なんか、久しぶりすぎて自分も忘れてました( ̄▽ ̄)
「はぁ……」
「あんた、まだそんな事やってんの?」
落ち込む一夏に対して、クレアは露骨に呆れたような表情で見てくる。
元はと言えば、誰かさんのせいでこんなブルーな気持ちになっているのだが……。
「あーあ……俺の家、無くなっちゃったなぁ……」
「うっ……」
「リンスレットがせっかく作ってくれたスープも、結局は食べられなかったし……」
「……」
「飯なし風呂なし宿なしとはな…………天はとうとう俺を見放しやがったに違いない……」
「っ〜〜〜〜!!!!」
「あぁ……俺がいったい何をやったというんだ? 俺はそんなにも、罪深い事をしたのだろうか……」
「ぐっ、くくっ〜〜!!」
「はぁーあー……こんな時、俺はいったいどうすれば〜……」
「わかったっ!わかったわよッ!あたしが悪かったわよッ!!!」
ようやく認めたようだ。
というよりも、元々の原因はクレアとリンスレットが互いの契約精霊で決闘をしたのがいけなかったのだ。
その過程でクレアの契約精霊である《スカーレット》の炎が木製の掘っ建て小屋に引火……。
そしてリンスレットの契約精霊である《フェンリル》の精霊魔装による攻撃……もとい、消火活動によって、火は消えたものの、小屋が跡形もなく吹き飛んでしまったのだ。
「仕方ないわね。ほら、こっちよ」
「ん?」
「なによ。あんたはあたしの契約精霊なんだから、ご主人様の言うことはちゃんと聞きなさいよ。
あんたの寝床を用意してあげるから、こっちに来なさい」
「来なさいって……」
一夏はクレアが歩いていく先を見た。
そこには立派な建物が建っており、たくさんの部屋が用意されている。
所々から光が漏れていることから察するに、誰かが生活していることは明白。
そして問題なのは、この学院が女子しかいないお嬢様学校だということ。
「お前、ここ女子寮だろ? 俺が入っていいのかっ!?」
「大丈夫よ。あんたはあたしの契約精霊って扱いになってるんだから、誰にも文句は言わせないわ」
「……いや、それはちょっと無理あるんじゃないか……?」
「なによ、この寛大なあたしが、あんたを部屋で寝泊まりさせてやろうって言ってるのよ?
感謝の言葉くらい言いなさいよね」
「…………」
そもそも掘っ立て小屋を燃やさなければ、こんな事にもならなかったのだが……。
だがまぁ、現実に燃えて壊れてしまったのだからここはクレアの行為に甘えるしかない。
「それに、あのままだったら、またリンスレットがちょっかい掛けに来るかもしれないし……」
「ん? なんか、言ったか?」
「な、なんでもないわよ! それよりほら、早く行くわよ!」
「わかったよ、助かる。ありがとな、ご主人様」
「っ!? ふ、ふんっ! わかればいいのよ、わかれば」
ニコッと笑った状態でお礼を言う一夏の顔に、思わずドキッとしてしまったクレア。急に恥ずかしくなってきたのか、部屋へと向かう足の速さが変わった。
そして、ようやくクレアの部屋の前に到着し、家主であるクレアがドアを開け、一夏も中に入る。
明かりを灯し、部屋の全貌を見た瞬間、一夏は固まった。
「なっ…………」
「何よ? なんか言いたいことがあるなら言いなさいよね」
「いや、お前……部屋散らかりすぎだろ……っ!?」
脱いだ服などは床や椅子の背もたれに、本は読んだらそのまま。屑ゴミなどもそのまま放置している状態で、とても高貴な令嬢が住んでいる部屋とは思えない。
「うーん、まぁ確かに、ちょっと散らかってるわね」
「これがちょっとってレベルか?!」
「うっさいわね……。スカーレット」
クレアが名を呼ぶ。
すると、炎を纏った真紅の火猫が現れる。
クレアの契約精霊、炎精霊のスカーレットだ。
「お願いね♪」
「ニャー♪」
お願い……つまりは、この部屋の掃除を、精霊にお願いしているということだ。
まぁ確かに、一応クレアはご主人様なので、スカーレットがその命令を聞く権利や義務があるが、精霊に掃除を頼むご主人もどうかと思ってしまう。
「精霊が単なる小間使いとはな……」
「いちいちうっさいわね……。ほら、あんたも契約精霊なんだから、ちゃっちゃとやりなさいよね!」
