生命の唄~Beast Roar~   作:一本歯下駄

56 / 130
『ヒヅチッ!! やっと見つけたさネ』

『……誰だ?』

『ヒヅチ、何を惚けてるさネ? 川に落ちて記憶でもとんださネ? カエデはお前が居なくなってから一人でオラリオに行っちまってるさネ。でも一ヶ月かからずに器の昇格(ランクアップ)したみたいさネッ!! 流石ヒヅチの弟子さネ。でもきっとヒヅチの事を心配してるさネ。一緒にオラリオに行くさネ。ヒイラギももう向かってるさネ。村も大変な事になって……ヒヅチ?』

『なんだ知り合いか。オラリオ……まだ知られるのは不味いな』

『ヒヅチ? 何の話をしてるさネ?』

『邪魔だ』

『ッ!? 何するさネッ!!』

『チッ、殺し損ねたか……まあ良い。此処で死ね神の下僕(人類の敵)め』


『決闘』

 【ロキ・ファミリア】の本拠、鍛練用に均されたむき出しの土の上に膝を着いてカエデを睨むアレックスと、睨まれながら困惑の表情を浮かべながら肩で息をするカエデの姿があった。

 

 アレックスからの唐突な決闘宣言に最初は拒否したカエデだったが、ラウルがお願いしてきたので仕方なく相手をすることになった為に冒険者ギルドから本拠(ホーム)の『黄昏の館』まで移動して始まった戦いは常時カエデ有利に進み、ついにはアレックスが膝を着く結果となった。

 

 ラウル、アリソン、グレース、ヴェネディクトスの四人はそんな戦いを眺めて四人揃って溜息を零していた。

 

「糞がっ!」

「えっと、もう終わりで良いでしょうか? 夕食の時間ですし。お腹空きました」

 

 カエデは決してアレックスを煽る意図は無いのだろう。無いのだろうがカエデの若干天然の入った言動はアレックスの気に障るらしい。

 

「アレックス、もう終わりッスよ」

「うっせぇっ! まだ終わってねぇっ!!」

 

 流石に日も完全に暮れかけて夜の帳の下り始めた時間帯、そろそろ夕食の時間であるしそもそも勝敗を決定する条件は『膝を着いた方の負け』だけである。現状カエデは肩で息をしているだけで膝は着いていない。しかしアレックスは完全に膝を着いて脂汗を大量にかいている状態だ。

 

「いや、終わりッス……と言うか片足に罅入ってるッスよね、よくそんな状態で戦えるなんて言えるッスよね」

 

 初撃と言うかかなり序盤にカエデの振るった模擬剣がアレックスの左足の骨に罅をいれたのは観戦していた四人も理解している。と言うか真正面からカエデ相手に突っ込み過ぎて普通に反撃(カウンター)をいれられて一撃で片足を負傷させられて戦闘続行不可能と言う間抜けっぷりに流石にカエデを舐め腐り過ぎだと言わざるを得ない。

 

 最初はアレックスが押していると感じたのだろう。ただカエデは最初から下段の構え(防御重視)で様子見をしており、アレックスの連撃を完全にいなしていた、と言うか一定距離以上にアレックスを近づかせない様に上手く立ち回っていた。

 アレックス視点ではカエデは攻撃する余裕も無い程の連撃に完全に押されている様に感じたのだろう。しかし正解は反撃(カウンター)狙いで只管に攻撃に耐えているだけであったのだ。

 

「ごめんなさい……」

「いや、別にカエデちゃんを責めちゃいないッス……アレックスが調子に乗り過ぎただけッスし」

 

 申し訳なさそうに眉根を寄せて謝罪の言葉を零すカエデにアレックスの表情が苛立ちに歪む。それを見つつもラウルがフォローに回る。

 カエデからすれば特に怪我をさせる積りは微塵も無かったのだろう。アレックスが身に着けていた脚甲の薄い部分をカエデが打ち据えた所為でもあるがそもそもアレックスがカエデの幼い容姿に油断と慢心を抱いていたのが原因であるので特にカエデが責められるいわれは何処にも無い。

 

 何度も悪態を吐きながらも立ち上がろうとするアレックスにラウルは肩を竦め、アリソンが治療用の道具類の入ったバッグを抱えてアレックスに近づいていく。

 

「アレックスさん、一応治療を――

「いらねぇ」

「ねえアリソン、そんなの気にしてないで夕飯行きましょ」

「僕も賛同かな」

 

