生命の唄~Beast Roar~ 作:一本歯下駄
『静かにしな……ありゃ【恵比寿・ファミリア】の奴だね。なんでこんな所を……迂回していくよ。くっそ、これじゃオラリオに行くなんて無理だね、ほとんどの道を張ってやがる』
『なぁ、何でその【恵比寿・ファミリア】? って奴等を避けるんだ? オラリオには姉ちゃんが居るし早くいきたいんだけど』
『あぁもう、アイツ等が何考えてんのかアタシは知らないけど、これだけは解る。アンタを探してる』
『え? なんでアタシなんか探してんだ?』
『知るか。黒毛の幼い狼人の女の子、この特徴でアンタ以外に居る訳無いだろ』
『そっか……出て行った方が良いのか?』
『……
『オラリオに行くのは』
『今は諦めな。あんだけ【恵比寿・ファミリア】の奴等が張ってるんじゃ、近づくこともできやしない。あのファミリアの主神は胡散臭いんだよ、関わるなんてごめんだね』
ダンジョン十八階層、モンスターが発生しない特殊な階層。冒険者からは
湖に面した島の東部、そして高さ200Mはある断崖の上に存在する街。
集うのは十八階層までたどり着ける実力のある冒険者ばかりであり、下手に揉め事を起こせば利用する事も難しくなる。其の為、決して問題を起こさない様に各冒険者がファミリアという括りやしがらみを無視して行動している影響で、地上よりもある意味安心して活動できる空間になっている。
そんなリヴィラの街を見上げる湖畔から、なんとなくリヴィラの街を見上げていたカエデにラウルが声をかけた。
「そろそろ行くッスよ」
「あ、はい」
カエデが手にしているのは乾ききった枯れ枝。焚き木用の枯れ枝をラウルと共に集めていたカエデは一度リヴィラの街を見てからラウルの傍に駆け寄った。
「街が気になるッスか?」
「えぇっと……モンスターが襲ってこないのかなって」
十八階層においてはモンスターが発生しない。それはダンジョン内に時折存在する
その場所においてモンスターが発生する事は無い。つまり壁からモンスターが産まれてこないのだ。しかし、他の地点で発生したモンスターが移動して来る事もあるので、完全に安全とは言い切れないのが
この階層、
「そりゃそうッスよ。本当に安全な場所なんてダンジョンには無いッス。この階層だって下から、上からモンスターが来る事も珍しくないッス」
「……街が襲撃されたりしないんですか?」
「んー……馬鹿な冒険者が
普段は階層の入口部分に冒険者が何人か張っており、モンスターが移動してきたら警告を伝えて避難か退治のどちらかを行う。基本は一匹二匹が迷い込む程度なのでさっくりと片付けてしまうのが普通だが、時折十九階層で
其の為かリヴィラの街の建造物の大半は木材を使った簡素なモノばかりであり、他は布を用いた天幕のみや、最悪テントが複数張られている所を『宿』として提供している店もある。
要するに壊れても直ぐに復旧できる程度の造りになっているのだ。
「そうなんですか」
「そうっすよ……ん? 上の階層からなんか下りて来てるッスね」
「ん?」
リヴィラの街から離れた地点にキャンプを設営しているので、その場所に向かうべく足を進めているとラウルが十七階層に通じる大階段のところを指差して納得の表情を浮かべた。
「あぁ、【恵比寿・ファミリア】の輸送物資ッスか」
「なんですかそれ?」
「リヴィラの街の運営に必要な物資類を送り届ける馬車……いや、人車ッスかね。ほら、俺達も大規模遠征の時に使う大型の人力車に色々乗っけていくじゃないッスか。アレでこの階層に物資を送り届けてるんスよ」
アホみたいに金額を吹っ掛けているという話だが、この階層で安定して食料品等があるのはああいった『物資輸送』の名目で商品を卸している【恵比寿・ファミリア】の影響もでかいのだろう。個人で少しの物資を持ってきて売りさばくという『行商人モドキ』をやっている冒険者も居るが、其れは安定しない事も多い。
