名有り   作:こふきいも

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「名無し」のレミリア視点です。
「名無し」を読んでいない方でも
楽しめる内容となっております。


名有り

私は、紅魔館の主だ。

 私は、1人の悪魔を雇っている。

 それは偶然、人手が足りないから、

 という理由で召喚した悪魔が、

彼女だったというだけ。

 他には、何もない。

 何もなかったはずなのに。

 いつから、あなたが私のものに。

 と、強く願うようになったのか。

 

 彼女が紅魔館に雇われて、

 初めて暇をもらって魔界に帰った時。

 たった数日のこと。

 それなのに。

 もう、私のところには

戻ってこないんじゃないかと、

酷く気をもんだ。

 彼女は、悪魔なのだ。

 私に対して、忠誠心など微塵もない。

 だから、帰ってこなくたって、

おかしなことなんか、1つも……。

 彼女には、名前がない。

 それは、私が臆病だからだ。

 私は。

 自分の不安を押し潰せるだけの、

 強い自分ではないし、

 あなたへの思いだって、

詩人も泣き出してしまうような汚さなの。

 だから、あなたに名前を与えて、

縛ることなんか、出来ないの。

 彼女の顔が、瞼の裏で歪んだ。

 

 だから、あの時。

 「小悪魔、相手をして頂戴」

 そう、精一杯の勇気を込めて、

 あなたの裾を掴んだ時。

 例えそれが、こんな歪な形でも。

 想いが遂げられるなら構わない、と。

 これで、あなたは私だけのものだ、と。

 どんどんあなたへの想いは汚れていった。

 

 出会った頃の、

あなたを眼で追っていた私はもう、

どこにもいないから。

 今では、

あなたを征服することしか考えられない、

醜いものになってしまった。

 独占したい、誰にも渡したくない。

 でも、あなたを手に入れる勇気もないの。

 だから、そんな眼で私を見ないで。

 私とあなたの想いが同じくらいなら、

あなたの望んだ結末は訪れないの。

 ハッピーエンドには、なれないのよ。

 王子にはなれない、

 だって、私は。

 

 「フラン、パチェ、咲夜、美鈴、」

 そこにある名前を。

 呼ぶことしかできない。

 「小悪魔。」

 あなたの名前は、怖くて呼べないの。

 ごめんね。

 私がこんなに弱いから。

 あなたを"愛する"資格すらも。

 捨ててしまったから。

 だから。

 お願い。

 私のことなんか愛さないで。

 バッドエンドで構わなくても。

 私じゃ駄目だから。

 

 「咲夜、小悪魔を呼んで頂戴。」

 「かしこまりました。」

 ああ、1分ってこんなに短かったっけ。

 秒針はこんなに忙しなかったか、

 あなたが歩くのは、こんなに速かったけか。

 

 「お嬢様、小悪魔でございます。」

 ドアの前で、深呼吸する音が聞こえる。

 背中にある月は、眩いくらいの光を、

ドアに向けて放っていた。

 私の弱い影が、映っている。

 「いいわ、入りなさい。」

 彼女は、ドアを開いた。

 赤い月に目を細める、私の。

 何でもない、遠くにいる、美しい人。

 私は、怖くなった。

 ここには、あなたと私。

 二人きりなのだ。

 

 「契約のことなんだけど……」

 早く終わらせよう。

 こんな下らない夢も。

 あなたへの想いも。

 あなたは、私を"愛して"いる。

 私とあなたは似ているけれど、

そこだけが違うの。

 私は、あなたが"欲しい"。

 だから。

 

 「小悪魔。契約解除してほしいの。」

 こんな想いは。

 捨てないと、いけない。

 傷つけたくないから。

 傷つきたくないから。

 

 「小悪魔……小悪魔、

 ちょっと、聞いてるの?」

 最後の時まで、こんな名前でしか、

あなたを呼んであげられない。

 こんな私を、どうして愛してしまったの?

