生命の唄~Beast Roar~   作:一本歯下駄

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『なぁ、姉ちゃんってどんなファミリアにいたんだ?』

『はぁ、あんた、割としつこいね。……あのファミリアは雰囲気は最悪だったし、主神はあんま良い神じゃ無かったね』

『そうなのか?』

『魔法が使えないエルフをいびって遊んでた屑だしね、まぁその所為でオラリオ追放なんて羽目になったわけなんだけど』

『うへぇ……やっぱそう言う神も居んのか。なんでそんなファミリアに入ったんだ?』

『オラリオの街中でお茶でもどう? って優しく声をかけれられてね、眠り薬使われて気がついたらファミリアに入れられてたんだよ。あんたも気を付けなよ?』

『それって良いのかよ……』

『駄目に決まってるだろ? そんなことしてたから追放なんて事になったのさ』


『日常』

 一日の汚れを落とすべく訪れた大浴場にて共に訪れたカエデ、グレース、アリソンの三人は並んでシャワー用の仕切りの内から明日の予定を話し合っていた。

 

「明日はどうします?」

「休息日でしょ? ダンジョンに行けないし。あの馬鹿虎(アレックス)と一緒に行動なんて勘弁して欲しいわね」

「休みなので……鍛錬を」

 

 カエデの言葉にグレースは思い切り眉を顰めてカエデの方を仕切り越しに覗き込む。

 

「アンタ、休みの度に鍛錬場に入り浸ってるけど、他にやる事無い訳?」

 

 グレースの知るカエデの行動を並べると、ダンジョンに潜る、鍛錬場で鍛錬、書庫で調べ物。

 死の危険と隣り合わせの冒険者として、欲に忠実なぐらいがちょうど良いと考えるグレースからすれば、若干節制が過ぎる気がするのだ。

 

「他にですか?」

 

 首を傾げるカエデの姿にグレースの眉根に皺が寄る。その様子を見たカエデが後ろに下がろうとして、仕切りに背中をぶつけて止まった。

 グレースに追い詰める意図は無いにせよ震えて脅えた様子を見せる姿に更に皺が深まる。

 

「だったら、一緒に買い物行きましょうよ!」

 

 そんな様子を見ていたアリソンが話題を逸らすように口を開いた。

 

「……何を買いに行くんですか?」

 

 脅えつつもアリソンに質問したカエデに対し、アリソンは仕切りからぱっと出て口を開いた。

 

「服とか小物とかですよ。後は美味しい物食べに行ったりとかですかね」

「服ですか? 着る物には困ってないです」

 

 リヴェリアが用意した衣類を着回ししているカエデの言葉に、アリソンとグレースが信じられないと言った表情を浮かべた。

 仕切りから出たグレースがアリソンの方を見て肩を竦めた。

 

「ねぇ、こいつ、考え方が田舎者なんじゃない?」

 

 グレースの言葉にアリソンは成程と頷いた。

 

 カエデの暮らしの中で、新しい服を買うと言う事は無いと言う訳では無い。だが積極的に買う物かと言われれば違うと断言できる。

 元々、其れなりに余裕のある生活であったとは言え、質素な生活をしていたカエデは、おしゃれと言う概念は無いのだろう。

 色気より食い気と言った感じだろう。近くに異性も居らず、そもそも幼いカエデに着飾ってちやほやされようなどと言う考えは浮かばないのだ。

 

 最後に仕切りから出て来たカエデを二人で見下ろす。見下ろされたカエデが何事かと二人の顔色を窺っている。

 アリソンとグレースの二人は一つ頷き合う。

 

「買い物行きましょう」

「そうね、リヴェリアの用意してる服だけじゃなくて自分でもなんか買いなさい」

 

 唐突に結論を出され、困惑しつつもカエデは口を開いた。

 

「お金、持ってないですよ?」

「「は?」」

 

 何を言っているんだカエデは、そんな様子でカエデを見た二人は肩を竦めた。

 

「カエデちゃん、今日の収入結構ありましたよね」

 

