生命の唄~Beast Roar~ 作:一本歯下駄
『おい』
『それで、アレックスは何処に行ったんでしょうかね』
『おい、ふざけるなよ。君が
『……私はただ、
『其の所為であの阿呆がカエデ・ハバリを殺すとか言って出て行ってしまっただろうっ!?』
『頑張って止めてください。止められなかったら。そうですね、ロキに殺されますね』
『なんだよそれっ!! しかもランクアップ更新もしただろっ!? 手を付けられるわけないだろうっ!!』
昨日のステイタスの更新にて、『偉業の欠片』を二個も入手した事に喜ぶと同時に、ロキに言われた事が頭に引っかかる。
『他の
説得する様に言われた言葉に、『偉業の欠片』入手という飛んで跳ねて喜ぶ様な気分が消し飛んだ。
それは嘘に違いない。カエデはそうロキに伝えた。対するロキは『嘘は吐いとらん』と言い切った。神ロキの保証がある。けれども、今更どういった顔で彼らと接すれば良いのか、カエデにはそれがわからない。
昨晩に言われた言葉が妙に頭に残る中、何時も通り日の出前に目覚めて武具の手入れを行おうとして、自身の持つ武装『ウィンドパイプ』は完全に砕け散ってしまっていた事を思い出して泣いた。ただ泣いているだけでは何も始まらないし、時間の無駄なので支給品である量産品の大剣の手入れを行う。
とはいえ、しっかりと切れ味や強度については点検が済まされた代物が渡されているので、特にみるべき点はどこにもなく、すぐに点検も終わってしまった。
カエデはおもむろに姿見に自身の姿を映し、鏡の中にいる自分をじっと見つめる。
動きやすいシャツにハーフパンツ、首元辺りを擽る程度に整えられたショートボブの髪に鋭い耳。
血の様な、ではなく血そのものともいえる真っ赤な瞳に、色が抜け落ちた様な白毛。大きめの尻尾や整った毛並みはカエデにとって密かな自慢できるアピールポイントである。が、それだけだろうとカエデは嘆息した。
「ワタシはどうしたらいいの?」
鏡の中に映る自分の表情を見て、鏡の中にいる自分に問いかけを投げかける。ペコラがカエデに紹介した童話と呼ばれる意味の分からない物語の中には、お喋りする鏡というのがあった。
何でも答えてくれる鏡。もし目の前にある姿見がその鏡であったのなら、そんな無意味な事を考えていたカエデは大剣の柄に手をかけ、もう一度姿見を振り返り、けれども今度は口を開くことなく部屋を後にした。
鍛錬場に到着すれば、既にベートが一人黙々と体を動かしている光景があり、カエデは慌ててベートの傍に寄り声をかける。
「おはようございます」
「あぁ。今日は鍛錬はなしだ」
挨拶に対する返答として一瞬だけカエデの方に視線を向け、すぐに正面に向かって蹴りを繰り出すベート。ほんの一瞬だけカエデがベートの言葉を理解しきれず硬直してから、悲しげに耳と尻尾を伏せて引き下がった。
ロキからベート以外の
「お前は俺に殺されたいのかよ……」
「っ!?」
「はぁ、いいか。俺は昨日の更新で
呆れ顔のままカエデの頭に数度手刀を叩き込み、ベートはカエデを見下ろした。
説明を受け、ベートが鍛錬を断った理由と、突然の『殺されたいのか』という脅し文句の理由を察したカエデは安堵の吐息を零し、そして目を見開いてベートをまじまじと見つめた。
「
「あぁ、そうだよ」
苦虫を噛み潰したような、あまり嬉しそうではないベートの様子にカエデは首を傾げた。
本来なら
「俺の調整に巻き込まれたくなけりゃもう少し離れてろ」
「あ、はい……すいません」
上昇したステイタスは相当高かった。というよりは魔力がGから一気にBにまで跳ね上がったのだ。理由はギリギリの状態で発動させた
ジョゼットから聞いた
つまり
自身の装備魔法に関しての事を思考の端に引っ掛けつつ、一人で行っていた素振りを続けていると、鍛錬場の入り口の扉が開かれる音が響き渡った。
ベートは誰が来たのか確認すらせずに
そんな鍛錬所に現れたのはカエデの予測とは別の人物。恐る恐るといった様子で足を踏み入れたのは
ダンジョン内でカエデに友好的に接しようとして、結局カエデに拒絶された彼は忍び足で鍛錬所にやってきた。
理由は割とシンプル。カエデが朝早くに鍛錬所に居ると知ったからこその行動。とりあえず挨拶でもなんでもいいから少しずつ関わりを持とうという下心のあるケルトは、ベートの姿を見て喉を引きつらせ、カエデの姿を見て悩まし気に口元を引き結ぶ。
「あー、おはよう?」