 アレックスに拒否されて困った様に眉を寄せたアリソン。グレースは膝を着いて脂汗をかくアレックスを鼻で嗤って歩いていく。ヴェネディクトスは肩を竦めるとカエデの方へ寄って模擬剣を受け取って倉庫に片付けに行ってしまう。

 残されたカエデが困惑の表情のままアレックスを窺い、アレックスはアリソンから治療用の道具の入ったバッグをひったくると睨みつける。

 

「俺に近づくな」

「あ……えっと……はい」

 

 困った様に半笑を浮かべてからアリソンはそそくさとアレックスから離れてカエデの方へ近づいていく。その様子を半眼で眺めていたラウルはアレックスの方に歩み寄って痛みに歯を食いしばりながら治療を始めたアレックスを見下ろして口を開いた。

 

「良いッスか? 明日からは指示に従って貰うッスよ」

「……ウッセェ」

「カエデちゃんの指示には従うんすよね? 負けたら従うって言ったのは嘘だったッスか?」

「…………」

 

 鼻を鳴らしてラウルから視線を逸らしたアレックスの姿に溜息を零してからラウルは伝えておくべきことを思い出して口を開いた。

 

「その治療用品、ファミリアの医務室のッスから後で団長に使用料払ってくださいッス」

「はぁっ!?」

 

 驚きの表情でラウルを見上げるアレックスだが、既にラウルはアレックスに背を向けてひらひらと手を振りながらカエデ達の方へ歩いて行っていた。

 

 

 

 

 

 普段の食堂は仲の良い団員達が思い思いの場所に座って集まるのが毎度の光景である。しかし現在は近々ある『遠征合宿』に向けて各班毎に集まる一角とそれを眺める他の団員と言う構図になっている。

 駆け出し(レベル1)が自分もいずれと胸の内に誓いを立てつつ羨ましげに『遠征合宿』参加組を見つめ、今回の『遠征合宿』に参加しない二級(レベル3)組はどの班が成功するかで賭け事を始める始末……リヴェリアに見つかれば注意では済まないがそれでもこっそりと賭けが繰り広げられている。

 

「あの班はどうよ」

「どうだろうな、狼人(ウェアウルフ)が居る班はペコラさんと戦う必要が無いとは言えなぁ」

「アキの班は?」

「無理だな、アキの班には狼人(ウェアウルフ)が居ないしペコラさんの所で積みだろ」

「ジョゼット班に5000ヴァリスだな」

「毎度ー」

 

 一番成功率が高いと予測されているのが『ジョゼット班』、班員は全員評価が良く能力も高い三級(レベル2)冒険者で固められた堅実なパーティであり、なおかつジョゼットが率いる班は過去の『遠征合宿』に於いて幾度かの成功の実績も持つとかなりの人数がジョゼットの班に賭けている。

 

「ラウルの所は?」

「「「………………」」」

「お前昨日の班振り分け聞いて無かったのか? ラウルの所、アレックスが入ってるぞ。しかもグレース付き」

「マジで? じゃあ無理だなぁ」

「ウチはいける思うんやけどなぁ……つーわけでラウルん所に5万ヴァリス賭けるわ」

「りょうか――ロキ様ッ!?」

 

 賭けの話をしているテーブルに極自然に交ざっていたロキはにっこり笑みを浮かべてから賭け対象の一覧の隅っこに『ロキ 5万ヴァリス』と書き加えて賭けをしている団員達に口を開いた。

 

母親(ママ)に見つからん様にせえよ~」

「「「はい」」」

 

 いつの間にか交ざっていたロキの姿に戦々恐々としつつも返事をした団員達に満足気に頷いたロキは自分の席に向かうのではなくラウルの方へふらふらと歩いていく。途中団員の尻に手を伸ばそうとしてビンタを貰って頬に紅葉を浮かべたロキは隅っこで夕食を楽しげな雰囲気で食べているラウルの後ろにすっと立って班の様子をうかがう。

 

「カエデさん、ニンジンお嫌いなんですか?」

「……できれば食べたくないです」

「じゃあ代わりに食べますよ。私ニンジン好きですし」

 

 ニンジンをフォークに刺して涙目で震えながら口にしているカエデを見てアリソンがカエデの皿からニンジンを取り除き始め、それを見たグレースが眉を顰める。

 