 今日のダンジョンの成果は5万ヴァリスと少々。頭数で割ったとしても一人当たり8,000ヴァリスはあるはずだ。なのにお金が無い? どういう事だろうかと首を傾げざるをえない。

 それに今日の収入以外にも何度かダンジョンに潜っているカエデは金をそれなりに持っている筈だ。アリソンとグレースもここ最近は『遠征合宿』に向け、ラウル班としてダンジョンに入り浸り気味であり、貯まったお金を使う機会はあまりなかった。しいて言うなれば武具の修繕費だけである。ダンジョンでそれなりに負傷する事の多いグレースが唯一回復薬(ポーション)代金がそれなりに発生しているぐらいか。

 

「えっと……武器……その……」

 

 言いにくそうに口籠るカエデの姿に二人は察しがついて吐息を零した。

 

「あぁ、あんた武器壊しまくってるもんね」

「そういえば二代目(セカンド)破壊屋(クラッシャー)がどうとか……」

「わざとじゃないんですよっ!」

 

 初日にヘルハウンドに武具を燃やされ、インファントドラゴン戦で武器を破壊し、今日もバスタードソードに罅を入れて修理に出すと言う事をしている。

 カエデが冒険者になってから一ヶ月が経とうとしている。そう、一ヶ月間に少なくとも三度は武器をダメにしているのだ。これは初代破壊屋(クラッシャー)ティオナに匹敵する勢いでの消費である。

 言い訳をするならば、初日のヘルハウンドはカエデに非は殆ど無く、インファントドラゴンに関しても仕方が無かったと言える。しかし今日のバスタードソード破損についてはカエデに非があると言える。

 

「無茶し過ぎよね」

 

 ミノタウロス四匹に囲まれてピンチに陥っていたアレックスを助けるべく、カエデは無茶をした。アレックスに意識をとられているミノタウロスに背後から一気に近づいてからの首の切断。耐久も高いミノタウロス相手に一振りで二匹ずつと言う無茶をしでかしていた。

 武具の修繕費でかなり持っていかれているのだろう。収入の殆どを武具に当てているのだ。

 

「だったら私が出しますよ。ほら、私って一応余裕ありますし」

 

 アリソンの持つグレイブは耐久も高く、破損も少ない。基本は前衛(タンク)としてモンスターを押し留めるのに徹しており、消耗するとしても体力ぐらいであり怪我も少ないアリソンはお金に余裕がある。奢っても良いと言ったアリソンは良い事を思い付いたとにっこり笑みを浮かべた。

 

「その代り、色々と私のお願い聞いてもらいますね」

 

 あんな服が似合うだろうなと何を着せようか考え出したアリソンに対し、グレースは悪い癖が出たかと溜息を零した。

 可愛い衣類を着る事も多いが、人に着せるのも好きなのがアリソンである。カエデを着せ替え人形にでもする積りなのだろう。自分が巻き込まれてはたまらないとアリソンから視線を逸らしてカエデの方を向く。

 

「と言うか……どうやってあんな斬り方できんのよ。あたしが最高効率でスキルの効果発動してても無理なんだけど」

 

 怒りと負傷で基礎アビリティ『力』が増幅するグレースであっても、同時に二匹のミノタウロスの首を刎ねるなんて真似は難しい。一度ならまだしも連続して二度である。

 

「えっと……烈火の呼氣を……」

「………カエデちゃん……それ、使っちゃダメって言われてた奴なんじゃ……」

 

 カエデが視線を逸らしているのを見て、グレースが馬鹿じゃないのと呟き、アリソンが半笑を浮かべる。

 リヴェリアやロキに使用禁止を言い渡された呼氣法を使ったのは危険があったからであるが、それでもバレれば怒られるだろう。

 

「まぁ、黙っててあげるけど。感謝しなさいよ」

「はい」

 

 報告なんてされてしまえば、呼び付けられて説教コースに入る事だろう。それを回避できた事にカエデはほっと一安心した様に一息零した。

 

