IS使いの剣舞 Re.make   作:剣舞士
<< 前の話 次の話 >>

2 / 4

こっちが早くできてしまったので、早速投稿します。




第2話 黄昏の魔女

「あぁ〜〜……ひどい目にあったなぁ……」


ため息をつきながら、ローブに身を包み、建物の廊下を歩く一夏。
今一夏がいるのは、《アレイシア精霊学院》の校舎内の廊下だ。
外から見ても思ったが、中々に金を使っていそうな建物だ。
壁一つ、天井にぶらさがってるシャンデリア一つ、窓の近くに置いてある花瓶や、調度品の一つ一つが、見ただけでも高額な物だとわかる代物ばかりだった。


(さすがはお嬢様学校なだけあるなぁ……)


この学院を作るだけで、一体どれくらいの資金を要したのだろうか……。
まぁ、だいたいの想像はつくのだが……考えるのはやめておこう。
金持ちとの価値観の違いというものを、嫌という程浴びせられることになるのだから……。



「にしても、あいつは……どこまで本気にしてんだ?」


ここに来る少し前……一夏は、一人の姫巫女、クレア・ルージュの命を救うために、学院の近くにあった祠に眠っている《封印精霊》と契約した。
本来、男で精霊と契約が結べる人間はまずいない…。
いや、かつてはいたのだ。
しかしそれは千年以上も前の事。当の本人も、討ち滅ぼされたという話があることから、今この世にはいない。
故に、世界でたった一人の精霊使いは、一夏だけということになる。
さて、話を戻すが、その《封印精霊》との契約に成功してしまった一夏は、クレア・ルージュに『自分の精霊を奪ったのだから、責任を取って自分の契約精霊になれ!』と言われた。
彼女の精霊魔装である《炎の鞭》で縛られて、この学院前まで連れてこられた。




「ようこそ! アレイシア精霊学院へ♪」

「………………」

「何よ、なんでそんな無反応なわけっ!? あたしが直々に案内してやったんだから、もっと感謝しなさいよねっ!」

「ああ……そのことに関しては礼を言うよ、ありがとう……。でもよ、これはどう見ても『案内』じゃなくて『連行』だからなっ!」


体に巻き付いた鞭。
それを嬉々として引っ張るクレアの後ろを付いて行きながら、ようやくたどり着いた学院。
その前には、学院都市という場所を通らないといけなかったため、多くの衆人環視の中を、その状態で歩いてきた。
もはや、それでは周りの人たちに、悪い印象しか与えなかっただろう。



「何よ、別にいいじゃない。あんたはあたしの契約精霊になったんだし……。ねぇ、この覗き魔の変態精霊」

「その呼び方! そろそろやめろよ、恥ずかしい…。俺の名は一夏! 織斑 一夏だ!」

「オリムラ……イチカ……? 変な名前ね。クイナの出身?」

「いや、もっと東方にある、島国だよ……」


まぁ、もっとも……この世界に『日本国』と呼ばれる国があればの話なのだが……。


「変な名前とは失礼だな……。そういうお前の名前だってそうだろうよ……クレア・ルージュ」

「気安く呼ばないで……! どうせ変な名前よ」

「そうか? 俺はいい名前だと思うぞ……クレア・ルージュ」

「な、なんなのよ……っ! そ、そんな事言ったて、許してあげないんだからね……!」




一夏の嘘偽りのない言葉に、少し恥ずかしくなったのか、クレアは急に前を向いて、鞭を引っ張った。
だが、先程に比べて、感覚が軽くなった事に気づいて、ふと後ろを向いた。
すると、そこにはもう、一夏の姿はなかった。



「ああーーーーッ!!!! 逃げたわねぇ! この裏切り者ぉぉぉぉッ!!!!!」



来た道を振り返って、全力で駆けていくクレア。
そんな様子を、一夏は近場にあった木の影に隠れて見ていた。



「あの状況で逃げ出さないとでも思ったのかよ……」



ほんと、世間知らずのお嬢様だったみたいだ。
そして、改めて、一夏学院の門をくぐり、呼び出し人であるグレイワースがいるであろう、学院長室へと向かった。
そして、一番初めの状態に戻るわけだ……。
クレアが必死に一夏を探しているであろう時に、一夏は学院の廊下を歩いていた。
今はまだ休憩時間なのか、廊下には学院生たちがおおく出ており、一夏の姿を見た瞬間に、廊下の端へと散り散りに広がっていく。