「好き嫌いしてんじゃないわよ」

「グレース、君はタマネギを僕の皿に乗せるのをやめてから言いなよ」

「あんたタマネギ好きでしょ」

「いや……別に特別好んでいる訳ではないんだけど」

 

 しれっとヴェネディクトスの皿にタマネギを片っ端から放り込むグレースは悪びれた様子も無く自分の食事に戻る。軽く溜息を吐きながらも怒るでもなく皿に盛られたタマネギの小山を片付け始めるヴェネディクトス。

 

「リヴェリア様に見つかると怒られるからリヴェリア様に見つからない様にやってくださいッス」

 

 その様子を見ながらラウルは別に好き嫌いを強く注意する訳でもなく母親(ママ)に見つかるなと軽く注意するのみ。

 

 これだけ見ればパーティの雰囲気は最高と言えるだろう。

 

「おーええ感じに仲良くなっとるなぁ、ウチも交ぜてー」

「うぉっ!?」

 

 ラウルの背後からツンツンと背中を突けば驚いた様にびくりとラウルが反応してラウル班のメンバーもロキに気付いて目を見開いた。

 

「ロキ様っ! こんばんは……頬の痕、何かあったのですか?」

「わぁ、驚きました。こんばんはロキ様」

「ロキじゃない、どうせ誰かの尻か胸でも触ってビンタされたんでしょ、気にする事じゃないわ」

「こんばんは」

 

 ロキに気付いて嬉しそうに尻尾を振り始めつつもロキの頬の手痕を気にするカエデに不思議そうな表情を浮かべたアリソン、なんだロキか驚いて損したとばかりにロキを無視して食事を再開したグレースにごく普通に挨拶をするヴェネディクトス。

 

「びっくりしたッス! あんまり驚かさないでくださいッス!」

 

 驚かされたラウルの文句にへらへらと笑みを浮かべて適当な返事をしつつ()()()()()()にすっと座ってロキは気になっていた事を質問する。

 

「んで? アレックスはどうしたん?」

 

 本来ならアレックスが座っているはずの空席に腰かけたロキの質問にカエデが困った様にラウルを窺い、グレースが眉を顰めてフォークに刺したミニトマトをロキの方へ突き出す。アリソンが眉を寄せつつもロキから視線を逸らし、ヴェネディクトスは我関せずと食事を続ける。ラウルはうーんと唸ってから口を開いた。

 

「カエデちゃんに決闘挑んで呆気なく負けて傷心、明日には言う事聞いてくれると良いなって感じッスね」

「ほー、そうなんか」

 

 グレースの突き出してきたミニトマトを頬張りつつロキは感心した様にしつつも笑みを浮かべる。

 

 実際のところ、ロキはカエデとアレックスの決闘についての様子はずっと見ていたし、アレックスがその後やけくそ気味にダンジョンに行こうとしてベートと出くわして殺されかけた所をガレスに助けて貰ったりしていたがその事をわざわざ口にはしない。

 

「ロキ様」

「なんやカエデたん」

 

 恐る恐ると言った様子で口を開いたカエデの様子にロキはにっこり笑みを浮かべた。

 

「えっと……狼人(ウェアウルフ)の人達は……」

 

 カエデの言いたい事を理解したロキは肩を竦めた。

 

 先日あった一部の狼人(ウェアウルフ)がカエデを追いだそうとしていた件についての事だろう。それについては既にジョゼットから話が上がっているし。ソレ以前にベートが一部の狼人(ウェアウルフ)を半殺しにしていたので何らかの事情があったのだろうと判断して調べていたのでそこらから予測は出来ていた。

 

「カエデたんは気にせんでもええでー」

 

 根深い禍憑きの問題については半分はどうにかなる。と言うよりこの問題について騒いでいるのは三級(レベル2)の一部と入団して一年経っていない駆け出し(レベル1)狼人(ウェアウルフ)だけであり、逆に二級(レベル3)狼人(ウェアウルフ)に関しては不干渉を決め込んでいる。

 

 器の昇格(ランクアップ)を二度重ねた団員は流石にカエデが白毛だからと貶したりはしない。流石に自ら関わろうとしたりはしないものの、目について追い出そうと言う発言は決してしない。そこら辺についてはベートが関係している訳だが。

 

「あんま酷い様やったら教えてなー」

「はい……」

「何かあったのですか?」

 

