生命の唄~Beast Roar~ 作:一本歯下駄
『なんだよ』
『いつまで隠れなきゃいけないんだ?』
『さあね。あいつらが居なくなるまでかな』
『あいつが恵比寿って奴? あの……なんか見てるとゾワゾワする奴』
『そうだよ、見てるだけで不愉快な奴だろ?』
『……あいつと関わり合いになりたくねぇな』
『同感だね。あんなのと関わり合いになりたくない』
『【ハデス・ファミリア】の凶行』
第十八階層、リヴィラの街の存在する
【
この一件に於いて【ハデス・ファミリア】は弁明を行うでもなく、依然として姿を晦ましたままとなっている。緊急の
この状態のまま【ハデス・ファミリア】が反応を見せなかった場合、ギルド側は【ハデス・ファミリア】をブラックリスト登録する事になるだろう。
今回の一件以後【ロキ・ファミリア】が【ハデス・ファミリア】に対する敵対申請を行った。街中、ダンジョン問わずに【ハデス・ファミリア】の団員を発見した場合、戦闘行動を行う旨をギルドに提出している。
今後、街中でファミリア同士のトラブルが頻発する可能性がある為、各ファミリアは注意されたし。
『【恵比寿・ファミリア】の輸送隊壊滅』
同日、【恵比寿・ファミリア】の輸送隊が三隊に分かれて物資の輸送を行っていたが、内1つの輸送隊がダンジョン内でモンスターに襲撃され壊滅し、多額の損害を出した模様。これに対し【恵比寿・ファミリア】側の反応は『こう言う事もあるさ』と軽く胡散臭い笑みを浮かべるだけで面白い反応は得られなかった。
しかし不思議な事に襲撃地点には破壊された輸送用の荷車の残骸や護衛の死体はあれど、物資類は全て紛失していた模様。積み荷の内容は
他の二つの輸送隊は包帯や
もし飲食物関連の荷車を引き連れた輸送隊が襲撃を受けたのであれば、モンスターに食い荒らされて物資が紛失すると言うのも納得できるだろう。しかし今回紛失した物資類はモンスターが手を出さないであろう補助道具類であり、何者かによる襲撃ではないかと言う予測が立てられている。
『広がる不審な虐殺事件』
以前よりラキア王国の小~中規模の集落や村で発生していた虐殺事件が、オラリオの周辺の集落等にも発生する様になった。
生存者は一人も確認できず、情報は一切不明。【ナイアル・ファミリア】の【
【ムンム・ファミリア】に所属していた
『蘇った古の技法!?』
古代の魔術と思わしき痕跡を発見。威力は折り紙つきであり、我がファミリアの団長【占い師】アレイスターが重傷を負う程の威力であった。罠については既に解除済みで仕掛けられていた周辺の調査を行っている。
もしこれが古代の魔術によるものであるのであれば、この魔術の調査を進める事で古代の魔術・技法の復元も可能なのではないかと予測される。しかし現代の魔法・技術とは根本の異なるものが多く、調査は難航している。
周辺には封印の様なものを施された【
【トート・ファミリア】総出で封印の解除を進めているが、現代における技法との差異が大きく、かなりの難航が予測される。破壊した場合【
もし【
今後の調査状況は随時記事に記載していくので、皆期待されたし。
【ロキ・ファミリア】の本拠、フィンの私室に集まったフィン、神ロキ、リヴェリア、ガレスの四人は机に広げた【トート・ファミリア】の新聞を見ていた。
目を細めて眺める新聞の中の気になった部分について考え込むフィンとリヴェリア。そんな二人を余所にガレスがロキに酒を注ぐ。
「んで、ハデスは何処に居るんやろな」
「さあね。結局居場所は不明のままだし」
【ハデス・ファミリア】の凶行によってリヴィラの街ではかなりの被害が出てから早一週間が経とうとしている。
ラウルの報告によれば被害は持ち込んだテント等の物資類を破棄せざるを得なくなったのと、グレースが重傷を負った事。後はパーティメンバーの身勝手な行動の数々によるラウル班の評価低下ぐらいとの事。