 「は、はい、

 申し訳ございません。」

 あなたの、赤が揺れる。

 その様を見て。

 「もう一度言うわ。

 契約延長よ、小悪魔。」

 嘘をついた。

 「え?」

 驚くあなたも。

 私のことを"愛して"しまったあなたも。

 やっぱり、離したくない。

 

 つくづく醜いな、

 私は。

 「まあ、あなたが嫌と言っても、

 離すつもりはないけれど……

 って、あなた、また泣いてるの?」

 また、と。

 忘れるはずがない、

あなたと出会った、あの日。

 泣き出してしまったあなたに、

 私は小動物に対するような心になった。

 それも、守ってやりたい。

 なんて、ありきれた感情に。

 

 今では、そんなあなたが欲しいだけ。

 泣き虫ね。

そう言って、私はあなたの涙を拭った。

 本当は、飲み干してしまいたかった。

 赤が、近い。

 あの夜は、こんなことは思わなかった。

 こんなに心臓はうるさくなかった。

 

 「お嬢様。私は……

お嬢様の何として契約を結べば良いのですか」

 あなたは、聞いた。

 ただの従者よ、他に何があるの?

 違う。

 あるんでしょ、あなたの中には。

 叶わない、ハッピーエンドが。

 「あなたが望むなら、どんな形でもいいわ。

 私はただ……

 あなたにここにいて欲しいだけ」

 私は、早口に言った。

 本音を言っていいのなら、

 あなたが居なくなるのが、何より怖いのだ。

 でも。私は。

 強がらなくちゃいけないから。

 あなたがいなくなって、

平気なはずはないのに。

 もういい。

 汚い想いを抱えたままの勇気より、

 あなたを縛る勇気が欲しい。

 欲しがりすぎね、きっと最後は。

 あなたに嫌われて終わりよ。

 

 「なら、お嬢様の隣にいます。ずっと。」

 は?

 耳を疑った。

 自分から首を差し出すのか、あなたは。

 「悪くないわね。」

 私は座を正した。

 「条件があります」

 彼女はそう言って、顔を上げた。

 あなたの顔が、私の視界いっぱいにある。

 強い赤が、息を吸い込んだ。

 弱い紅が、溜め息をついた。

 「私に名前を下さい。」

 彼女は、あろうことかそう言った。

 馬鹿なことを。

 もう、逃げられないのよ?

 弱くて汚い、紅から。

 私は、大きな声で笑った。

 いや、溢れてしまったのだ。

 「ふふふ、そんなことでいいの?

 条件なんて大袈裟なこと

言うから、驚いたじゃない。

 そうね……小悪魔・スカーレット

 何てどうかしら?

 ……捻りがないわね。

 ディアボロ・スカーレット。

 うん、これにしましょう。」

 もう、逃がさない。

 首輪と手錠は、もうはめたのだから。

 「お、お嬢様?」

 うん?と、惚けた顔をしてやる。

 大袈裟なくらいに。

 「えぇと、その……名字は……

 どういう、こと、でしょうか」

 赤が、紅く染まった。

 ああ、可愛い。

 

 「プロポーズじゃないの?」

 私は、はめた首輪に名前を書いた。

 「ぷ、ぷろぽおず?」

 惚けた声で聞き返された。

 「隣にいる、名前を下さい。

 って言ったのは誰だったかしら。」

 忘れたの?

 「私、ですけど……」

 「覚えてるじゃない。」

 いい子ね。

 首輪も手錠も良く似合っているわ。

 

 「お、お嬢様の

 本当に大事な人にだけ

 そういうことを言うべきです!

 からかうなら、

契約解除しますよ!」

 何を言っているんだ、あなたは。

 もう、逃げられないのよ。

 ほら、鎖がガシャガシャ唸って、

うるさいくらいね。

 「但し、嫌と言っても離さない、

 ここにいて欲しいと

 言ったのは私。

 本当に鈍い悪魔ね。」

 私はそう言うと、

 逃げ出そうとした

あなたの首輪に繋がった鎖を引っ張った。

 紅い。

 ああ、もう、私だけのものだ。

 そう思った時には、唇を塞いでいた。

 

 「それで、解除するの?

 延長するの?」

 最後に、少しだけ勇気が足りなくて、

私は聞いた。

 「延長……します。」

 あなたは、そう言って、また泣き出した。

 


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