「あ……」
緊張した様子で、カエデを委縮させない様に笑顔を浮かべ、片手をあげて挨拶をするケルト。対するカエデは予想外の人物の登場に硬直し、どうすればいいのかわからずに視線を泳がせて、ベートにたどり着いて助けを求めるようにベートを見つめる。
ベートの方はカエデの視線に気付くと面倒臭げに嘆息してそのまま背を向けて去っていった。思わずカエデが手を伸ばすもベートは振り返りもせずに鍛錬所を出て行ってしまう。
ベートがこの場を離れた理由は、前日のロキに言われた事が原因である。
ベートから見ればカエデを無視する
だからこそ見かける度に睨み付けていたのだが、実際の所は
ベートからすれば最初から声をかけてりゃこんな事にもならなかっただろうという呆れが強い。
だが、ベートがカエデに気遣いをした事があるかと言えば、ある。あるのだが、それはカエデと初対面の時に行ったものではないし。そもそもの話、初対面の時はカエデが自身に怯えていたかどうかなんて見てもいない。
同じファミリアの仲間の死、そして
取り残されたカエデとケルトがジーっと見つめあい、ケルトが困ったように頬を掻こうとして、やめる。
ケルトが上げていた手を静かに下してから、口を開いた。
「あー、お前さえ、良ければだけどー、その、朝飯とか一緒に? どうだ?」
不自然なケルトの言い方、それに対するカエデは昨日ロキに言われた言葉が何度も脳裏を過ぎる。『仲良くしたって』という言葉。朝食への誘いをわざわざしに来たケルトに対し、どう返事をすればいいのか。たっぷり一分以上の時をかけ、カエデは絞り出す様に返答した。
「……わかりました」
「…………っ! おうっ、そうか、いやよかった。うん、じゃあ後でな」
カエデの返答に喜色を浮かべたケルトが、そのままパタパタと鍛錬所を出ていき、カエデ一人が取り残される。どう反応していいのかわからずに固まっていると、アイズが扉を開けて入ってきた。
不思議そうに後ろを振り返りながら入ってきたアイズがカエデを見つけると口を開いた。
「……? あ、カエデ。おはよう」
「おはようございます」
挨拶もそこそこに鍛錬所の定位置となっている場所に立ったアイズは、そのまま武器を抜こうとして、手を止めてカエデの方を伺って口を開いた。
「さっき、
「……嬉しそう?」
喜色を浮かべていたのは見ていたが、カエデの視界から外れて以降も
ロキの言葉に嘘はない。ロキが言うのであればきっと本当の事なのだろう。今までの
「そうですか」
「……?」
不思議そうに首をかしげるアイズから視線を外し、カエデは自らの模擬剣を素振りしはじめた。アイズはしばらくそれを眺めていたものの、すぐに視線を外して自分の素振りを始めた。
鍛錬するのに余計な思考を混ぜてる暇はない。今回の『深層遠征』においてカエデは二つの『偉業の欠片』を入手した。ステイタスの方も敏捷と器用は上限であるS999に到達済み。力もSまで伸びたし耐久だってBまで到達している。十二分に過ぎる程に成長しており
次の『深層遠征』の予定は未だに立ってはいない。とはいえ今後はダンジョン中層上部から中層下部、19階層以降に足を運んでの
今回の『深層遠征』で得た
次の『偉業の欠片』を手に入れられる状況は、どんなものが足りなくなるのか。きっと、
乱れた切っ先の流れをいったん止め、息を吸い、吐く。『丹田の呼氣』を整えてから、カエデは再度素振りを始めた。
グレース・クラウトスという少女は、決して淫乱ではない。少なくともグレース自身はそう答えるし、もしグレースの事を淫乱等と罵る者が居ればとりあえず殴る。自身より胸がでかい女なら胸を捥ぐ。男なら股間を蹴り上げる。それぐらいしでかす少女である。
グレースの朝は、早かった。目を覚ませば目の前にはヴェネディクトス・ヴィンディアの姿があり、思わずげっそりとした表情となったグレース。身じろぎをしてシーツから体を引っ張りだせば、同じベッドで寝ていたヴェネディクトスの方も目を覚ましたのかうめき声を上げた。
「うぅ……? 朝かい? ふぁぁあ……あぁ、そういえば昨日はロキ達に同じ部屋で寝ろって閉じ込められたんだっけか」
「そうよ、寝心地はどうだった? あたしはー、何時も通りね」
昨晩あった色々な騒ぎを思い出して目覚めと同時に疲労感を感じたグレースが深々とため息を零す。