 不思議そうに首を傾げるアリソンに、グレースが鼻を鳴らして口を開いた。

 

「どうせくっだらない言い伝えを信じ込んでる馬鹿がなんかやらかしたんでしょ」

「グレース、言い伝えをくだらないと言い切るのはどうかと思うよ」

 

 ばっさりと白き禍憑きの言い伝えを信じる狼人達を馬鹿だと言い切ったグレースに、耳の良い一部の狼人(ウェアウルフ)が苛立たしげな視線を向けるが逆にグレースはそんな狼人(ウェアウルフ)を睨み返す。流石に周囲に喧嘩を吹っ掛ける発言をしたグレースを注意したヴェネディクトスにグレースは小馬鹿にした様に口を開いた。

 

「じゃあエルフ様はコイツが白毛だから不幸がーなんて言い訳に使う積り?」

 

 そんなの滑稽過ぎるでしょ? そんな小馬鹿にした表情でグレースは口を開いた。

 

「なんかの失敗があれば全部『白き禍憑きが~』って言い訳してればなんでも解決するんでしょ? 狼人(ウェアウルフ)の伝承ってベンリよね」

 

 喧嘩を吹っ掛ける様に、と言うよりグレース自身がその事にかなりの苛立ちを感じているのか食堂に大きく響いたグレースの発言に駆け出し(レベル1)組の狼人(ウェアウルフ)達から殺気が飛ばされるがグレースは鼻で嗤う。

 

「ほんと便利よね、伝承って」

「グレース、ストップッス……殺気が飛んでくるッスよ」

「……なんでアンタが脅えんのよ、駆け出し(レベル1)とか三級(レベル2)とかの殺気なんて二級(レベル3)からすりゃそよ風でしょ」

 

 グレースの発言に苦笑を浮かべたラウルは心の中で溜息を零しながらロキの方を向いた。

 

「んでロキはどうして此処に来たッスか? アイズさんならあっちに居るッスよ」

 

 ラウルの差す先ではティオナ、ティオネの三人で周囲に威圧感を振り撒きながらぶつぶつと何かを呟きながらダンジョン上層、中層の地図を広げているアイズ・ヴァレンシュタインの姿があった。

 

「いや、あっち近づき辛いやん……」

 

 『遠征合宿』のご褒美は参加組だけでは無く妨害組にも適応される。

 

 簡単に言えば撃退数が多い妨害組の一人にご褒美が出されるのだ。アイズは『じゃが丸くん一年分』、ティオナは『新しい武器の製作費一部負担』、ティオネが『団長とのデート(二人きりでっ!!!!)』とそれぞれ欲に塗れた願いの数々に、それぞれが本気でとりかかっているのだ……そう、参加組からすれば悪夢でしかない状態なのだ。

 

「ロキ様、なんでアイズさん達はあんなに怖い雰囲気なんでしょうか?」

 

 カエデの純粋な疑問にロキは口を閉ざした。フィンと相談して決めた事ではあるが()()()()()()()()()()()()()()()ので少し罪悪感を感じつつもその後ろめたさが心地よく笑みを深くして口を開いた。

 

「そりゃぁアイズたん達も『遠征合宿』にそれだけ本気っちゅー事やで」

「……そうなんですか?」

 

 今回の『遠征合宿』は前回と少し勝手が違う。とは言え違うのは妨害側に加えられたルールと勝利条件の変更である。

 

「まあ、楽しみにしとってなー。ラウル、アレックスの手綱ちゃんと握っとくんやで」

「……ロキ、チェンジを――

「チェンジ料金とるで?」

「いくらッスか? 俺が払える金額なら払うッス」

「1億ヴァリス」

 

 すがるような表情のラウルに支払不可能な金額を示したロキはにっこり笑みを浮かべて口を開いた。

 

「払えるんか?」

「無理に決まってるじゃないッスかっ!!」

 

 当然、チェンジさせる積りなんて微塵も無いロキはケラケラ笑ってからカエデの頭を撫でてから再度ふらふらと他のパーティの様子を見に行く事にして去って行く。

 

 その背を眺めていたアリソンが深々と溜息を零して口を開いた。

 

「今回の『遠征合宿』、妨害組がかなり本気みたいですね」

 

 成功を目指すのは当然として、どうやってやり過ごすのか、そんな事を考え始めるアリソンにグレースとヴェネディクトスが肩を竦めた。

 