二人の視線の先、其れなりに距離のある大階段を大型のカーゴを積んだ人力車が複数の冒険者に引っ張り上げられながら少しずつ下りてきているのが見えた。
階段を下りる為に渡し板を手早く設置し、通り過ぎた渡し板を手早く進行先に置きなおす。それを繰り返して少しずつ、少しずつ大きなカーゴを積んだ人力車をゆっくりと下ろしている。
「アレは結構大変なんスよねぇ」
「やった事あるんですか?」
「あるッスよ。【恵比寿・ファミリア】が時々ギルドに
成功すれば儲けもそこそこ大きく、複数のファミリアが受ける事が多い。特に多いのは【ガネーシャ・ファミリア】であろう。ラウルが行った時は【ロキ・ファミリア】で受けた訳では無く個人で受けただけではあったが。
「さて、ここであれ眺めてても仕方ないッスからさっさと行くッス」
「はい」
「あんたら何ちんたらしてんのよ……もう直ぐ日が暮れるでしょ」
「火起こし……えっと、この道具でー……火打石なら使った事あるんですけどね」
少し多めに持ってきた焚き木を手早く組み上げて火を付けていくアリソンを余所に文句を垂れるグレース。
十八階層は光を発する水晶によって地下でありながら疑似的な空が存在する。その疑似的な空はどうやらダンジョンの外、オラリオと同じ様に光が消え失せて夜になるのだ。
魔石灯のランタンで光源を確保しても良いが、出来る限り物資は温存するのがダンジョンの基本である以上、魔石を消費してしまう魔石灯のランタンの使用は控えるべきだろう。
「ごめんなさい」
「まあまあ」
謝罪するカエデとへらへらと笑うラウルにグレースが眉を顰めていれば、テントの方からヴェネディクトスが出て来た。
「仕方ないとは思うけどね。さてと……夜番はどの順番で回す?」
モンスターが絶対に現れないという訳では無いので寝ずに警戒をする者が必ず一人は必要である。その夜に番をする者を誰にするかと言ったヴェネディクトスの言葉にラウルが手をあげた。
「んー、あぁ、一応俺は寝ないッスよ。本番の時も俺は寝ずに審判役ッスから」
「寝なくて大丈夫なんですか?」
「一晩ぐらい余裕ッス、下手したら四日間寝ずに行動する事もあるし。あぁそうだ、俺は番は出来ないッス。ルールでもそうなってるッスからね」
上位の冒険者になればなるほど、人間離れした身体能力を発揮するだけでは無く普通の人間なら死んでしまう様な無茶も利く様になっていく。だからと言って積極的に不眠不休で動きたいなんて思う冒険者は居ないが。
今回の遠征合宿において補助役の役目はパーティを合格へ導くのと同時に、各パーティに評価点を付ける事である。其の為、基本的にラウルはアドバイスもするし相談にも乗るのだが、ダンジョン内に於いては魔石・ドロップ品拾いと物資の持ち運びしか行わない。モンスターを倒す事は緊急時を除いてしてはいけないし、夜番もしてはいけないというルールなのだ。
「そっか、じゃあ……二人ずつ、それぞれ2時間交代でいこうか」
「それで良いんじゃない? アタシとアンタ、ヴェトスとアリソンで良いでしょ」
グレースがカエデを指差し自分とペアを組み、ヴェネディクトスとアリソンを組ませたのを見てヴェネディクトスが頷き、カエデが首を傾げた。
「僕はそれで構わないよ」
「アレックスさんは?」
同じ階層に居るのなら声を掛けるべきではないかと思ったカエデの質問。カエデの言葉にグレースがあからさまに嫌そうな表情を浮かべた。
「アンタ、アイツが気になる訳? 居ても邪魔なだけでしょ」
「それに言う事を聞くとも思えない。居るだけ無駄だね」