「三人方、シャワーを浴びた後に立ち話は止めはしませんが湯冷めしますよ」

「あ、ジョゼットさん。こんばんは」

 

 入口より現れたジョゼットに対し、アリソンとグレースが姿勢を正す。カエデは嬉しそうににこにこと笑みを零してジョゼットに挨拶をした。

 

「とりあえず湯船に向かうと良いですよ」

「はい」「わかりました」「…………」

 

 しっかりと返事をしたカエデ、愛想笑いで誤魔化すアリソン、無言で頷いて湯船に向かうグレース。三者三様の様子にジョゼットが目を細めてから、カエデを呼び止める。

 

「カエデさん」

「はい?」

 

 振り返ってジョゼットを見たカエデは何故呼び止められたのか心当りが無いと言わんばかりである。実際心当りが思いつかないのだろう。そんなカエデにジョゼットは冷や水を浴びせかける様に口を開いた。

 

「先程の、使用禁止されていた烈火の呼氣の使用に関してですが、既にラウルより報告がなされておりますので、風呂を出たらリヴェリア様の所に行ってくださいね」

 

 カエデが体を震わせて涙目で嘘だと言って欲しいと視線で訴えるも、ジョゼットは首を横に振って否定した。

 

「諦めてください」

「そんなぁ……」

 

 

 

 

 

 朝食の席、食堂の一角でヴェネディクトスが首を傾げていた。

 

「カエデ、君……何かあったのかい?」

「……リヴェリア様に怒られちゃいました」

 

 しょんぼりした様子でパンを頬張るカエデの言葉にヴェネディクトスは再度首を傾げる。

 カエデが怒られる様な事を何かしただろうか?

 

「ほら、昨日馬鹿虎を助ける為にミノタウロスバッサリ切り捨てたでしょ? あの時にリヴェリアにやっちゃダメって言われてた事してたのよ」

「あぁ、あの時……」

 

 完全に出遅れてカエデがミノタウロスを斬り捨てる場面を目にしていなかったヴェネディクトスは、話を聞いて納得したと言う様に手を叩き、肩を竦めた。

 

「アレは完全にアレックスが悪いだろう? カエデが怒られるのは少し理不尽だと思うけれど……まぁ、今後は見捨てても文句は言われないだろうね」

 

 言外にあんなの見捨ててしまえば良いと冷酷に言い切ったヴェネディクトスに対し、アリソンが微妙そうに視線を逸らし、カエデが困った様に眉根をよせる。グレースだけはその通りだとうんうんと頷いている。

 今日の朝食の席に於いてもアレックスは顔を出していない。今までの行動も自分勝手が過ぎて苛立ちを隠す事を完全に止めてしまったヴェネディクトスとグレースの二人に、アリソンとカエデが困った様に顔を見合わせた。

 

「所で、今日はどうだったのよ」

 

 グレースの言葉にカエデは一瞬首を傾げてから、あぁと呟いて口を開いた。

 

「えっと、私が勝ちました」

 

 一日に一度、朝の鍛錬場で早起きしてベートに鍛錬をつけてもらっているカエデに対し、同じく朝早く起きたアレックスが勝負を挑む。カエデが勝ったらアレックスがカエデの命令を一日の間聞き、アレックスが勝ったら命令を聞かないと言うもの。

 連戦連勝を飾るカエデに対してグレースは流石に呆れ顔を浮かべた。

 

「あんた本当に強いわね」

 

 アレックスは口が悪い、だが相応の実力者なのだ。カエデはつい最近冒険者になった駆け出し……だったのだ。今は三級(レベル2)だが、それでも冒険者としての経歴はアレックスに劣っているはずである。

 だが、カエデからすればアレックスの行動は読みやすいのだ。

 

「いえ、アレックスさんは分りやすいので」

 

 不意打ちを得意としており、足音を消しての行動が凄まじいまでの練度を誇るアレックスだが、攻撃自体は割とシンプルに殴ると言うものだ。ソレ以前に――

 