(まぁ、当然の反応だわな……)



この学院にいるのは、ほとんどが、異性との交流に疎い、箱入りお嬢様方だ。
そして学院には、女生徒しかいない。
なので、そんな中に、自分たちと同年代の男が現れたのなら、警戒心むき出しで接してくるのは当然だ。
ましてやそれが、貴族のご子息というわけでもない。ただの旅人風の男だ。黒いローブに身を包み、なおかつ剣まで持っているとなると、より一層警戒されることになる。
しかしそんな中、一夏は違うことを考えていた。


(クレア・ルージュ……か。あれは多分偽名だな)


クレアについてだった。
クレアほどの精霊使いならば、そこそこ名の通った家名であるはずだが、オルデシア帝国に、『ルージュ家』と呼ばれる貴族の家名は聞いた事がない。
まぁ、それを知った上で、学院長であるグレイワースは、彼女の所属を許しているのだろうが……。


(まぁ、隠しておきたい事なんて、誰にでもあるだろうしな)


不意に、視線が左手へと落ちた。
そうだ……隠し事なんて、誰にでもある。
一夏もそれを持っている内の一人だ。


「さてと、学院長室は…………おっ、あれだな」


一際目立つ重厚な扉。
視界上部の方にあった表札にも、ちゃんと『学院長室』の名が刻んだある。
一夏は一瞬ため息を吐き、扉をノックしようとして…………。



「学院長! 私は納得できません!」

(おっと……先客がいたか……)



突然、部屋から大きな声が聞こえてきた。
ややトーンの高い、少女のアルトボイス……。しかも、どうやらお取り込みのようだ。


(仕方ないな……しばらく時間潰すか……)

「何故、神聖なる姫巫女の学び舎に、お、男などを迎えなくてはならないのですかっ!?」

(……ん? 男ぉ〜?)



扉から離れようとした矢先に、そのような言葉が聞こえてきた。
あまり気は進まなかったのだが、ここに至っては仕方ないと思い、一夏は扉のそばで聞き耳を立てる。



「この私が必要だと言っているんだ。理由はそれだけで十分だろう?」

(魔女め……相変わらず寒気がするような声だなぁ……)

「わ、私たちでは力不足だと……そうおっしゃるのですか……?」

「無論、騎士団の力を軽んじているわけではないさ……。だが、あいつは『特別』なんだよ」

「男であるにもかかわらず、精霊と交換できることが、ですか?」

「それもある。が、それだけじゃないさ」

「それはどういうーーーー」

(…………ヤベッ!)



少女の声が途絶えたと同時に、一夏は急いで扉から離れた。
すると、一瞬の沈黙を破るかのように、扉が勢いよく開かれた。


「何者だっ!」


おそらく、少女は曲者だと思ったのだろう。
扉を蹴りで強引に開けたため、一夏の視界に入ってきたのは、すらりとした美脚ともった、ポニーテールの少女。
切れ目の双眸と、凛々しい顔立ち。
制服の上から、銀色の胸当てをしていることから、騎士のような出で立ちであることがわかる。
しかし、問題はここからだ。
学院の生徒である以上、制服を身につけていることは当然だが、その制服のスカートが短いため、蹴り破ったことによって、プリーツスカートの裾が捲れ上がり、中のレース付きの下着が堂々と目に入ってしまったのだ。



「く、黒っ!?」

「なっ!? お、おおおのれっ! この不埒者っ!」


思わず声を上げた一夏の腹部めがけて、少女の渾身の一蹴が叩き込まれた。


「ぐほぉっ!?」


見事に入った一撃に、一夏はそのままよろけてしまい、そのまま少女に組み伏せられてしまう。
少女はそのまま腰に帯びていた剣を抜き放ち、その刀身を一夏の顔へと突き立てた。


「ッーーーー!」


まるで射抜くかのような鋭い視線。
鳶色の双眸が、しっかりと一夏の顔を捉えていた。
しかし、一夏の顔を認識したところで、少女の顔はだんだんと赤く染まっていった。


「き、貴様、お、男かっ!?」

「あ、あぁ……まぁ、な」


この子も箱入りお嬢様なのだろう。
先ほどのクレア同様に、男に対しての免疫がないと見える。
そして、そんな時ーーーー



「ずいぶんと遅い到着だな、織斑 一夏」


学院長室の奥から、不機嫌さ丸出しの声が聞こえる。
一夏は少女に組み伏せられたまま、視線だけを奥に向けた。
そこには、最後に会った三年前と全く変わらない姿した、魔女の姿があった。
ゆるりと波打つアッシュブロンドの髪。
妖艶な大人の色気を含んだ美貌。
小さな眼鏡の奥で、髪と同じ色をした灰色の瞳が、ジッとこちらを見つめていた。