火事場泥棒の真似事をした阿呆が居たらしいが犯人は不明。ロキの予測では【ハデス・ファミリア】の仕業だとしている。この件で色々と被害が出たのはリヴィラの街だけではなく、【ロキ・ファミリア】としてもカエデに対する襲撃だったと言う事が判明して以降は各団員に警戒する様に伝えてある。
肝心の【ハデス・ファミリア】の居場所は未だ不明のままだが、それでも得られる物が無かった訳では無い。
「まあ、悪い事ばかりでは無かったからね」
「せやな」
【激昂】グレース・クラウトスが
「ま、ハデスが何処に居るかなんて話し合ったってわからんもんはわからんし、其れより別の話しよか。ムカつくだけやし」
「まあそうだね。それでリヴェリア、カエデの装備魔法の方は調べ終わったのかい?」
フィンの質問に対し、リヴェリアは頷いてから大き目の木箱を足元から拾い上げて机の上に置き、箱の蓋を取り払った。
「性質は至って単調な物ではあったな。切れ味の鋭い剣を生み出す魔法だ。
リヴェリアの示した木箱の中身を覗き込んだロキは眉を顰め、ガレスは唸る。二人の視線の先、真っ赤な血が氷となって刀身を大きく成長させた『薄氷刀・白牙』の姿があった。
その刀身は見れば見る程に背筋がゾワリとする程の鋭さを持っており、薄らと冷気が漏れ出ている。
「刃の部分に触れない方が良い。耐久が低めとはいえ私の指も容赦なく切断する程に鋭いからな」
リヴェリアの言葉にガレスが目配せをしてから、その刀身の側面を撫で、刃の部分に指を這わせる。
「気をつけろ、指が落ちるぞ」
「落としたのかい?」
「あぁ、油断していた。よもやそこまで鋭いとは思わなくてな」
リヴェリアの指はしっかりとついているが、カエデが持ち帰ったこの薄氷刀・白牙の調査の為に刀身を調べているさ中、ふと刃の部分に触れた所、リヴェリアの指が何の抵抗も無く落ちた。それこそリヴェリア自身指が切断された事に気付かない程に。共に調査していたジョゼットがリヴェリアの指が切断されている事に気付いて慌てて治療をするまでリヴェリアは自覚すらできなかった。
「ふぅん……本当に鋭いな」
刃にほんの少し指を食い込ませたつもりが、かなり深々と切れ、危うく指が落ちかけたガレスは用意してあった
「うわ、マジか。ガレスの耐久でも切れるとかどんだけ鋭いねん」
オラリオで一二を争う高耐久を持つ【
「ふぅん……そういえばこれ一本だけかい? もう何本か作って貰ったはずだよね?」
「ああ、それについてなんだが……」
調査の為にカエデに頼み。数本の薄氷刀・白牙を作って貰ったのだが、そのどれもが砕けてしまったのだ。
「原因は予測できているが、厄介な性質だな」
生み出してから五分程時間を置くと薄氷刀・白牙は徐々に刀身が小さくなっていき始め、十分から二十分程度で罅が入り、そのまま砕けて消えてしまうと言う特性を持っていた。
「無論、解決できはするがな」
目の前の木箱に納められた薄氷刀・白牙は砕けもしなければ刀身が小さくなったりもしない。時間経過で砕けるのは生み出されてすぐの真っ新な薄氷刀・白牙だけであり、ある程度生き物を斬り、血を吸わせる事で耐久が増加すると言うのも判明している。
「装備魔法自体が珍しいから何とも言えないが、厄介な性質だね」
時間経過で勝手に砕けてしまう。その為、ジョゼットの様に予め複数の予備を作り置きしておく事はできない。
「…………」
「どうしたロキ?」
黙り込んで顎に手を当てたロキを不審に思い、リヴェリアが口を開けば、ロキはぽつりと呟いた。
「なるほどなー。カエデたんそのものやん」
「どういう……あぁ、なるほど」
フィンも納得したのか木箱の中の血塗れとも言える刀身を晒す薄氷刀・白牙を見て吐息を零した。
「生まれつき欠陥を抱え、直ぐに死んでしまう。それでいて強い……
魔法やスキルは本人の種族や資質、取得した
そんなカエデが作り出した装備魔法は『血を吸わせ、刀身を強化しなくては砕けてしまう鋭い刃を持つ刀剣』。
なるほどその通りだと納得してから、リヴェリアは眉を顰めて呟く。
「
「……死ぬ覚悟しとるっちゅー事か?」
「覚悟はしているだろうな、だがそれとは意味合いが違うだろう」
