生命の唄~Beast Roar~   作:一本歯下駄

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『おい、そのヒイラギってのは何処に居んだよ』

『それを今調べてるのさ』

『……どんな奴だ』

『黒毛の狼人、幼い少女。それ以外に特徴は知らないけど、黒毛の狼人なんて滅多に見ないんだ。直ぐに見つかる……はずなんだけどね』

『匂いで追えないのかよ』

『一度も会った事もない子の匂いなんて追える訳無いだろう』

『あん? ガキ(カエデ)の匂いと同じじゃねえのかよ。血が繋がってんだろ? だったらガキの匂いを参考に調べりゃ良いだろ』

『…………君、天才かい? その手があったか。そうだよ、カエデ・ハバリと血縁関係があるなら彼女の匂いとヒイラギ・シャクヤクの匂いは似るはずだ。つまりカエデ・ハバリの匂いが判れば──カエデ・ハバリの匂いが染みついた物を持ってないかい? 下着類とかあれば確実なんだけど』

『お前、もしかしなくても馬鹿か? 俺があのガキの下着なんて持ってる訳ねえだろ。ぶっ飛ばすぞ』


『深層遠征』《下層~深層》

 ダンジョン三十七階層。『白宮殿ホワイトパレス』とも呼ばれ、白濁色に染まった壁面、そしてあまりにも巨大な迷宮構造をしており、上部の階層とは度合スケールそのものが異なり、通路や広間、壁に至るまでの全ての要素が広く大きい。

 また、円形の階層全体が城塞のごとく五層もの大円壁で構成されており、階層中心に次層への階段が存在している。

 

 階層中央部付近に存在する迷宮の悪意(ダンジョントラップ)の一種『闘技場(コロシアム)』は、常に一定数のモンスターが湧き続け、際限無く戦いが繰り広げられる事からその名で呼ばれる。

 階層主であり迷宮の孤王(モンスターレックス)の『ウダイオス』討伐の為に【ロキ・ファミリア】第一軍メンバーが挑み、残りの第二軍及びに予備戦力、サポーターのメンバーが荷車の防衛を担当する事となった。

 

 第一軍メンバーがウダイオスの待ちかまえる部屋(フロア)へと突入してからまだ5分程度の時間しか経過していない。

 しかし、現在【ロキ・ファミリア】の遠征部隊は苦戦を強いられていた。

 

 二台の大型荷車を中心にウダイオスの居る部屋(フロア)へと通じる大きな()()を背にし、半円陣を組み後方より現れる大量のモンスターを捌いている【ロキ・ファミリア】の後方部隊。

 前衛に力と耐久に優れるドワーフを中心に大盾(タワーシールド)を装備した前衛(タンク)、中衛に遊撃として配置された狼人(ウェアウルフ)猫人(キャットピープル)等の中衛(サブアタッカー)犬人(シアンスロープ)等の支援役(サポーター)、後衛に配置されているのが【魔弓の射手】ジョゼット・ミザンナが作り出した装備魔法『妖精弓』を装備した第三級(レベル2)冒険者達や魔法使い達後衛(メインアタッカー)で形成されている。

 

 大体の場合は後衛の放つ魔法攻撃の嵐によって殆どのモンスターが殲滅され、前衛役が受け止めるモンスターの量は少ないはずだが、この三十七階層に出現するモンスターの中には魔法が効き辛いと言う特殊な性質を持ったモンスターも出現する。

 『オブシディアン・ソルジャー』と言うモンスターであり、黒曜石の体を持つ。黒曜石は元来、魔法に対する高い耐性で知られており、当然ながらオブシディアン・ソルジャーもまた非常に高い魔法耐性を持つ。

 そして厄介なのはそれだけにとどまらず、中層に出現する蜥蜴人(リザードマン)の上位種と言われる『リザードマン・エリート』は巧みな連係とオブシディアン・ソルジャー(他のモンスター)の特性を活かし、魔法の嵐を潜り抜けて接近してくる。

 そしてねじれ曲がった二本の大角、黒の体皮、赤の体毛、ミノタウロスに似た二足二腕の構造をした、大型級に匹敵する肉体のモンスターである『バーバリアン』。ギルド推定レベルは3から4と非常に手強いモンスターであり、数もかなり多い。

