生命の唄~Beast Roar~   作:一本歯下駄

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『大丈夫か姉ちゃん……』

『アタイは平気だよ……まさかホオヅキがねえ……アンタホオヅキとどういった関係なんだい? って答えなくて良いよ。詮索すんなって言ってたしな』

『……なあ、ホオヅキの姉ちゃんって有名なのか?』

『有名も何も、オラリオで知らない奴なんて居ないだろ。あんな頭おかしいの』

『頭おかしい?』

『敵と見りゃ容赦なく惨殺しやがるし。何考えてんのかねえ』

『……? 敵を殺すのは普通じゃねえのか? だって敵だろ?』

『…………(あ、こいつホオヅキの知り合いで間違いないな)』


『メンバー』

 【ロキ・ファミリア】の食堂、多数の団員が今日の予定を話し合いながら朝食をとっている。

 そんな食堂の一角にて、どんよりとした雰囲気を纏ったカエデが朝食のパンを頬張りつつ考え事をしている。その様子を見て首を傾げつつもジョゼットがカエデに近づいて声をかけた。

 

「おはようございますカエデさん……何かありましたか?」

 

 普段通りであれば朝食時は美味しそうに朝食を食べているのだが、今日はあまり元気が無さそうな所に疑問を覚えたジョゼットの言葉に、カエデが顔を上げて漸くジョゼットに気が付いたのか口を開いた。

 

「おはようございます……えっと……」

 

 小声と言うよりはどんよりとした雰囲気のまま、早朝にベートと鍛錬を行っていた所、他の【ロキ・ファミリア】団員の狼人に当てつけの如く目の前でカエデが禍憑きである事を指摘してベートに追い出すのを手伝ってくれ等と言っていた事を説明したカエデは、より深くショックを受けた様子で俯きがちにパンを頬張る。

 その様子を見たジョゼットは深々と溜息を零した。

 

「なるほど、そう言う事でしたか……」

 

 記憶を思い起こしてみるとカエデと関わっている【ロキ・ファミリア】の団員はベートを除けば狼人以外の種族の者達だけであるのを理解し、ジョゼットは眉を顰めた。

 

「その団員が誰だったか覚えてますか? 一応、リヴェリア様に報告しておきますので」

「報告……するんですか?」

 

 ジョゼットの言葉にカエデが眉を顰めたのを見てジョゼットが首を傾げる。

 

「はい。ファミリア内部の雰囲気に関わりますので、余りにも目に余る場合は団長から指示があるでしょう」

 

 ファミリア内部の雰囲気を意図して悪くしかねない様な団員には注意が入る。ベートの様に一定の基準を元に罵倒したりしている人を除けば注意で済まない場合は最悪追放と言う話になるのだが。

 悩ましげに朝食の乗ったプレートに視線を落とすカエデを見てジョゼットは吐息を零した。

 自身が嫌悪される理由に対して理解があり、相手が貶してくる事よりも自身が此処に居ても良いのかと言う疑問を覚えているのだろう。その辺りはロキが最終的に決めている事なのでジョゼットが言える事は何もないのだが。

 

 無理に聞き出すまでもないだろうと判断してジョゼットは朝食を食べ始める。記憶が定かならば先程ベートがリヴェリアに捕まっていたのを覚えている。他の団員、狼人に攻撃をして大怪我をさせた件についてと言っていたので早朝にあった件についてだろう。

 

 食堂の一角で食事を開始したジョゼットの横でカエデが唐突に顔を上げた。其れを見てジョゼットが首を傾げる。

 

「どうしました?」

「え? あぁ、その……なんか騒ぎ声が……」

 

 小刻みに動いているカエデの耳を見てからジョゼットも耳を澄ましてみると、どうにも廊下で騒いでいる団員が居るらしい。

 

「あの声はラウルとアレックス……?」

 

 聞き覚えのある声にジョゼットが眉を顰めて吐息を零した。カエデとジョゼット以外にも複数の団員が騒ぎに気付いたのだろう。食堂が若干静まり廊下のやり取りが良く聞こえる様になってきた。