「出やがったな……魔女め」


久しぶりの再会にもかかわらず、一夏はそう毒付く。
《黄昏の魔女|ダスク・ウィッチ》ーーーーグレイワース・シェルマイス。
姿こそ妖艶な美女ではあるが、その正体はオルデシア帝国の《十二騎将|ナンバーズ》に名を連ねたこともある歴戦の精霊騎士。
最高位の精霊使いは、年齢を超越すると聞いたことがあるが、噂は本当だったのかもしれない。


「三年ぶりか……ずいぶんと人相が変わったな、一夏」

「あんたが変わらなさ過ぎるんだよ、グレイワース」


倒されたまま、皮肉混じりに言ったつもりだったのだが、魔女はそれすらも微笑で返す。


「織斑 一夏っ!? では、こいつが例の……!」


ポニーテールの少女が、より一層警戒を強めたように眉をキリッと上げた。


「な、なぁ……そろそろ、退いてくれないかな?」

「なんだと、この破廉恥な不届き者がっ」

「いや、その……一応は、お前のためなんだけど……」

「何?……どういう意味だ」

「いや、だから……さっきから、その……お前の太ももが当たっててな……」



普段から鍛練を積んでいるのだろう……程よく引き締まっている柔らかな太ももが、先ほどから一夏の体に触れている。
他者から見たら、羨ましいお思われる光景かもしれないが、実際の所、そんな事を思う余裕すらない。



「〜〜〜っ! き、貴様っ!」

「どおわっ!?」


少女の顔が、一気に赤く染まったと思いきや、スカートを抑えて後ろに飛び退き、さらには抜いていた剣を遠慮なしに一夏に対して振り下ろしてくる。
一夏も咄嗟に反応して、その一撃を躱して見せた。


「お、おい、やめろ! 危ないだろうがっ!」

「だ、黙れっ! お、おおおのれ破廉恥なっ! そこになおれ! サーモンマリネにしてくれるっ!」

「だあーっ! やめろってのっ! それと俺はサーモンじゃないからなっ!」



再び振り下ろしてきた剣を、一夏は自分の剣を抜いて受け止めた。
刀身は細く、片刃の直刀のような剣。
目に一片の曇りのない、本気の一撃。受け止めていた剣から、その衝撃が伝わってくる。


(なんで俺はまたこんな目にあってんだ……?! これも魔女の呪いなのかっ!?)


そうではないと言い切れないから怖い。
そう思いつつも、なんとか抵抗していた時だった。
今まで事態を見ていたグレイワースの方から、声がかかった。


「剣を収めろ、エリス。学院内での私闘は禁じているはずだ」


グレイワースの言葉に、エリスと呼ばれた少女の動きが止まった。


「し、しかし、学院長ーーーー」

「私に二度同じ事を言わせるつもりなのか? エリス・ファーレンガルト」

「い、いえ……申し訳ありません」


エリスは一度だけ一夏を睨みつけて、剣を鞘に納めた。
しかし再び、魔女が火に油を注ぐ。


「しかし、お前もそういうのを気にする歳になったのだな。まぁ、甲冑の中で押さえつけられているエリスのわがままボディに触れてしまっては、大抵の少年たちは我慢できんだろうがな」

「なっ!? が、学院長!?」

「待て! 変に誤解を招くような事を言うなっ!」


ここでまた斬りかかってこられても困るので、一夏は早々にその事を否定した。


「ふんっ……貴様など、学院長の客人でなければポトフにしてやるというのに……!」

「サーモンの次はポトフかい……」


例えがよくわからないのだが、さっきから美味しそうな料理名を言う。
もしかして、料理が好きなのだろうか……?