 

 前衛のドワーフが持つ大盾(タワーシールド)にバーバリアンの持つ大斧がぶつかり激しい火花が散り、後方より飛来した『妖精弓』の魔法矢が幾本もバーバリアンに突き刺さるもその表層の皮膚を削るのみ。筋肉質なその体にはダメージとはなり得ず、二度目の連撃がドワーフの持つ大盾(タワーシールド)にぶち当たり、ドワーフが大きく仰け反る。

 

「ぐぁっ」「援護するっ!」「糞っ、こっちもヤバイぞ」「オブシディアン・ソルジャーだ! 魔法使いは別の所を狙えっ」「リザードマン・エリートが張り付いてやがる、十時方向!」「三時方向よりバーバリアン三匹接近中、魔法が使える者は其方を狙う様に」

 

 次々に報告が飛び交う中、カエデは渡された『妖精弓』の弦を引き、狙いを定める。

 視線の先にはリザードマン・エリート三匹を相手に大立ちまわりを繰り広げる狼人(ウェアウルフ)の青年の姿。カエデの放った魔法矢が一匹のリザードマン・エリートの肩を穿ち、リザードマン・エリートは金属質の盾をとり落とした。

 瞬時に狼人(ウェアウルフ)の青年が盾を失った個体に詰め寄り、喉を蹴り穿ち止めを刺す。彼の背に迫る別のリザードマン・エリートの足をカエデの魔法矢が穿ち、姿勢を崩して倒れた個体によってもう一匹の個体も狼人(ウェアウルフ)の青年への追撃を阻害されて動きを止める。

 カエデが三射目を放つより前に、動きを止めたリザードマン・エリートの盾を蹴りで引っぺがし、懐に潜り込んで短剣で喉を穿つ。ついでと言わんばかりに倒れていたリザードマン・エリートの肩を踏みつけ、起き上がろうとするのを阻害しつつ、喉を穿たれた個体が息絶えた瞬間に足元のリザードマン・エリートの頭を踏み潰す。

 リザードマン・エリート三匹を仕留めた狼人(ウェアウルフ)の青年が一瞬だけ、後方のカエデの方に視線を向けてから目を見開き、直ぐに前に向き直って別のモンスターの対処に当たる。

 

 ワタシが援護したのがそんなに驚く事だったのか。そんな考えを飲み込んで妖精弓を構えるカエデ。

 

 前線で戦うメンバーが23人、後方で援護するのが14人、第三級(レベル2)の者達はもっぱらジョゼットに渡された妖精弓を使っての援護に留まるのみ。

 当然の如くカエデも妖精弓を使った援護に徹しており、既に二つ目の弓を使い果たし三つ目の弓を荷車の上に立つジョゼットから受け取る。

 

「もう直ぐ一軍の皆さんが討滅を終えると思います。もうしばしの辛抱です。魔法隊、三時方向、バーバリアン接近。オブシディアン・ソルジャーが前に居ますがバーバリアンの頭を狙ってください。射手隊は十一時方向より接近するリザードマン・エリートの対処を、『射手隊よ、弓を持て、矢を放て『一斉射』』!」

 

 最前線に立つ者達を援護すべく放たれたジョゼットの『一斉射』によってバーバリアンが穿たれ倒れ伏す。やはりと言うべきか装備魔法は作成者本人が扱う方が威力が高いのだろう。それとも他に要因があるのかカエデの放つ魔法矢や他の第三級(レベル2)団員の放つものに比べ、ジョゼットの矢の威力は頭一つ抜けている様に感じられる。

 

 最前線で怪我人こそ出ていないものの、大盾(タワーシールド)がベコベコに凹み、歪んで使い物にならなくなった者も出始め、もう数分もすれば前衛(タンク)が崩れ、中衛、後衛にも被害が出そうである。

