彼を思う   作:お餅さんです

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四話 「欲しい晴」

 僕は孤児で、今日も独りで生きてる。

 

 普段僕が住んでる所はスラムって言うらしい。外から来た高そうな服を着た大人の人が、笑いながらそう言ってるのを聞いたことがあった。

 僕は長い間ここにいるけど、本当の所あんまり住みやすいとは思ってない。それでもここ以外の住み方を知らない僕みたいに、ここには色んな人達がいっぱい住んでる。

 

 目的があってここに来た人。

 産まれた時からここにいる人。

 何か失敗してここに来ちゃった人。

 

 そういうのもあって、僕みたいな孤児はここじゃそんなに珍しくない。

 むしろ外で産まれたはいいけど、親が育てられなくてここに捨てられたり。ここに親といたけど、度々起こる揉め事に巻き込まれていなくなったり。他にも色んな理由があって、住んでいる人の殆んどは孤児だったりする。

 

 けど孤児の子達の殆んどはまだ小さい。ここで独りで生きていくなんて、とてもじゃないけど出来ないぐらいに。

 だから孤児の子達は仲間、グループを作って暮らしてる。たまに仲間同士で喧嘩したり、他のグループの子達ともめてたりするけど。ただそれでも偶に見かける笑い合った様子は、見ていてとても楽しそうだった。

 

 けど僕は、他の子達とは違った。僕は他の子達より内気で臆病だし、話しかけられても直ぐにどもる。見た目も緑にボサボサの長い髪のせいで、同い年ぐらいの子達は怖がって殆んど近寄ってもこない。

 

 気づいたら孤児の中でも、僕は独りだったんだ。

 

 独りで仲間のいない生活はすごく大変。最近人さらいも増えてるらしくて怖いけど、特にまともな食べ物なんていくらあっても足りないし。

 だから他の子達が食べ物を持ってくるのに後ろからこっそり追いかけて、騒ぎを起こしてる間にそれを見てる人のお店から盗ってくる。少し悪いとは思うけど、そうでもしなきゃ僕はとっくの前に死んじゃってるだろうし。

 

 でもそんな生活ももう終わる。何日か前に、他の子達の後をつけて食べ物を集めに行ったときの事。いつもより気分が悪かったせいか、音を立ててお店の人に見つかっちゃったんだ。

 その後は追いかけられたけど、急いで近くの屋根の上に逃げたから捕まるまではなかった。けど気分が悪いのに、そうして無茶したせいなのかな。逃げ切れたところで足を踏み外しちゃって、そのまま屋根の上から落ちちゃった。

 

 硬い地面に打ち付けられた僕はすぐに立ち上がろうとした。逃げきれたはいいけど、まだ近くで店の人が僕を探してるかもしれない。だからすぐにその場所から離れようとして――またその場所で崩れ落ちた。

 不思議に思いながら、ズキズキと痛む自分の体を見る。見えたのは普通じゃ曲がらない方向に曲がってる僕の右足と左手。それに驚いて口から出てきたのは、声じゃなくてたくさんの真っ赤な血。

 

 曲がってる手足を動かそうとした。

 痛くて動かすことができなかった。

 

 動く右手で口から溢れる血を止めようとした。

 隙間から溢れる血が水溜りを作ろうとしてた。

 

 僕は、その場所から動こうとするのを辞めた。

 

 このままだと血が足りなくなって死んじゃう。そうじゃなくても、ここで片手片足無しに生きていけるとは思えない。

 だけど、僕みたいな孤児を治してくれる人はいないんだ。それは単純にお金がないと思われてるからで、実際に僕は持ってなかった。治すのにお金が要らないなんて、そんな人が外にもここにもいないのは僕でも良く分かる。

 

 死にたいわけじゃない。けど、もう僕にはどうしようもない。こんな時に誰か友達がいたらって思うけど、やっぱり僕は独りだから。

 

 ただそれでも、今だからこそ強く思った。

 

 

 友達が欲しかった。

 仲間が欲しかった。

 独りは、いやだった。

 

 そのためにまだ――。

 

 

 まだ、生きていたかった。

 

 

 いきなり体が勢いよく燃え出した。驚いた僕は直ぐに右へ左へ、体を何度も地面に転がす。なんでいきなり燃え出したのかも、見えた炎の色が黄色だなんてことも気にならない。ただでさえ痛む体を動かすのは辛かったけど、燃え死のだけはもっと嫌だったから。