「下がれエリス。あまり目の前てイチャラブされても不愉快だ」

「し、しかし! この男と部屋で二人きりなど……。この男が、自分の欲情に身を任せて、その、学院長に対して不埒な行動をーーーー」

「ありえねぇーよッ!! 万が一にでもそれだけは無ぇっ!」



あまりにも突拍子もない言葉に、さすがの一夏もツッコんだ。


「ふむ……それなら別に構わんさ。私はいつも勝負下着を履いているぞ?」

「はぁっ!?」

「ほほーん? 顔が赤くなったぞ少年。なかなかに可愛いな、ちなみに色はーーーー」

「聞きたくねぇーよっ!」

「冗談だよ……何をそんなに本気になっているんだ?」

「このっ……魔女め……っ!」



くすくすと愉快そうに笑うグレイワースに、一夏は殺気がこもった視線をぶつけた。



「し、しかし学院長! 護衛もなしに、このような男とーーーー」

「エリス・ファーレンガルト」

「っ!?」



静かな声色が、ここまで響くものだろうか。
グレイワースの声に、エリスはビクッと体を震わせた。


「私に同じ事を二度言わせるつもりなのか?」

「も、申し訳ありません、学院長!」



グレイワースがよほど恐ろしいのか、エリスは早々に廊下へと立ち去ってしまった。
エリスが下がったことで、学院長室には、一夏とグレイワースの二人だけになった。
ようやくいろんな意味で危険から脱したようで、一夏はホッと胸を撫で下ろす。


「しかし、甲冑なんで着込んでたけど、あの子も学院生なんだよな?」

「彼女は《風王騎士団|シルフィード》の団長なんだ。学院の規律と秩序を守っている」

「ふーん……風紀委員みたいなもんか……。なら、もうちょっと取り締まりを強化しておいたほうがいいと思うぞ?」



森の中で猫娘に襲われる事だってあるだろうし……。



「ふむ……まぁ、一応参考にしておこう。しかし、まだ随分と到着が遅れたな?」

「あぁ……。ここに来る途中で、騒がしい火猫のお嬢様に絡まれてな」

「ほう……。では、その傷も、その火猫にやられたのか?」



グレイワースの言う傷……それは、一夏の右手の甲にある物を指した言葉だった。



(魔女め……やっぱり気づいたみたいだな)



隠し通せるとは思っていなかったが、こうも早く看破されるとは思っていなかった。



「そのまぁ、なんて言うか……。ここに来る途中、剣の封印精霊と契約しなくちゃ聞けない場面があってな……成り行きで」

「ほう? お前が “彼女” 以外の精霊と契約するとはな……。ようやくあの『亡霊』と決別できたというわけか……」

「っーーーー!!!!」



グレイワースの言葉に、一夏は怒気を含んだ視線を向け、腰に差していた直刀と抜いて、グレイワースに切っ先をつけた。



「あいつは亡霊なんかじゃないっ……! 言葉には気をつけろ、魔女……っ!」

「ふん……では、あいつはお前のなんだというのだ? 家族か? 恋人か? それとも姉弟か?」

「違う。あいつは、俺にとって……大切な……っ」



大切な相棒だった。
だが、そんな大切な相棒が、三年前、忽然と姿を消したのだ。
彼女を探すために、一夏は旅を続けた。
彼女の居場所を突き止めるために……。



「そう無下にすることもないだろう……。“異世界” からやってきた少年が、美しい少女の精霊と恋に落ちる……。
中々にロマンチックな筋書きだと思うが? 『魔王の迷い子』よ」

「………」



グレイワースの言葉に、一夏は眉をひそめる。
そう、一夏は元々、この世界の住人ではなかった。
まだ10歳にもなっていない時に、ひょんな事から、この世界へと表れた。
それが、何を意味しての事だったのかは、グレイワースも、ましてや、一夏本人もわからない。
『魔王の迷い子』という言葉は、三年前に、グレイワースと知り合った際に、グレイワースが名付けたものだ。
まぁ、男でありながら精霊を使役している時点で、確かに、魔王の要素は含まれているだろう。