 下手をすれば荷車に殺到されて破壊される危険性も出始め、ジョゼットの表情に焦りが浮かび始める。

 後方部隊として指揮を任される事になっているラウルが最前線で叫び指示をして前線を維持しようとしている様子だが、後衛の魔法使い達の動きが良くない。

 オブシディアン・ソルジャーと言う魔法耐性の高いモンスターの所為で無暗に魔法を放てず、かといって魔法を放たなければリザードマン・エリートやバーバリアン等のモンスターに詰め寄られる羽目になる。焦るが故に魔法を放つも、オブシディアン・ソルジャーに阻まれて無為に終わる事も有る為に魔法使い達も困惑しているのだろう事は想像に容易いが、前衛が総崩れ寸前の現状を鑑みるに魔法を撃つタイミングが合わさっていないのが致命的なのだろう。

 

 リヴェリア様の様に上手く魔法を使う者達のタイミングを合わせられない。苦々しい思いをしつつも新たに弓を作り、構える。

 

「「『誇り高き妖精の射手へと贈ろう。非力な我が身が打つ妖精弓を、十二矢の矢束を六つ、七十二矢の矢を添えて『妖精弓の打ち手』』」

 

 立ちくらみの様な感覚を覚え、一瞬足元が揺れる。頬を叩いて意識を保ち、ジョゼットは前線の様子を見据えた。

 

 団長達一軍メンバーがウダイオス討滅に向かいどれぐらいの時間が経過しただろうか。第二軍メンバー達の焦りが皆に伝播し始め、後方から妖精弓を放つのみだった第三級(レベル2)の者達がざわめいている。

 

「不味くねえか」「まだ討滅できないのか」「おい、あっちの方崩れそうだぞ」「このままだと全滅しそうだよ」「とにかく弓を構えろ」

 

 妖精弓はしっかり狙いを意識して弓を放てば勝手に矢が其方に飛んでいき、何かに阻まれない限りは命中すると言う効果があるのだが、焦り故に狙いがぶれ始め、リザードマン・エリートを狙う様に指示しているのにも関わらずオブシディアン・ソルジャーに魔法矢を当てる者が出始める。当然、魔法耐性の高いオブシディアン・ソルジャーにジョゼットの妖精弓による魔法矢はそよ風程度の衝撃しか与えられず、黒曜石の体の表面で魔法矢が弾けて消える。

 

 最前線のラウルが何とか士気を保とうと色々叫んでモンスターを積極的に倒しているが、限界に近い。

 

 何より魔法使い達が精神疲労(マインドダウン)し始めている。中には精神枯渇(マインド・ゼロ)で膝を突いている者も出始めた。前衛の大盾(タワーシールド)も三度目の交換に突入した者も居る。

 焦りが増し始め、全体的に焦燥感にあぶられる【ロキ・ファミリア】の後方部隊メンバー達。

 第一軍と言う心の支柱的存在が居なければ此処まで脆くなってしまうのかと舌打ちを堪え、ラウルが剣を振るいリザードマン・エリートを討ち果たす。

 

 周囲を見回して援護が必要な個所を探そうとした瞬間、間隙を縫う様に飛び出してきたバーバリアンの結晶の大槌の一撃がラウルに振り下される。

 

「なっ!?」

 

 瞬時に防御姿勢をとるも、大槌の一撃をショートソードで防げるはずもない。その衝撃を想像して目を瞑るラウル。

 次の瞬間には大槌が何かを打つ音が響き渡った。だが、音とは裏腹にラウルには何の衝撃も無く、防御姿勢をとったままラウルは薄目を開けた。

 

「ラウルさん大丈夫ですか。焦り過ぎは禁物ですよー」

「ペコラさん……」

 

 目の前にはふわふわなセーターを纏った女性の姿。肩越しに振り向いてにこやかな笑みを零したペコラ・カルネイロが片手でバーバリアンの一撃を受け止めていた。

 掴んだままの水晶の大槌を引っ張り、バーバリアンの体を手前に引き寄せつつ、ペコラは巻角の大槌を振り上げ、そのまま振り下ろした。

 無造作な一撃がバーバリアンの脳天に突き刺さり頭部を粉砕し、即死させる。

 

「皆さん、下がってください」

「ちょっ、ペコラさん何言ってるッスか」

「いえ、ペコラさんに良い考えがありますので」

 

 あっさりとバーバリアンを仕留めたペコラが笑みを浮かべたまま皆に宣言する中、ラウルが慌てて食って掛かる。いくら準一級(レベル4)の中で最も耐久に優れているとは言え、モンスターの数は減っていないこの状況で彼女一人に対処を任せるのは厳しいものがある。