「無理無理、今の状態じゃ」

「現状じゃどう足掻いても無理だよ」

「無理なんですか?」

 

 二人の否定の言葉にカエデが驚きの表情を浮かべた。そんなカエデをグレースが半眼で見つめてから大げさに溜息を吐いた。

 

「あんたねぇ……ルールは聞いたわよね?」

「えっと……十八階層まで行って一晩過ごして戻ってくるですよね?」

 

 大雑把なルールを口にしたカエデにヴェネディクトスが肩を竦める。

 

「他にも細かなルールはあるけどそれで間違いは無いね……重要なのは()()()()って部分だけどね」

 

 首を傾げたカエデの姿にラウルは苦笑いを浮かべて口を開いた。

 

「パーティってのは補助役(サポーター)の俺を含めた六人の事ッス。一人でも欠けた場合は即終了ッスね」

 

 ラウルの説明に余計わからなくなったのか首をさらに深く傾げたカエデにアリソンがポツリと呟いた。

 

「つまりですね……アレックスさんを説得できないとそもそも参加する以前に失格って事です」

「……っ!!」

 

 漸く納得がいったのか、先程までカエデに決闘を挑んできたアレックスの姿を脳裏に描いてカエデがどうしようと四人を見回す。先程足の骨に罅を入れると言う怪我を負わせてしまったのだ、ソレ以前に何故か凄く嫌われている彼にどうにかパーティに参加して貰わなければならないと言う事実に気が付いて困った様な表情のカエデにラウルが呟いた。

 

「大丈夫ッスよ、明日は言う事を聞いてくれる……はずッスから」

 

 多分、きっと、可能性は低そうだが。流石に自分の口で言った事すら守らないなんて事は無い筈だ。

 

 

 

 

 

 日の出と共に鍛錬所で剣を振るうというカエデの日課は若干変化していた。

 カエデの振るうバスタードソードの切っ先をベートの拳が逸らし、その後カエデに足払いをかけて転ばせようとしたベートに対してカエデは転んだ瞬間に後ろに転がってベートから距離をとろうとし、その途中でベートに踏みつけられて転がる動きが止まる。

 ベートに腹を踏みつけられた姿勢のままカエデはベートを見上げる。対するベートは鼻をならしてカエデの腹から足をどけて口を開いた。

 

「お前、格闘はできねぇのか?」

「……剣しか教えて貰ってないです」

「そうかよ」

 

 距離をとったベートに対してカエデが立ち上がってもう一度剣を構える。何度も地面を転がされたりしている所為で土埃に塗れせっかくの白毛が土色に染まったカエデの姿に目にベートが目を細めて腰を落として拳を構える。

 その様子にカエデが目を見開いてから息を吸って足を踏み出そうとして――鍛錬所に入ってくる人影に気付いて足を止める。

 

「……アレックスさん」

「チッ……」

 

 カエデの様子を見る以前からアレックスが近づいてきているのに気が付いていたベートは、まさかアレックスが鍛錬所に顔を出すとは思っておらず思いっきり舌打ちをしてから剥き出しの殺意をアレックスにぶつける。

 

「おい、テメェ……今度俺の前に顔出したら殺すって言ったよな」

「……うっせえ、今はアンタの相手してる暇はねえんだよ」

 

 ブチリと何かが千切れる音と共にベートが踏み出そうとして――嫌な予感を感じたカエデがベートの尻尾にしがみ付いてベートを止めた。

 

「ダメですベートさんっ!!」

「っ!! っ!? テメェッ! 尻尾触んなっ!!」

 

 唐突に尻尾を掴まれて驚いたベートがカエデに怒鳴り、カエデが身を震わせてから慌ててベートから離れる。その様子を見ていたアレックスが持っていた大剣の形状をした模擬剣をカエデの前に放り投げる。

 

「俺と勝負しろ」

「え?」

「…………」

 

 目の前に放り出された模擬剣とアレックスを何度か見やったカエデは困惑の表情を浮かべる。その様子にアレックスが腰を落として構えをとる。

 

「早くしろ、テメェを打っ倒して俺は――

「黙れ、失せろ」

「アンタには関係無いだろ」

 

 横から苛立ちと殺意を隠しもしないベートの言葉にアレックスは適当に返事をしてカエデを睨む。睨まれたカエデが困った様に眉を寄せて口を開いた。

 

「えっと……今はベートさんに鍛錬をつけて頂いているので……その、後でも良いでしょうか?」

 