昨日の夕食の席にて、カップルとして発表されてしまったグレースとヴェネディクトスの二人は、あの後面白半分に『どっちから告白したのか』だとか『相手の何処に惚れたの』等の質問を二人にぶつけた。
ヴェネディクトスが一つ一つ丁重に答える中、グレースは拳を握りしめて暴れようとして、即座に取り押さえられた。
『告白はどっちから?』
『僕からだよ』
『告白した時の台詞は?』
『僕はどうやら君に好意を抱いているらしい。付き合ってくれないかなって』
『返事はどうだったの?』
『へぇ、あたしなんかでよければ良いわよって』
『グレースの何処がよかったの? 割と、ほら、忠実な所はあるけど男勝りっていうか』
『あー、そうだね。付き合ってみればわかるんだけど、ちゃんと言葉にすればわかってくれる所とかは好感が持てるよ』
『昨日はお楽しみでしたね。で? どっちから誘ったの?』
『それはグレェっぶぁっ!?』
『あんた余計な事言うんじゃないわよっ!!』
最後の返答の途中にてグレースの投げた皿がヴェネディクトスの後頭部に直撃する等といったことがあったがあの時のヴェネディクトスの照れを一切感じさせないさらっとした返答で、グレースはナイフでずたずたにされたかのように心が痛んだ。なぜああも恥ずかしげもなく恥ずかしい事を言えるのか。理解ができないグレースは昨日のお返しとしてヴェネディクトスの足を引っかけてベッドに押し倒した。
「昨日はよくもあんな恥ずかしい事を皆の前で並べ立ててくれたわね」
「それは、すまなかったね。でも自慢したかった気持ちもあるんだよ」
まっすぐ見つめ返されて言葉を失うグレース。気まずげに視線を逸らすものの、満更でもないのか口元がにやけている。その様子を見ていたヴェネディクトスがくすりと笑えば、グレースは顔を真っ赤にしてヴェネディクトスに詰め寄った。
「っ、そういうのは心の中にしまっときなさいよ」
昨日のヴェネディクトスの隠し事を一切しない解答を聞いたロキと団員達はノリノリでファミリア内部にある客室の一室に二人を放り込んだ。
ロキ曰く『此処ならどんだけ騒いでも外には聞こえんから安心してやってもええで』と親指をおったてて言い切った。ついでに卑猥なフォグ・サインまでする始末。その後無言の
ファミリア内の風紀を乱すなよとだけ釘を刺されたのみで、恋人付き合い等は本人達の意思を尊重するといった形で不干渉を決め込んだのだ。ある意味ではありがたい事ではあったが、なぜ同じ部屋に放り込むのを止めなかったのかだけは気になる。
「ねぇ、リヴェリアってなんで止めなかった訳?」
「……さぁ、僕たちに選択肢を与えてくれたんじゃないかな。まあ流石にあの状況ではやれないけど」
当然の事ながら、昨日はシてない。むしろあれだけノリノリで『ファミリア公認カップル、一晩イチャイチャ部屋』等というふざけた名前の部屋に放り込まれてイチャイチャできる程、グレースの頭の中はピンク色ではない。
無論、ヴェネディクトスも頭の中がピンク色等ということはない。二人でダブルベッドに寝ただけで、それ以上の事はなかったと断言できる。
ベッドに押し倒したヴェネディクトスの上で深々とため息を零すグレース。対するヴェネディクトスは肩を竦めて口を開こうとして、途中で割り込んできた声を聞いて口を閉ざした。
「グレース、そろそろどいて──
「おっはようございまー……失礼しましたー」
元気一杯な様子で無遠慮に扉を開け放ったのはアリソン・グラスベルであった。彼女はグレースがヴェネディクトスの上に跨っているのを見た瞬間に言葉を失い。即座に一歩下がって静かに扉を閉めたのだ。
その様子を見ていた二人は顔を見合わせてから、慌ててアリソンの後を追う。
「待ちなさいアリソンっ!! 今のは、誤解っ!!」
「待ってくれっ!! 流石に僕もグレースも朝からああいったことはしないからっ」
「お二人がそんなに仲が良かっただなんて、ごめんなさい邪魔しちゃって、大丈夫です。皆には近づかない様に教えておきますね」
このままでは朝っぱらからナニを致そうとしていた脳内ピンクカップルという称号を得てしまうかもしれないとグレースは全力で廊下を駆ける。
結局、騒ぎを聞きつけてやってきたリヴェリアによって全員が処される事となった。
全員が平等に叱られ、朝っぱらから何をしているのかという説教を30分も味わったグレース、ヴェネディクトス、アリソンの三人がくたびれた様子で食堂に入ろうとして、グレースがふと気付いて口を開いた。