「ベートさんの攻撃より遅いですし」

 

 アレックスが起きてくるより前に、カエデはベートの鍛錬で回避練習をしている。本来なら回避練習ではなくある程度の攻撃も交ぜろとベートに言われているが、反撃の機会を全て潰して一方的に攻撃を重ねるベートに対して回避しか選択肢が無いのだ。防御なんてした瞬間、そのまま押し切られる。

 そんな一方的に攻撃され、それを回避すると言う鍛錬を積むカエデは初日に比べれば圧倒的に回避率が上がった。ベートが少しギアを上げるだけですぐ回避できなくなるとは言え、既にアレックスの攻撃程度であれば簡単に見切って回避が可能なのだ。

 特に大きいのはベートが()()()と言う意味で足を使わないと言う条件を付けた事も大きい。

 

 そんなカエデの言葉に三人は押し黙る。

 

 ベートの鍛錬はファミリア内でも意見が分かれる。と言うかアレを鍛錬と呼ぶのは準一級(レベル4)のアイズ、ティオナぐらいであり、それ以外の者には『やり過ぎ』と言われるものだ。

 駆け出しの頃、ベートの強さに憧れた幾人の者が鍛錬をつけてほしいとベートに頼んでボコボコにされて以後、ベートに鍛錬を頼む者は居なくなった。

 

 ティオナも『本気じゃなきゃ強くなれないよ』と言って加減はすれど手加減はしない攻撃を繰り出し、鍛錬をつけてほしいと頼んだ駆け出し達の山を築き上げたし。

 アイズは天才的な感覚で話を進め、口で言ってもわからないからやってみようと言って容赦なくボコボコにする。死なない程度の加減は出来てもそれ以上の上手い加減が出来ない。

 

 唯一、ティオネとペコラの二人がまともに鍛錬をつけてくれる二人なのだ。ティオネの方は忙しそうに団長にアタックを仕掛けているので鍛錬を頼むのは難しいが、基本お人好しなペコラなら鍛錬をつけてほしいと頼めば優しく鍛錬をつけてくれるのだが。

 

 よりによって【ロキ・ファミリア】に於いて厳しい鍛錬をつけるランキングの上位五人に入る人に鍛錬を頼んでおり、しかもへこたれた様子も無いとは。

 そんなベートの鍛錬とアレックスの攻撃なんて比べるまでもない。

 

 急に押し黙った三人の様子にカエデが首を傾げる。

 

「どうしたんですか?」

「いや、なんでもないよ」「そうですよね、あの鍛錬に比べれば」「あんたやっぱ凄いわ。あたしじゃ真似できないし」

 

 苦笑を浮かべたヴェネディクトスは食べ終わったプレートを手に持って立ち上がる。

 

「今日は自由行動だから僕は自室に居るよ。何か用があったら声をかけてくれ」

 

 そう言って立ち去ろうとしたヴェネディクトスをグレースがとめる。

 

「あんた今日暇なんでしょ? だったら付き合いなさいよ。荷物持ちぐらい出来るでしょ」

「私とグレースちゃん、カエデちゃんの三人で服を買いに行こうと思ってるんですよ。その後は喫茶店にでも行ってお茶しようかなって」

 

 アリソンが補足を加えるのを聞きながら、ヴェネディクトスは少し考えてから口を開いた。

 

「すまない、流石に同行できないかな」

 

 申し訳なさそうに謝罪したヴェネディクトスにグレースが眉を顰め、アリソンが首を傾げる。

 

「どうしてよ」

「あぁ……嫉妬されてるみたいだからね」

 

 嫉妬と言う言葉にカエデが首を傾げ、アリソンが納得した表情を浮かべる。グレースは溜息を零した。

 

「男ってくだらないわね」

「あぁ、其れなら仕方ないですかね」

「すまないね」

 

 基本的に【ロキ・ファミリア】は女性が多いので、男性は美味しい思いをしている。そんな風に周囲からは思われている様だが逆に女性が多い事で男性は時折肩身の狭い思いをしている。

