生命の唄~Beast Roar~ 作:一本歯下駄
『無理だ、今は諦めな』
『でもよ……早く姉ちゃんに会いてぇし』
『アンタ、【恵比寿・ファミリア】だけじゃなくて他のなんかにも追われてんだろ。さっきからアンタの事を探る奴が多過ぎんだよ、【トート・ファミリア】も【ナイアル・ファミリア】も、後聞いた事も無いファミリアだったけど【クトゥグァ・ファミリア】なんてのもあんたの事探ってる。アンタ何したんだよ』
『なんでアタシなんて追いかけるんだよ……』
『知るか。アタシはアンタを守るだけだよ。まったく……ホオヅキの奴、面倒事押しつけやがって』
太陽を彷彿させる白い水晶から放たれた光が、十八階層の木々に木漏れ日を作り出す。もし何も知らない者がこの光景を見たのならほっと一息つきそうな程に穏やかな風景。そんな風景をぼんやりと眺めて水晶に腰かけたカエデは、バスタードソードの刀身に映る自身の姿を見て嫌悪感を隠しもせずに呟いた。
「なんで?」
先程アレックスに言われた言葉を反芻しながら刀身を撫でる。映り込む表情から怒りの色は既に失われ、後悔と諦めにも似た色を薄らと宿した真っ赤な瞳が刀身に反射している。
ふと、足音が聞こえカエデは顔を上げる。
視線の先、木漏れ日の中に灰色の髪が揺れる。苛立った様にカエデを睨みつけるグレースの姿に驚きと共にカエデは口を開いた。
「グレースさん……」
「はぁ、見つけた。アンタはどんだけ逃げるの得意なのよ……」
ラウルがカエデを探しに行った後、ラウルが困った様な表情で戻ってきてカエデを見失ったと言った為、急きょアリソンとグレースも捜索に加わり探し回ったのだ。カエデが一人で離れてから既に一時間以上経過している。
ようやく見つけたかと思えば十九階層の階段にほど近い壁際の水晶に腰かけてぼんやりとしているカエデの姿に若干の苛立ちを感じている。
「……ごめんなさい」
「アンタ……」
謝罪を口にしたカエデに対し、グレースはよりいっそう強く睨みつける。
「はぁ、もういいわ。アンタ見てるとムカつくわ」
溜息、そして苛立ちを隠しもせず腰掛けるカエデに近づく。近づいてくるグレースの姿にカエデは視線を泳がせて俯く。その姿に更にグレースの眼光は鋭さを増し、グレースがカエデの前に立つ。
手を伸ばせば届く距離。そんな距離で視線を俯かせたカエデの視界にはグレースの革ブーツが映っており、対するグレースの前にはカエデの頭が映る。
「ねぇアンタ……『ワタシは絶対に
頭の上から降ってきたグレースの質問に、カエデは俯きながらも頷く。
「はい、ワタシは……」
口を開こうとした瞬間、グレースの手がカエデの胸倉を掴み強引に立ち上がらせる。膝に乗せられたバスタードソードが音を立てて地面に落ち、カエデとグレースの視線が交差する。
激情を宿した灰色の瞳と、困惑と恐怖を宿した真っ赤な瞳。グレースはカエデの目を見ながら口を開いた。
「アンタ、
「っ……!」
グレースの一言に目を見開き、そして瞳の色を一変させる。
「はぁ? 何其の目、
「何を……」
グレースの瞳に宿る激情と理性の宿る瞳に気圧され、カエデの呼吸が乱れる。息が詰り丹田の呼氣が途切れ、急激に冷静さを失っていく。薄らとカエデの真っ赤な瞳に薄らと宿っていた怒りの感情が色濃くなり、真っ赤な瞳が爛々と輝き、カエデの喉が唸り、毛が逆立つ。
「ワタシは――」
「アンタ、
「――――」
グレースの言葉に、カエデが言葉を失った。
「アタシはね、馬鹿なのよ」
目の前で胸倉を掴み上げ、宙吊りにしているカエデの瞳を見据えながら呟く。こいつは勘違いしてる。
自分はとんでもない大馬鹿だ。阿呆で間抜けな女だ。
「なんでかって? 決まってるでしょ?