「まぁいい……。それで? あんたの寄越したコレ……本当なのか?」


一夏は突きつけていた直刀を下ろし、鞘に戻した。
代わりに、ズボンのポケットにしまっていた手紙を取り出して見せた。


「ああ、本当だとも……。魔女は嘘をつかない」

「ああ、そうだ。あんたは嘘をつかない……だが、決して真実も口にはしない……だろ?」

「ふふ……」

「話を戻すぜ。あんたの知っていること、すべて教えろ」

「前戯もなしでいきなりだな……。それが人に物を頼む態度なのか? 三年前のお前は、もう少し可愛げがあったのになぁ……」

「三年もあれば、猫も虎に変わるさ……。いつまでもあんたの飼い猫ってわけじゃないぜ、グレイワース」

「猫が虎に変わることはないよ………」


グレイワースはわざとらしく肩をすくめて、一夏の目をじっと見た。
その威圧的な視線に、一夏もわずかに気圧された。


「それに書いてあることは本当だ……。“お前の契約精霊は生きている”」

「っーーーー!」


グレイワースの言葉に、一夏は息を呑んだ。


「あいつは……レスティアは今、どこにいるんだ‼︎」


思わず声を荒げてしまう。
グレイワースの座る椅子の前に置いてあった、執務机に身を乗り出すほど、グレイワースに近づく。
だが、グレイワースは微動だにすることなく、代わりに書類なの束を、一夏の鼻先に突きつけた。


「……なんだ、これは?」

「この書類に目を通せ……。交換条件だ、ここにサインしてもらう」

「………いきなり何訳の分からない事を言ってんだ、あんたは?」

「訳が分からないという事はないだろう?何のためにお前を呼び出したと思っている。この黄昏の魔女が、善意で情報を提供するとでも?」

「あんたに悪意しかないのは知っているさ……」


一夏はおもむろに、その書類の束を取ると、思いっきり執務机に叩きつけた。
クリップでまとめられた、アレイシア精霊学院ほ編入届の書類を……。
そこに書かれていたのは、間違いなく、一夏にとって、都合の良いプロフィールだった。


「何の冗談だ、これは?」

「お前には今日から、この学院に編入してもらう。各種の手続きは済ませてあるから、安心しろ」

「何をもって安心しろなんて言っているのかは知らないが、こんなんで安心なんかできるかよ……! どういう事なのか、はっきりとした説明をしろ!」

「お前が必要だ。以上」

「は?」


魔女の言葉はいつも気まぐれで、いきなりだ。


「あんたの冗談はいつも突拍子もないよな、黄昏の魔女。男の俺を編入って、そんな事、できるわけがないだろう!」

「私の権限でなんとかする」

「ふざけるなっ! 三年前とはわけが違うんだぞ!」



そこまで言った瞬間、グレイワースの瞳から、光が消えた。



「感違いするなよ、少年……。誰がいつ、お前に選択しろなどと言った?」

「ッーーーーー!!!!?」



背筋が凍るような声色。
魔女の本性を現した瞬間だ。
この恐怖を煽るような底冷えする声……三年前と変わらない、気味の悪い声だ。



「これまで好きに泳がせていたが、精霊使いは本来、協会に管理されるべきものだ……この私とて、その例外でない。
それはお前も知っているだろう……」

「そ、それは……」



オルデシア帝国では、精霊使いは様々な特権を享受できる代わりに、協会へと登録を義務付けられている。
その理由は、反帝国の思想を掲げるはぐれ精霊使いの存在を許さないからだ。
もしそんな存在がいたならば、国家にとって、もっとも危険極まりないからだ。


「いずれお前の存在も、帝国は嗅ぎつけてくるだろうよ……。男の精霊使い、織斑 一夏の名を。
言っておくが、帝国の精霊騎士の腕を甘く見るなよ? 三年前ならばまだしも、今のお前では、絶対に勝つ事はできない。
それに、うっかり私がばらしてしまう可能性もなきにしもあらずだしな……」

「何が “うっかり” だよ。要するに脅迫じゃねぇか」

「ふふっ、理解が早くて助かるよ」

「ちっ……あんた、本当にいつか刺されるぞ」

「おや? 心配してくれるのか? 優しいな、一夏」

「誰があんたの心配なんかするか。むしろ襲ってきた連中に同情するよ、俺ならな」



一夏が吐き捨てるように言うので、グレイワースはさも心外そうに肩をすくめる。


「一体何がそんなに気に入らないんだ? 本物のお姫様が集まる乙女の園に、男がたった一人……どこをどう見ても酒池肉林のハーレムではないか」

「はぁ……あのなぁ、俺はーーー」

「なんなら、学院生の一人をお前の好きなようにして良いぞ? そうだなぁ……さっきのエリス・ファーレンガルト。
あいつなんてどうだ? 生真面目で堅物なところはあるが、うまく調教してやれば、一生お前に尽くしてくれるだろうさ。
そうなれば、どんな過激なプレイでも応えてくれるのではないか?」

