『貴方に好きと言いたくて』の後日談となっています
初回はあの彼女視点のお話です
爆ぜろ
あのアホが伝説の古龍を倒してから、もうどれだけの時間が経っただろうか。
その黒龍を倒した時、帰ってきたのはアイツの使っていた大剣だけ。アイツが簡単に死ぬわけがない。そうは思っていたけれど、心の底では――もうあのアホ面を見ることはないって思ってしまった。
小雨の降る中行われた、世界を救った英雄に対してあまりにも小さすぎる葬儀。正直、アイツが死んだって実感は湧かなかった。けれども、あたし達ハンターのいるこの世界は“死”っていうなんとも面倒なやつと常に隣り合わせ。
だから、覚悟はできていたんだと思う。
そうだってのに……よくもまぁ、しれっと帰って来られたもんだ。
アイツが死んだと聞かされてから、あの娘は見ていられないほど酷い状態だったというのに。
アイツが帰って来たことには何の文句もないし、むしろよく帰ってきてくれたもの。しかし、文句の一つやふたつくらいを言う権利はあたしにだってあるだろう。
なんとも面倒なことだけど、あたしとアイツの関係はそれほど浅いものでもないのだから。
とりあえず2、3回ほどアイツをぶん殴っておいたけれど、もっとやっても良かったのかもしれない。ホント、アイツは何時だって他人の考えていることの一枚上か下をいく奴だ。
……そんなことがあってから、もう数ヶ月ほどの時が流れた。
黒龍が倒されたことで浮ついていたバルバレの空気も、今じゃ元通りといったところ。もし、黒龍を倒したハンターが誰なのか知ればそれも変わっていかもしれないけどねぇ。
「お隣、いいですか?」
そうやってアイツのことを考えながらタンジアビールを流し込んでいると、そんな声をかけられた。
その声をかけてきたのは、今もバルバレで受付嬢をしているあの娘。
「もちろんさ。今日は休みなのかい?」
「はい、ようやっともらえた休日です。あっ、すみません。ブレスワインをひとつお願いします」
そう言ってあの娘は嬉しそうに笑った。
……それは、あたしみたいな汚れた存在には眩しすぎる笑顔。そんな笑顔を向けられれば野郎からの人気だって出るはずだ。
どう考えたってあのアホにはもったいない。なんだってあんな奴に惚れてしまったのやら。
……まぁ、この娘の境遇なんかを考えればそれも自然なことではあるんだけさ。
「ここ最近、お前さんの旦那を見ないけど、どうしたんだい?」
「えと、大老殿に呼ばれてしまいまして今はそっちに……って、どうしました?」
「……いんや、なんでもないよ」
うーん、ちょいと前まではアイツのことを“旦那”なんて呼べば顔を真っ赤にして怒ったというのに、今じゃ何の反応もなくなってしまった。どうやら少し揶揄いすぎたらしい。
アイツに同じような言葉を投げても、何も面白くないからこの娘との会話は面白かったんだけどねぇ。
「そうかい、そうかい。それにしても……なんだい、結局アイツはまだハンターを続けているんじゃないか」
アレだけ、素敵な嫁さんを見つけたらハンターなぞ直ぐに辞めてやると言っていたというのに……まぁ、アイツらしいといえばアイツらしいか。
アイツがいないせいで、バルバレも随分と静かな場所になってしまったものだ。これじゃあ調子だって出やしない。
居ても迷惑。居なくても迷惑。面倒な奴だよ。
「……あの人はそういう人ですから」
そうさな、あのアホは馬鹿みたいなお人好しだからねぇ。自分のことはいつだって後回し。いつもいつも口では偉そうなことを言っておきながら、行動は全くの反対。ホント、不器用な奴。
「私だって危険なことをしてほしくはありません。でも、だからといってあの人がいなくなってしまったらギルドにとって……この世界にとってどれだけの損失が出るのかくらい分かっています。だから、私からは何も言えません」
運ばれてきたブレスワインに口をつけながら、静かにあの娘が言葉を落とした。
……真面目だねぇ。あんたはもう少しくらい我が儘になってもいいとあたしは思うよ。
あのアホが簡単に死ぬとは思わないけれど、何が起こるのか分からないこの世界、何かが起こった後じゃもう遅い。ギルドより、世界より優先しなきゃいけないことはあるだろうに。
まぁ、そんなことあたしだって言えるはずがないんだけどさ。