とある寒村の産まれ、両親と共に暮らして居た少女は、唐突に両親から離れる事になった。
ただ一人、商隊に連れられて、オラリオに。何故両親から離れなければならないのか理解できなかった少女は、一人でオラリオに送り込まれた。
「アンタは何のために人には言葉があるって思ってる訳?」
何故自分独りで? 何故二人は自分を? そんな疑問は直ぐに怒りと言う感情に呑みこまれ、両親を強く恨んだ。
「どうせ理解して貰えない、なんて諦めてんでしょ? だからアンタは『言っても無駄だ』なんて風に考えて
最後に、言葉を交わさなかった。両親に、捨てられた、売られたと感じた。だからこそ、オラリオに着いたその日の内に商隊の中から逃げ出した。
「アンタがムカつくわ、何も言わないんだもの」
その後はダイダロス通りでゴミを漁る日々。何故自分はあの商隊に連れてこられたのか理解なんて出来なくて、心を覆ったのは怒りと憎悪で、そんなある日にファミリアの存在を知った。
入団試験、【ロキ・ファミリア】の本拠にて行われるそれに参加したのは、なんの偶然だったか。路地裏に破棄された錆びた短剣と、適当な冒険者からくすねた金で整えただけの身嗜み。挑み、合格し、【ロキ・ファミリア】に入団した。
「なんで何も言わない訳? ま、アンタ諦めてるし言える訳無いか」
目の前で困惑の色を深め、恐怖に染まりかけの真っ赤な瞳を見据え、言葉を口にする。自分は口が上手い方では無い。むしろ口汚い方だ。だからこそ、この幼い少女の心に錆び付いた短剣を突き立てるかの如き自分の言葉が大嫌いだ。
両親に対する憎悪なら誰にも負ける積りなんて無かった。自分を捨てた両親、【ロキ・ファミリア】で冒険者として名を上げて、両親に再度会いに行く。それからぶん殴る、よくも私を捨ててくれたなと、そんな怒りをぶつける積りだった。
「ほら、言いなよ。なんか言いたいんじゃないの?」
口を開こうとし、わなわなと震える姿に抱いたのは嗜虐心では無く、自身に対する強い怒り。なんで自分はこんなに口汚いのか。こんなんだからよくトラブルは起こすのだ。その所為で【ロキ・ファミリア】内ではトラブルメーカーの一人として数えられるし、けれどこの口汚さはどうしようもない。
「言葉にしなきゃわかんないのよ、理解できない。理解し合えない」
何を馬鹿な事を、自分の口汚さを知っている。こんな言葉をぶつければ相手を傷付けるのを知ってる癖に、その言葉使いを変えられない。馬鹿げてる。
オラリオへと帰還後、
その人物を殴った。
少女は一人、自身が売られたのだと勘違いして、両親に憎悪を抱き続けた。事実は違ったらしい。知り合いに頼んで少女を売るふりをして逃がす為だったらしい。
何から逃がす為なのかは知った事では無い、肝心なのは少女に
「言ってよ、アタシに教えなさいよ。アンタが何を考えてるかなんて、アタシにはわかんないのよ」
人は傷つけあう。自分は口汚い。だからより多くの傷を相手に与えてしまう。だけど言わないと伝わらない。言葉にしないと分かり合えない。恐怖に揺れる真っ赤な瞳が、何に脅えてるのか自分にはわからない。だから言葉にして欲しい、伝えて欲しい。自分はとんでもない大馬鹿だ、こうやって傷付けないと、相手の事を理解できないんだから。
苛立ちが募る。もし両親がちゃんと
「アンタが言わないなら、アタシが言うわ」
この言葉は相手を傷付ける。それでも良い。だから、アンタもアタシを傷付けて欲しい。言葉は残酷だって知ってる。でも、言わなきゃ、言葉を交わさなくては何も始まらない。
見当違いな怒りを抱き続けるのはもう嫌なのだ。