グレースに続き、ヴェネディクトスも否定の言葉を並べるのを聞いてカエデは口を閉じた。
少し悪くなった雰囲気に対し、火を起こしてから調理を行っていたアリソンが声をかけた。
「まあまあ、そこら辺にしといて晩御飯にしましょうよ」
「……そういえば調理はアリソンがやってたんだっけ? アンタ食えるもん作ったんでしょうね」
「勿論ですよ。調理ぐらいできますって」
焚火の上に枝を通して鍋を吊るし、中で何かを煮込んでいたアリソンの言葉を聞いて鍋の中を覗き込む。
「……ごった煮じゃない」
「匂いは悪くないけど……」
「おいしそうですね」
切り分けられた野菜と肉が一緒くたにぶち込まれて煮込まれている様を見て微妙な表情を浮かべたグレースとヴェネディクトスに対し、カエデだけが嬉しそうにしている。その様を見ていたラウルは苦笑を浮かべた。
「ダンジョンで作る飯なんてこんなもんッスよ。最悪そこらに転がってる木の実を齧るだけなんて珍しくないっすから……それが嫌なら『携帯食糧』あるッスよ?」
非常に味の悪い携帯食糧と、見た目はごった煮だが温かな食事。どちらが良いかと言われればよほど携帯食糧に思い入れでもない限りは殆どの冒険者がごった煮を選ぶだろう。
「皆さんの器をー、どうぞヴェネディクトスさん」
アリソンが器によそって渡していく途中、唐突に周囲が暗くなっていき、カエデが周囲を見回し始める。
「暗くなりましたね……」
魔石灯の明りを唐突に切った様に、まるで切り替わった様に真っ暗になった階層を見回して感心した声を上げる。地上であれば日が傾き、夕焼けを見せ、そこから夜の帳が舞い降りるといった感じだが、十八階層の疑似的な空はあくまでも疑似的なだけで夕焼けもなければ徐々に夜の帳が下りるという訳でも無い。
「へぇーこんな風に夜になるんですねぇ」
「ほらあんたら早く食べちゃいなさいよ、後片付けは明日やるとして今日はとりあえず早めに寝ないと……アリソン、あんた十八階層まで来た事無いって事はダンジョンで寝るのは初めてよね?」
「え、はいそうですね」
「ワタシも初めてです」
「アンタは聞かなくてもわかるわよ」
頷いたアリソンに、カエデも初めてだと答えた二人を見てヴェネディクトスは眉を顰めてから口を開いた。
「まず僕とアリソンが寝るよ……そう言えばカエデもアリソンも耳は良いんだっけ?」
「はい、そうですよ。耳の良さには自信があります」
胸を張って答えたアリソンに対してヴェネディクトスは少し迷った後口を開いた。
「耳が良いってのは良い事なんだけど、寝る時に困る事が多いんだよね」
「そうなんですか?」
獣人種は基本的に五感が優れている。其の為かダンジョン内での活動に於いては優位に立つ事が可能ではあるのだが、ダンジョン内での休息中。特に睡眠をとろうとした際に微かに聞こえてしまうモンスターの咆哮等によって睡眠を妨害されてしまい、十分な休息がとれなくなるといったデメリットも存在する。
今回初参加でダンジョンでの睡眠が初めてと言うカエデとアリソンはほぼ間違いなく睡眠不足に陥るだろう。とは言え冒険者でなおかつ
「最悪、僕とグレースの二人が帰りは補助する方向で行こうとおもうけど」
「面倒だけどそうするのが一番よね。あんた等は眠れなかったら眠れなかったで疲れてたらちゃんと言いなさいよ」
「わかりました」
「そうだったんですね……知りませんでした」
獣人がダンジョンに於いて優位とされていても、デメリットが存在するとは気が付いていなかったカエデが感心していれば、確かに耳を澄ませるとモンスターの咆哮が微かにだが聞こえる。遠くの方から響いてきているだけとはいえ、睡眠をとるのに微妙に邪魔になる程度の音。
確かにこれは眠れなさそうだが。
「耳栓とかはダメなんですか?」
