ごちゃまぜ詰め込み録   作:puc119

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『神のまにまに』の後日談となっています




神のまにまに【後日談】
神様、止まってみる


 

 

 薄桃色の花弁が開く春の季節を過ぎ、しとしと雨が続く梅雨の季節を越え、夏の香りを乗せた風が吹き始めた。どうやらまたあの暑い季節がやってくるらしい。

 私の頭の遥か上で輝く、元引きこもりの太陽も恨めしくなってきた。

 それは、たまにそよぐ風は心地好く、木陰が嬉しくなり始める季節でもある。

 

 私は暑いのが苦手だ。寒いのはたくさん着込むことでどうにかなるが、暑いのはもうどう仕様も無い。ただただあの太陽に焼かれるだけになってしまう。

 しかしながら、この夏という季節が嫌いではないのだ。その季節となれば、風見のいる丘であの向日葵たちが壮大な景色を造り上げ、人里では祭りだって開かれる。そんな夏という季節を嫌いにはなれなかった。

 

 とはいえ、今はまだ夏と呼ぶに少々早い。春から夏へ。季節の変わり目。今はそんな時期だ。

 さて、それじゃあ何をしようか? 随分と長い時間を歩んできたが、この世界とは面白いものでちっとも飽きなど訪れない。いつだってやりたいことで私の目の前はいっぱいだ。

 しかしまぁ、そうだからこそ今はこのまま橡の木の下でのんびり過ごし、民草が訪れてくれるのを待つとしてみよう。

 

 なんてことを考えている私の神社の前を見知った顔が通ろうとした。

 別に声などかけずとも良かったが、その時はなんとなく消していた姿を現し、声をかけてみることに。

 

「これ、博麗の巫女よ。何処へ行こうとしているのだ?」

 

 私が声をかけた人物は幻想郷の東端にある神社で巫女をしている少女だった。当たり前のことであるが、博麗の巫女は普段博麗神社にいる。そのためこうして私の神社の傍を通りかかるのは珍しいことだ。

 

「あら? なんだ、あんたか。私は人里にある貸本屋へ行こうと思っていただけよ」

 

 なるほど人里へ向かっているところだったか。

 しかし、貸本屋かぁ……その昔、私も書物へ手を出そうとしたことはあったが、どうしてなのやらあのたくさんの文字を読んでいると、いつの間にか夢の世界へ旅立ってしまうのだ。それから私は書物へ手を出すことをやめてしまった。

 

「それで? あんたはこんな場所で何をやっているのよ」

「何もしていない。ただただこうやってこの橡の木の下でのんびりと過ごしているのだ」

 

 この神社の屋根の上は私のお気に入りの場所。目を閉じれば風が運んでくれた夏の香りを感じることができる。目を空け、何を見るでもなく、ゆっくりと流れていく時間を感じるのもまた一興。

 

「ふーん、変わった奴ね。それにしてもこんな場所に神社があったなんて初めて知ったわ。変なことして此処の神様に怒られないようにしなさいよ?」

 

 いや、怒られるも何も私が此処の神なのだが……

 あれ? この博麗の巫女はそのことを知らないのか? 巫女なのだし、それくらいは感じ取ることもできそうなものだけどなぁ。

 まぁ、知らないのなら知らないで良いだろう。態々私から教えるようなことでもない。

 

「くふふ、まぁ、安心してくれそのようなことにはならんよ」

 

 相手に隠し事をしているこの感じが心地好く、私の口からは自然と笑みが溢れた。

 

「そう。ま、気をつけなさいよ。それじゃ私はこれで行くわね」

 

 えー、もう行っちゃうのか? いくらのんびりと過ごすこの時間が好きとはいえ、やはり相手がいてくれた方が私は嬉しい。もう少しくらいお喋りをしようじゃあないか。

 

「まぁまぁ、そんな焦るものでもないだろう。もう少しくらいゆっくりしていくといい」

 

 そんな言の葉を博麗の巫女へ落としてから、後で食べようと大事に仕舞ってあったみたらし団子を神社の奥から取り出した。今回は特別に私のみたらし団子を分けてやろう。ひとりで食べるみたらし団子も悪くはないが、誰かと一緒に食べればまた美味しく感じるのだ。

 

 最近になってあの八雲がやたらと私の神社へ訪れるように。そして、何をするでもなくただ私で遊んで帰っていく。本当にやめてほしい。八雲がどんな世界を描こうとしているかは知らんが、ちょっと協力してやると言ったらこれだ。

 ただ、アイツは訪れる度にみたらし団子を持ってくる。みたらし団子を持って来られると私はもうアイツは許すことしかできない。

 私は八雲紫という存在が苦手だ。しかし、嫌ってはいないものだから余計に手に負えない。

 

「いや、何を勝手に取り出してるのよ。この神社へのお供え物でしょ? それ」

「良い、私が許す。一緒にお団子食べるぞ、お団子」

「あんたに許されても……」

 

 むぅ、この博麗の巫女はなかなかにノリが悪いな。祭神である私が良いと言っているのだから、気にしなくとも良いのだが。

 なんだか面倒だし、これならもういっそ私が此処の神であると喋ってしまおうか。ああでも、あまり喋りたくはないなぁ。たまには神でない私を経験してみたいんだ。

 

 はぁ、仕方が無い。一緒にみたらし団子を食べるのは諦めるとしようか。美味しいんだけどなぁ、お団子。

 

 ひとつため息を落としてからみたらし団子を元の場所へ。

 さて、こうなってしまうと残念ながら私は持て成す物はもう何もない。神社の脇で湧いている水くらいならあるが、客人相手に水ってものおかしな話だ。

 