 

『あぁ? なんでテメェの指示に従わなきゃいけねえんだよ』

『アレックス、一応俺の方が先輩だから指示には従ってもらうッス。文句があるなら鍛錬所に行くッスか?』

『うっせえんだよ、何の取り柄もねえ癖にでかい顔してんじゃねえ』

 

 片や苛立ちを隠しもせずに噛みつきにいくアレックスの声、片や落ち着いて宥めると言うより実力行使で指示に従えと言うラウル。聞こえてくるやり取りは友好的とはとても言えない険悪な雰囲気を漂わせている。

 

「……アレックスさんってあの?」

「そうですね。カエデさんと同じパーティに編成されている団員……なのですがね」

 

 獣人には様々な種類が存在し、性格も能力も千差万別。性格が安定しておりどんな種族とも良好な関係を築ける犬人(シアンスロープ)、気楽だったりマイペースだったりと若干の癖はあるが良好な関係を築きやすい猫人(キャットピープル)、怒れば性格が豹変する事もあるが人付き合いのしやすい牛人(カウズ)、計算高く腹黒いきらいのある狸人(ラクーン)等、若干癖があるものも多いが割と付き合い易い種族も居れば、当然の如く付き合い難い種族も存在する。

 強い自尊心を持ち部族と言う群れを作り、弱者や異端に厳しい狼人(ウェアウルフ)も付き合い難い種族の筆頭に数えられている。ベートの様に群れを作らず一匹狼を貫く者も居るが稀であるし、カエデの様に群れから爪弾きにされて性格形成が普通の狼人(ウェアウルフ)とは違う者も居るのでそれが全てではない。

 その中でも虎人(ワータイガー)狼人(ウェアウルフ)に並んで付き合い難い種族と言えるだろう。基本は狼人(ウェアウルフ)と変わらず弱者に若干の厳しさを持つが狼人(ウェアウルフ)と決定的に違う部分が存在する。

 

 狼人(ウェアウルフ)と言う種族は最も強い者に敬意を払い、指示に従うと言う性質を持つ。群れを形成する種族としては当たり前なのだが、強さはイコールで魅力に繋がっている。たとえばベート等は口が悪い部分が目立っているが狼人(ウェアウルフ)と言う種族からの評判は悪く無い所かかなり良好だ。実力で認められていると言っていい。カエデに対して当たりが悪いのは異端とも言える白毛だからだろう。

 

 虎人(ワータイガー)の方は強者は乗り越えるものであると言う性質を持つ。自身こそが最強であろうとするのだ……それは悪い事では無い。向上心が強いとも言えるのでより力を着け易いと言う性質なのだが、問題は増長すると治りにくいと言う部分だろう。アレックスはその悪い部分が出てしまっている団員の筆頭である。

 

 アレックスの器の昇格(ランクアップ)期間は一年と三か月。他の団員で目立って早い器の昇格(ランクアップ)者と言うのはアイズを除けばほぼ一年半から二年ぐらいが殆どである。要するにアイズ程ではないが突出した才能を持っていたと言える。それは良い事だが問題はアレックスが増長する原因になっていることだろう。

 

 自身よりも器の昇格(ランクアップ)に時間のかかった奴は雑魚だ等と大声で主張したのだ。まあその後すぐにベートに叩き潰されていた訳だが。

 

「……その、どんな人なんですか?」

「そうですね……次何かやらかしたら追放される事が決定している団員……なのですがね」

 

 既にラウルに噛みつき廊下で騒いでいる辺りからいつ追放されてもおかしくは無いのだが、アレックスは『俺が追放? 冗談だろ』と笑う始末。追放されて背中を指差し嘲笑されてからじゃ遅いとジョゼットが吐息を零すさ中、カエデは思いっきり眉を顰めた。

 

「『遠征合宿』……上手くいきますかね」

「申し訳ないですが何も言えませんね」

 