 暫くして炎は燃え尽きた。僕が消火したって言うよりかは、急に引っ込んだみたいだったけど。それでも焼け死にだけでも防げた僕は、大きくため息をつきながら()()()顔に流れる汗を拭った。

 

「……ぼばっ!?」

 

 驚いて変な声を出した僕は直ぐに()()()口を覆った。だけどいくら待っても、口から血は全く出てこない。それに気づいて、ハッとした僕は自分の体をまじまじと見つめる。

 曲がってた手足はいつも通りの方向に。手足以外にも出来てた擦り傷は傷跡すらなくなって、思えば悪かった気分も良くなってる気がした。

 

 正直自分でも単純だし大雑把だとは思う。だけど、あの黄色の炎は怪我を治すことができる。難しいことは良く分からないけど、なんとなくそんな気もした。

 きっとこの炎は他の人にも使える。使えば怪我をして困ってる人を治せる。そしたらその人と友達になれる――と、そう思った。

 そこから僕は頑張ったよ。人を治したいけど、その前に炎の出し方すら分からなかったから。まずは自分の考えで炎が自由に出せるように。

 

 死なない程度の高さから何日も何度も落ちて、その度に出る炎の感覚を掴むんだ。大分無茶苦茶だったけど、それぐらいしか思いつかなかったから。

 実は一回だけ、本当に死んじゃいそうになった時もあった。けど、深い傷は完璧に治せなくて傷跡は残っちゃう。そんな新しい事が分かったから、顔に傷跡が残ったけど別にそこまで気にはしなかった。

 

 それにもう、黄色の炎は体のどこからでも出せるぐらい上手くなったし。

 まだ他の人には試した事無いけど多分大丈夫。ちょっと自分の腕に切り傷を付けた後、あの黄色の炎を灯した指を押し付けたらあっという間に治ったから。

 

 さぁ、今日から僕は変わるんだ。

 

 

 

 

 

 僕は運がいいみたい。変わるんだと決心して少し歩いた所で、僕よりも年上の男の人がうずくまってた。

 

 怪我してるらしいお腹辺りの服が真っ赤に染まってる。元々が全身真っ白の服だったみたいで、直接見なくても滲む赤で余計に辛そうだった。服を巻くって見てみると銃で撃たれたみたい。ここではよくあることだからそんなに珍しくはないけど、気絶してるし顔色も悪そうだから早く治さなくちゃ。

 

 それから少し時間をかけて、何とか上手く治せたと思う。初めてで不安はあったけど傷口はちゃんと塞がったみたい。見れば顔色も良くなったから安心した。ただ一回治してる途中に目を開けてたけど、まだ辛かったみたいでまた直ぐに気絶しちゃった。

 

 このまま起きるまで待っていよう。

 そしたら、友達になってくれるかな?

 

「にゅ~、どこ行ったの~」

「確かこっちに向かったと思ったんですが」

 

 そんなことを考えてたら、誰かを探してるような声が聞こえてきた。

 

 突然の事だったから僕は慌てて物陰に隠れる。すると少しもしない内に、外に続いている道から人が二人出てきた。一人は黒いマントを羽織った、僕と同じような緑の髪をした男の大人と、同じ格好をした水色の髪の女の子。

 二人はさっき僕が治した男の人と知り合いだったみたい。着直させた服に血の跡が残ってる男の人を見ると二人とも凄く驚いた顔をしてた。けど直ぐにどこかへ電話したら、男の人の方が抱えて外の方に行っちゃった。

 

 二人とも、あの男の人がすごく大事そうに見えた。もし逃げずにあそこにいたら、あの人達とも友達になれたかな。

 ちょっとそう思ったけど、もう終わっちゃったから仕方ない。流石に外にまで追いかけて行くわけにはいかないしね。

 

 だけどちゃんと誰かを治せるって分かったし。今日は緊張していつもより疲れてるみたいだから、友達作りはまた明日にしよう。

 

 

 

 

 

 あれから何日も困ってる人を探しに歩いてる。けど、中々そんな人は見つからなかった。

 それで思ったけど、そもそも医者が必要なぐらい怪我してる人ってその辺を一人で歩いたりしてない。グループに入ってたら周りの子が警戒して僕を近寄らせないし、独りの子はそんな弱み見せようとしないしね。

 

 だから今日は、普段からあまり近寄らない方に行くことにした。最近人さらいがいるって噂のある、ここでももっと奥の方に。その分やっぱり僕も危ないけど、一息で死ななかったら治せるし、怪我してる人も多そうだから。