 そんな考えを巡らすラウルに対し、ペコラはにこやかな笑みを浮かべたまま巻角の大槌を振り上げて()()()()()

 

皆、下がって

 

 ラウルが目を見開き、後ろを確認すれば【ロキ・ファミリア】の面々が一斉に後ろに下がり、モンスター達も何故か後ずさり始めている。

 

「『呪縛命令(バインド・オーダー)』はお姉ちゃんの特権ですが。お姉ちゃんしか使えない訳じゃないんですよ」

 

 旋律スキルには種類が存在し、それぞれ『聖律』『聖声』『邪律』『邪声』のいずれか、または二つ程の効力が強化されると言うのが一般的な認識であり、ペコラの旋律スキルは『聖律』『聖声』の効果を増強すると言うものである。

 だからこそ『子守唄』等を唄う事の多いペコラ・カルネイロだが、それは『邪律』『邪声』系の技が一切使えないと言う意味では無い。とは言え『聖律』『聖声』系の技に比べて精度も威力も落ちるのは否めないものの、自身と同格または格下程度の相手ならば『呪縛命令(バインド・オーダー)』で確実に足止めする事が可能なのだ。

 

 ペコラ・カルネイロが後方部隊に配属された理由であり、もしも後方部隊が危機的状況に陥った場合、または前線崩壊の危険が発生した場合にはペコラの判断で前線を下げさせてモンスターを退ける許可を貰っている。

 無論、ペコラ一人で片づけられる問題ではあるが、かといってペコラが最初から片付けてしまえば他のメンバーが育たない。故にあえてペコラには最終手段として後方部隊に配属されていたのだ。

 

動かないで

 

 ペコラの言葉が不自然に響き渡り、モンスターの動きを強制的に止める。だが同時に【ロキ・ファミリア】の『邪声』『邪律』に耐性を持たない団員を縛り上げる。

 動けるのはラウル、ジョゼットを含む少数の団員のみ。だがモンスター側は完全に耐性が存在しないのか動けるモンスターは一匹も居ない。

 

 足止め出来る時間は5分程度とそこまで長くはないが、5分間無防備な姿を晒すと言う意味を正しく理解出来る者なら悲鳴を上げるだろう。

 

「ラウルさん」

「あー……団長に怒られるッスかねぇ。動ける人は動けなくなってる人を拾って荷車に詰めてくださいッス」

 

 団長達第一軍メンバーが事を終えるまで耐える事が出来る様にと頑張ったものの、やはり難しい。団長であれば容易に出来るだろう事も出来ずにラウル・ノールドは深々と溜息を零した。

 

「やっぱ俺、団長候補なんて向いてないッスよ……」

「そんな事無いと思いますよ。最後まで指揮を投げ捨てずに頑張ってたじゃないですか」

 

 溜息を零すラウルに慰めの言葉を投げかけるペコラ。ラウルはペコラの方を一瞬だけ見てから動けないドワーフを担いで荷車の方へ歩いて行った。

 何の返事も無く歩いて行ったラウルの後ろ姿をちらりと流し見てから、ペコラは深々と溜息を零す。

 

「ペコラさんは何を言ってるんでしょうかねぇ」

 

 

 

 

 

 第一軍メンバーの方は問題無くウダイオスの討滅に成功し、ようやくとも言うべきか【ロキ・ファミリア】の遠征隊は第四十一階層の休息部屋(レストフロア)に中継地点を設営し終え、警戒態勢を敷きつつも各々休憩へと入っていた。

 第一軍メンバーの者達とペコラが会議用のテントに集められて会議をしているさ中、カエデは懐中時計を見つめて感心の吐息を零していた。

 

「出発から二日と半日で到着……」

 

 深層に到着した第三級(レベル2)メンバーが各々、焚火の前で会話を交わす中、カエデは懐中時計をしまい、自身の持つウィンドパイプを引き抜いて刃毀れ等が無いか等の確認作業をし始める。

 横に座っていたアリソンがぼんやりとした表情で呟く。

 