「はいはい……」
せっせと紙くずを集めるスカーレットと、本やら服やらを片付け始める一夏。
一匹と一人の精霊は、無駄な動きなく部屋を片付けていく。
スカーレットは集めた紙くずに、尻尾の炎を点けて燃やす。
一夏は埃を取りながら、クレアの愛読書を片付ける。
「相当手馴れてるんだな、お前」
「ニャー?」
「まぁ、なんだ……。これからよろしくな、ご同輩」
「ニャー!」
クレアの契約精霊同士、どことなく絆のようなものがあった。
その後も、基本的に塵集めはスカーレットが、拭き掃除などは一夏が行った。
そして、だいたい終わったと思ったその時、一夏は本棚に戻していた本のタイトルに目を奪われた。
「『もっといじめてご主人様』……『メイドのいけない遊び』……『禁断の主従契約』……」
「ふあぁぁぁぁぁッ!!!!????」
タイトルを音読していたら、クレアが飛びついてきた。
こんな物を愛読しているとは……。
「な、なに勝手に見てんのよっ!」
「お前がちゃんと片付けないのが悪い」
「そ、それでもよッ!」
「無茶言うなよ……」
要は、よくあるティーンズ向けの小説のようだ。
高貴な令嬢ばかりが集まるこのアレイシア精霊学院の生徒たちは、皆一切の男女交際をしてこなかった超が付くほどの箱入りお嬢様たちだ。
しかし、その一方では、そういう物に対する好奇心というのも存在しており、それらを鎮める、あるいは満たすために購入しているのだろう。
しかし、クレアの本は、どうにもジャンルが偏っているようにも見える。
「も、もう掃除はいいから、ご飯にするわよっ!」
「はいはい……」
我がままお嬢様の望み通り、一夏たちはキッチンに入っていった。
元々が二人で活用する学生寮であるためか、キッチンはわりかし広めだ。
綺麗に整えられた棚には調味料なども豊富に取り揃えられているようだし、お皿なども一通り揃っている。
さすがはお嬢様学校だと感心していたのだが、一夏はクレアのとった行動に、唖然としていた。
ガラガラガラ……
「お、おい……これって……」
「ご飯よ? ほら、好きなものを取りなさいよ」
キッチンテーブルに置かれたのは、大量の缶詰だった。
おかずになりそうなもの、デザートの類……いろんな種類の缶詰があった。
「缶詰ばっか……っていうか缶詰しかねぇのかよ……」
「うっさいわね。美味しんだから別にいいじゃない……」
「なるほどな……お前、料理できないんだろ?」
「なっ!?」
でなければここまで缶詰の生活はしていないだろう。
缶詰とはそもそも、戦場に行く兵士たちが食べていた非常用保存食だ。
それを日常的に食べているのは………。
「り、料理くらいできるわよっ!」
「ほほう……? では、なんでフライパンなんかは新品同様の綺麗さを保っているのでしょうかねぇ〜?」
「っ〜〜〜〜!!!!!」
おそらく使ったことはある。
だがクレアのことだ。
ほとんど使ったことがないのだろう。
「飯は俺が作るから、お前は部屋で待っていてくれ」
「えっ? あんた、料理作れるの?」
「ああ。ガキの頃から料理はしてたからな。っといっても、最近は旅をしていたからな……まともな料理は久しぶりなんだけど」
彼女を探すために、いろいろな場所を巡っていた。
その間は、普通に野宿というか、キャンプのような事をしていたため、食事は基本的に自給自足。
森に入ってキノコや山菜を採ってきたり、うさぎや鳥なんかを捕まえたりしていた。
「あっそ……ならあたし、先にお風呂入ってくるから」
「ん? お、おう……」
一応確認だが、この部屋には一夏とクレア以外誰もいない。
そんな中だ……クレアはお風呂に入ると言うのだ。
これはある意味、健全な男子としてはとんでもないイベントが発生してもおかしくはない。
すると不意に、今朝の出来事が蘇った。
森の泉で、無防備な裸体を晒していたクレア。
まだ成長仕切っていない青い果実のような体つきではあったが、白く透き通るような肌と、燃え上がるような紅い髪。
それらが水に濡れ、煽情的な姿になっていた……。
「ッッ!!!!」
そこまで想像して、一夏はすぐに頭を振った。