 

 そんな事を考えながら歩いてると、少し離れた所に何人かの大人達を見つけた。内の一人は少し前からここにきて生活してるヨレヨレのスーツの大人。他は本当に知らない大人達で、ヨレヨレのスーツの大人をピシッとした感じ。

 けど怪我して困ってる訳じゃないみたいだし、何か嫌な感じがして静かに離れようとする。すると、大人たちの話声がここまで聞こえてきた。

 

「お前がこの辺りで見たっていうのは本当なんだろうな?」

「う、嘘じゃねぇ。本当にこの辺りで見たんだよ! 黄色の、晴れの死ぬ気の炎を使って怪我を治してる餓鬼を!」

 

 大きな声と一緒に鳴ったのは、何かが倒れたようなちょっとした音。

 

 静かに離れようとした僕が、その声を聞いてつい足元にあった木箱を蹴っちゃった音。振り向かなくても後ろから大人の人達に見られてるのが分かった。

 ただもしかして、本当にもしかしてだけど僕の事じゃないよね。死ぬ気の炎何て聞いたことないし。

 

「あいつだ! あの餓鬼に間違いねぇ!!」

 

 勘違いでもなく僕だった。

 

 

 

 まだ僕がいつも暮らしてる辺りだったらよかったんだろうけど、この辺りは僕も今日初めて来たばかり。怖くて逃げたはいいけど、廃墟のような所の行き止まりで直ぐ追い詰められた。

 

「この餓鬼がっ、手間かけさせてっ、くれやがって!」

「ッ!?」

 

 近寄ってきた大人の内の一人が何度も僕のほっぺたを殴ってくる。初めはほっぺたが腫れて、口の中を切っただけで済んだ。だけど何度も殴られる内に、顔の骨が折れて形が変わろうとしてくる。

 

 ――早く、治さないと。

 

 そうして僕は黄色の炎を体から噴き上がらせて治そうとする。大人達はそれに少し驚きながら、殴るのを止めさせてまた話し出した。

 

「うおっ、本当に使えんのか」

「それも見た感じかなりの炎圧だな。この歳でこれほどとは……間違いなく逸材だな」

「だから言ったろ! ファミリーの金に手を付けたのは悪かったから許してくれよ!」

 

 話を聞いてると、僕の使ってる炎はやっぱり普通じゃないらしい。ヨレヨレのスーツの人がそんな練習してる僕を見て他の大人に教えたみたいだった。そしてその大人の中の一人が――。

 

 取り出した銃でヨレヨレのスーツの人を撃った。

 

「え、なん……で」

 

 ヨレヨレのスーツの人はとても驚いた顔をしながら倒れた。崩れ落ちたその場所にはいつか見た赤い水溜り。そこから指一本、動きはしなかった。

 

「話を聞いて想像してたよりも段違いだった。いつかもし敵に回ると厄介だからな。念のためにここで殺しておく。だから、お前を許す義理もない」

 

 そう言って僕にも銃を向けてくる。

 

 逃げたときの疲れと顔を殴られたときの痛み。それにそんな状態で無理に治そうとして炎を沢山使ったからか、体がダルくて瞼がとても重い。

 

 ――今度はほんとに、ダメ……みたい。

 

 最後に何日か前に治した、真っ白な男の人が見えた様な気がした。

 

 

 

 

 

 目が覚めた。

 

 頭や顔がまだ少し痛いけど、死ぬよりは全然マシだし本当によかった。見逃されたのかと思ったけど、直ぐにおかしなことに気づく。自分がベッドの上で、上体だけ起き上がった形で寝ていたんだ。

 白くて大きなベッドだ。勿論僕のじゃない。僕はいつもならその辺に落ちてる木板を屋根や壁にして、そのまま汚れたシーツにくるまるだけだし。

 

 それに、最後にいたのは確か廃墟のような場所。間違ってもこんな外でも中々なさそうなベッドは置いてないだろうし、そんな物が置いてある部屋は絶対にない。

 どうしてと思いながら部屋中を見渡そうとする。その中でふと横を見たら、見覚えのある水色の髪をした女の子。その子がベッドの隣で中腰に、ベットにいる僕をジッと見てた。

 

 服をなにも着ずに。

 

「ぼばっ!?」

 

 驚いた僕はいつかみたいにまた変な声をあげた。顔がとても真っ赤になっているのが自分でもわかる。

 閉じればいいのに目を忙しく動かして、隠せばいいのに両手を右往左往。覚えてないけど何か変なことも言ってたかもしれない。そんな僕を見た女の子は、笑いながらこの部屋の扉を開けて出ていった。