「死ぬかと思いましたよ」

「そうそう、三十七階層。ペコラさんが出てくれなかったら前線崩壊からの私達まで戦闘する乱戦状態になってたよね」

 

 三十七階層では後方より妖精弓による援護のみに徹していた第三級(レベル2)メンバー達であったが、前線の旗色が悪くなったのは誰しもが理解していたし、殆どの者が前線が崩壊する姿を幻視する程であった。

 常に一定数のモンスターが湧くと言う特性上、足を止めての防衛戦を行えば当然の如く消耗していき、最後には磨り潰される事は間違いない。

 第一軍メンバーと言う強靭な心の支えがあれば別だが、団長()()でしかないラウル・ノールドが指揮を執っていた。それ故か不安の伝播が早く、戦線崩壊を容易に想像させるに至ったのだ。

 各々好き勝手に口を開き、恐怖心を紛らわせているさ中、カエデは首を傾げつつも口を開いた。

 

「皆さんは、あの状況で何とか出来たんですか?」

「え? 何とかって」「何が?」

「いえ、ワタシには何も思いつかなかったですし、ラウルさんは凄かったと思うんですけど、何がダメだったんですか?」

 

 そもそも鞘から抜き放つ事も無かったウィンドパイプには傷一つ無い所かダンジョンに入った時と変わらぬ輝きを持っている事を確認して鞘に納めつつもカエデが口を開けば、他のメンバーは互いに顔を見合わせはじめる。

 カエデの疑問は一つ。ラウルが指揮を執っていた事に文句を言う声が上がっているが、自分ならもっと良い指揮が出来たのかと言うもの。

 文句を言えるだけの指揮が自身に出来たかと言えば、カエデにしてみれば『絶対無理』である。カエデが逆立ちしようが何しようが、あの途切れる事の無いモンスターの増援続きの戦場を維持し続けろ等と言われても、指揮が執れるかと言えばそんな事は無い。少なくとも自分一人で戦う事が出来る出来ないを問わず、誰かに指示を出す余裕があるとは思えないのだ。

 

「ラウルさん以上に良い指揮が出来るなら、皆さんが指揮を執れば良かったと思うんですけど」

 

 あの場で最も指揮に慣れていたのはラウルとジョゼット、後はペコラが少々齧る程度であり、他の第二級(レベル3)メンバーも指揮をしながら戦えるかと言えば、答えは否である。

 当然の如く第三級(レベル2)でしかない彼らでは戦闘すら行えず、たとえ戦闘が行えるほどの強さがあったとしても指揮をとるなんてとてもできようはずも無い。

 

 最善を尽くしたラウルに対し、文句ばかりと並べ立てる彼らがより良い指揮が出来るのなら、その人が指揮をして被害ゼロで押さえればいい。

 

 言外に言うなれば、出来もしない事で文句を並べ立てるのはどうなのか。

 

 カエデのその言葉は正論ではあるが、時と場合を考えるべきであっただろう。ダンジョン内と言う精神的な疲労(ストレス)の溜まりやすい場に於いて、鬱憤を晴らす意味もある愚痴を正論で叩き潰されれば誰も良い気はしない。とは言えカエデの方もラウルに対する風当たりが悪いのは気分が良い話では無いので止めるのも当然ではあるが。

 

「私もそう思いますけど。うぅん……」

 

 周囲の目が若干呆れと苛立ちが混じったものになったのに首を傾げるカエデに対し、アリソンが何とかフォローしようとするも言葉が出てこない。

 アリソンのフォローも無く、若干空気が悪くなったのを感じてカエデが尻尾を揺らす。何が悪いのか理解できない様子のカエデに対し、周囲の者達は深々と溜息を零した。

 大人気無い行動だったと反省しつつも、カエデの前で愚痴を零すのをやめようと第三級(レベル2)の一部の者が心に決めた所で、会議を行っていたテントからぞろぞろと団長達が出てくるのが見えて全員が立ち上がる。

 

 これから発表されるのは探索隊と仮拠点の防衛隊の編成別けである。

 

 魔法使い達が三十七階層で軒並み精神疲労(マインドダウン)した事も相まって、ペコラの子守唄が休眠用テントに響いている為、ペコラ班のメンバーは待機かと思われていたが、此処に来るまでに相応の消費をしてしまった為に、それぞれのメンバーの編成を組み直しての探索隊編成が決められたのだ。