「俺はそんな鬼畜じゃねぇよっ! 何言ってんだ、あんたはっ!」

「冗談だよ。私にそんな権限があるわけないだろう」

「あんたの冗談は冗談に聞こえないんだよ……」



一夏は堪らず目頭を抑えた。


「んで? なんで今更俺を呼んだんだよ……しかも学院に編入までさせて、何をさせるつもりだ?」

「お前は話が早くて助かるよ」

「ぬけぬけと言いやがる……魔女相手に、逆らっても無駄だからな」


一夏の投げやりな言葉に、グレイワースは「ふふっ」と笑い、改まって話し始めた。


「二ヶ月後、元素精霊界で、《精霊剣舞祭|ブレイドダンス》が開催される。それにエントリーしろ」

「はぁっ!?」


ーーーー精霊剣舞祭。
それは数年に一度、元素精霊界で執り行われる最大の神楽儀式。
大陸中の精霊使いが集まり、《五大精霊王|エレメンタル・ロード》に剣舞を奉納する祭儀だ。


「これまたいきなりだな……」


精霊剣舞祭では、優勝したチームを擁する国に対して、数年間にわたって、精霊王の加護が与えられ、国土の繁栄を約束される。
そして、大会の優勝者には…………望む《願い》を、一つだけ叶えることができるのだ。


「優勝しろ、一夏。もっとも、今のお前では、到底無理だろうがな」

「俺は………」


一夏は口をつぐみ、拳を強く握りしめた。


「俺はもう、二度と精霊剣舞祭には出ないって…………そう決めたんだ」

「いや、お前は出場するさ。そうでなくては困る」

「あ? どういう意味だよ」


グレイワースの言葉に疑問を抱いたが、当の本人が、改まって手を組み、ジッと一夏の目を見て、言い放った。


「お前以外に、あの最強の剣舞姫を倒すことはできないのだからな」

「なっ……!」


その名前を聞いた途端、一夏は絶句した。
最強の剣舞姫…………その称号で呼ばれる精霊使いは、この大陸にたった一人しかいない。
三年前、わずかに14歳にして精霊剣舞祭に出場し、個人戦トーナメントを勝ち続け、その頂点に至った少女。


「おい……っ、それは、まさか……!」

「ああ……。彼女が戻ってきたんだよ」


驚いて呆気にとられている一夏のことなんか御構い無しに、グレイワースは淡々と話を進める。


「最強の剣舞姫ーーーーレン・アッシュベルが、少女の姿をした闇精霊と一緒に……な」

「ッ!!!!!」











グレイワースとの話を終えて、一夏は外で待っていたエリスとともに、学院内を歩いていた。
グレイワースから渡された、学院の制服に袖を通してはみたものの、それが驚くほどぴったりだった事に、一夏は疑念を抱いていた。


(制服まで特注済みかよ……。どんだけ根回しいいんだ、あの魔女は。しかもなんで俺よりサイズ知ってんだよ……)


基調となる色は、他の学院生と同じ純白。
無論、下はスカートではなく、聖性を織り込んだ特注のズボンを履いているのだが、これが思いの外着心地がいい。


(まんまとグレイワースに乗せられたな……こりゃあ)


所々癪ではあるが、あんな言葉を聞いては引き下がることなどできない。


「教師棟と学生棟は二階の廊下で繋がっている。食堂は一階だ」


エリスが直々に学院内を案内してくれている。
先ほど制服に着替えている際に、グレイワースが呼びつけたらしい。
最初はあからさまに嫌そうな顔をしていたのだが、元が生真面目な性格であるため、断ることもせず、律儀に案内をしてくれている。
先頭を歩くエリスの後を追いながら、一夏はグレイワースの言葉について考え込んでいた。



(レン・アッシュベルに…………闇精霊………か)



ふと、自身の左手に視線を落とす。
今は革手袋で覆われた左手を見ながら、一夏は考えた。


(彼女か?……いや、違う……そんなはずは……。だが、なぜこんなタイミングで……)


考えても考えてもわからない。
それが本当に、一夏の追い求める彼女なのか、それとも、単なるデマなのか……。
しかし、グレイワースがガセネタを拾う可能性は低いはず……。
魔女は真実を口外はしないが、決して嘘もつかない。
それは一夏もよく知っていることだ。
いまいち信憑性に欠けるが、どこか確信めいた部分もある。


(まぁいい……どの道、彼女を探していたのは本当なんだ。それが嘘か真か、この目で確かめてやる……!)