余計な事を考えずにすぐに料理の準備を始めた。
が、そんな時に、ふと別方向から視線を感じた。
「ん?」
「ジィーーーー」
見ている。
なぜかジト目で睨んできているクレア。
なんなのかと思い、一夏は尋ねた。
「な、なんだよ……」
「別に……ただ、覗いてきたら消し炭だからね」
「覗くかっ!」
クレアはその浴室へ向かって歩いて行き、一夏はキッチンにある缶詰やその他の食材を漁る。
「あっ、そういえば火はどうすれば……」
「スカーレット」
「ニャー」
クレアの声に反応し、スカーレットが小さな火炎球を生み出した。
つまり、これを使え、という事だろう。
「おおっ……凄く便利だな」
「でしょ」
クレアは得意げな表情で浴室へと再び歩いて行った。
一夏はツナ缶にサーモン缶など、おかずになりそうな物を開けていき、保管室にあったパスタや、冷暗所にあったほうれん草などを取ってくる。
「ニャー」
「よしよし。美味しいご飯を作ってやるからなぁ〜」
一緒に仕事をこなしてくれるスカーレットには、特別に良いものを作ってやろうと思った一夏だった。
シャーーーーー。
たった一人、浴室でシャワーから出るお湯をその身に浴びるクレア。
この後行われる決闘に向けて、しっかりと身を清めておかなくてはならない。
先ほど、騎士団との言い争いと時に言われた一言が、クレアの中で絶対に許せなかったのだ。
ーーーー貴族どころか反逆者の妹じゃないかっ!
(あいつは、絶対に許さないっ……!!!)
確固たる決意でそう誓った。
自分のことを馬鹿にされるのも、蔑まれるのも慣れている。
だが、自分の姉のことを知らない輩から、あれこれ悪意を持った言葉で責められるのは、どうにも我慢できない。
そう決意した時、ふと、クレアは過去のことを思い出した。
厳しくも、優しかった姉。
火の精霊姫に選ばれ、民や貴族たちにも認められていた。
正直いうと、クレアの憧れだった。
自分もいつか、姉の様に立派な精霊使いになると、その時に誓った。
だが、その姉は、精霊王に反逆し、忽然と姿を消した。
それからというものの、家は没収され、契約精霊も没取されそうになった時に、学院長を務めていたグレイワースよって、学院生としての日々を送っている。
(姉様……)
会いたい。
そんな思いを抱いていた、その時だった。
ピチャ……
「んっ?」
不意に聞こえた水音。
その水音に、クレアはハッとした……。
「う〜ん、いい感じだな」
クレアが水浴びをしている最中、一夏は着々と料理を作っていく。
今はちょうど、パスタにいれる具材を炒めている途中だ。
スカーレットのしっぽの先から、直接火を噴いているので、かなりの火力だが、だからこそ、調理の時間を短縮できる。
「うん、うまい……」
「ニャー」
「ん? なんだぁ、お前も食べたいのか?」
「ニャー!」
一夏はスカーレットのしっぽからフライパンをどけて、炒めた具材をスプーンですくう。
そしてそれを手のひらに乗せると、スカーレットの前に持っていく。
「熱いから気をつけろ」
「ニャー!」
一夏の忠告を聞いていたのかどうかはわからないが、スカーレットは飛びつくように一夏の手のひらにある具材を食べる。
「あっ、お前は火属性だから、熱いのは慣れてるのか……」
スカーレットは具材を食べ終わると、満足したのか、しっぽを左右に振る。
「そっかそっか、うまかったなら作った甲斐があったな……。もうすぐ出来るから、もう少し力を貸してくれよ」
「ニャー!」
クレアにこき使われるご同輩二人。
今のうちに仲良くなって置いて損はないだろう。
一夏は最後の仕上げで、パスタを茹でようかと思っていたその時だった。
「キャアアアッーーーー!!!!」
「っ!!?」
突然の悲鳴。
それは言うまでもなく、クレアのものだった。
何事かと思い、一夏は浴場の方へと向かっていった。
「なっ!?」
あまりの光景に、一夏は目を疑った。
目の前には、またしてもクレアの裸体が……。
しかし、肝心なところは水によって遮られているため、見えない。
いや、問題はそこじゃない。
クレアにまとわりついている水……普通ではありえない
「クレアっ!? おまっ、これはっ!」