 ふむ、今度人里へ行った時に客人用に何かを買うとしよう。うん? ああそうか、私もこの博麗の巫女と一緒に人里へ行けば良いじゃあないか。

 それなら人里へ行くまで博麗の巫女とお喋りすることもでき、さらに客人用の何かを買うこともできる。

 

「えっと、じゃあ私は行くわね」

「ちょっと待ってくれ。私も人里へ行くことに決めたのだ」

 

 そうと決まれば後はもう行動するだけだ。

 いつも通りの『神様お出かけ中。また来てね。急用のある者は叫べ。みたらし団子大歓迎』と書かれた紙を置き、ちゃんと財嚢を持っていることを確認。よし、人里行くぞ、人里。

 

「えー……なんであんたも来るのよ」

 

 めちゃくちゃ嫌そうな顔された。神様傷ついた。

 自分でいうのもアレだが、普段は姿を消しているため、私とこうして一緒に歩くことができるのはなかなかないことだぞ。結構有り難いことだぞ。何かの御利益だってあるやもしれん。

 

「なに、別に悪さをしようとしているわけではない。軽いお散歩だと思ってくれて構わん」

「はいはい、分かったわよ。それじゃさっさと行きましょ」

 

 本当に仕方無しといった様子の博麗の巫女。別に博麗の巫女にこだわる必要など何処にもないが、此処まで来ると逆に面白くなってくる。今なら嫌だと言われてもついていけるくらいだ。

 

 博麗の巫女から一緒に人里へ行く了承を得て、ぽてぽてと人里目指して歩き始めることに。ほとんど時間を橡の木の下、神社の屋根の上でくたり横になっているものだから、こうして歩き回るのは久しぶりだ。何処かへ出かけるときもだいたい飛んでいってしまう。

 うむ、たまにはこうしてのんびりと歩いてみるのも良いものだ。

 

「それにしても、あんたって普段は何をしているのよ?」

「うわぁ、見ろ巫女よ。桔梗がたくさん咲いているぞ!」

「おい、話聞けよ」

 

 普通ならば桔梗は群生することはほとんどない。しかし私の目の間には、高さ80糎ほどの桔梗がその紫色の花弁を開いていた。それも数え切れないほどの量が。長い時間を過ごしてきたが、此処までたくさんの桔梗が同じ場所にあるのは初めて見た。

 うむうむ、この景色を見られただけで、今回のお出かけに意味を持たせることができるだろう。

 

「全く……でも、確かに珍しいわね。桔梗がこんなにたくさん咲いているなんて」

 

 くふふ、これは良いものを見ることができたな。桔梗など何処でも咲いているものだが、こうして群生しているものは珍しい。

 

 ……そういう話を八雲から聞いただけだが、外の世界――幻想郷の外ではこの桔梗たちも、もうほとんど見ることができないらしい。その代わり、人間が鑑賞用の桔梗を作っただとかなんとか言っていたが、話が難しくてよく分かんなかった。

 まぁ、そのことは良いとして、この桔梗たちだけではなく、外の世界ではこの幻想郷で当たり前のものが無くなりかけている、もしくは無くなってしまったとも。

 

 外の世界は幻想郷と比べ、文明は遥かに発展し、人々はずっとずっと豊かな生活を送ることができる。しかしながら、その代わりに多くのものを失ってしまったのだろう。

 幻想郷と外の世界のどちらが良いか。それは私に分からないが、何かを失うことは何かを得ることよりも、ずっとずっと辛いことだと私は思ってしまう。

 

「はいはい、桔梗はもういいから行くわよ」

 

 そうか、それならば仕方無い。この桔梗たちは帰り道でゆっくり見ることにしよう。

 

 それにしても……

 

「君は何をそんなに急いでいるのだ? 別段急用ってわけでもないのだろう?」

 

 人間は神や妖怪と比べ、その生は短い。それでも、そこまで急ぐ必要はないと思うのだが。のんびりゆっくり進む方が色々なものを見つけられ面白いと思う。

 

「そりゃあ、まぁ、そうだけど……」

 

 ……ふむ。

 

 この博麗の巫女の気持ちは私に分からんが、確かにそういう奴らは今まで何度も見てきた。せっかち、とまでは言わないが、やたらと急ぎたがるような奴らを。

 

 よし、決めたぞ。

 

「それならば、のんびりすると良い」

 

 そんな言葉を落としてから、私は桔梗たちから少し離れた草の上へ寝転がった。顔に当たる草の葉は少々こそばゆいが寝心地は悪くない。

 

「何やってんのよ……」

「今日は丁度良い天気だ。そうだというのなら、お昼寝するぞ」

 

 理の外れにいる私には、残念ながら君たちの考えを理解できないこともある。私がズレていることだって分かっている。

 だからこそ、何かを教えることができるのだ。

 

「君も少し止まってみると良い。忙しい時こそ一度止まってみるのだ。それくらいの時間はあるだろう。そして、そうすればきっと何かが見えてくるものだよ」

 

 目を閉じたまま博麗の巫女へ言葉を落とす。

 人間にとって時間は有限だ。しかし、少し立ち止まり桔梗を眺めるくらいの時間はあるだろう。

 

「止まってみる、か……はぁ、ホントあんたって変わった奴ね」

 

 もしかしたら呆れられ、私など無視して人里へ向かってしまうのではないかとも思った。だが、私の隣へ誰かが寝転がったことは確かに分かった。

 なんだ、悪いと思っていたが博麗の巫女もノリが良いじゃあないか。

 

「ああ、神のまにまにのんびりするといいぞ」

「ふふっ、何様のつもりよ」

 

 強いて言うのなら、神様だろうさ。

 

 

 


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