それほどに、世界を二度も救っちまったあのアホの存在は大きいのだから。英雄ってのも大変なものだ。あたしは頼まれたってやりたくないよ。
「とはいえ、そろそろアイツだって帰って来るんだろう?」
「その、予定だと昨晩だったんですけど……何をやっているのやら」
――せっかく休日だって取ったのに……
拗ねたような声の言の葉がひらひらりと舞った。
やっぱりアイツにはもったいない娘だよ。ただ、この娘がアイツ以外の奴とくっつくところはやっぱり想像できない。むしろ、遅すぎたくらいだ。アイツの仲間――あのバカップルがまだ生きていればそれもまた違ったんだろうけどさ。
「仕方の無い旦那だねぇ。まぁ、今日はあたしがおごってあげるから、ほら、好きなものを頼みな」
「へっ? い、いや、そんなの悪いですよ」
「いいんだよ。代金は後でアイツに請求するから。こんな可愛い嫁さんを待たせて帰って来ないアイツが悪いさね」
そんなあたしの言葉を聞き、あの娘は笑ってから――それじゃあと言って料理を注文した。
アイツがこの娘を待たせるとは思わないから、何かあったってことだろうけれど、帰ってこないアイツが悪いってことで。
「それで、式はいつになったら挙げるんだい?」
有名人であるふたりの式となれば、このバルバレだってまたお祭り騒ぎになるはず。この娘を狙っている野郎どもの荒れ狂う景色が容易に想像できる。
そうさなぁ、祝い物として、あたしは何を送りつけてやろうかねぇ。
「あーその、まだ何の予定も……というより、どうにも実感が湧かないんです」
……少しだけアイツがかわいそうになった。アイツはあんたの言葉を待っているはず。だから、さっさと式を挙げて落ち着けばいいとあたしは思うよ。まぁ、そればっかりはあたしが何かをいうことじゃないけれど。
「よく分かんないです。結婚するって。それに、変わることが怖いって……思っているのかなぁ」
「さぁてねぇ、あたしにはそんな経験がないからなんとも言えないよ」
幸せな悩みじゃあないかい。ただ、あたしはいつだってあんたを応援するし、できる限りの力にはなるよ。愚痴や悩みくらいはいくらでも聞いてあげるさね。
これをアイツから聞かされていたらぶん殴っていただろうけど。
そして、そんなあの娘の不安だとか悩みを聞いていた時だった。
「本っ当にごめん! 遅れた!」
バタバタと騒がしい音を立てながら、集会所にあのアホの声が響いたのは。
どれだけ急いで帰って来たのか分からないけれど、もう少し落ち着け。
そして、アイツが帰ってきたことが分かったからか、あの娘の表情が一瞬だけ明るくなった。まぁ、それも直ぐに仏頂面に戻っちまったんだけどねぇ。こんなところばかりは素直じゃない娘だ。可愛らしいことで。
「……って、うっわ。なんでお前がいるんだよ。此処は遺跡平原じゃないぞ?」
ぶん殴っておいた。
ホント、お前っていう奴は……
「それで? どうしてあんたは帰りが遅くなったんだい?」
「いやな、最初は狂竜化イビルジョーだけの討伐だったんだが、ラージャンが乱入してきやがって……あっ、すまん。もしかしたらあのラージャン、お前の兄弟だったかもしれん」
もう一度ぶん殴っておいた。
あーあ、バルバレも騒がしくなっちまったものだ。
そして、それがこのバルバレじゃ当たり前の光景だってんだから手に負えない。そして、あたし自身その光景を嫌っていないってのもまた困ったものだ。
「ほら、可愛い嫁さんを待たせていつまでも寝ているんじゃないよ。さっさと起きな」
「おまっ、他人を殴っておいてよくそんなことを……」
いや、アレはお前さんが悪いだろ。
さてさて、アホが帰ってきたことだし、あたしはそろそろ帰るとするさね。キリンに蹴られる趣味もないんだ。それが正解だろう。
「そんじゃ、あたしはこれで帰るとするよ。せっかくの休みなんだ、お前さんも今日は精一杯楽しみな」
あの娘へそんなひと声をかけ、帰れ帰れ言ってるあのアホを蹴飛ばしてから、あたしは席を立った。あのふたりがどんな会話をするのか気にはなるけれど、流石にあたしは邪魔だろう。
そして、ちょいとばかし多めに代金を払ってから集会所の外へ。
「んー、今日もいい天気さねぇ」
今日からまたいつも通りの日常が始まりそうだ。