「……アンタは飛び起きた時に音が聞こえない状態で乱戦とかになったらどうするつもり?」
「あぁ……ごめんなさい」
獣人用に耳栓なども存在するが、寝起きで頭が回らない時に耳栓を外し忘れ、ダンジョン内で乱戦に陥ったり等すれば危険極まりない。特に今回の遠征合宿では妨害組の
それに
「ご馳走様」
「うん、美味しかったよ」
「ごちそうさまです」
「お粗末様……ラウルさん、どうでした?」
アリソンがラウルに視線を向ければ、ラウルは首を傾げてからあぁと呟いて口を開いた。
「いや、普通に美味かったッスよ。ダンジョンの飯なんて豪勢なの期待する方が阿呆ッスからね」
最低限、食べれて不味くなければ良い。無論、美味しい食事というのは士気高揚に繋がると言えばそうだが、士気高揚目的で美味しい食事を作る為に限られた物資を食料品で埋め尽くすなんて出来る訳がない。
だからこそ、不味くなければ美味しいと言うのがダンジョン飯の基本であろう。
「んじゃ、アタシは寝るわ。カエデ、アンタも来なさい。それじゃあね」
「グレースさん、自分で歩けます」
グレースがカエデの首根っこを掴んでテントに引っ張り込むのを見送ってから、アリソンは器などを一か所に集め始め、ラウルは近場の水晶に腰かける。
ヴェネディクトスが焚火の様子を見つつ枝木を追加して火が途絶えない様にしながら呟いた。
「今回の遠征合宿、合格したいね」
「そうですねぇ……私は初めて参加するのでわかりませんけど、ヴェトスさんって一回合格したんでしたっけ?」
「まぁ、あの時はジョゼットさんの班だったからね」
「それは俺の班じゃ心配って事ッスかね?」
そう言う訳じゃ無い。そう言ってヴェネディクトスは枝を焚火に放り込む。洗い物を一か所に纏めて焚火を挟んでヴェネディクトスの対面にアリソンが座った。
「どういう事です?」
「そもそも、ジョゼットさん以外の班に編成された時に合格した事無いからね。今回で三回目だけど……期待はできないから」
「なるほど。確かに」
テントの中、グレースは手早く腰のポーチや鞘を外して手の届く範囲に置き、さっさと寝袋の一つに潜り込んで目を瞑る。その様子を見ていたカエデが同じくに寝袋の横にバスタードソードやポーチ類を置いて寝袋に入り込む。
グレースと同じく目を瞑り、深呼吸して眠ろうとして試みるカエデ。
十分か、二十分か、それなりに時間が経ってからカエデは目を開けた。明りの無い真っ暗なテントの中、暗闇に慣れたおかげか薄らとテントの天井が見え、カエデは困った様に眉根を寄せた。
「眠れない……」
先程言われた通り耳が良すぎる所為か、ダンジョンという特異空間だからか、眠ろうと思っても眠れない。確かに体は疲労を訴えているし、
それでも眠れない。
「どうしよう……」
眠るべきなのに眠れず困り、グレースの方を窺う。カエデの視線の先、薄ら闇の中でグレースが不機嫌そうな表情でカエデを見据えていた。
「あ……」
「別に良いわよ。眠れないならそのままで、アタシも最初は眠れなかったし」
何時モンスターに襲われるのか、
「ただ、もしもの時はラウルがなんとかしてくれるし安心しなさいよ」
「え?」
「普通過ぎて目立たないけど、アイツ結構強いから。と言うか伊達に
言いたい事は言い切ったとそのままカエデに背を向けて寝始めたグレース。何が言いたかったのか微妙に解らなくて首を傾げてから。今言われた事を少しずつ噛み砕いて飲み込んでから目を瞑る。
ヴェネディクトスやアリソンが夜番をしている事に不満がある訳では無い。実力が自身に劣っているから不安を覚えているという訳ではないが、やはり何処かで警戒心が抜けきらないのだろう。
あの二人に対する信用よりはラウルに対する信頼の方が大きいのも事実。