 

 フィンが近場にあった大岩の上に立ち、ぞろぞろと集まってきたメンバーを見下ろす。

 

 集まっていないのは現在子守唄にて眠っているリヴェリアの率いていた魔法隊及びに魔法が使える団員、そして周辺警戒の為に出ているベート班の第二級(レベル3)メンバー、他は殆どが勢ぞろいする中、フィンが口を開いた。

 

「さて、此処に来るまでに多少の消耗はあっただろう。けれどもここからが本番だ。この休息部屋(レストフロア)を足掛かりとし、次の階層へと通じる階段への安全な移動ルートの開拓を行う。よって、ここから班を四つに分ける。第一班、リヴェリアとペコラ、第一班はこの中継地点の防衛を行う。そして第二班が僕、ティオネ。第三班がガレス、ティオナ。第四班がアイズ、ベート。第二班以降はそれぞれ指定したルートの調査を行う様に。それぞれの班の代表が選出したメンバーに声を掛ける。声を掛けられなかった者は第一班として防衛を行う様に」

 

 フィンの言葉に皆が息を飲む。ここから先は【ゼウス・ファミリア】と【ヘラ・ファミリア】が残した地図情報を頼りに【ロキ・ファミリア】がルートを開拓する事になる。彼の二つのファミリアが合同遠征を行っていた頃と比べて現在の【ロキ・ファミリア】は規模が小さめである。彼のファミリアはそれぞれ50名ずつを選出した100名にも及ぶ特大規模の遠征隊を編成していたのだ。其れに比べて小柄であるが故に、【ロキ・ファミリア】はより細かなルートの開拓が可能である。

 彼のファミリアが残した軌跡は特大規模遠征隊用の移動ルートであるが故に、現在の【ロキ・ファミリア】の遠征隊が使うには()()()()。もっと移動ルートの選別が行えるのだ。その為、これから編成されるメンバーは各々、地図上に広がる細道としてのルートの開拓を行う事になる。

 

 もし、もしもその探索班に編成される事が出来れば第三級(レベル2)に留まらず第二級(レベル3)の面々にも偉業の欠片が手に入る可能性が出てくる。

 当然その分危険は増すだろうが、モンスターの襲来の危険があると言う意味では防衛班も危険度に違いは無い。ならばより高確率で偉業の欠片の入手が出来る探索班を誰しもが心より望む。

 自身が選ばれる事を確信する者。選ばれる自信が無く、それでも期待する者。選ばれて欲しいと願う者。多種多様な反応にフィンが目を細める。

 

「出発は今から三十分後だ。それまでに選出メンバーは準備を終える事。それぞれの開拓を行う者達は必ず留意するんだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()。不測の事態はいつ起きてもおかしくは無い。もし何かしらの異常が起きた場合は即座に中継拠点に引き返す事。決して深追いはしない様に」

 

 皆の浮ついた空気を引き締める言葉に、【ロキ・ファミリア】の精鋭とも呼べる遠征隊の面々が応と答えた。

 

 

 

 

 

 カエデは探索隊への編成が為されるか自信は無かったものの、アイズが声を掛けて来た事で遠征隊に編成された事を知り、急ぎサポーターバックパックに消耗品を詰め込んで集合場所に集まった。

 其処に居たのはベート班の面々5名と、アイズと、他の班から編成された3人。

 カエデはベート班全員が参加する事に喜び、他の班から編成された三人の中に三十七階層で援護した彼の狼人(ウェアウルフ)の青年が居た事に若干眉を寄せる。

 

 その狼人(ウェアウルフ)の青年と視線が合った瞬間、その狼人(ウェアウルフ)は口を開きかけ、眉を寄せてから口を閉じた。何を口にしようとしていたのか知らないが、どうせ碌でもない言葉しか出てこないだろうと耳を塞いで無視してからカエデはベートの傍に立つ。

 

 ベートは面倒臭そうにメンバーを見回し、アイズは無言で剣の柄を掴んでいる。緊張感の満ちた空気の中、口を開いたのはフルエンであった。

 