「アンタがズルい、羨ましい。寿命が云々ってのは確かに同情する。でも、その戦闘の才能も、魔法も、スキルも、何もかも羨ましい」
真っ直ぐに、灰色の瞳が此方を見据えて言葉を紡ぐ。彼女の言葉はまるで錆びた短剣が胸に突き刺さったかのような衝撃を与えてくる。
『人と理解し合う事を諦めている』
その言葉が、ワタシの胸を深く抉った。痛くて、苦しくて、逃げ出したくなる。
ワタシは
「ほら、言ったわよ。アタシは言った。アンタがズルいって……ほら、言いなさいよ。アンタもアタシに、ムカつくって、嫌いだって、殴りたいって、思ってんでしょ」
過去は変えられない。でも未来は変えられる。他人に理解してもらう事は、きっと出来るだろう。いや、出来る。根気強く言葉を交わせば可能だ、でも寿命の為に
他人に自分を理解して貰う事を、何時の間にか諦めてしまっていた。事実だった。胸を穿つ言葉に涙が溢れた。喉が震えて上手く息が吸えない。
「ワタシは……」
「ほら、聞いてて上げる。一言も逃さない様に、だから……言いなさい。アンタが思った事、思ってる事、感じた事……アタシは馬鹿なの、だから
灰色の瞳が揺れている。その怒りが向けられている方向が自分では無くて、内側なんだって理解した。
この人はとても優しい人なんだって。理解して、体が震えた。
ワタシが抱えてるもの、ずっと胸の内側に溜め込んできたもの。他の人を見る度に、街中で仲の良い親子を見る度に、『明日は何する?』と気兼ねなく尋ねてくる姿に、嫉妬心を抱き続けた。
羨ましい、妬ましい、ドロドロとしてて、黒くて、誰にも見せたくない薄汚い其れ。
胸の内側に必死に押し留めた。丹田の呼氣も相まって、上手く隠せていたはずなのに、怒りが勝ると直ぐに漏れ出てくる。こんなのいらない。
「アンタさ、何が怖いの?」
怖い? そうか、怖いのか。この胸の内側に溜まったドロドロとしてて黒い物が溢れだすのが怖い。もしその時手元に剣があったら、ワタシはその剣を相手に突き立ててしまう。きっとそうなる、そうなったとき、ワタシは化物になってしまう。それが怖い。
「……わかった、今言わなくて良い、でも……地上に戻ったら言ってもらう。アタシは馬鹿だから、何度も同じ事繰り返すわ。今までもそうだったし」
グレースが手を離す。宙ぶらりんだったカエデが放りだされ、水晶に軽く背中を打つ。俯いて震えるカエデ、其れを見下ろしたグレースは怒りの形相を水晶に映る自分自身に向ける。
憎悪の対象は、憤怒を抱くべき相手は、何時だって自分自身。それぐらい理解していると視線を逸らして自分を殴りつける。
唐突に響いた打撃の音に顔を上げたカエデの視線の先、切れた頬から血を流したグレースは鼻を鳴らす。
「行くわよ……」
木漏れ日の中、背を向けたグレース。其れを見てカエデは足元に転がり落ちたバスタードソードを手に取って土埃を払ってから鞘に納める。
互いに言葉を交わさずに歩き出そうとして、カエデが足を止めた。それに気付いたグレースは肩越しに振り返って尋ねる。
「……どうしたのよ、やっぱ言いたい訳?」
「……いえ、なんか……
カエデの言葉にグレースは眉を顰め、直ぐに腰のケペシュを抜き放つ。周囲に視線をやってから、グレースは耳を澄ませて目を見開いた。
唐突に響いたのは鋭く響く警鐘。意味を知るグレースは慌ててカエデの腕を掴む。
「警鐘っ!? 走るわよっ!」
グレースの言葉を聞いてカエデも意識を集中させようとするが、丹田の呼氣の乱れによって意識が朦朧としており、上手く音が聞き取れない。わかるのは甲高い鐘の音が遠くから微かに聞こえていると言う事だけ。
