昼休み、響は上半身タンクトップで作業していた三日月を見つけて、取り敢えず人気のないところに連れて行ってから、彼に問いかける。
「ミカ、なんでここに?」
「ゲンジューローがヒビキのそばにいるにはヨウムインってやつになるのが手っ取り早いって言ったから」
「ゲンジューロー……風鳴司令の事?」
確か彼は風鳴弦十郎と名乗っていたはず、と響は思い出した。それに頷いた三日月は近くにある花壇に水をやりながら続けた。
「あと、ガクセイっていう響とおんなじになるって手もあったらしいけど、俺、勉強できないから」
「……あれ?住む場所は?」
ふと気になり、聞いてみた。これで野宿とかだったら第二課にカチコミをかけないといけないところだ。
「第二課に住んでいいんだって」
「そっか、ならよかった」
カチコミなんて真似をせずに済んだことにホッとして、胸をなでおろす。
「響ー!」
「あ、未来!どうしたの?」
そこへ未来がやってきた。響はそれにコテンと首をかしげる。未来はそれに憤慨するように頬を膨らませた。
「ひどいよ響、ミカに会いにいくなら誘ってよ」
「あー、ごめんちゃい」
そんな余裕がなかったなんて口が裂けても言えない。なんて考える響の思考を読み取ったかのように、さらに拗ねる未来。
三日月はそれを横目に水やりを続ける。
「あ、ミカ。久しぶり。あとそんなに水をあげなくてもいいよ?」
「うん、久しぶりミク。あとなんで?」
「水をあげすぎちゃうと根っこが腐っちゃうの」
「……野菜と同じなんだ」
「そうだよ。何事もやり過ぎはいけないんだよ」
なんかいきなり三日月と未来がいい雰囲気を出し始めた。それが面白くないのは響だ。
「ぶー、二人だけでいい雰囲気作らないでよー。混ぜてー」
「ごめんごめん!だから耳元で息吹きかけないで!」
響は未来を後ろから抱きしめてその耳に息を吹きかけた。
ぞわぞわと背筋が泡立ち、くすぐったくなった未来。
しかし未来の制止も聞かず、響はそのまま耳に息を吹きかけ続ける。
「ミカも手伝って」
「わかった」
「え」
瞬間呆然とする未来はこの後の惨劇を予測し、響の拘束を解こうとする。だが、響はこれでもかと力を入れて未来を離さない。
そこへ、三日月が響に指示された通りに、行動を開始する。
この後、いたずらし過ぎて未来の腰が抜けた。三日月は手加減というものを知らないのだ。
○
そこは大きなジャズバーだった。金髪の男が酒を片手に音楽を楽しんでいた。
「フンフンフーン、フンフンフーン」
「ご機嫌だな」
「お、旦那。久しぶりですね」
そこへやってきたのはマクギリス、金髪の男はマクギリスを旦那と呼び、マクギリスへの酒を注文する。
「隣、いいかね?」
「どーぞどーぞ」
マクギリスは男の隣のカウンター席に座り、出された酒に口をつけた。
「ふむ、この店は相変わらず品がいい」
「品だけじゃなくてこの音楽もでしょう。ジャズはいいもんですよ」
「確かにな」
ふっ。と笑い、マクギリスは酒から男に目を向けた。
「まぁ、旦那に拾われなきゃ、ジャズも知らずに戦いに明け暮れてたでしょうよ。生きる為にさ」
「私が拾ったわけではない。君が選ばれたのだ。それをゆめゆめ間違えぬように」
「俺にとっちゃあどちらでもいいですよ。消耗品のこの命でも生きていることが重要なんすよ。……それで?次は何をすればいいんですかい?」
「そう急くな。まずは酒を楽しもう」
その時のマクギリスの姿は蠱惑的で女性ならば誰でも惑わされてしまうだろう。男でさえその姿に見とれてしまうかもしれない。
しかし金髪の男は肩を竦め、グラスを煽った。
「ふむ、バーテンダー。良い酒を持ってきてくれ」
言外にこの場を少し離れてくれと言うマクギリスにバーテンダーは一礼して、店の奥へと消えていった。
「王となるべき男が来た」
「へぇ、ついにですか」
「名は三日月・オーガス。しかし彼の周りに有象無象の邪魔がいてな」
「そいつらを殺せと?」
「いいや、君には他の任を与える。彼の眠っている牙を起こしてくれ」
金髪の男は目を細める。
「彼には居場所がある。だがそのぬるま湯によって腑抜けてしまっては元も子もない」
「俺にそいつと戦えと」
「そうだ」
「はっ、ついに来たかよ。俺の死に場所……でもそいつが完全に腑抜けてれば、殺しちまってもいいですかい?」
「ああ、そこは自由にしてくれ」
バーテンダーが戻ってくるのが見えた。つまり会談はここで終了というわけだ。
バーテンダーからボトルを受け取り、その代金とチップを渡した。
ボトルは金髪の男に渡り、そしてマクギリスは男に最後としてこんなことを口にした。
「君は彼の糧だ。だからと言ってその運命を受け入れるのは君の自由だ。私を失望させるなよ」
「りょーかい。旦那のご期待に添えるように努力させていただきますよ」
その男は獰猛に笑った。