「た、助けてぇ、一夏ぁ……っ!」
クレアの体に巻きついている水は、微妙にクレアの肢体を隠しているため、大事な部分は見えていないのだが、それがまた扇情的な光景に変えている。
しかし、そんな悠長なことも言っていられない。
シャワールームの水は、精霊使いたちの神威を使って操作しているものだ。
クレアはこう見えても、優秀な精霊使いであることに間違いはない。
そんな彼女が、こんな簡易的な失敗をするなんてことがあり得ない。
「『荒ぶる水の精霊よ、我が命に応じて鎮まり給え!』」
小声で鎮守の精霊語を唱えながら、右手に神威を込めていく。
「クレアっ! 俺の手をつかめっ!」
「や、いやぁん……!」
一夏の言葉に反応したクレアは、懸命に一夏の手に、自分の手を伸ばした。
そして一夏の手が触れた瞬間、神威の光が発光し、クレアの体に纏わりついていた水が一瞬にしてただの水に代わりに、そのままカーペットの上に落ちた。
「はぁっ……はぁっ……はぁ……」
「えっと……その、大丈夫か?」
「う、うん……なんとか……」
「しかし、一体どうしたんだよ……お前のほどの精霊使いが、この程度精霊を暴走させるなんて……」
「わかんないわよっ……でも、なんだか知らないけど、突然水の精霊が暴走したのよ」
「いきなり?」
「そうっ! シャワーを浴びてたら、いきなりぐわっ、て襲いかかってきたのよっ……!」
「………」
クレアは嘘を言っている様子はなかった。
しかし、この学院の部屋にある水道の水は、学院の敷地内にある精霊機関で保管されている水のはず。
その水の精霊が、なんの変哲もなくいきなり暴走するのはおかしい。
ましてや、クレアは普段の生活や好戦的な態度とは裏腹に、優秀な精霊使いである。
そんな彼女が、低位の精霊の制御に失敗するなんて事なんて、ほぼほぼあり得ない。
ならば、外部からの犯行と言うことになるが、その目的がなんなのか……?
「まぁ、とりあえず無事でよかったよ……ほら、風邪ひくからこれでも羽織っろ」
「あ……ありがとう……」
一夏は自分の上着を脱ぐと、そのまま裸のクレアの体に羽織わせる。
まぁ正直、クレアが風邪をひいてもいかんとは言ったが、理由はそれ以外にもちゃんとある。
なんせ、会って数日にも満たない少女が、再び全裸で自分に抱きついているのだ……健全な男子からしたら、それはほとんど拷問にも等しい。
「ほら、とりあえず体拭け」
「あ、ありがと……ん?」
一夏の上着を着て、何故か顔を赤らめていたクレアが、今度は一夏の渡した布を見て、動きを止めた。
「どうしたんだよ? 速く体拭かないと、マジで風邪ひくぞ?」
「ねぇ、一夏……」
「あん? なんだよ……」
「これは……っ、いったい何っ?!」
「はぁ? 何って……タオーー」
そこまで言って、一夏はようやく気がついた。
クレアに渡した布の正体に……。
「ル……だろ……?」
「ヘェ〜……あんたの知ってるタオルって、こんなに小さくてっ、三角の形をしてるってわけっ……!!!!」
「…………」
実際、その布がタオルかどうかなんて知らなかった。
ただ、クレアが全裸でシャワー室から出てきて、あんな風に水に纏わり付かれていた状況を目にして、とりあえず何か拭く物はないかと思い、その辺に落ちていた布を拾っただけだ。
「ねえっ!! 答えなさいよっ! あんたにはこれがタオルに見えるわけっ!!!!??」
「……………えっと、その………パンーーーー」
「口に出して言うんじゃないわよっ、バカァァァァァァっ!!!!!!!」
「ちょっ!? バカ、やめろっ!」
「うるさいっ、うるさいっ! 消し炭になりなさぁぁぁーーーいっ!!!!」
「ぐおおおっ!!!??」
クレアの焔の鉄拳をくらい、一夏は吹き飛ばされた。
「はむっ……んぐんぐ……おかわりっ!」
「まだ食うのかよ……太るぞ?」
「太らないわよっ! 精霊使いは戦闘時に神威を消費するから、太らないのよ」
ようやく冷静さを取り戻したクレアは、急いで本物のバスタオルで体を拭き、制服に着替えた。
そして、ほとんど完成していた一夏の料理を見て、お腹が空いているのを思い出したようで、一夏を強引に起こして、料理の仕度をさせたのだ。