「ラウルと合流しないと」
「はい」
警鐘、十八階層に存在する『リヴィラの街』に危険が迫った際に鳴らされるものであり、大まかに言えばモンスターの大移動がこの階層に到着すると言う際に階層内の冒険者全員に知らせる物、今回の警鐘の種類は『下層より接敵』と『撤退』を意味したものであり、対処不可能な程の数のモンスターが迫ってきている為、直ぐにこの階層から逃げろと言うものだ。
現在位置は十九階層の階段の近く、と言っても十九階層への階段には警備の者がおり、その者等が警鐘を鳴らし始めたと言う事は今から逃げればモンスターと接敵する前に逃走可能である。
直ぐに視線を前に戻してグレースが走り出そうとして、足を止めた。つんのめる様にカエデも止まり、グレース越しに白い装束を着た人物を見た。
その姿にカエデが毛を逆立てて警戒の視線を向けバスタードソードの切っ先を向ける。
グレースは眉根を寄せ苛立ち交じりに口を開いた。
「そこのアンタ、警鐘よ、早く逃げないと――」
「グレースさんっ! その人【ハデス・ファミリア】の団員ですっ!」
カエデの言葉にグレースは瞬時に反応して腰のケペシュを引き抜いて構えた。
相対する白装束の人物、顔までしっかり隠れるフードの下から押し殺した笑い声が聞こえ、カエデは全身の毛が逆立ち鳥肌が立つ。グレースは薄気味悪そうに相手を睨み、ふと視線を上にあげて叫んだ。
「カエデっ! 耳を塞ぎなさいっ!」
「っ!?」
叫んだグレースが両手で耳を抑え、カエデも遅れて抑えようとして――音の爆発が起きた。
グレースの視線の先にあったのはまるで飾り付けでもされたかのように不自然に木から大量にぶら下がる
本来ならモンスターを驚かす用の道具だが、数が数である。音とは振動であり、積み重なった音は衝撃として全てを薙ぎ払う。
耳を塞いでその場で耐えしのいだグレースは、己の内に滾る怒りの感情で思わず目の前の白装束に突っ込みそうになるが、耳を抑えた際に自身の頬をケペシュが浅く裂いていた。痛みと出血、傷口から溢れる血が直ぐに滴り胸元を汚す。血の臭いと自身を無駄に傷付けた怒りが目の前の白装束への怒りを自身へと向けさせ、自分自身にケペシュを突き立てそうになりながらもその場で叫ぶ。
「ぶっ殺すっ!」
グレースの威圧に対し、白装束の相手は怯んだのか一歩下がるが、直ぐに直剣を取り出して構えた。
「カエデっ! さっさとこいつぶっ殺してラウルと合流を――」
あんな大音量を響かせたのだ、直に此処にモンスターが溢れかえる事だろう。故に急ぎここから離れるべく目の前の敵を倒す様に指示を出すがカエデからの返答はない。不審に思いつつも目の前の敵から視線を外さずに素早くカエデを確認すれば、地面に倒れて泡を吹いている姿が確認できた。
音の衝撃が完全に直撃したのだろう。耳を塞いだグレースですら先程から音が良く聞こえないのだ、防御が間に合わなかったのだろう。何よりカエデは耳が良かった、ダンジョンの夜に眠れない程に優れた聴覚に対する攻撃は冒険者のステイタスの耐久なんかも全て無視したダメージを与えたのだ。
「くっ!」
「―――――――」
相手が何か言っている。しかしグレースの耳にその言葉は届かない。
何時の間にあんなに
目の前の白装束の敵を睨みながら牽制しつつカエデの方ににじり寄る。そんなグレースを見て白装束は肩を震わせてから、グレースの背後を指差す。
「―――――――」
何を言っているのか判別はつかない。だが嫌な予感を感じて後ろを振り返り、思わず叫ぶ。
「なっ!?