「ベートさんに代わり説明させて貰う。俺達、第三班の探索範囲は此処から此処まで、途中に存在する大規模な部屋(フロア)の調査も含まれるが、迷宮の悪意(ダンジョントラップ)の類の調査と同時にモンスターを退けながらになる。今までと違い戦いながらの罠解除になる可能性も高いから戦ってるうちに気付いたら未調査領域に入ってましたってのは避けて欲しい。後、それぞれ地図を覚える様に。分断される危険もあるからサポーターのディアンとカエデ、お前らは絶対に俺達から離れるなよ。それと今回の探索に於いて団長の指示で負傷者が出た場合は即時撤退が言い渡されてる。そこら辺はしっかり留意しとく様に……。今の感じで良いですかねベートさん」

 

 最後にベートに確認をとるフルエン。ベートは頷いてからアイズに声をかけた。

 

「アイズの方は、なんか言う事ねえのか」

「……特に無い、です」

「そうかよ。じゃあ俺から言っとく」

 

 集中する様に剣の柄に手をかけるアイズは何を言うでもなく口を閉ざし、鋭い目つきで地図を睨む。そんな中ベートは鼻を鳴らして他の者達を睥睨した。

 

「良いか、足を引っ張るんじゃねえぞ。足引っ張る奴は此処に放り捨ててくからな」

 

 威圧する様に放たれた言葉にアイズを除く第三班メンバーが身を震わせ。頷く。

 

「ふん」

「あー……そろそろ時間ですね。では出発しましょうか」

 

 フルエンの言葉に頷き、フルエンとウェンガルを先頭に、リディアが続く。その後ろにカエデとディアンが並んで続き、狼人(ウェアウルフ)の青年とドワーフの男性、アマゾネスの少女が三人並んで進み、最後尾にベートとアイズが並んで歩きはじめる。

 

 ダンジョン四十一階層。【ロキ・ファミリア】の移動ルート開拓の為の調査が始まった。




 カエデちゃんの下着が狙われてるっ!?

 まぁ、盗むなんて不可能ですが。わざわざ下着盗むために【ロキ・ファミリア】に侵入する阿呆が居る訳無いんだよなぁ。
 ……ナイアルならやりそう?


 【生命の唄(ビースト・ロア)】カエデ・ハバリ ステイタス
 レベル2

 基礎アビリティ
 力 C
 耐久 E
 魔力 G
 敏捷 B
 器用 C
 発展アビリティ《軽減I》
 スキル【師想追想(レミニセンス)】【死相狂想(ルナティック)】【孤高奏響(ディスコード)
 魔法【氷牙(アイシクル)
・装備魔法『薄氷刀・白牙』 防御無視・自然崩壊・血染め増幅
・装備解放(????)

 ステイタス評価
 敏捷と器用・力が高め。魔法を余り多様しない影響か魔力は非常に低い。攻撃の被弾も極力避ける影響か耐久もかなり低め。総じて短期決戦・一撃必殺出来る相手にはめっぽう強いが、一撃で屠れず長期戦に入ると耐久の無さが足を引っ張り出す。





 『薄氷刀・白牙』
 【生命の唄(ビースト・ロア)】カエデ・ハバリの扱う付与魔法(エンチャント)の追加詠唱によって生み出される装備魔法の代物。
 防御無視(相手の耐久を無視して斬撃損傷(ダメージ)を与える)効果を持つ氷で形作られた刀剣。カエデ・ハバリの想像上の形状が再現され、形成される。総じて刀剣類の姿をしている。
 自然崩壊(時の流れと共に刀身は溶け逝く)効果により形成後から数分から数十分後には跡形も無く消える。
 血染め増幅(血を刀身に浴びせる事で崩壊を止める)効果により、モンスターを斬る度に刀身が大きく、分厚くなっていき、最終的に自然崩壊効果が消え失せて一本の血染めの大刀・大剣になる。その姿はまるで歪んだ牙の様にも見える。

 その儚さ故に(こころざし)半ばで倒れ伏す白牙。
 その儚さを克服した先が、血にその身を染め上げた牙である。
 其処(そこ)(いた)る時、白牙は皆が恐るるに足る姿を得る。
 故に白牙は狼人に畏怖され、拒絶される。

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