 本音を言えば無理だろうと言う言葉を飲み込んだジョゼットの方を見たカエデは困った様に眉尻を下げた。

 

 

 

 

 

 【ロキ・ファミリア】の本拠、食堂前の廊下でラウルの拳がアレックスの腹に突き刺さりアレックスの体が一瞬だけ浮き上がりそのまま膝を突いてアレックスが蹲ったのを確認してラウルは溜息を零した。

 膝を突き脂汗を掻く青年、金髪に虎人(ワータイガー)特有の耳と尻尾にラウルよりも身長が高い人物が膝を屈する姿に、周りの団員は『またか』とか『今度はラウルか』と常々誰かしらに噛みついているアレックスの様子に呆れたような視線を向けている。

 

「はぁ……懲りたッスか? 今回の『遠征合宿』、失敗したら追放されるって理解できてるんスよね?」

「ぐっ……」

 

 問答を続けるうちに熱くなったのか殴りかかろうとしてきたので返り討ちにすれば、アレックスは憎悪の瞳でラウルを睨む。その目を見ながらラウルは内心呟く。

 なんでそんなに怒るッスかね。自分より強い団員が居るなんて当たり前じゃないッスか。それに追放云々は自業自得だろうに。

 『なんで俺が追放されなきゃいけないんだ』と騒ぐ事もあるが理由を理解できていないのか、それとも理解してやっているのか。どちらにせよ今朝早くにフィンに呼び出されたラウルは告げられたのだ。

 

『ラウル、君の班が今回の遠征合宿に失敗した場合。アレックスをファミリアから追放するから頑張ってね』

 

 『おはよう』と挨拶をしたその延長の様にごく普通に宣言されて流石のラウルも焦った。と言うかアレックスの追放か維持かの重要な案件の責任を背負わされたと思い、なんとかアレックスを説得しようと朝から挨拶を交わそうとすると初っ端から『うっせえ』と切り捨てられる始末。

 自身よりも駆け出し(レベル1)から三級(レベル2)へと器の昇格(ランクアップ)するのに時間をかけた者は雑魚だと罵る対象であるアレックスからすればラウルは雑魚なのだろう。

 

 ベートよりも性質が悪い。なにより相応に実力もあるので同じレベル帯の団員やレベルが下の団員からすれば迷惑極まりないのだ。フィンやロキもアレックスの所為で新人団員の駆け出し(レベル1)に妙なプレッシャーが掛かってしまい、器の昇格(ランクアップ)を焦らせた揚句に死亡させかねない状態となっていると頭を痛めているというのに。ラウルからしてもレベルが上の団員にまで食って掛かる態度は目に余ると言うのに。

 

「糞がっ、テメェなんて器の昇格(ランクアップ)すりゃ直ぐにでもぶっ飛ばしてやる」

 

 膝を突きながらもラウルを睨むアレックスは威勢がいい。良いのだが……それ以上口を開くと命が危うい。

 

「良いッスか、今回の合宿中は指示に従って貰うッス……従う気が無いのなら」

「うっせえ、テメェみてえな雑魚の指示に従えるか」

「はぁ……あっ」

「ゴブァッ!?」

 

 ラウルが殺気を感じて振り向こうとした瞬間、ラウルの横を何かが駆け抜けて風がラウルを撫でる。慌ててアレックスの方を向きなおせば苛立ちを隠しもしないベートがアレックスの居た位置に立っており。肝心のアレックスは廊下を凄まじい勢いでぶっ飛んで行って――廊下の曲がり角から現れたペコラにぶつかって止まった。

 

「グブッ!?」

「きゃっ……うん? アレックスじゃないですか。廊下を()()()()()()危ないですよ? 全く躾がなってないでs……うっ」

 

 凄まじい勢いでぶつかったと言うのにまるで何事も無い様にアレックスの横を通りぬけて食堂に向かって来ようとしたペコラがかなりの距離があると言うのにベートの事を見た瞬間にパタリと倒れてしまった。ラウルからは背中しか見えないのだが一体今のベートはどんな表情をしているのか……。