 レベル上は同格ではあれども技術的な問題か特に苦戦する事も無いアレックスとの決闘よりは、完全に格上であり技術もアレックスとは桁違いに高く苦戦所か完全に辛酸を嘗めさせられるベートとの鍛錬の方が得られる経験値(エクセリア)も、経験もどちらも上であり出来うるならばベートとの鍛錬を優先したいカエデ。

 そんなカエデの様子に苛立ちを隠しもせずに今にも殴りかかりそうなアレックスに、殺意をぶつけつつも殺しにいくとカエデに止められるだろう事を想像して舌打ちしつつも手出しを控えたベート。

 

「んだよ、俺との戦いじゃ得るもんは何もねぇってのかよ」

「はい、ベートさんとの戦いの方が得る物が大きいので其方を優先したいです」

 

 素直さは美徳であろう。けれども素直過ぎるのも考え物である。そんな言葉が思い浮かぶほどに清々しく言い放ったカエデの言葉にアレックスの表情がみるみる怒りに染まり――次の瞬間にはカエデが止める間も無くベートの拳がアレックスの腹に突き刺さりアレックスが水平に数十Mほど吹き飛んで壁に叩き付けられてそのまま動かなくなった。

 

「はんっ、殺しちゃいねぇよ」

 

 響いた音に驚いたカエデが慌ててアレックスの生存確認をしようとしたのをベートが止める。

 心配そうにちらちらとアレックスを見たカエデは昨日のアレックスの様子から変に近づかない方が良いと思いつつも、同じパーティに配属されて『遠征合宿』に挑む以上やはり医務室に運ぶだけはした方が良いかと迷っている。

 すると無造作に鍛錬所の扉が開かれ、面倒臭そうな表情を隠しもしないラウルが現れた。何故かその手には縄が握りしめられている。

 

「あー、やっぱ此処に居たッスか……全く……あ、ベートさん。カエデちゃん、おはようッス」

「ラウルさん? おはようございます」

「おいラウル、アレックス(コレ)テメェの班に配属されてんだろ。ちゃんと面倒みやがれ」

 

 挨拶を返すカエデに、ラウルに文句を零すベート。その二人に困った様な表情を浮かべたラウルは溜息を零して壁際に倒れているアレックスに近づいて容態を見て安堵の吐息を零した。

 

「よかったッス、特に怪我は無いッスね。最悪死んでるかと思ったッス」

 

 安堵の吐息を零しながら、ラウルは気絶したアレックスをうつ伏せに寝かせてその手足を縄で縛り始めた。

 

「え? 何を……」

「ん? あぁ団長の指示ッス……暫く縛り上げて一緒に行動する事になったッス……」

 

 死んだ魚の様な濁り切った目でアレックスを縛り上げたラウルは意識の無いアレックスをそのまま担ぎあげる。

 

「今日はアレックスも一緒ッス……あ、カエデちゃん、朝食食べたらエントランス集合ッスから……朝風呂に入るならそろそろ行った方が良いッスよ……じゃ、俺はこれで」

 

 手を振って去って行くラウルの様子を呆気にとられていたカエデの頭をベートが叩いた、

 

「痛っ」

「ボケッとしてんじゃねぇよ……たく、お前の所為で尻尾が汚れたじゃねえか」

「あ……その……ごめんなさい」

 

 カエデがベートを止める為に尻尾に掴みかかった所為でベートの尻尾が土埃で汚れたのだろう。申し訳なさそうに謝るカエデにベートが眉を顰めた。

 

「お前……はぁ、さっさと風呂行ってこい、汚くて目障りだ」

 

 それだけ言うとベートが落ちていた模擬剣を拾い上げて面倒臭そうに吐息を零して去って行き、取り残されたカエデは最低限土埃をその場で叩き落としてから風呂に急いだ。朝食の時間まで余裕が無い。




 素直過ぎて『アレックスとの決闘よりベートさんとの鍛錬を優先したい』発言しちゃうカエデちゃん。これ以上ない程にアレックスを煽る煽る……なお本人は至極真面目な模様。

 裏で巻き起こるホオヅキVSヒヅチ(?)、ホオヅキさんが上手く立ち回ってくれればヒヅチ生存(?)の情報をカエデちゃんが知る事が出来るが……勝率はお察し。
 軍団最強(指揮官一人のみ)VS単騎最強だからね。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。