは両手で抱えないといけないほど大きく重いもの。でも、冷たい井戸水でこれでもかってくらい冷やしたこともあり、持っているだけでひんやりして心地良い。
ひとりで食べるにはちょいとばかし多いけれど、こんなにも暑いのだし、今日は贅沢にひとりで丸々ひとつ食べてしまうのもアリだ。
特に調理する必要はなく、あとは食べやすいように切って食べるだけ。この夏の季節にしか食べることのできない大切な大地からの贈り物。
そんなものを持ってくるくると回っている時だった。
「お邪魔するわよって……あんた、何やってるの?」
この暑さにも関わらず大合唱を続けていた閑古鳥の声が急に止み、そんな声。
しっかり冷やした大地からの贈り物を、頭の上に掲げたままその声の方を向くと、其処にはこの幻想郷の東端にある神社の巫女がいた。
あぅ……なんでこの巫女はこうも良いタイミングで現れてくれるのだろうか。勘が良いとかいうレベルじゃない。此処まで来ると流石に怖い。
「悪いけど、今日はもう閉店なんだ」
「ハッ倒すわよ?」
「ようこそ、いらっしゃい霊夢。まぁ、ゆっくりしていきなよ」
立場、弱いんです。
そんな僕がこの暴力巫女なんかに勝てるはずがない。どんなに時代が進もうと弱肉強食という世界の宿命は変わらない。
「それであんたはスイカなんて抱えて何をやっていたの?」
「儀式とかかなぁ」
「何の儀式よ……」
大地からの大切な贈り物を有り難くいただくための儀式とか……はないか。本当はただただ、嬉しかっただけです。
さてさて、霊夢が来てしまったことだし、これはもう避けられないだろう。ひとりで楽しみたかったんだけどなぁ……
まぁ、これからスイカだってたくさん収穫できるはず。そうだというのなら、今日はその贈り物をおすそ分けしてみるのも吝かじゃあない。
「ま、とりあえず座りなよ。今からこのスイカを切って来るからさ」
せっかくスイカを食べるのだし、ここは萃香に来て……いえ、なんでもないです。
僕の言葉を受け、カウンターの前の椅子に霊夢が腰掛けたのを見てから、スイカを切り始めることに。
夏の暑さに勝ちたいのなら、やっぱり夏野菜を食べるのが一番だと思う。夏の日差しを受け立派に育った夏野菜を食べるとすごく元気が出るもんね。
「スイカってさ、人みたいに雄と雌があるんだ」
スイカを切りながら、霊夢と雑談。
まん丸のスイカを半分に切ると、真っ赤な果肉といくつかの黒い種が見えた。白色の部分も少ないし……うむ、これは良いスイカだ。味の方は食べてみてのお楽しみといったところ。
スイカに含まれる水分は約90%。水分の補給にもなるし、冷やせば暑さを紛らわすことができ、甘くて美味しい。良い食べ物です。
因みにだけど、スイカを叩いたとき、ポンポンっと弾むような澄んだ音のするものが良いって言われているよ。高い音がするのはまだ成熟しきってなく、鈍い音がするものはちょっと熟しすぎ。
「そうなの?」
「うん、まぁ、正確に言うと、雌の花と雄の花があるんだ」
植物の90%以上は雌と雄両方がひとつの花の中にある。いわゆる両性花ってもの。でも、植物も色々な種類があって、スイカやキュウリ、メロンなんかのウリ科の植物は、雄と雌が別々の花になる植物もあるんだ。
「それで、このスイカのような実ができるのは雌の花だけ」
そこは人間なんかの動物と同じかな。子どもを作ることができるのは女性だけの特権です。
「へー、じゃあ、雄はいらないってこと?」
「ううん、そうではないよ。雄の花の花粉がないと実ができないのさ」
いわゆる、雄しべと雌しべがー、みたいなお話。まぁ、中には雌の花だけで実をつける植物もあるけど……アレは例外ってことで。
だから、雄が全くの無駄ってわけではないんだ。そう無駄ではないのです。
「それはまた……なんだか、面倒そうね」
あ~……まぁ、そうだね、雌と雄を分けることで生物的多様性を生むことができるとかのメリットはあるけれど、他の植物みたいに雄と雌がひとつの花に咲く両性花の方が実をつけるだけなら絶対に楽。風に花粉が乗ったり、虫が運んでくれることもあるけれど、植物の力だけで花粉が雌の花にたどり着くことはないもの。
「でもさ、それくらいの苦労があった方がなんだか良いって思わない?」
長い長い進化の過程の中でスイカはそんな面倒な道を選んだ。だからそこにはきっと僕には想像もできないようなたくさんの意味がある。
な~んてことを考えるとちょっと面白いって僕は思うんだ。
「私は楽な方がいいわ」
……うん、まぁ、霊夢ならそう言うんだろうなって思ってました。君、面倒くさいこと嫌いだもんね。
「それより、私は早くそのスイカを食べたいのだけど」
まさに、はよ、出せや。って感じの巫女さん。
……ほとんどの生物に言えることだけど、雄っていうのは雌と比べて生物的な重要性がかなり低い。この幻想郷にいるとそんなことをよく思わされます。幻想郷の女性は皆強いもの。それもすごく。
ホント、立場弱いなぁ……
「はいはい、準備できましたよ」
それなりの量があるとはいえ、今年初のスイカなのだし、ちゃんと味わって食べてね。
さてさて、それじゃあ――
「「いただきます」」
夏の季節。暑い日の続く店内で食材への感謝を込めた僕と霊夢の声が響いた。
まだまだ暑い日が続きます。でもきっと大丈夫。今年もきっと乗り越えられる。
冷たく甘いスイカをシャクリと齧りながら僕はそんなことを思った。