しかし、いざ食事をしてみると、一夏自身も驚くほど食べる。
クレアは小柄な体型で、ましてや女の子だ。
普通ならばあまり食べないが、これが驚異の胃袋でもしているのかと思えるほど、食べ物を口に運んでいく。
呆れた一夏は、本来ならば、女の子には絶対に言ってはならない言葉を言うが、クレアはそんな言葉では怯まない。
さっさとおかわりを持って来いと言わんばかりに、スープを入れる皿を一夏なら差し出す。
一夏はそれを受け取ると、鍋の中に入っているコンソメ風味の野菜スープを入れていく。
「ったく、ひどい目にあったぜ……」
「あんたが悪いんじゃないのよ!」
「俺は悪くないだろう。片付けないお前が悪い」
「うっさいわねっ! このパンツ泥棒! 変態! 淫獣っ!」
「はぁ……」
クレアにおかわりを渡したり、パスタを皿に移してやったりと、早速従者業な板についてきたところで、クレアが口を開いた。
「まぁ、あんたのこの料理の腕だけは評価してあげるわ!」
「そりゃどうも……って言っても、ほとんどは缶詰をアレンジして作っただけだからな……。手抜き料理だよ」
「ふーん」
「まぁ、醤油があったら、もっとよかったんだけど……」
「醤油? なにそれ、食べ物?」
「俺の故郷の調味料なんだ。まぁ、こっちだとそうそう手に入らない物なんだけどな……どっかに掘出し物屋とかないもんかなぁ……そう言うとこだと、異国の物を取り扱ってたりするんだけど……」
「故郷……か……」
ふと、クレアの表情が曇った。
故郷……その単語に反応したようだ。
「そう言えば、聞いておこうと思った事があったんだ」
「何よ?」
「お前、何でそんなに強い精霊に拘らんだ? 前にも言ったが、スカーレットだって、ものすごく強い精霊じゃないか」
「…………」
さすがに核心をついた場面での話だったのか、クレアは変に誤魔化すことも、反発することもなく、ただうつむき、静かに答えた。
「どうしても、会いたい人がいるのよ……」
「会いたい、人………」
クレアの言葉に、今度は一夏が反応する番だった。
会いたい人……それならば、一夏にだっている。
三年前のあの日、突然姿を消した人がいる。
そして、その人を見つけるために、ずっと生きてきた。
そんなことを考えていると、クレアはため息を一つ……。そして、意を決したかのように口を開いた。
「あんたには、隠しておくのも嫌だから、話しておくわね」
そう言って、クレアは自分の首に掛けていたペンダントを一夏に見せてきた。
そこに描かれていたもの。
紅色をした業火の炎が、獅子の姿をしている。
「ん? この炎の獅子……どっかで見たような?」
「これは……家紋なのよ」
「家紋……? っ、まさかっ、これって!」
炎の獅子の家紋。
リンスレットの家、ローレンフロスト家の家紋は、白狼だ。
では、炎の獅子の家紋を有する貴族の家と言えば……。
「エルステイン家の紋章じゃないかっ!?」
「そうよ……」
「エルステイン公爵家っていえば、リンスレットのとこのローレンフロスト家と同じ、四大貴族の……っ!」
「正確には、四大貴族だった……が正解よ」
「っ……そうか、エルステイン公爵家は……」
「そう……四年前に公爵家の称号を剥奪されたわ」
「じ、じゃあ、お前がそれを持っていたって事は、お前は……っ!」
「そう……私の本名は、クレア・エルステイン。エルステイン公爵家の次女よ」
「っ………」
クレアと初めてあった時、その神威量からして、相当な精霊使いである事はわかった。
そして、彼女が由緒あるアレイシア精霊学院の生徒であるならば、名の通った名門貴族のお嬢様である事だって推測できる。
しかし、彼女が口にした名前……『ルージュ家』という貴族は、少なくとも、このオルデシア帝国内には存在しない名前だ。
ならば、考えられるのは偽名を使ったという事だが……。
(まさか、捨てていたのが、エルステインの名前だったとはな……)
想像していたよりも大きな隠し事をしていたクレア。
そして同時に、一夏はある言葉をふと思い出した。
ーーーー貴族どころか反逆者の妹じゃないかっ!