「おい、君」

「えっ?」



そこまで考え込んでいた時、不意に前方を歩くエリスから声がかけられた。
エリスは訝しむような表情で、こちらを見ていた。



「君のために説明してやっているんだが?」

「あ、ああっ、ごめん。その、ちょっと考え事をしてた」

「考え事?」


一夏の言葉に、何を思ったのか、エリスは急に顔を赤らめると再び警戒心むき出しにして、一夏から距離を取った。


「き、きき貴様っ! 私の後ろ姿を見て何を考えていたというのだっ!?」

「はぁっ? 何言ってんだよ? って、剣を抜くな! 剣を!」


抜いてそのまま一夏に斬り込んでくるエリス。
騎士団に所属していることもあってか、その剣戟を鋭い。
ましてや、ファーレンガルト家は、『武門』の家。
これくらいの事は容易いのかもしれないが、あまり振るわれると身がもたない。
一夏も持っていた剣を抜いて、剣戟を止めた。


「くっ! 私の剣を止めるなど……!」

「落ち着けっての! 別にやましい考え事じゃないから!」


その言葉を聞いて、エリスは剣を鞘に戻した。


「言っておくが! 君を案内しているのは、学院長のご命令だからだぞっ! 勘違いするなよ!」

「わかってるよ……。でも、そんな邪険にしなくてもよくねぇ? これからは一緒の学び舎で勉強する生徒同士なんだしさ」

「ふんっ」

「ううっ…………」


どうやら、相当警戒されているらしい。
まぁ、今まで乙女の園だったところに、いきなり同学年の男子が入ってきたのだから、ウサギの群れの中に、凶暴なライオンでもぶち込んだイメージだろうか……。


(気持ちはわからなくもないだけど……)


グレイワースの命令には、精霊剣舞祭で優勝しろとの命も入っていた。
そして、今年の精霊剣舞祭は、チーム戦。
五人一組になって戦わなくてはならない。
しかしこのままでは、五人集めるのだけでも一苦労だろう。


(どうにかしないとなぁ……)


そこまで考えたところで、一夏はあることに気がついた。


「なぁ、エリス」

「なんだ」

「俺、今日はどこで寝泊まりすればいいの?」

「ああ、それならこっちだ。さすがに現地に行くのも時間がもったいないので、君の宿舎が見える場所まで行こう」

「ああ、頼むよ」


よかった。最悪野宿も視野に入れていたのだが、精霊の森で野宿は、さすがに身の安全を保障しかねない。
この学院には、生徒のための宿舎があると言う話だし、空いている一室でもあれば願ったりだ。
しかし、そんな希望は、容易く打ち壊された。


「この窓から見える……。あれが、君の宿舎だ」

「どれどれ……」


エリスが指差す方角を見た。
しかし、そこにあったのは、木製の小さな小屋。
それも……



「いやあれ馬小屋じゃねぇーかッ!!!!!」

「何を言っている。君の目は節穴か?」

「はぁっ?」

「よく見てみろ」


よく見ろも何も……ただの馬小屋にしか見えないのだが?
そう思いながら、一夏はよ〜く目を凝らして馬小屋を見た。
するとどうだろう……その馬小屋の隣に、小さな小屋があった。