ただ、もし叶うならヒヅチが傍に居れば何があっても大丈夫という信頼から安心して眠れたと思うのでヒヅチが傍に居れば良かったのにと思ってしまう。
「グレース、カエデ、交代の時間だ」
「……ふぁぁあ、ねむ。はいはい交代ね」
「……はい」
結局、眠る事は出来ないまま交代の時間が来てしまい困った様に眉根を寄せたカエデがテントから出て行く。その背中を見ていたヴェネディクトスは困った様にカエデを見てから首を横に振って寝袋を取り出した。
「アリソン、僕はそっちの隅でねむ……アリソン?」
ヴェネディクトスはエルフであり、貞操観念はかなり厳しいものがある。其の為叶うなら女性と同じテントで就寝するというのは避けたいが冒険者である以上、其処に文句を言う事は出来ない。だが、せめてもの抵抗としてテントの隅で寝る事で相手を尊重しようと声をかけたが、その声に答えは無く。視線の先でアリソンはグレイブを枕元に置いて幸せそうに寝袋に収まっていた。寝息も安定しており、ヴェネディクトスやグレースの懸念した獣人特有の睡眠不足に陥るといった事は無さそうではあるのだが。
「……いや、良い事なんだけどね」
ヴェネディクトスが近くに居るのに平然と眠れるというのは詰る所、ヴェネディクトスを異性として認識していないのだろう。少し悩んでから寝袋に潜り込んで目を瞑る。
カエデの方が眠れなくて困っていそうだが、そっちはグレースが対応するだろうとヴェネディクトスは自分が男だとも思われていないのではないか、という疑念から目を逸らして目を瞑った。
「んで、眠れなかったッスか」
「はい……」
焚火に枯れ枝を追加していたラウルの横にカエデが腰掛けて俯く。その様子を見ていたグレースは溜息を零してからラウルを睨む。
「アンタが頼りなさそうに見えたからよ」
「あはは……確かに俺って頼りなく見えるッスからねぇ」
ベートさんとかだったら昼寝しながら警戒出来るんスけどねと、グレースの皮肉に対してずれた答えを返すラウルに疲れた様な表情を浮かべてグレースは溜息を零して焚火の近くに腰かけた。
「さて、何の話をするッスか?」
「……話ですか?」
「あぁ、そうねぇ。考えて無かったわ」
ラウルの言葉に首を傾げるカエデ。グレースは少し考えてから口を開いた。
「ま、丁度いいし説明からかしら」
夜番をしていると、どうしても眠くなってしまう。睡魔に襲われ集中力が切れた所で強襲を受ければ大きな被害が出る。基本は夜番は二人から三人で行い、互いに取り留めのない話題を投げ合って眠気を飛ばす。
「夜番なのにお喋りしてていいんですか?」
「むしろお喋り推奨ッスかね。眠気を飛ばすのに丁度いいんで。まあ、大声はダメっすけど」
睡眠をとっている他の団員に迷惑を掛けない程度に会話を投げ合うのは夜番の基本だ。
「へぇ……」
「んじゃ俺は黙ってるッスから二人は何かお喋りしてると良いッスよ」
「ラウルさんは話さないんですか?」
苦笑を浮かべてからラウルは首を横に振った。
「俺は
自分から進んで雑務などを引き受ける事の多いラウルは、夜番も進んで自分から行う。其の為、他の夜番の者が眠たげだったら声をかけて起こす様に無意識で動いてしまう。
補助役兼採点者として過度にパーティに関わるのは基本的に禁止されているので緊急時に守る以上の事は出来ない。
ジョゼットの様に言葉を交わさずとも眠気を自ら打ち消して集中力を維持できる者は声を掛ける事が少ない。そんな形で補助役に選ばれた
「そうなんですか……」
「そう言う事ッス」
「じゃ、アンタは黙って話でも聞いてなさい。んで、カエデは何かアタシに聞きたい事とか無い訳?」
グレースがひらひらと手を振ってラウルを追い払う仕草をするが、ラウルは困った様に「ここには居るんスけどね?」と口を開くが、グレースは無視してカエデに質問を飛ばす。