「あそこに座ってるのベートさんじゃない? いつもカエデと一緒だったと思うんだけど。一人?」
グレースの視線の先には朝食のトーストを面倒くさそうに食べているベートの姿。いつもならその隣辺りにはカエデがちょこんと座っているはずであるのだが、珍しく姿が見えない。
「本当ですねぇ。カエデちゃん、どうしたんでしょうか?」
「……一人で鍛錬所に残ってるとか? だったら誘いに行ってあげないといけないね」
ヴェネディクトスが食堂から引き返して鍛錬所に向かおうとした所で、アリソンがそれを引き留めた。
「いえ、カエデちゃんを見つけました……見つけたんですけど……」
「どうしたのよ」
歯切れの悪いアリソンの言葉に、グレースが眉根を寄せる。すぐにアリソンの傍に寄りアリソンの視線の先を探り出すグレース。対するヴェネディクトスもまたカエデの居場所に気付いて息を呑んだ。
ヴェネディクトスまで息を呑んで驚いた様子を見せたのに気付いたグレースが訝し気な表情を浮かべて口を開く。
「いないんだけど、何処にいんのよ」
「……あそこです」
「はぁ?」
アリソンの指さす先を見つめて目を細めるグレース。眉根を寄せ、難しい表情を浮かべたグレース。アリソンが指さした先にあるのは数人の
「あの、
「はぁ!? カエデがあの中に? ありえないでしょ、そんなの────うわ、マジでいるし。虐められてんじゃないわよね」
普段の
「グレース、落ち着きなよ。そう悪い扱いを受けている訳ではなさそう……というか……」
ヴェネディクトスが困惑した様にカエデの座るテーブルの方へ視線を向ける。その段に至ってようやくグレースも様子がおかしいことに気が付いた。
テーブルを囲む
多種多様な話題が次から次にカエデにぶつけられ、カエデの方が困惑している様子がうかがえる。
「あ、目が合いましたよ」
「……なんか、助けを求めてない?」
「何があったんだろうね……」
困惑した三人が立ちすくんでいると、後ろからロキのねっとりとした声が聞こえてきてグレースが悲鳴を上げた。
「朝からお盛んやったみたいやなぁ」
「ひゃぁっ!? ってロキっ! いきなりお尻撫で無いでよっ!!」
けらけらと軽い笑いを零すロキに対し、言っても無駄かと諦めたグレースが引き下がり、ヴェネディクトスが口を開いた。
「何があったんだい? その、カエデと
前まで、カエデの存在をまるっと無視するか、陰口を叩くといった陰湿な行動をとっていた
「そりゃぁ、今までのは勘違い……やないな。全員が全員、カエデの事嫌ってなかったっちゅうことや」
「はぁ?」
それとなく今までの経緯を話せば、グレースが呆れ顔でため息を零した。
「何それ阿保くっさいわ。だからちゃんと言葉にしろって言うのよ。特に獣人とか
「あー、今回は僕も同意見だね。最初から話しておけば、すくなくともああはならなかっただろうし」
馬鹿らしいと呆れ顔を浮かべるグレースに、流石に今回のすれ違いはグレースの言う通り
「そういえばあの席に座ってるのってカエデちゃんを無視してた人達ですね。逆にほら、悪口言ってた人達は見当たりませんし」
グレースの言う通り、最初からまっすぐ全力投球で言葉を投げかければ、もっと早い段階でカエデと仲良くできただろう。だがそこらへんはやはりまだまだ未熟な者達が多いファミリアだ。成長の余地があるとも言えるが、それでも未熟な所為で様々な事が起きる。
そういったちょっとしたトラブルも楽しみつつ、ロキはゆっくりとグレースとヴェネディクトスの手を指さした。
「んで、二人はいつまでラッブラブに手ぇ繋いだままで居るん?」
「っ!?」「あぁ、これかい? グレースが放してくれなくてね」
驚き、顔を真っ赤にしたグレースが即座に手を放して口を開いた。
「ちょっ!? あたしの所為にしないでよっ!」
「いやー、朝っぱらからあっつあつやなぁ。今日はやけに暑いわぁ」
ぱたぱたと手で自らを扇ぐロキを睨み、グレースは鼻を鳴らしてカウンターに向かった。
「もういいわよ、あたし朝食食べるから」
「あー、それではロキ様、失礼しますねー。待ってくださいよグレースちゃん」
「ロキ、僕も失礼するよ。カエデの方は、暫く様子見する。もしカエデに何かあったら、とりあえず僕たちも首を突っ込むつもりだよ」
「ほほう。ま、別にええでー」
ひらひらと手を振り三人を見送ったロキは、未だに数人の
「ええ仲間ができとるやん。その調子でどんどん仲良くしてきやー。んじゃウチは二度寝でもするかー」