 そんな中で女性と仲良く出来る男と言うのは【ロキ・ファミリア】内部でも嫉妬の対象になりやすいのだ。

 

 特に女性と言っても基本的には冒険者をやっている力強い女性ばかりである中、割と女性的な面を持つ者は少ない。

 今まで剣しか握っていなかった者も居る中、男勝りな女性も多いのだ。そんな中、可愛らしくなおかつ女性として見れる範囲に居る者と言うのは少ない。

 

 その数少ない女性として見られる人物として一応アリソンは名が挙がる。

 

 男連中は可愛い女の子と同じパーティに入ったヴェネディクトスに軽い嫉妬をしているのだ。そんな中、楽しげに一緒に買い物に行っているのを見られればより嫉妬を煽る事になるのは間違いない。

 

 これがカエデ、もしくはグレースなら問題は無いだろう。カエデに関しては子供、グレースは男勝りな点が多い。誰も気にしないだろう。カエデの場合は子守り、グレースの場合はお気の毒と声をかけられるぐらいだろう。

 

 申し訳なさそうにしながらも、去って行くヴェネディクトスの背中を不快そうに眉を顰めたグレースが睨みつける。アリソンがグレースの肩を叩いてそれを止めるのを横目に、カエデは最後の一切れのパンを頬張って二人を眺める。買い物に行くのは二人の提案なので何をすればいいのかわからないのだ。

 

「じゃ、他に誘えそうなのは居なさそうね」

「どうしましょうか」

 

 二人して悩む姿にカエデは少し迷ってから、お茶を飲んで口を開いた。

 

「ジョゼットさんとかリヴェリア様とかペコラさんを誘うのはどうでしょうか」

 

 カエデの発言にグレースが呆れ顔を浮かべ、アリソンは顎に手を当てて考え込む。

 

「リヴェリア様を買い物に誘う? 論外でしょ。あの人を誘った日にはエルフに嫉妬で殺されそうだし。ジョゼットさんは……あたし、あの人苦手だし。ペコラさんって……昼寝ばっかしてる人でしょ? 誘っても来ないでしょ。と言うか狼人(ウェアウルフ)が苦手って話だし、あんたが誘っても絶対来ないでしょ」

 

 リヴェリアはエルフの王族としてエルフ達が周囲を固めているので誘うのは難しく、ジョゼットは生真面目な雰囲気がグレースと合わず。狼人(ウェアウルフ)が苦手なペコラ・カルネイロが狼人(カエデ)の誘いにのるのか? と言う疑問がある。

 そんな風にカエデの意見を否定するグレースに対し、アリソンがぽんっと手を打って口を開いた。

 

「ペコラさんなら誘えますね」

「はぁ?」

「?」

 

 アリソンの言葉に眉を顰めるグレース、そんなグレースにアリソンは得意げに胸を張って言いきる。

 

「大丈夫ですよ。カエデちゃんが誘えばペコラさんは来ますよ。むしろ積極的に来ようとしますよ」

 

 自信満々な様子のアリソンに、グレースが胡乱気な視線を向けた。

 

 

 

 

 

 ペコラ・カルネイロは基本自室に居る事は少ない。枕を小脇に抱えてふらふらと【ロキ・ファミリア】の廊下を歩いている姿が目撃される事が多い。

 ペコラの基本的な活動は【甘い子守唄(スイート・ララバイ)】の二つ名にふさわしく、頼まれた団員の部屋を訪ねて子守唄を聞かせて回るか、昼寝しているかのどちらかである。

 夜は子守唄の為にふらふら出回り、昼間は夜寝ない分寝ると言った昼夜逆転生活とも言える活動をしている。

 ダンジョンに潜る事もあるが基本的に個人(ソロ)迷宮探索(ダンジョンアタック)する事は無い。

 

 そんなペコラは廊下で出会ったカエデから買い物に誘われて目を丸くして驚いた表情を浮かべていた。

 