十八階層に生い茂る木々の隙間、その先に映る無数のモンスターの姿に慌ててカエデを担いでグレースが前を向けば、其処には白装束の姿が無くなっていた。代わりに広がるのは無数の
本来ならダンジョン内でモンスターを呼び寄せて討伐するのにつかわれる動物の血や肉を袋に詰めた物であり、使用するのは高位冒険者ぐらいのそれ。不用意にダンジョン内で使えば、嗅覚の鋭いモンスターを片っ端から集める危険な代物。
本来の用途以外の使い道は一つ――意図的な
「やられたっ!!」
モンスターの群れは音と臭いで此処に群がってくるだろう。直ぐに逃げなくては不味い。担いだカエデの姿勢を直す序でに容態を確認するが、直ぐには目を覚ます事は無いだろうと言う事がわかったのみ。不味いなんてものではない。小柄とはいえ荷物を抱えて逃げ出せるか不明だ。
だが、見捨てると言う選択肢を持つ程、グレースと言う少女は落ちぶれていない。
担いだまま一気に駆けだす。森の木々の隙間を縫う様に現れる下層のモンスターの速さに目を見開き、舌打ちをしながら森を走る。最悪『リヴィラの街』まで逃げ込めば――無理だろう。
足に何かが引っかかる感触と共に、真横からロープで縛られた丸太が、振り子の如くグレースに襲い掛かる。
慌てて速度を上げれば、今度は足を何かが突き立つ感触。激痛に奥歯を噛み締めつつも走る勢いを落とさずに足に視線をやればクロスボウ用のボルトが右足の腿に突き刺さっている。
視線を前にやって舌打ち、目の前に広がるのは大量の
目に見える範囲では足元にこれ見よがしに設置されたロープ、木に隠れる様に設置された振り子式の丸太、そして――微かに香る酒の匂いにグレースは悪態を吐く。
「うっそでしょ、焼き尽くす積りっ!?」
微かに香る酒の臭い、強い酒精を感じさせる匂いと、何処からか投げ込まれる『火炎瓶』を見てグレースは足を進める。足に付き刺さったボルトが鈍い痛みを感じさせグレースに怒りを抱かせる。
怒り、そして負傷によるステイタスの増強効果によってグレースの力が跳ね上がって行く。振り子式の丸太を片手で受け止めて跳ね除け、近くの木を蹴り抜き、横倒しにしてその上に足を掛けた。
瞬間、放り込まれた火炎瓶が木に当たり、地面に落ち、砕けて中身をぶちまけながら適温に温められた酒の酒精に火が回って行く。足元にぶちまけられた酒にも火が回り酒臭い森は一瞬で火に包まれた。どれだけの酒をここにぶちまけたのだろう。気付かれずにこれだけを成す隠蔽性と、リヴィラの街の存在する十八階層でここまで大それたことを行う神経の図太さにはある意味で感心できる。
後方から追ってきていた下層のモンスターも火に弱いもの、火に耐性を持たぬものが火にまかれて悲鳴を上げる。其れを肩越しに見てグレースはほくそ笑む。
「ばっかじゃないの、十九階層とかそこらのモンスターで火に強いのなんて居ないっての」
足元が火にまかれているが蹴り折った木の上を一気に駆けて行く。ブーツが火にまかれて熱を持ち、足の裏を焼き始めるが、グレースのスキルで負傷によりさらに力が増幅される。
このままいけばカエデを担いだままでも逃走できそうだと口元を歪め、カエデが身を捩った為バランスを崩して火の中に転げ落ちた。
「あっつっ!?」
「熱っ!?」
転げ落ちたカエデを慌てて引っ掴んで引き上げようとして、先程までグレースが走っていた倒木に杭のようなものがいくつも突き刺さっているのを見て目を見開き、直ぐにカエデを掴み上げる。