 

 暫くして落ち着いてきた頃、女の子が三人の人と一緒に入ってきた。いきなり出てって不思議だったけど、多分この人達を呼びに行ってたのかな。

 

 新しく入ってきた人の内二人は知ってる。真っ白な治した人とその人を連れてった人だ。今思い出したけど確か、赤い髪の大人の人と言い争ってる女の子もその時にいたよね。

 

 けどその赤い髪の人は誰なんだろう。優しそうな他の男の人達とは違って、赤い髪の人はちょっと怖そう。水色の髪の女の子と怒鳴りあってて余計にそう見える。

 あれ? よく聞いたら言い争ってるっていうより、女の子に服を着させようと頑張ってるみたい……やっぱりいい人なのかな?

 

 そんな事を考えてると、前に真っ白な人が話かけてくる。

 

「昨日治してくれたのは君だよね?」

 

 僕を殴ってきた大人達とは違う。それどころか、今まで会ったことのあるどの大人たちとも違った。

 口調も表情もすごく優しそう。不思議だけど何となく、安心した気分になってくる気がする。

 

「あ、その……えっと」

 

 だけどいざ話そうにも、やっぱりどもっちゃって上手く言葉にできない。

 折角僕なんかに話しかけてくれたのに。後ろにいる三人も不思議そうにしてるし。やっぱり、僕に友達何て無理なのかな――。

 

「ありがとう」

「……えっ?」

 

 急にお礼を言われて少し驚いた。ただ僕がびっくりしてる間にも、真っ白な人は続けて話していく。

 

「困ってた所を助けて貰ったんだ。お礼を言って当然じゃないか」

 

「それに僕らは君を探してたんだ。でもやっぱり遅くてね、色んな所を探して回ったよ。まさか拠点にしてる街にいるとは思わなかったけど」

 

「ありがとう、怪我を治してくれて。本当に、ありがとう……僕らの前に現れてくれて。今度、ばっかりはさ……ほんと、ダメだと思ってて」

 

 いきなりお礼を言われたと思ったら、今度は真っ白な人が泣きながらお礼を言ってくる。僕が何でここにいるのかも、何でこの人が泣いているのかも全く分からない。

 だけど今は、とりあえずそのことはよかった。話を聞いてる内にそんなことより、どうしても聞きたいことがあった。

 

 この人だけじゃなくて、ここにいる人達からも。

 

 

「ぼ、僕を探してたの?」

「えぇ、中々見付からなくて焦りましたよ」

 

 緑の髪の人が心底ホッとしたような顔で返事をしてくれた。

 

 

「何で僕な、の?」

「さぁな、でも何かわかるぜ。お前以外はあり得ねぇ」

 

 赤い髪の大人が不思議そうに、けどこれだけは譲れないとばかりに返事をしてくれた。

 

 

「僕はあ、なた達に必要なの?」

「にゅにゅ、じゃないと探さないって!」

 

 水色の髪の女の子がとても明るい笑顔で返事をしてくれた。

 

 

「それに、元はと言えばウジウジしてたこいつの所為だしなっ」

 

 そう言いながら、赤い髪の人がまだ少し泣いてる真っ白な人を叩いた。

 痛そうにしてる真っ白な男の人を見て、他の三人がおかしそうに笑う。それを見てちょっと怒った男の人を見て、三人がまた楽しそうに笑った。

 

 髪の色からして、誰一人血は繋がっていない。でもそれは本当に、一つの家族のように見えた。そしてそれを見て、僕にはそれがすごくいいなって、そう思った。

 

 

「ぼ、も……」

 

 僕も。

 

 

「あにゃ……ち」

 

 あなた達のように。

 

 

 

「僕チ、んを家族にしてくれませんか!!」

 

 なれますか。

 

 

 

 言った。何の脈絡もないけど。どもってしまったけど。考えてた事とも少し違うけど。どうしようもないぐらいの意地汚い本心を。

 

 

「勿論だよ。僕の名前は()()、君の名前は?」

 

 

 あなたのお蔭で、初めて口にできた。

 

 だから――。

 

 

 

 

 

「ぼ、僕チンの名前は、デイジー」

 

「よろ、しく」

 

 

 これは僕の記念(ことば)

 

 初めて本心で喋れたことと、もう一つ。

 

 

 僕は家族で、今日から皆と生きていく事への。


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