 

「はあ、何で今日はこんなに苛立たなきゃいけねえんだよ」

 

 悪態を吐いたベートは早足でアレックスの方に近づこうとしたのを見てラウルは慌てて回り込んでベートを止める。これ以上アレックスを攻撃されたら命が危うい。いや、今の一撃で死んでいてもおかしくは無いのだが血反吐を吐いている辺りまだ死んでないのだ。ここで殺人なんてされたくはない。

 そんなラウルを見たベートは面倒臭そうに眉を顰めて口を開いた。

 

「どけ」

「いや、アレックスはもう――

「どけっつってんのが聞こえねえのか」

 ――あっはいッス」

 

 威圧感と共に放たれた殺気にラウルはすごすごと下がる。アレックス自業自得だから成仏するッスよと内心アレックスに呟くが、肝心のベートは廊下に潰れたペコラを担ぐと面倒臭そうに歩いて行ってしまった。

 どうやら血反吐を吐いて今にも死にそうなアレックスより時間を置けば勝手に復活するペコラの方を医務室に運ぼうとしているらしい。其れを見たラウルは安堵の溜息を零しつつ、高位回復薬(ハイポーション)を取り出してアレックスに呑ませようとすると――アレックスが口を開いた。

 

「ゴブッ……てめえ、いきなり何を――

「うっせえ雑魚黙ってろ。それ以上口を開くんだったら潰すぞ」

 

 正真正銘、本気の準一級(レベル4)冒険者の殺気にアレックスが口を閉ざす。黙ったのを確認するとベートはアレックスの事を鼻で嗤って背中を向ける。

 ラウルは溜息を零した。このまま大人しく気絶でもしてれば何事も無く済むと言うのにわざわざ噛みつくなんて命知らず過ぎる。

 

「うっせえ、てめえなんて直ぐに追いついてぶっ飛ばして――

 

 どうしてそう死に急ぐのか。背を向けて去って行こうとしていたベートがゆっくりと振り向いた。その表情は怒りに染まっている訳ではない。何らかの感情を抱いていると言う様子は何もない無表情。無言のままベートはペコラを廊下に寝かせる。

 

「…………」

「はっ、俺に追いつかれんのが怖えんだろ。直ぐにでもてめえをぶっ飛ばしてやるからな」

 

 何を勘違いしているのか。無表情で黙ったベートに油を注ぎまくる……これはもう火薬樽を投げ込みまくっていると言っていいアレックスの態度にラウルは溜息を零した。

 アレックスは此処で死ぬ。ラウルは神では無い、だがラウルは理解した。これはもうダメだと理解した。例えロキが止めようがフィンが止めようが、ベートはこの場でアレックスを潰すだろう。と言うかベートでなくともここまで調子に乗った冒険者アレックスは死に、残るのはただのアレックスだろう。手か足か……多分片腕を潰されてお終いだろう。そんな風に若干の諦めを胸に抱いたラウルは高位回復薬(ハイポーション)を仕舞って大人しく距離をとった。

 奇跡が起きない限りアレックスは死ぬ。ラウルは今日の朝食はなんだったかなと思考を明後日の方向に飛ばす。助けると言う選択肢は存在しない。申し訳ないがラウルもアレックスの態度は腹に据えかねているのだ。

 

 血反吐を吐いているので内臓関係にダメージが酷いはずなのににやりと笑って立ち上がったアレックスの様子に誰も助けようと手を差し伸べる者は居ない。

 

 もしベートが同じ様子であったのなら団員達は手を差し伸べる事はしないだろう。少なくともベートが其れを望まない事を知っているから。だがアレックスの場合はそもそも手を差し伸べようとも思わないし思えない。仲間ですら自尊心を満たす為の侮蔑の対象としてとらえていればそうなるのも必然だ。

 