「えっと……聞きたい事ですか」
「そうよ。ロキみたいに胸の大きさとか聞いてきたら殴るけど」
「胸の大きさ? そんなの聞いてどうするんですか?」
「知らないわよ」
首を傾げたカエデの質問が妙な方向に飛んでいるのに気付いてラウルは口を開きかけて慌てて閉じる。
「他には?」
グレースの再度の催促に対し、カエデは何を質問するか悩みながらグレースを頭の先から爪先まで観察する。
灰色の髪を腰の辺りまで伸ばし、ハーフプレートメイルに要所を守るプロテクターを装備した軽装に分類されるグレースの装備に視線をやってから、グレースの腰に吊り下げられた特徴的な形の剣に目をつけた。
「えっと……なんでそんな変な剣使ってるんですか?」
グレースの使う武装は『ケペシュ』と呼ばれる鎌形の形状をした刃であり、普通の直剣に比べると不思議な形状をしている。
主な使用用途は盾を持つ相手から盾を剥ぎ取りつつ攻撃すると防御を崩す為のモノだが、冒険者相手ならまだしもモンスターは盾を使うモノはあまり多くない。
リザードマンやリザードマンエリート等の中層のモンスターが剣もしくは短槍に盾を装備しているがそれ以外にはあまり効果が無さそうなのだ。
無理にケペシュに拘るよりは他の武装の方が良いのではないかと言うカエデの疑問にグレースは肩を竦めた。
「あぁ、これ? アタシの住んでた所で使ってた剣よ」
「思い出の品だからですか?」
「そうねぇ……手に馴染むから使ってるだけだけど」
他の剣に手を出した事もあるが、何故かこの剣が一番馴染むとケペシュを鞘から抜いてくるくると手で弄ぶ。馴染むという言葉は嘘偽りが一切ないのかまるで手に吸い付く様に扱っているのを見て、カエデは感心した様に吐息を零した。
「凄いですね」
「……アンタが言うと皮肉にしか聞こえないわね」
「え? そうですか……?」
不安そうにグレースに上目使いをするカエデにグレースは吐息を零した。
「まあいいわ。次はアタシね……。あんた寿命がどうとかって話だけど、
気になっていた事を直球で尋ねながらグレースはケペシュに付いた傷に気が付いて眉をひそめた。何処で傷ついたのか少し考えながら傷を観察していると、カエデが無言になっているのに気が付いてグレースはカエデの方を見た。
俯いて思い悩む表情に陰が差すカエデを見てグレースは肩を竦めた。
「伸びたか伸びてないかだけでも良いわよ」
「……伸びましたよ。……伸びました」
消え入る様な返事のカエデに対してグレースは少し迷ってからラウルの方を窺う。会話に参加する事はしないと言い切ったラウルだが、何か知っていないかと視線を向けたグレースに対し、ラウルは首を横に振った。
「…………」
「はい、あんた次の質問しなさいよ。聞きたい事無い訳?」
「え、あぁ……えっと……」
半ば強引に話を進めてその雰囲気を吹き飛ばす。
「気分悪いわ」
寿命を延ばす為。其の為に頑張っているのは知っているが焦り過ぎて死なれると気分が悪い。
「グレースさん?」
「何? 質問決まった訳?」
小声に反応したカエデにグレースは肩を竦める。
「え? 何か言ってたので……」
「質問遅いなって言ったのよ」
「ごめんなさい……えっと……いつから冒険者に?」
いちいち謝罪されても困る。努力している事は認めるし肯定もするが、その自信の無さはどうにかならないのか。せめて胸を張って偉ぶってくれればこっちも気兼ねなく接することが出来るのに、内心呟きながらグレースはカエデの質問に答えるべく口を開いた。
【恵比寿・ファミリア】の怪しい動きを警戒してヒイラギちゃんがオラリオにたどり着けずに撤退。
カエデちゃんとの再開が遠退いたのは恵比寿が胡散臭いせい。