「クレア、お前がエルステイン家の人間って事は……」
「ええ、そうよ……四年前、私たちはエルステインの名を失った……その原因を作ったのは……」
「ルビア・エルステイン………」
「っ…………」
その名前を聞いた途端、クレアの表情はさらに暗いものになった。
ルビア・エルステイン……その名を知らない者は、このオルデシア帝国内……いや、その外にある他国だっていないだろう。
四年前、突如として精霊王に反逆し、火の精霊王から最強の精霊を簒奪した。
その結果、世界中で未曾の大災害が起こった。
火の精霊王を怒らせたという事で、一時期帝国内では火を起こすことができず、火を使うには、火の精霊を山から連れて来て、火を起こしていたのだ。
その際に呼ばれることとなった、ルビアの二つ名が《
「私は……姉様に会いたいの。会って、あの時の真実を聞きたい……」
「…………そうか」
しかし、姉のルビア・エルステインは、その日以来行方不明となった。
そんな姉を探すために、クレアは強い精霊を求め、そして、強くなることを願っているのだろう。
それは、一夏だって同じだった。
三年前のあの日、一夏はとても大事な人を失ってしまった。
掛け替えのない存在、代わりのものなんて絶対に務まらない存在……その人を探すために、三年間も宛のない旅を続けてきたんだ。
そして、その手がかりを見つけた。
(《
探し人だけではない。
今回の大会には、前大会優勝者のレン・アッシュベルも出場する。
しかし、その名前の精霊使いは、もう存在しないはずだった。
「そういえば、今回の《精霊剣舞祭》には、あのレン・アッシュベル様が出場されるみたいよ」
「むふぅっ!? こほぉっ!! おほぉっ!?」
「ちょっとっ?! な、何やってんのよ、大丈夫?」
「お、おう………」
まさか、クレアの口からその話題を聞くことになるとは思ってもいなかったため、少し動揺してしまった。
しかし、当のクレアは、一夏の事を心配した表情でこちらを見ているので、変に怪しまれているわけではなかった。
しかし、こういう時には優しく接してくるあたり、元々根は優しく性格をしているのだ。
「そ、そうみたいだな………」
「レン・アッシュベル様の剣舞…………。私も、三年間にあの会場で見ていたわ」
「そ、そうなのか…………」
一夏の額から、冷や汗が流れ出た。
まぁ、三年前のあの時《
ならば、レン・アッシュベルの剣舞だって、その当時は誰もが見ていたに違いない。
「彼女の剣舞は、とっても素晴らしかったわ……。あの会場で見た時、私は彼女のようになりたいと思った。
私たちと同じ歳でありながら、幾人もの手強い精霊使いを倒していき、優勝という栄冠を勝ち取った。
あの日以来、私は彼女を目標にしてきて、同時に感謝もしているの。彼女の剣舞で、火の精霊王の怒りは静まり、再び世界に安寧がもたらされたんだから……。
だから彼女は私とって、恩人であり、憧れでもあるのよ」
その憧れの存在が、今目の前にいるなんて、口が裂けても言えなかった。
おそらくレン・アッシュベルという精霊使いの存在は、多くの精霊使い、強いては精霊騎士を目指そうとしている者たちには強く印象に残っているだろう。
そして、彼女のように強くなりたい、美しく剣舞を舞いたいと願う者たちもいるはずだ。
ならば、クレアのこの想いも正しく、当然なのだろうと思うのだが、目の前で自分への惚気話を聞くのは、意外と胃が痛くなるものだ。
「さて、私は決闘に備えて、少し寝るわ。時間になったら、起こしてちょうだい」
「って、俺は寝られないって事じゃないか」
「あんたは私の契約精霊でしょ。頼んだわよ」
「おいっ、って、もう寝てやがる……!」
静かな寝息を立てて眠るクレア。
寝付きの良さに驚きながらも、一夏は毛布を手に取り、クレアにゆっくりとかけてやった。
そして一夏も、少しは休んでおこうとクレアが寝ているソファーとは別のソファーに座り込んで、目を閉じた。
久しぶりに戦うことになるため、体を十分に休ませておかなければならない……。
「ふふふっ、ようやく見つけたわ……一夏」
アレイシア精霊学院の建物の屋根。
そこに、一人の少女が舞い降りた。
闇色のドレスが風によってヒラヒラと舞い、美しい黒く艶やかな翼が、月明かりに照らされて、なんとも神秘的だった。
ドレスと同じ闇色の長い髪をかきあげ、蠱惑的な瞳で見つめるその先には、一体何があるのか……。
「でも、貴方はまだ本当の貴方じゃない……。だから、私が目覚めさせてあげるわね」
少女はそれだけを言い残し、笑いながら姿を消した。
深夜0時を回った頃……迫り来る決闘の時間に、各々が示す信念が試される。
指定された時間まで、あと少しだ……。
感想よろしくお願いします(⌒▽⌒)