生きる為に、死ぬような危険に自ら飛び込む。そんな危険を冒すカエデは死の覚悟はできているのだろう。それでいながら
だがカエデの
『愛おしき者、望むは一つ。砕け逝く我が身に一筋の涙を』
自らの死を惜しんで欲しいと言う願いからきているのか。それとも誰かの為に死ぬ事を望んでいるのか。
鍛錬場の一角、どんよりとした暗い雰囲気を纏ったカエデが修理が完了したウィンドパイプの調子を確かめている所であった。
そんなカエデの様子を眺めながら
「なんでアイツあんなに凹んでんのよ」
「あー、なんかカエデちゃんが
ダンジョン十八階層でのトラブルの折り、カエデは主武装であるバスタードソードを紛失していた。原因は半ば気絶しているさ中にグレースが適当にカエデを放り投げたりした所為ではあるのだが、その一件を受け【ヘファイストス・ファミリア】の団員がこそこそと
冒険者になってから二ヵ月、壊した武器の数は四本。一本は壊したのではなく紛失しただけだが、鍛冶師からすれば変わらないらしい。
ティオナが仲間だねーと喜んでいたがカエデはかなり落ち込んでいた。武装が壊れるのは物である以上、使い続ければいずれ壊れる。故に問題は無いが、武装を無くすことと言うのは壊す以前の問題である。
「まぁ、良いんじゃない。それよりアレックスは?」
「あー、どっか行っちゃってますね」
あの事件の際、アレックスはカエデに言葉一つで封じ込められた。カエデの持つ
それが非常に気に食わなかったのだろう。非常にカエデに対し当たりが悪くなったのだが、肝心のカエデの方もアレックスに対する態度はかなり悪化した。相手するのが面倒なので邪声による『
グレース自身気にしていないが、アレックスは言葉一つで追い払われ、戦いに勝つ所か戦いにもならなくなって余計苛立ちを感じるのか先日からカエデの姿を見ただけで居なくなる様になってしまったのだ。
「馬鹿よね。元々強いのはカエデの方だってのに」
「凄いですよねぇ」
気を取り直したのか、暗い雰囲気を吹き飛ばしてカエデがウィンドパイプを素振りし始める。其れを見てアリソンは感嘆の溜息を零した。
「はぇ~、凄いですねぇ。あんな風に大剣を振り回すなんて考えられないですよ」
「まあ、アンタが使ってるのって長柄武器だしね」
両手で持っての横凪ぎ、流れる様な袈裟切り、片手で持っての逆袈裟切り、重さに任せた振り下し、空を裂く様な突き、前方方向への薙ぎ払い、自身を主軸とした回転薙ぎ払い。
どれもこれも大剣で繰り出す攻撃としてはかなりの威力で、どの攻撃も恐ろしい威力を持つ事は一目でわかる。
空を切る音に背筋を震わせてアリソンは呟いた。
「この前、リヴェリア様に説教喰らっちゃいました……」
十八階層での出来事、アリソンはグレースを助けるべく命令無視をした。其れに対するリヴェリアの説教があり、一時間みっちりと怒られた。どれほどの危険な行為であったのかを指摘されて耳をへにょらせたアリソンに対し、グレースは肩を竦めた。
「足を引っ張った私が言うのもなんだけど、良いんじゃない別に。死んでない訳だし」
まぁそんな心構えだと直ぐ死ぬけどねと笑ってからグレースは空を見上げた。
「にしても今日は晴れてるわねぇ。ヴェトスとラウルはまだかしら」
爽快な晴れ模様、真上から降り注ぐ太陽の光に目を細めグレースは徐に立ち上がった。
「よし、カエデちょっとアンタ付き合いなさい」
「へ? え? あぁ、お願いします」
グレースは腰に吊り下げた新品のケペシュを抜き放ってカエデの前に立つ。カエデは一瞬惚けてから意図を理解して素振りをやめてグレースの方にウィンドパイプの切っ先を向けた。
「ま、軽く揉んでやるわ」
「怪我しないでくださいね」
グレースの軽い挑発に、軽口を返したカエデ。グレースは嬉しそうに口元に笑みを浮かべてからアリソンの方を見た。
「合図頼むわ」
「はい、では二人とも構えてー、始めっ!」
一気に間合いを詰めにいったのはグレースの方であった。大剣の間合いの内側に入り込んで一方的に攻撃できればグレースの勝ちは揺らがないだろう。其れを理解しているカエデの方は間合いに入り込まれまいと下がりつつも牽制の斬撃をいくつか見舞う。