「え? ペコラさんと買い物ですか?」

「えっと、アリソンさんとグレースさんと一緒なんですけど」

 

 最初の頃は顔を合わせただけで涙目になったりしていたが、暫く行っていた練習によってある程度脅えずに接する事が出来る様になったのだ。但しカエデ限定であり他の狼人(ウェアウルフ)とであれば普通に気絶してしまうが。

 

「うーん、構いませんよ。と言うかリヴェリア様には伝えたのですか?」

「はい、気を付ける様にと言われました」

 

 成程と頷いてからペコラはうんうん唸り、それから自ら持つ枕を見てから頷いた。

 

「そうですね、新しい枕欲しいですし。良いですよ、行きましょうか」

「ありがとうございます」

 

 嬉しそうにお礼を言ったカエデに対して、ペコラは頷いた。

 

「カエデちゃんには色々と克服の為の練習を手伝って貰ってますからね。これぐらいは構いませんよ」

 

 そんな風に胸を張るペコラの様子を、曲がり角から眺めていたグレースが感心した様に呟いた。

 

「ほんとについてきてくれるのね」

 

 信じられないと目を丸くするグレースに対し、アリソンが苦笑いを浮かべた。

 

「最近、ペコラさんが狼人(ウェアウルフ)苦手なのを克服しようとカエデさんと色々とやっているって話を聞いたので、いけるかなって思ったんですよ」

「あんたの噂好きも捨てたもんじゃないわね」

「グレースちゃんはもっと噂話に耳を傾けても良いと思うんですけど……」

 

 あからさまに面倒臭そうな表情を浮かべたグレースは吐き捨てる様に言った。

 

「そんな長い耳してるから盗み聞きがはかどるあんたとは違うわよ」

「いえ、別に盗み聞きしてる訳じゃ無いですよ。偶然聞こえただけです」

 

 その長い耳のおかげで良く聞こえるからでしょ、そんな風に肩を竦めるグレースに対し、アリソンは羨ましいですかと誇らしげに耳をアリソンに見せつける。

 グレースは面倒臭そうにアリソンの耳を摘まんで呟く。

 

「邪魔」

「そんなぁ」

「グレースさん、アリソンさん、ペコラさん、来てくれるって言ってました」

 

 嬉しそうに報告に来たカエデにグレースが肩を竦め、アリソンが笑みを浮かべた。

 

「じゃあ、お出かけの準備しましょうか。エントランス集合で」

「はいはい、んじゃ着替えてくるわ……カエデ、アンタも着替えてきなさいよ」

「……? この服以外、着る物無いです」

 

 白い無地のワンピース姿のカエデをまじまじと眺めてからアリソンが呟いた。

 

「それ、ヒューマン用ですよね?」

 

 お尻の辺り、尻尾用の穴が無い所為でカエデの尻尾の動きでスカート部分が揺れているのを見たアリソンの言葉にカエデが頷く。

 

「……あー」

「あんた時々下着見えてる時があるんだけど……あ、あんたがそう言うの全く気にしてないのはわかったわ」

 

 不思議そうに首を傾げたカエデの姿に、ダメだこりゃと肩を竦めるグレース。せめて羞恥心を教え込むぐらいしておかないとなと考えてからグレースは呟いた。

 

「まぁ、そういうのは全部【ロキ・ファミリア】の母親(ママ)がやってくれるでしょ」

 

 カエデの情操教育を全てリヴェリア任せにする事を決めたグレースは深々と溜息を零した。

 




 カエデちゃんの収入の殆どは武具の修理費に消え去るのだ。

 考えてみたらカエデちゃんの武器破壊速度がかなり早いと言う。

 まぁ、自身の体ぶっ壊すか武器を壊すかでどっちか選べって言われたらカエデちゃんは迷わず武器を壊す方を選ぶでしょうけど……。

 腕一本と武器一本じゃ釣り合わないしね。しょうがないね。

 最初の防具の価格もしっかり支払う事になってたら間違いなくカエデちゃんは永遠と借金を返す日々になってましたね。

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