 無表情のままベートが一歩踏み出し、二歩目の足音が聞こえた瞬間には姿が搔き消える。あまりにも早い加速にラウルですらもベートの姿を見失ったのだ。アレックスは対応する間も無いはずだ。

 

 ベートの金属靴(メタルブーツ)が何かを穿つ音が――響かなかった。

 

「てめえ、どういう積りだ」

 

 苛立ち混じりのベートの言葉に、震える足で口から血を垂らしながらふらつくアレックスを庇う様にバスタードソードで防御姿勢をとっている白毛の狼人、カエデは呟く様に答えた。

 

「えっと……怪我、してたので」

 

 ラウルは一瞬目を見開いてから目を擦る。何時の間にと言うのがラウルの感想だが。ふらつくアレックスとベートの間に割り込んでベートの攻撃を防ごうとしたカエデの姿にベートが舌打ちをかました。

 

「興醒めだ」

 

 最後にアレックスを一睨みしたベートはカエデに背を向けて歩き出してペコラを担いで医務室の方へ向かっていった。それを確認したカエデが吐息を零してバスタードソードを鞘に納めようとして、慌てて前に飛び退く。

 

「てめえ邪魔してんじゃねえよ」

 

 苛立ち交じりと言うより憎悪の視線をカエデに向けているのは、死にそうなぐらいボロボロなのに全く懲りる気配も無くカエデに殴りかかろうとして、失敗して廊下にべしゃりと倒れたアレックスである。

 

「えっと……」

 

 助けた積りだったのに助けた対象に憎悪の視線を向けられて困惑して周囲を見回すカエデの姿に、ラウルが肩を竦めた。

 

「カエデちゃん気にしなくて良いッスよ」

「でも……怪我、治療しないと……」

「うっせえ」

 

 アレックスが回復薬(ポーション)を取り出して飲んだのを確認してラウルは溜息を零した。

 

「此処、掃除しといてくださいッス」

「あ? なんで俺がそんな事を」

 

 アレックスが血反吐を吐いたのだ。廊下には血が飛び散っている。よもや他の団員に尻拭いさせる積りなのかとラウルがアレックスを睨むと知った事かとカエデを一睨みしてから去って行く。

 呆気にとられたカエデと溜息を零すラウルが取り残され、深々とした溜息を吐き切ったラウルが口を開いた。

 

「カエデちゃん、何で助けたッスか?」

 

 あのままだったらベートの一撃がアレックスを潰してお終いだったはずだ。疑問を覚えたラウルの言葉に逆にカエデが驚いた表情を浮かべた。

 

「え? だって怪我してましたし……」

 

 あぁ成程。カエデちゃん的には怪我人イコール助けなきゃになるのか。その反応にラウルが感心した様に吐息を零しているとジョゼットがモップとバケツを持って歩いてきているのが見えて吐息を零した。

 

 この廊下の血やらなにやらは結局ラウルが片付ける事になるのか。

 

 

 

 

 

 廊下で起きた騒動の後、汚れた廊下の汚れを掃除した後にジョゼットと別れてラウルはメンバーを集めて鍛錬所の一角に集まっていた。

 

 茶毛で長い耳に可愛らしい小さな尻尾、軽装の革鎧に身を包み身長よりも長い長柄武器(ポールウェポン)の一種であるグレイブを持った兎人(ラパン)の女性【兎蹴円舞】アリソン・グラスベル。

 

 淡い萌木色の髪を肩口で切り揃え、薄い黄色のローブを身に纏って手には飾り気が一切感じられない質実剛健な木製のスタッフを握ったエルフの少年【尖風矢】ヴェネディクトス・ヴィンディア。

 

 灰色の髪を腰の辺りまで伸ばし、ハーフプレートメイルに身を包みながらも特徴的な形状を持つケペシュと呼ばれる剣を小型化した短剣を腰に吊り下げたヒューマンの女性【激昂】グレース・クラウトス。

 