カエデの振るう大剣の一撃をケペシュで適当に弾く。瞬時にグレースが懐が潜り込もうとした瞬間、カエデは懐からダガーナイフを引き抜いてグレースを迎え撃つ。
ダガーナイフとケペシュがぶつかり合い火花が散り、グレースが焦った表情のまま後ろに下がって距離をとる。カエデが戦闘中にぼそぼそと何かを呟いているのが聞こえ、アリソンの背筋が泡立つ。慌てて耳を押さえてカエデの呟きを聞かない様にしたアリソンは震えながら呟いた。
「ちょ……カエデちゃん本気過ぎますよ……」
邪声系の技能の一つ、『怨み言』。相手に対し軽度の
ずるい、羨ましい、妬ましい。そんな感情を込めたカエデの言葉に言霊が宿り相手に異常を引き起こす。キーラが使うものより効力は落ちるがそれでもかなりの性能だ。
より実践的にと言うより、やるなら徹底的にと言うスタンス故か、容赦ないカエデの邪声に対しグレースは笑みを深めた。
「良いわねアンタ、良い
接近したカエデが振るう大剣の一撃をケペシュで弾き、直ぐに距離をとろうと後ろに下がるグレースだが、カエデは距離をとらせる等と言う事はせずに一定の距離にぴったりと張り付いて連撃を浴びせかけていく。
「ちぃっ」
レベル差による身体能力の差はあれど、大剣に対するケペシュでは分が悪い。だが防御に徹する事でなんとか拮抗している。このまま長期戦に入れば大剣に対して小さすぎるケペシュでは防ぎきれないかもしれない。
だがそうはならなかった。
邪声系の技能を使用するのにカエデは丹田の呼氣の使用をやめねばならず、結果としてスタミナがかなり落ちている。
策士策に溺れる。カエデは邪声系の技能に頼り過ぎだ。利便性は確かにあるだろう。口先一つで相手を翻弄出来るのだから。
しかし丹田の呼氣はカエデにとって重要な物だ。短期決戦ならまだしも長期戦に持ち込まれた時点で丹田の呼氣を再度使用すべきだったのだ。
普段の感覚より早く息切れした為に呼吸を再開するタイミングを誤った。カエデは唸り声を上げるのをやめ、肩で大きく息をして下がろうとするも、グレースがにやりと笑みを浮かべてカエデの足を引っ掛けてこけさせる。
「うぐっ」
「はいお終いっと……アンタなんか弱くなってない?」
「グレースさんが強くなったんですよ……」
仰向けに倒れてグレースを見上げながら大きく息を切らしているカエデの言葉に、嬉しそうにグレースは微笑んでからカエデの首根っこを掴んで持ち上げた。
カエデを近くの長椅子の上に放り捨ててからグレースはアリソンの方を向く。
「アンタもやる?」
「んー……やります」
立て掛けてあったグレイブを手に取ってアリソンが鍛錬場の中央に出る。カエデを放り捨てたグレースがアリソンと対峙して互いに武器を構えあう。
「カエデちゃんみたいに懐に飛び込まれた時用の武装なんてないんですけど」
「なんか用意しとけば?」
「短剣ですかねぇ」
長椅子に適当に放り投げられたカエデは姿勢を正して長椅子に腰かけてウィンドパイプを鞘に納め、二人のやり取りを眺める。
呼氣法の使用と邪声系の技能、どちらかしか使えず使い勝手が悪いなと思いつつも空を見上げた。快晴の空に浮かぶ白い雲を眺めていると小さな船が空を飛んでいるのを見つけて目を細めた。
【恵比寿・ファミリア】の飛行船だろうかと当たりを付けて首を傾げる。この時間に飛んでいるのは珍しい。
「あれは……」
「カエデ、何やってんのよ、合図はまだ?」
「え、あぁ、はい。えっと……始めて良いですよ」
やる気の感じられない合図にグレースが眉を顰め、アリソンが半笑を浮かべてからグレースに斬りかかる。
「ちょっ!? あんた不意打ちは卑怯じゃない」
「合図はありましたよ。不意打ちじゃないですって」
カエデは二人を眺めてからもう一度空を見上げる。其処には真っ青な空に白い雲がいくつか見えるだけで先程の飛行船らしき影は何処にも無かった。
「気の所為……?」
呼氣法を使用中は、邪声系の技能は何一つ使えません。