「えっ?」


もしかしてと思い、一夏はエリスに尋ねた。



「もしかして……」

「ああ。あれが君の宿舎だ」

「今度は掘っ建て小屋かよっ!? 馬小屋の方がまだ立派じゃねぇーか! っていうか、あんなの3日もあれば誰でも作れるだろう」

「三時間だ。私の契約精霊の力を甘く見るなよ」

「お前が作ったんかいぃぃっ!! 意外にクオリティーが高いから余計にムカつくんだけど!」



遠目からでも、綺麗に作られているのは見て取れた。
生真面目な性格が表れている。


「それで? 風呂とかトイレは?」

「どちらも馬と共用だ」

「馬と共用って…………俺は馬と同等かい」

「何を言っている……馬の方が重要に決まっているだろう」

「…………ヒドい……」



何故こんな仕打ちを受けなくてはならないのか。
いかに男の精霊使いが危険な存在だと思っていても、これはやり過ぎではないだろうか……。



「言っておくが、万が一にでも君が学院の施設に入ろうものなら、私の契約精霊がキノコソテーにするので、そのつもりでいろよ」

「マリネにポトフにキノコソテー…………どんどんレパートリーが増えていくな。
ひょっとして、料理とか好きなの?」

「ああ……。いつか自分と生涯を共にする殿方の為に、日夜鍛練している」

「ヘェ〜。それは食べてみたいかも……自分以外で料理作ってくれる人の飯は、美味しいと嬉しいものだし」

「そうか。では、いずれ君にも振る舞ーーーー」



そこまで言って、エリスは気づいた。
振る舞う殿方が一夏だと、自分と生涯を共にするのはーーーー



「って! 君になど、絶対に作らないからなっ!」

「うおっ!?」


抜剣から一瞬で振り切る。
あと少し一夏が体を後ろに退いていなかったら、間違いなく首が飛んでいただろう。


「っ!? ファーレンガルト家に伝わる秘剣を躱すとはっ……!」

「なにサラッと秘剣出してんだよっ! 死ぬってのっ!」

「ええい、もう行くぞ! これから授業も始まることだし、君の所属する教室まで案内する!」

「あ、おい! 待てよ」



スタスタと歩いていくエリスを追いかける一夏。
学生棟に入り、ようやく教室らしき場所に来たと思える。



「なぁ、なんで教室と教室が、こんなに離れてるんだ?」



元の世界……日本の学校では、教室と教室はすぐ隣にあったが、この学院の教室は、一部屋一部屋の間隔が異常なくらい開いている。
しかも、全フロアだ。


「ここは貴族の乙女たちが集う場だから。ただでさえプライドの高いもの達が多いし、家名同士の因縁などもあるから、決闘沙汰にならないようにとの配慮なのだろう。
基本的に、この学院での決闘は禁じているが、それでも決闘沙汰は起こるのだ」

「なるほどねぇ〜」



貴族という者との接点がないため、一夏にはわからない世界だが、色々と大変なのだろう。



「だがまぁ、そんな秩序と風紀を乱す輩を取り締まるのが、我々《風王騎士団》の役目だ」

(どちらかといえば、お前が一番秩序を乱してると思うんだけどなぁ……)



そう思いながらも、一夏はエリスの事を考えていた。
自分だって、先ほど火猫のお嬢様にやられたばかりだったので、こういう事を、毎日取り締まっているだと思うと、とてもそんな事を言えなかった。


(こいつも、こいつなりに頑張っているんだな)


生真面目で堅物……だがそれは、決して悪いものではない。
一番信用のおける人物だという証拠だ。
そう思っていたら、自然と微笑んでいたようで、またエリスが訝しむ目で見てきた。


「何をニヤニヤとしている」

「ああ、いや……その、ありがとな、エリス」

「な、なんだ、いきなり!」

「いや、ただ単純にお礼を言いたかっただけだよ。騎士団長自らの案内に、心から感謝してるのさ」

「ふ、ふんっ! そんなにおだてたって、私は靡かんぞ」

「はいはい」

「まぁいい。だが、君も問題は起こしてくれるなよ? 君がこれから所属するのは、“優秀な問題児” が集まるレイヴン教室なんだから」

「優秀な問題児……ねぇ」

「ん? なんだ?」

「いや、ちょぉ〜と心当たりがな……。ところで、エリスも同じ教室なのか?」

「なっ!? 馬鹿にするな! 私は “最優” のウィーゼル教室だ!」

「ああ、いや! だって、問題児を取り締まるんなら、同じ教室の方が良いんじゃないかと思ったから……」

「はぁ……。あそこのお嬢様達は、みな自由奔放過ぎるんだ。だから、君を気をつけるように」

「わかりました」




エリスの案内も、最後となり、一夏はこれから自分が所属する教室……『レイヴン教室』の目の前まできた。
丁寧に作りこまれた木製の大きな両開きの扉。
ここから、二ヶ月後の精霊剣舞祭に出場するための準備をしなくてはならない……。



「ありがとう……ここまででいいよ。あとはクラスの子に聞くからさ」

「わかった。では、私はここで失礼する」



そう言って、エリスは自分の教室へと戻っていった。



「さて、鬼が出るか蛇が出るか……!」



教室を目の前に、一夏は大きく深呼吸した。










序盤の物語は、書きやすいからいいですよねぇ〜( ̄▽ ̄)


感想、よろしくお願いします!