 白毛に三角の耳にふわっとした尻尾、修繕の加えられた緋色の水干に手足には重厚な手甲に金属靴、背に背負う形で片手でも両手でも扱えるバスタードソードを持った狼人の少女【生命の唄(ビースト・ロア)】カエデ・ハバリ。

 

 ラウルの前に立つ4人の団員達……残念な事にアレックスはすっぽかしたらしい。溜息を零しながらもラウルは笑みを浮かべて口を開いた。

 

「俺は【超凡夫(ハイ・ノービス)】ラウル・ノールドッス。このパーティの補助役(サポーター)として遠征合宿時に同行するッス。後一応採点役としても活動するッス」

 

 採点役として厳密な評価を下す立場から言わせて貰えば、今回の集合に出席できなかったアレックスは論外。それ以外のメンバーは一応合格だろう。この後すぐにでもダンジョンに潜れますと言う準備を重ねてきた四人にはそれぞれ評価を上げておく。逆にアレックスは最低値に設定しておこう。

 

「それじゃそれぞれ自己紹介を頼むッスよ」

 

 笑みを浮かべて出来る限り緊張をさせない様に指示を出す。一応此処に居るメンバーはカエデを除けば顔見知り程度の関係は築いている筈である。なので問題は無い筈だと思っているラウルに対してアリソンが手をあげた。

 

「ラウルさん」

「何ッスか?」

「アレックスさんが見当たりませんが」

 

 質問に対してラウルは笑みを深めて口を開いた。

 

「アレは気にしなくて良いッス」

「え?」

「ベートさんに喧嘩吹っ掛けて医務室送りだったッスから」

 

 その言葉にヴェネディクトスが『またか』と呟き、グレースが舌打ちをする。その様子を見ていたカエデが何とも言えない表情で周囲を見回しているのを見てラウルは再度口を開いた。

 

「ほら、早く自己紹介をするッス。これから一緒に行動する仲間ッスから自己紹介は大事ッスよ」

 

 その言葉に渋々と言った様子でヴェネディクトスが前に出た。

 

「一応、このパーティで現状唯一の男と言う事で最初に挨拶させて貰う。僕の名前はヴェネディクトス・ヴィンディア。呼びにくければヴェトスとでも呼んでくれ。戦い方は基本的に魔法を使った遠距離戦だ。近接戦は申し訳ないが余り経験が無い。出来なくはないがせいぜいが時間稼ぎ程度だな。魔法は短文詠唱の直射型が一つ。中文詠唱の小範囲攻撃が一つ。残念な事に回復魔法は覚えていないから回復役(ヒーラー)としては活躍できない。よろしく頼む」

 

 丁重に頭を下げたヴェネディクトスの姿にラウルが手を叩き拍手を送る。評価は最高値だろう。自身の戦闘スタイルを伝え、苦手とする部分もしっかりと伝えておく事で仲間がカバーしやすい様に意識している。前回も参加しているだけはあり今回もやる気に満ちている様子だ。

 ラウルに合わせる様に他の三人も拍手を送り、次にアリソンが前に出た。

 

「では、二番手を頂きますね。アリソン・グラスベルと申します。気軽にアリソンと呼んでください。基本的にグレイブを使った中距離戦を行うのですが脚を使った格闘戦闘も出来ます……と言うか蹴りの方が強いです。魔法は何も覚えていません。耳は良いので索敵は任せてください」

 

 拍手を送りつつもラウルの視線はアリソンの細足に向けられている。あんなに細いのに兎人(ラパン)の蹴りはヤバイと言われるだけはあり威力だけで言えばアリソンの蹴りはラウルに致命傷を負わせる一撃を繰り出せる。まあ当たるかどうかは別としてだが。

 

「じゃ次私ね。グレースよ。よろしく」

 

 特に自己紹介らしい事をするでもなくそれだけ言いきって元の位置に戻る。ラウルは眉を顰めてグレースの評価を下げる。戦い方や苦手とする部分をしっかりと仲間に話しておかないといざと言う時に援護を受けにくいのだが。