火にまかれた様子だが、カエデの防具、火鼠の皮を使った水干は高い火耐性を持っている為か怪我らしい怪我は無い。対するグレースは全身に軽いやけどを負って体が火照っている。
「アンタ気付いた訳っ!?」
「危ないですっ!」
おぼろげに聞こえたカエデの言葉に、グレースはカエデを近くに投げ出し、身を伏せた。
酒の酒精に頼った火計であった事が幸いしたのだろう、既に鎮火しており黒焦げになった植物に体を擦り付けるだけで済んだ。火照った体に微熱を持った地面が接触し痛みを感じさせるが、それ以上に背筋が凍えて泡立った。
「また来ますっ!」
カエデの声に反応し、即座に立ち上がって飛来物、鋭い杭のようなものをケペシュで弾き落とす。腕に残る痺れに眉を顰めて杭の飛んできた方向に視線を向ける。
「あれは……ガン・リベルラか、面倒ね」
グレースの視線の先に無数の蜻蛉を彷彿させるモンスターが木々の間や木々の上を飛び回っている。
ガン・リベルラ、二十階層より出現するモンスターであり、ダンジョン内にて初となる飛び道具が主な攻撃手段のモンスター。他のモンスターの群れと交戦中に高所を飛び回り、杭のようのなものを弾丸のごとく発射してくるという非常に嫌らしい敵だ。
ガン・リベルラに気をとられていた間に他のモンスターに囲まれてしまった。火によって熱を持った肌に嫌な汗が滴り、痺れる痛みが全身に広がる。
「最悪」
悪態を吐きながら顔をあげてモンスターを睨むグレース。
カエデも震えながら立ち上がって、覚束無いながらも投げナイフを握りしめた。
握り締められたのがバスタードソードでは無かったことにグレースが気付いて目を見開いて叫ぶ。
「ちょっ!? アンタ剣はっ!?」
「……気が付いたら無くなってました」
逃走劇を繰り広げているさ中に落としてしまったらしい。つくづく運の無い奴と悪態を吐きながらもグレースは視線を周囲に飛ばす。モンスターに囲まれた円は徐々に狭まってきている。
「あぁもうっ! アタシが突破口作るから、アンタ一人で逃げなさいっ!」
「えっ」
「アタシはアンタと違って何時死んでも良い様に覚悟ぐらいしてるわ。アンタは行け、つか武器が無い奴なんて邪魔なだけだし、さっさとどっか行ってくんない?」
普段の様に、いつも通りにグレースは憤怒の表情を浮かべながらカエデの方を肩越しに振り返る。煤けた背中を見て、カエデは震える。
「なんで……」
さっきまで『ムカつく』とか『嫌い』だとか言っていたグレースが何故カエデを庇うのか。わからないと言う表情を浮かべるカエデに、グレースは吐息を一つ零した。
「はぁ……なんでアタシがアンタを庇うのかって……別に、理由なんて無いけど――――そうね」
にやりと笑みを浮かべる。牙を剥く様な獰猛な笑みを浮かべ、【激昂】グレース・クラウトスは呟いた。
「アンタが大嫌いだから、一緒に戦うなんて御免よ。ましてや仲良く死んでなんてやるもんかってね」
面倒事押し付けられたと文句を言いつつ、ヒイラギちゃんを全力で守ってくれるアマゾネスのお姉ちゃん素敵っ! 褐色の肌とか最高よね。
そして、【ハデス・ファミリア】の計略……殺意低いなぁ。
ナイアルとクトゥグア、不仲な二人。何もないはずもなく……邪神にモテモテってどんな気分なんでしょうかね。