 

「えっと……じゃあワタシが……カエデ・ハバリと言います。武装は大剣が主ですが副武装として短剣も持ってます。基本的に一撃確殺で戦ってて……えっと、群れで行動した事は無いのでパーティでの戦い方はさっぱりわかりません。魔法は使えませんが旋律スキルでの自己強化は出来ます」

 

 カエデの自己紹介を聞いた上でラウルはグレースを差す。

 

「グレース、やり直しッス」

「はあい」

 

 適当なグレースの返事にラウルは溜息を必死に飲み込んで笑みを浮かべる。

 

「伝えるべきは自分の呼び名、基本的にパーティ中は名前を呼び合って行動するッスからヴェネディクトスみたいに呼びにくい名前の場合はこう呼べって指示するのは良い感じッスね。後は自分の苦手な部分もちゃんと伝えておけば補助が受けやすいッスからそこら辺意識するッス。自分の魔法やスキルについては過剰に教える必要は無いッスけどね」

 

 説明を聞いたのか聞いていないのかグレースは再度前に出て口を開いた。

 

「グレース・クラウトスよ。グレースって呼んで。えっと……武器はこれ、手足引っ掛けてブッ刺すだけ。魔法は覚えてない。スキルは負傷毎に基礎アビリティ『力』が増強される代わりに怒りっぽくなるものがあるわ。キレると一定時間『力』が倍増するけどそういう時って大体話しかけられると怒っちゃうから大人しくなるまで放っておいて」

 

 腰のケペシュを抜いて示したのちに鞘に戻してからやる気があまり感じられない雰囲気のまま説明を負えるとそのまま元の位置に戻った。

 

「後はアレックスッスけど……アレックスはまた明日にでも。とりあえず今日はそれぞれ顔合わせと……そうッスね。今からダンジョンに軽く潜って互いの実力を確かめ合うのでも良いし……あ、その前にリーダー決めないとッスね」

 

 このパーティを仕切るのはラウルではだめである。あくまでもラウルは補助役(サポーター)でありリーダーでは無い。

 

「リーダーですか。じゃあヴェトスさんお願いして良いですかね?」

 

 アリソンの言葉にグレースが反応した。

 

「理由は?」

「え? あぁ、えっとですね。ヴェトスさんは前回も『遠征合宿』に参加してますので経験者ですし。魔法を主武装として扱うのであれば後衛となって全体を見回してもらうことも出来ます。私やグレースさん。カエデさんは全員近接戦を行うので全体を見回す余裕はあまりなさそうですし」

 

 密かにグレースの評価を上方修正しながらラウルはうんうんと頷く。ここでグレースが質問しなければパーティとして正しく『何故こういう配置なのか』を理解せずに戦う事になるし不満が出やすくなる。カエデはあまり気にし無さそうとは言え何かしらの意見に対して理由を問いかけるのは割と重要な事なのだ。

 

「うん、なるほどわかったよ。カエデ、君も異論はないか?」

「はい、指揮の経験は無いのでお任せします」

 

 基本は誰かの指示に従って動いていたカエデが指揮能力を有していないのはラウルにもわかる。常に単独戦闘ばかりだったのだろう。もしくは実力差が激しい人と組んで戦っていたかだ。指示に従うのは早いが指示する側に回ると戸惑いそうである。

 

 ヴェネディクトスがリーダーを務めるのに異論はない。問題は後で知ったアレックスが騒ぐことだろうか。




 良心回路ヒイラギちゃんも思考は割と……敵は死すべし。慈悲は無い。
 むしろ慈悲なんて与えて反撃されるぐらいなら徹底的に仕留めておいた方が良いよね? って感じ。

 ヴェネディクトス妬ましいな。自分以外女の子のパーティとか……ラウルも居たか。

 どうして男が魔法使い後衛で、前衛三人が女なのか。プロットを見る限り適当に決めたっぽいけどどうなんだろ……まぁいいか。

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